韓国産の海女ケイパーは新鮮!…映画『密輸 1970』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2023年)
日本公開日:2024年7月12日
監督:リュ・スンワン
みつゆ1970
『密輸 1970』物語 簡単紹介
『密輸 1970』感想(ネタバレなし)
海女 vs 税関
密輸の取り締まりを行う行政機関…それは「税関」です。
日本語で書くとなんだか税に関することをやってそうな組織名なのですが、確かに関税も仕事内容に入っていますけど、空や海の物流の場で密輸を監視するのも重要な業務です。税関は英語だと「customs」ですね。
令和5年の日本全国の税関における関税法違反事件の取り締まり状況によれば、不正薬物全体の摘発件数は815件で押収量は約2406kgだったそうです。これ以外にも、銃砲などの武器、金塊などの金地金、偽ブランド品などの知的財産侵害物品といったものも、取り締まり対象になっています。
物流コストも上昇するばかりでそのうえに円安だけども、日本にわざわざ密輸するのって儲かってるんだろうか…。
今回紹介する映画はそんな密輸をめぐる痛快なクライムサスペンスです。
それが本作『密輸 1970』。
本作は韓国映画で、1970年代半ばの韓国の漁村を舞台にしています(邦題は「1970」ですけど、1970年じゃなくて1970年代中頃が舞台です)。”朴正煕”大統領による事実上の独裁政権状態にあった時代です。
そんな漁業が盛んな村で、近くの海に取り締まりから逃れるために密輸品が捨てられており、その密輸品をめぐって、密輸業者と税関が互いに相手の一歩先を行こうと争いが勃発する。いわゆる「ケイパー」のサブジャンルとなっています。
ユニークなのが、この密輸する側として主役となるのが「海女」なのです。自ら海に潜って貝類などの海産物を採る女性漁師のことですね。その海女である女性たちのチームが「ケイパー」における犯罪者側となるというアイディアがまず面白いです。
言ってみれば、海女たちの『オーシャンズ8』みたいなものです。
その『密輸 1970』を監督したのが、今や韓国エンタメ界のトップランナーである“リュ・スンワン”。『ベルリンファイル』や『ベテラン』など、どっちかと言えば男臭い映画監督の印象がありましたが、今回は女性キャストのアンサンブルをメインに据えていくという新境地をみせています。しかも、主に中年女性たちですからね。
『軍艦島』や『モガディシュ 脱出までの14日間』など近年の大作はド派手なスケールでドカンボカンと大爆発しまくっている感じでしたけど、今回の『密輸 1970』はシンプルなケイパーのジャンル的楽しさを味合わせてくれます(しっかりテンションのあがる見せ場は用意してくれる)。
“リュ・スンワン”監督作にこれまでビビっとこなかった人でも、今回の『密輸 1970』はハマれることもあるのではないでしょうか。
青龍映画賞で最優秀作品賞も受賞しましたし、“リュ・スンワン”監督の勢いはまだまだ止まりそうにないです。
『密輸 1970』で個性豊かな海女たちを演じる主役のひとりが、映画『国家が破産する日』やドラマ『未成年裁判』など数多くの作品で名演をみせてきた経験と実力じゅうぶんの“キム・ヘス”。今作では気持ちよく暴れまくってくれます。
“キム・ヘス”と並ぶのは、『人生は、美しい』の”ヨム・ジョンア”。今作では海女のリーダーの役なので当然「潜る」という演技を熟練レベルで求められ、実際にプールで6mは潜れるまでにトレーニングで鍛えたそうです。
他には、『モガディシュ 脱出までの14日間』でも“リュ・スンワン”監督と縁がある“チョ・インソン”が密輸王と呼ばれる男を熱演。さらに、『ハント』の“キム・ジョンス”、ドラマ『Sweet Home〜俺と世界の絶望〜』の”コ・ミンシ”、ドラマ『地獄が呼んでいる』の“パク・ジョンミン”、『恋愛の抜けたロマンス』の“キム・ジェファ”など、いろいろ揃ってます。
シスターフッドあり、サスペンスあり、アクションあり、コメディあり…選り取り見取りの痛快エンターテインメント。中年女性たちがスクリーンを所狭しと占有する…そんな物語を見たいなら、この映画は期待に応えてくれます。直輸入でお楽しみください。
『密輸 1970』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :コンセプトにハマって |
友人 | :一緒に映画を潜る |
恋人 | :気軽なエンタメ |
キッズ | :暴力描写あり |
『密輸 1970』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1970年代半ばの韓国。田舎の漁村のひとつであるクンチョンは、漁業で成り立っています。そんなクンチョンの海女たちを大勢乗せた漁船が一隻、岸壁がそびえたつ海のエリアに到着します。ここは絶好の漁場なのです。
続々と海に飛び込んで、慣れた様子で素潜りしていく海女たち。海底の貝などの海産物を拾い上げては、海面に浮かぶ籠に入れていきます。海面に顔を出すときは口笛を吹き、自分を知らせるのもおなじみ。海中でも互いに協力し合ってチームワークは抜群です。ひととおり作業が終わると網籠を引き上げて豊漁を喜びます。
しかし、港では喜べない事態に直面していました。貝はたくさん採れたはいいものの、どれも腐ってダメになっていたのです。これでは売り物になりません。
原因はわかっていました。すぐそばに建設された化学工場の廃棄物です。この汚染が海に及んでおり、海の生態系に大きな悪影響を与えているのです。化学工場側は全く解決する気もありません。
海女のリーダーのジンスクもこのままではマズいと感じていましたが、将来の改善の兆しは見えず、途方に暮れます。
そんなある日、海底から密輸品を引き揚げるという仕事が舞い込んできました。この近辺では密輸ルートが確立されており、税関係長ジャンチュンの指揮する取り締まり側と、激しい勢力争いが行われていたのです。
事実上、密輸を手伝うことになるのですが、儲けは破格で、一気にカネが手に入ります。いざやってみた海女たちも大喜びで、経済的に余裕になって生活が華やかになりました。ジンスクも真紅のスーツでビシっときめ、以前のような田舎臭い格好はしません。
けれども長続きはしませんでした。いつもの密輸品作業中、吊り上げた箱が落ちて、中の金塊がばらまかれてしまい、時間がかかります。そうこうしている間に、税関の船が接近。大慌てで撤収の準備をし、引き上げたばかりの密輸品を海に捨てていきます。
しかし、船の錨が海底の岩に引っかかり、動きません。さらに船員が気絶し、海に落下。それを助けて海に飛び込んだ船長もろともスクリューに巻き込まれて海が血に染まってしまいます。
結局、税関の船は横づけし、摘発でジンスクたちは逮捕。海女仲間の親友のチュンジャだけがこっそり海に潜って現場から逃亡しました。
ジンスクは服役することになり、一転して刑務所生活で疲弊します。
2年後、チュンジャはソウルで見違えるように派手な生活を送っていました。資金は不正な取引で儲けたものです。しかし、ここでやっていた悪事も続けられなくなります。
クォン軍曹として恐れられる表向きは事業家、裏では悪徳密輸業者の密輸王として君臨する男が脅してきたのです。そこで土壇場で追い詰められた結果、生き残るためにクンチョンでの密輸話を持ち出すチュンジャ。
今のクンチョンには、出所し、再び地味な生活に戻ったジンスクがいました。逃げ出して自分だけ逮捕を逃れたチュンジャには拒絶の感情を向けてくるだけ。
もう一度、あの危険な密輸に関わって人生を変えるなんてできるのか…。
海の女たちに対等な報酬を
ここから『密輸 1970』のネタバレありの感想本文です。
海女と言うと日本ではドラマ『あまちゃん』を今も挙げてくるほどあの作品のインパクトが残存していますが、あちらは「田舎の娘がアイドルになる」という典型的な成り上がりモノでした。
一方、『密輸 1970』は、田舎の女たちが成功者になるという点では大雑把に方向性は一緒と言えなくもないですが、より反逆の精神に溢れている感じです。
作中の舞台であるクンチョンの海女たちはいかにも漁村の女たちらしい生き方をしてきましたが、生活の糧を失い、密輸という手段にでるしかなくなります。困窮した女性が世間的には犯罪とされる行為に手を染めるしかなくなる…という展開は、よくありがちですけども、犯罪ではなくともたいていはセックスワーカーなんかに収まりがちなところ、本作は密輸という海女のスキルを最大限に生かした仕事をするのがさっそく面白いです。
要するに海女ってとんでもないスキルの持ち主なのに、社会に過小評価されているわけで、作中では密輸で派手な生活ができるようになっていきますが、実際はあれくらいの対価を貰ってもいいじゃないか…という視点の投げかけとも受け取れますね。
本作は結局は海女たちが犯罪を成功させる話なのですが、既存の法律上の倫理観がどうこうというよりは、ちゃんと報酬を与えましょうというのが話の軸なんだと思います。
この前半の成功者となった海女たちのスタイルも華やかで、当時のファッションも眺められますし、雰囲気としては『サニー 永遠の仲間たち』っぽいです。海女での普段の仕事衣装とのギャップがまたいいですね。そこからの人生の転落がまた余計に強調されるのですが…。
後半は一世一代の大勝負として再度の密輸にチャレンジ。しかも、税関と密輸業者の野郎たち、双方を出し抜かないといけません。
ここでとくに税関のトップであるジャンチュンが、初見の感じは優しそうな公務員を漂わしつつ、ひとたび職務の障害物とみなすと暴力に躊躇ない、かなり恐ろしい存在として描かれます。これは当時の韓国が”朴正煕”大統領による事実上の独裁政権状態にあった時代ということで、権力の本質をそのまま表しているのでしょう。無論、それは女を”家”労働の鎖に縛って支配したがる家父長制と強く重なりもします。
海女たちはこの男たちに立ち向かわなくてはいけませんが、メインとなるジンスク、チュンジャ、オップンの3人の女性陣はそれぞれ長女、次女、末っ子みたいな姉妹っぽさがあり、キャラクターがしっかり立っていて、その相互作用も含めて目が離せません。
ジンスクのあの長女の責任を背負いすぎて硬くなっているところも可哀想で(だからこそ最後に船の舵を握るシーンの解放感が際立つ)、チュンジャも丁々発止な話術と快活さでサバイバルしてきたんだなと思うと責められませんし…。だからあの2人はずっとすれ違っていても最後には手を取り合う、その説得力があります。同じ相手と戦っていたのですから。
その2人の間で事態を引っ掻き回すオップンもナイスです。オップンの一見するとか弱そうだけどここぞというときの勝負の分かれ目で技を繰り出すあたりの度胸は良いハラハラドキドキをもたらしてくれます。
サメも海女に味方したくなる
『密輸 1970』は“リュ・スンワン”監督作としては、過去作のような海外ロケもなければ、大掛かりな舞台セットもないので、大盤振る舞いなスケールはありません。
それでもやっぱりここは“リュ・スンワン”監督の上手さだと思うのですけど、起承転結の中できっちり観客に映画的な娯楽の満足感を与えてくれます。
中盤以降、密輸業者と税関の男たちの争いが激化し、地上で乱闘も勃発します。この室内での殺伐としたアクションの組み立ては今の韓国映画では手慣れたもので、普通に見ごたえがありますが、同時にこの映画らしくはありません。韓国映画としてはありきたりですから。
でもちゃんとこれは前振りでした。真の見せ場はラストに持ってきます。
最終戦はオープニングと同じあの漁場。ここでは打って変わって水中戦となり、そこでまさしく水を得た魚の勢いで男たちを圧倒していく海女たち。この展開のためのオープニング。この展開のための伏線の数々がここで全て解き放たれます。
特徴的な口笛も、手を取り合って水中で交代する行動も、戦いの中で演出として効いてきます。変にBGMもつけずに静かに泳いで殺していく潜水殺法が地味に怖い…。
別に水中での戦闘なんて珍しくないはずなのに、あの海女たちがアタッカーになったときの、何でしょうね、この「やってしまえ!」という応援の高揚感。タコ、ウニ、サメと、海洋生物もアシストしまくってくれます。サメさん、中盤は海女の足を食いちぎることもしたけど、最後はしっかり空気を読んでくれるじゃないか…。
このカタルシスを盛大に見せつけられたらこの映画はやることをやり遂げたと言っていいでしょう。お腹いっぱいです。
製作でのプール撮影は大変だったと思いますけどね。泳げない私が言うのもなんですけど、海女のあの格好で潜水するのってめちゃくちゃ難しそうじゃないですか? 実際の海女の人たちはあの出で立ちで、波のある海に潜らなきゃいけないと考えると、本当にずば抜けたプロフェッショナルなダイバーですよ。人魚を仕事にしている人並みに”過小評価されている潜水者”です(ドキュメンタリー『マーピープル 人魚になるという仕事』を参照)。
演じた俳優も素晴らしいのですが、やっぱりここは実在の海女の皆さんたちに拍手を送りたいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
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・『キル・ボクスン』
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作品ポスター・画像 (C)2023 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & FILMMAKERS R&K. All Rights Reserved.
以上、『密輸 1970』の感想でした。
Smugglers (2023) [Japanese Review] 『密輸 1970』考察・評価レビュー
#韓国映画 #ケイパー #サメ