未来の積み石を次の世代に託して…映画『君たちはどう生きるか』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
日本公開日:2023年7月14日
監督:宮崎駿
君たちはどう生きるか
きみたちはどういきるか
『君たちはどう生きるか』あらすじ
『君たちはどう生きるか』感想(ネタバレなし)
宮崎駿監督最新作…情報はそれだけ
ネタバレ無しで感想を語るのがこれほどに最高難易度となっている映画はいまだかつてないかもしれません。
もちろんそれは映画『君たちはどう生きるか』の話です。
この映画について公開前にわかっていることはわずかでした。
- 宮崎駿監督の最新作である。
- アニメーション映画である。
- 冒険活劇ファンタジーである。
- 吉野源三郎の小説「君たちはどう生きるか」からタイトルを取っている。
まず“宮崎駿”監督の最新作。これが何よりも話題性として外せません。
日本を代表するようなアニメーション・スタジオである「スタジオジブリ」を先陣切って引っ張ってきた“宮崎駿”監督。『ルパン三世 カリオストロの城』(1979年)で映画監督デビューを果たし、『風の谷のナウシカ』(1984年)でオリジナルの世界観を創り上げる才能を証明し、以後、『天空の城ラピュタ』(1986年)から「スタジオジブリ」で映画を作り続けます。
そして2013年の『風立ちぬ』で引退ということになりました。とは言え、長編映画は作らなくなっただけで、『毛虫のボロ』といった短編を制作はしていました。ただ、2017年に長編映画の制作に復帰したことを公表して、事実上の引退撤回。
まあ、なんとなくわかっていた話ではあり、この人はきっと死ぬまでずっと現役みたいなものだろうと多くの人は思っていたでしょう。
その“宮崎駿”監督の最新作となった『君たちはどう生きるか』ですが、長年の相棒であるプロデューサーの“鈴木敏夫”が「宣伝しない」という方針をとったため、公開前の情報がほとんどない事態となりました。
情報らしいものは、ポスター1枚だけ。予告動画は無し。簡単なあらすじ概要も無し。パンフレットは後日販売。キャストや主題歌の情報も無し(ただし“久石譲”が音楽を担当するのは判明している)。関係者だけの初号試写はあったようですが、情報は他言無用。秘密主義を貫きました。
こうなってくると映画の何を語ってもネタバレ扱いになりますね。当然、公開日になれば情報解禁になるのでメディアでも詳細がでてきますし、鑑賞した人の感想もネット中を飛び交うでしょう。だから今の時代はどんなに情報が伏せられていても、公開されればあっという間に情報が拡散します。
ただ、宣伝をせずに公開日まで迎えられるのは現在の「スタジオジブリ」、そして“宮崎駿”監督という存在の日本映画界での強権あってこそですね。普通はできませんから、こんなの。
観客にしてみれば、「事前情報一切無しで話題作を観に行く」という稀有な体験ができる良い機会だと思えばいいでしょう。これは映画公開日に見に行った人だけの特別な出来事です。私も公開日初日の最初の上映で鑑賞しに行きましたけど、たぶんその人たちしか味わえない瞬間があったはず。
ということでこの記事でも「ネタバレ無しの感想」では語れることはもうありません。
「面白いですか?」「子どもでも楽しいですか?」とか、そういうことを聞かれても困る…(この質問はどんな映画でもされると困るんですけど)。おそらく公開後はああだこうだと考察するオタクやらがわんさか沸くでしょうけど、それもノイズになるだけかな。
あなたが映画を観て、あなたが感じたことを持って帰ればいい…そういう映画体験の原初を思い出したくなります。
こちらの後半の感想では、さすかにネタバレしながら書いていきますけど、観るかどうか迷っている人で「ちょっとネタバレを見て様子を探ろう」と思っているなら、いっそのこと、ネタバレなんて見ずに見に行ってもいいんじゃないでしょうか。情報を仕入れて映画鑑賞するなんてこれからいくらでもできますけど、情報無しで映画鑑賞できるのは今だけですからね。同じ映画を観るならレアな体験になるほうがいいと思います。
『君たちはどう生きるか』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :情報無し。 |
友人 | :情報無し。 |
恋人 | :情報無し。 |
キッズ | :情報無し。 |
『君たちはどう生きるか』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):その世界には…
1944年、東京。夜、牧眞人の家は騒がしくなります。空襲があり、母のいる病院が燃えているようです。父を含めて男たちはその病院へ慌てて向かいます。眞人も向かおうとしますが、「家にいろ」と言われ、それでも着替えて、避難する人でごった返す街を走り抜けます。
しかし、病院は焼き尽くされ、崩壊しており、母は帰らぬ人となってしまいました。
眞人は郊外へ疎開することになります。父は戦闘機工場を経営しており、そこは繁盛している様子。
そしてその疎開先で出迎えてくれたのは、母の妹・夏子でした。父の再婚相手でもあり、すでにお腹には子どもを宿しています。
眞人がこれから住むことになるのは、母方の代々伝わる屋敷です。和式の大きな屋敷には、キリコを始めとする大勢の高齢女性がおり、彼女たちは眞人が持ってきた食糧などに群がって喜んでいます。
眞人の部屋は洋館にあり、洋式の部屋が家具もひととり揃っていました。そこで眞人はベッドに疲れたように寝転がり、火事で燃える母の悪夢を見てしまいます。
新しい学校では、少し生活の違う眞人の存在は浮いてしまい、同級生からは殴られ、喧嘩となります。眞人はその帰り道、自分の頭に石を打ち付けて血を流し、転んだと嘘をつきます。頭に傷が残り、看病をしばらく受けることに。父は学校の生徒がやったのだと思い、仕返しをしてやると張り切っています。
一方、この屋敷の敷地には1羽のアオサギがいて、なぜか眞人に妙に接近してくる感じがします。ある日、そのアオサギは眞人のいる部屋に窓から入ってこようとして、しかも「母が待っている」と言ってきます。
意味がわからない中、眞人はアオサギを追い払おうと弓矢を作り、アオサギに近づきます。けれどもアオサギはまるで気にもしないかのように眞人を挑発。それでも諦めず、矢にあのアオサギの羽を使うことにします。
ところが、母の妹がつわりで寝込んでいたはずなのに急にいなくなってしまいます。眞人は森の奥深くに消えたのを窓から見かけたので、自ら探しに行くことにします。
辿り着いたのは、屋敷の近くにある奇妙な塔です。眞人の大叔父にあたる人物が建てたらしく、その人は消えてしまったのだとか。今のこの塔は廃墟となっており、入り口も潰されてしまっています。
しかし、あのアオサギは眞人をこの塔の中へと不思議な力で導いていき…。
これまでにない主人公
ここから『君たちはどう生きるか』のネタバレありの感想本文です。
映画『君たちはどう生きるか』をまず見てちょっと驚くのは、主人公である牧眞人(まひと)の性格。
これまでの“宮崎駿”監督作の少年主人公は、『天空の城ラピュタ』のパズーといい、『もののけ姫』のアシタカといい、わりと聡明で品行方正で活発な少年像が多かったです。
一方の『君たちはどう生きるか』は眞人という名前とは裏腹に、非常に陰湿でハッキリ言えば「嫌な奴」です。父や再婚相手とも距離を置き、学校でも友達を作らず、嘘も平気でつく。タバコで老人を買収する狡猾ささえ見せます。また、母の妹のお腹の子にもとくに愛着を示さず、年寄りへの労りもなく、あのアオサギも殺す気満々で弓矢を向けます。生命に対する敬意も欠片もないです。負のオーラ全開ですよ。
あの眞人は感情が見えません。『崖の上のポニョ』のような無邪気さも、『紅の豚』の大人の未熟さとも違う、10代の危ない狂気…みたいなのを常にはらんでいる感じです。
“宮崎駿”監督の言葉によれば「自分自身が実にうじうじとしていた人間だったから、少年っていうのは、もっと生臭い、いろんなものが渦巻いているのではないかという思いがずっとあった」そうで(好書好日)、今回はこれまでと違ったことをあえてやったのだとか。
また、そのその眞人の“少年”性と呼応するのが、父の“男性”性で、あの父もかなり嫌な奴に観客には映るでしょう。妻の死を引きずっている感じもなく、言動もどこか常に特権者の偉そうな振る舞いです。しかも戦闘機工場の経営で地位を獲得しているという背景は、『風立ちぬ』の反転と言えます。
『風立ちぬ』は戦闘機を設計する男が、自分が戦争を支えてしまっていることのジレンマと向き合っていくという、非常に“宮崎駿”監督らしいテーマでしたが、今回の『君たちはどう生きるか』はそのかつてのテーマはばっさりと切り捨て冷たく扱ってます。この思い切った切り替えの良さも“宮崎駿”監督ならではの豪傑さですけど。
眞人の中にある感情を解きほぐせば、それは一瞬で大切な者を奪った戦争への怒り…なのかもしれませんが…。
眞人はこの父と和解するわけでもありません。最後とか「父の扱いはこんなんで終わりなんだな」というくらいにあっさりと背景に成り下がっています。「家族愛」みたいなものとは全然違う、随分と引いた視点の家族がずっと描写されている物語です。
逆にこの眞人に真正面で向き合ってくれる男性が大叔父で…。
小説と映画を繋ぐもの
ここで本作『君たちはどう生きるか』のタイトルの元ネタとなっている“吉野源三郎”の小説に話を移します。なおも勘違いされてるところがありますが、この小説を原作にしたアニメーション映画化ではなく、あくまでタイトルを借りてきただけ。
ただ、実質的に、タイトルを借りてきた以上の影響を受けているのは間違いないですし、あの小説からのエネルギーが“宮崎駿”監督の原動力になっているのでしょう。
小説の原作者“吉野源三郎”は 1899年生まれ。1937年に「君たちはどう生きるか」を刊行しましたが、反戦活動家としての姿勢は一貫しており、安保闘争など、反戦・平和の姿勢で論陣を張りつつ、 1981年に亡くなりました。1941年生まれの“宮崎駿”監督にしてみれば、自分の政治思想の原点のひとつなのかもしれません。
映画に話を戻せば、眞人が大叔父から「お前の手で争いのない世を作れ」と託される終盤は、単純に考えると“吉野源三郎”から“宮崎駿”へのバトンタッチとも言えますし、“宮崎駿”が誰かにバトンタッチしたいメッセージだとも言えます。
映画『君たちはどう生きるか』は、“宮崎駿”監督のフィルモグラフィーの中では、直球で世代交代のテーマが濃く、かつ平和の創造を託す願いが透けてみえます。『風立ちぬ』と比べると『君たちはどう生きるか』はオーソドックスなくらいです。実際に本まで登場させるのは想いが出すぎな感じもしますが…。
積み石(積み木)がそのキーアイテムになりますが、鬱屈を抱えて溜め込む少年に、とりあえずその思いを何を創ることでぶつけろと言っているような…。
本作は一応の設定上は、眞人は血縁者だから後継者に選ばれたのですが、本作の「血縁」というのは「この時代に生きる者の定め」ぐらいの運命共同体的な感覚に近いのかなと思いますし、今回は「物語を生み出す者」同士の繋がりが軸です。
晩年の“宮崎駿”監督が作るべくして作った内容でしたね。
どこかで見たことのある世界観
それ以外のところだと、本作『君たちはどう生きるか』の世界観は、“宮崎駿”監督のこれまでの作品でも見てきたような要素がごちゃごちゃと混ざり合っています。
現実世界から明らかにファンタジーな世界に迷い込んでいくという『となりのトトロ』や『千と千尋の神隠し』的な展開、その世界に住んでいる奇想天外な存在たち。もちろん今回もデロデロドロドロした描写もある…。
とくに今作は「鳥」要素多めでしたね。まさかポスターにデカデカと載っていたあのアオサギがこんなオッサン・キャラクターだったとは…。アオサギがオッサン化していく変身シーンはさすがの“宮崎駿”監督。楽しい絵作りです。
『平成狸合戦ぽんぽこ』とか『ハウルの動く城』とかでもそうですが、“宮崎駿”監督は変身のアニメーションが毎回独創的で気合入っているので見ごたえがあります。気持ち悪いくらいに生物的に変身するのがいいですよね…。普通、アオサギがああやってオッサンに変身するなんて思いつきませんからね…。
また、後半で登場しまくるペリカンとインコの群れといい、今作の鳥たちはたぶん軍国主義や資本主義への風刺なのでしょうけど、こちらも「鳥」という生き物が持つ絶妙な“何考えてるかわからない”気持ち悪さが上手く表現されていました。
あの鳥たちは、あれですよね、ネットミームを作れそうなシーン、いっぱいあった気がする…。
鳥以外だと「ワラワラ」という白い丸っこい小さいな生き物(?)たちは…なんだったんだろうな…。まあ、いつもそういう「なんだあれ…」枠になるのがこういう小さな生き物ですけど。
あと、男性キャラクターはこれまでにない新しい表象でしたが、女性キャラクターについてはいつもの“宮崎駿”監督の鉄板な女性キャラでした。出てくると妙な安心感さえある…。
昔ながらのヒロインっぽい少女(ヒミ;実母の子ども時代)、中性的で頼れる大人の女性(キリコ;少し若い)、たくましく元気なおばあちゃん…。あくまで“宮崎駿”監督の定番な女性キャラというだけで、表象として飛びぬけているものはとくにありませんでしたけど…。
基本的に「子どもを産む」という役割が軸になっているのでステレオタイプな女性的役割ではありますしね…。ただ、今作は産屋を始めとする穢れの信仰が如実に反映されていて、夏子のエピソードはそうした女性の呪いから脱却する話とも解釈できなくもないです。
とは言え、“宮崎駿”監督は女性のキャラクターのほうが自然にバリエーションをだせますね。
“宮崎駿”監督作全体を振り返ってこの『君たちはどう生きるか』の位置づけを評価すると、王道のエンターテインメントというには勢いが若干落ちますし、抽象的な映像も多発するけどアート性に依存しきるわけでもない、とりとめのない完成度に見える部分は確かにあります。相変わらずオチは考えるのは苦手なのかな、とか。
それでも“宮崎駿”監督が作りたかった、届けたかった「何か」は誰かの手に握られたのではないでしょうか。
ROTTEN TOMATOES
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作品ポスター・画像 (C)2023 Studio Ghibli きみたちはどう生きるか
以上、『君たちはどう生きるか』の感想でした。
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