勝手にハリウッド実写の妄想もしてみたり…映画『天気の子』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:日本(2019年)
日本公開日:2019年7月19日
監督:新海誠
天気の子
てんきのこ
『天気の子』あらすじ
離島から家出して、東京へとやって来た高校生の帆高。生活のために怪しげなオカルト雑誌のライターの仕事をする。連日、雨が振り続ける中で、ある日、帆高は都会の片隅で陽菜という少女に出会う。ある事情から小学生の弟と2人きりで暮らす彼女には、「祈る」ことで空を晴れにできる不思議な能力があり…。
『天気の子』感想(ネタバレなし)
「天気の子」は日本映画界の何を晴らす?
2016年前期のとある映画館での話。劇場シアターにて作品本編の上映は始まる前の他作品の予告トレイラーなどが流れる時間。私が座っていた席のすぐ近くにいた若い女子高校生くらいの二人が、ある作品の予告が流れて終わった後に「これ、面白そうだね」と小声で語っていたのを今でも覚えています。
そのアニメ映画は決して有名な監督の作品でもない、今回初めて大々的に長編映画を作るようなマイナーなオリジナル作品。決して一般層が知るタイプのものではありません。たぶん私の勝手な予想ですけど、その女子高校生くらいの若者たちも、普段はディズニーかピクサーか、名探偵コナンの劇場版か、それくらいの話題作しか見ないような層に見えました。
だからこそ驚きました。そんな層にも予告動画一発で興味関心を抱かせることができるなんて、凄いなと。日本の映画業界は基本、タイトルや出演俳優のネームバリューで作品を売るのが主流。でもこの作品に関しては純粋な“面白そう”という期待だけで、今、この瞬間、心を惹きつけている。思えば、この時点ですでにこの作品が後に日本映画史に残る記録を打ち立てるというフラグがたっていたのかもしれません。
その映画はもちろん“新海誠”監督の『君の名は。』です。
今さらその作品の内容とか、“新海誠”監督のキャリアの流れとか、作風とか、そんなことを語る必要もないくらい語られ尽くされているので割愛します。
あの空前の『君の名は。』熱狂がいきなりすぎたもので、結局、どんな実績を残したのか、イマイチ記憶に残っていない人も多いと思うので、あらためて整理しておくと…。
興行収入記録で言えば、250.3億円となり、日本歴代ランキングの4位を達成(惜しくも3位の『アナと雪の女王』の255億円には届きませんでした)。ワールドワイドな興収は約3億5798万ドルで、中国の約8367万ドル、韓国の約2793万ドルと、東アジア圏を中心に大ヒットしました。アメリカでは約501万ドルと日本のアニメ映画の中では突出した好成績を上げているのですが、やはりいかんせん海外の配給準備が見切り発車だった感は否めないですね。東宝も予想外のヒットすぎて困惑したのでしょう。でも海外の批評家の評価は高く、ロサンゼルス映画批評家協会賞でアニメ映画賞を受賞したりしています。ハリウッドでの実写映画化企画も進行中というニュースもありました(ただ現段階の実現は初期も初期なので不透明ですけど)。
こんな風に何かと商業的な功績ばかりに着目がいきがちですが、私は『君の名は。』が素晴らしいなと思うのは、前述したとおり“ネームバリューのない作品が特大ヒットした”という常識をぶち破った部分。これは日本映画界にプラスの影響を与えたと思うのです。「そうか、こういうことも起こりうるんだ」と映画業界で働く人にインパクトを与えたでしょうから。実際、『君の名は。』以降の日本映画界は無垢な作品の大ヒットを期待する下心がチラチラよく見えるようになった気もします。ただ、当然、面白い映画でないとこうはならないので、つまるところ、中身しだいなのですけどね。
一方、一躍、トップクリエイターに躍り出た“新海誠”監督。もはやかつてのマイナー時代には戻れません。すでに最も商業的にも観客的にも期待される監督になってしまい、相当なプレッシャーだろうなと思うのですが、ついに最新作『天気の子』の公開の時が来ました。
企画・プロデュースは“川村元気”、キャラクターデザインは“田中将賀”、音楽は“RADWIMPS”、もちろん監督・脚本は“新海誠”。主要部分は『君の名は。』とほぼ同じ座組に見えますが、やはり成功の方程式が出来上がってしまったので、外れることはできないのか。
でも今回は宣伝スタイルは全然違います。王者の風格というか、完全なら「来るなら来い」の構え。まあ、でもそうなるよね…。
絶対にSNSなどでも大きな話題になることは見え見えですし、前作以上に賛否だって吹き荒れるでしょう。もともと“新海誠”監督はクセの強い作家性を持っていますからね。それもまた盛り上がりの楽しみ方と思えば良いのです。
あとはとにかく映画館で観るべしということ。私が世間の『君の名は。』の感想で何よりも嬉しかったのは「映画館で鑑賞することの楽しさに気づきました」という意見。『天気の子』もそういうように映画館の魅力に気づいていない観客の心を切り開くことができたら、それがどんなに激しい台風の大荒れになっても万々歳です。
オススメ度のチェック
ひとり | ◎(オススメしなくても観るよね) |
友人 | ◎(以下、略) |
恋人 | ◎(以下、略) |
キッズ | ◎(子どもも一緒にどうぞ) |
『天気の子』感想(ネタバレあり)
都会って…
『天気の子』も、いつもの“新海誠”監督らしいナレーションと映像美で物語が始まります。
病室のベッドで重病そうに横たわる人の隣に座る少女。憂いを帯びた彼女は窓の外の都会の街並みにふと目をやると、雨雲がどんよりと空を覆う中で、スッとある建物の上にだけ雲の切れ間から日光が差し込んでいます。その場所に無意識に惹かれるように思わず駆け出して向かう少女。到着したそこには、小さめの鳥居があり、願いに手を合わせながら、その鳥居をくぐると…。
場面は変わって、船に乗っている少年。この高校1年生の森嶋帆高は田舎(船で来ているので伊豆や小笠原などの離島出身なのでしょう)から家出したようで、ひとり行動。そんな帆高は、甲板で土砂降りに遭ったとき、いかにも怪しい須賀圭介という男に助けられ、飯をたかられた後、名刺をもらって別れます。
ここから都会に来た帆高の仕事探しが始まるわけですが、アニメらしいコミカルなテンポの良さでとても軽快。リアルに考えるとかなり絶望そうですけど、上手い具合にデフォルメされています。
個人的にはこの都会描写以降からしばらく続く、怒涛の「プロダクトプレイスメント」になんかもう“都会って怖ぇー…”と圧倒されました。プロダクトプレイスメントというのは、作品の背景や小道具に実在の企業名や商品を登場せてPRする宣伝手法のことです。『天気の子』はその量が尋常じゃないです。スマホ上のYahoo知恵袋からポテチ、街並みの店まで、ほぼ全部がショーウィンドウみたいな感じで、昨今の邦画でこれほどの物量はなかなか見られない。それだけ前作『君の名は。』のインパクトが映画関係ない企業の人にまで届いたってことですし、そりゃあ群がりますね。
そんなこんなで都会の恐ろしさを見せつけられる中、行く場所もない帆高は船で会った須賀圭介の元に転がり込み、その会社の事務所で働く女子大生の夏美とともに、ライター業として、この大都会に出回る真偽不明の噂を対象にした取材&執筆のアシスタント(雑用)をすることに。
その過程で「100%晴れ女」という“願うだけで晴れをもたらす少女”の都市伝説を調査します。
そしてついに出会ったその少女・天野陽菜はハッタリではなく、本当に晴れを一部の場所だけにもたらすことのできる不思議な能力を持っていました。以前、上京直後にハンバーガーをご馳走してもらった恩もあり、今の陽菜はお金に困っていたようなので、妙案として「otenki-girl」としてネット上で“晴れにしてほしい”事案を募集し、報酬を受け取る仕事を開始。ずっと雨続きだったこともあり、要望は殺到。それらを次々とこなしていき、有名になっていきます。
この“晴れにする業”の描写も非常にテンポよく、“新海誠”監督は前作で確立したRADWIMPSのBGMに合わせて一気に描くスタイルを完全にモノにしていました。こういう描写は実写よりもアニメの方が向いてますね。
帆高と陽菜、そしてなんか知らないがやたらとモテる凪(陽菜の弟)の3人で、願いに答えて晴れにしまくっていましたが、話題になりすぎたのでもう自粛しようということに。しかし、家出&偶然拾った銃の所持という不利な状況を抱えた帆高を警察は密かに追っており、陽菜もまた親のいない凪とだけの二人暮らしの実態を年齢を偽ってまでも隠していたために児童相談所に目を付けられます。そして、陽菜の体にはある変化が…。
テンポ感のあるコミカルな物語は一転、暗雲たちこめる不穏な展開に。ここから物語はファンタジー度合いを急激に加速させていき…。
オチに関しては割と事前に賛否両論がある…みたいな話もありましたけど、私は別にいつもの“新海誠”監督のノリの範疇だと思ったのでそこまで気になりませんでしたが、どうだろうか。ただ、『君の名は。』のあの主人公&ヒロインが今作でも少しゲスト出演していましたから、きっと2作は同一世界線なのかもしれませんが、だとしたらこの“新海誠”版日本列島、異常災害で踏んだり蹴ったりだな…。
このままさらに作品を重ねると、日本、消えるんじゃないかな…。
絶妙な題材チョイス
『天気の子』を鑑賞してあらためて“新海誠”監督は凄いなと思うのは、題材チョイスの仕方。
「雨」をキーワードにするのは、『言の葉の庭』でもやったことですし、雨の繊細な描写もその作品の延長を強く感じさせますが、ちゃんとそこはセルフ二番煎じにはなっていません。
『天気の子』の場合、“こんな天気になったらいいな”という誰でも思う願いをテーマにしており、これがまた人種・宗教・出自・性別もろもろ関係ない、至極単純な普遍性を持っていて、しかも、SNS世代の若者への親近感も抜群に良い。この題材をピックアップできるだけでも、“新海誠”監督の才能は重宝されるってもんです。
天候というのは基本は科学的なものですけど、それでも非科学的な“思い”で語れられることの多い要素でもありますから。そもそも雨男とか晴れ女とか、全然根拠はないものだからこそ、ここまでのファンタジーで堂々たる嘘(フィクション)をつこうというスタンスが、すでに気持ちいいですね。
前作と比べたら舞台が都会ひとつなのでスケールは小さくなるのかなと当初は思いましたが、同じ都会でもロケーションを変えながら、あくまでそこで暮らす若者にとっての“広大な世界”の全てを物語とシンクロさせながら見せるあたりもさすが。
ロケーションと言えば、今回は都会オンリーなので、聖地巡礼しやすいでしょうけど、公式からはこんな“お願い”が出されています。
映画『天気の子』関連場所訪問(聖地巡礼)についてのお願い映画『天気の子』の本編中に登場する、または関連のある
場所への訪問を予定されている皆様におかれましては、近隣住人の方々への配慮、及び節度のある行動、マナーに十分心掛けていただきますようお願い申し上げます。
実際に使われている舞台は、公共もしくは私有の場であり、なにせ都市部ですし、配慮は当然。このお願いも丁寧な文章ですけど、要するに“察しろ”ってことです。私もその公式の姿勢を尊重して、ここでは具体的なロケーション元を考察と称して紹介したりはしません。これを読んでいる皆さんも、過度な行為はやめてくださいね。
話を本編に戻すと、“新海誠”監督作として今回、キャスティングのバランスも前作以上に良かった印象。主人公&ヒロインに“醍醐虎汰朗”と“森七菜”という非常にフレッシュな面々をまずは配置しておき、その脇に“小栗旬”や“本田翼”という有名どころをセットし、さらにサブキャラに声優ファンなら知ってそうな旬の声優(“花澤香菜”や“佐倉綾音”など監督と縁のある人)を添える。このあらゆる方面の客層にリーチするチーム編成、なかなかしたたかですね。
“新海誠”監督のセカイ
ストーリー面ではこれ以上のない「セカイ系」全力全身な映画だった『天気の子』。話運びも人間関係も「まあ、そうなるよね」という着地からはみ出ないので、衝撃の結末みたいな煽り文句でデコレーションする映画でもないし、好きな人は好きだし、苦手な人は苦手、そんな受け取られ方をする作品です。これは『君の名は。』と同じ。
ただ、ひとつ決定的に違うのは、明らかにポスト『君の名は。』の次作として、“新海誠”監督の境遇とか心境がダイレクトもしくは間接的に投影されているのだろうな、ということ。
さまざまな期待や不安を背中に感じながらの創作だったであろう『天気の子』は、そんないろいろな意味での不穏な曇り空を吹き飛ばすような快晴をもたらす、つまり「私は私らしく創作します」という宣言の一作だったな、と。
“新海誠”監督に限らず、日本のアニメ映画は、ハリウッドと違って監督単独の作家性が際立つことが多いです(ディズニー&ピクサーなどハリウッドはシナリオもディベートという集合知で作り上げるスタイルが一般的)。結果、クセも中和されることなく全開で、それが上手くいったり、いかなかったりするわけですが…。
“新海誠”監督は前作の大フィーバーな成功で、自分が思わず日本アニメ映画界の頂点に持ち上げられてしまったのですが、私も「これはツラいだろうな」と思ってましたが、当人はそんなことをどこまで意識したかはしらないですけど、作家性を貫くことに徹していることが『天気の子』で痛感できました。
それは帆高と陽菜の最終的な選択という、物語面にもまるで影響されているようです。
ここまで“ポジティブ”一色な映画も、“新海誠”監督フィルモグラフィーの中では珍しいですよね。やっぱりこれは本人の自信の表れでもあるでしょうし、その立ち位置は偉そうでも何でもなく、クリエイターとして当然のことだと私も思います。
また、“新海誠”監督個人の思いにとどまらず、今の社会の世相にも図らずクロスオーバーしたのも、それこそ運命だったのかもしれないです。
公開日は全国的に雨模様というのは時期合わせしているから当然ですが、前日にはアニメ界を揺るがす最悪な痛ましい事件が起きて気持ちが不安定になる中での、『天気の子』の前向きさ。『天気の子』の眩しさは世の中の人々の心にスッと日差しを差し込ませる、恵みのような映画になったのではないでしょうか。少なくとも私はスタッフクレジットを見つめながら、クリエイターたちの名前に感無量になったのでした…。
もちろん相変わらずのツッコミはいくらでもできる、綻びの多い作品でもあります。前作以上に大人側の描写が雑ですし(でも警察に関してはリーゼントなキャラを出すことで“真面目に描く意志はありませんよ”という表明になっている気もして割とどうでもよくなった)、そもそも若者との対立相手として大人を出すのは妙に子どもっぽくなるのでいかがなものか、とか。案の定、今回も甚大な被害が出るので、そこを気にしだすと、本作のポジティブな主人公勢の空気感には全くノれなくなります。
まあ、そこは“新海誠”監督という神の純然たるアイデンティティなので、外からガヤガヤ言っても、豪雨に流されるだけです。もう我が道を行くって決めたのでしょうから。
私は次こそどうするのかと、そこばかり気になる(これ、前も言っていたような)。今回は超絶ポジティブだったから、次回は下げるのかな。きっともっとSFファンタジー寄りの作品も作りたいんじゃないかと。いいですよ、次作は月を舞台に、月が消えるオチとかでも。
しばらく日本のアニメ映画界は“新海誠”監督のセカイにリードされていきそうです。
余談ですが、私は『天気の子』のエンディングを含め、本作の鑑賞体験を反芻していると、ジェフ・ニコルズ監督の『テイク・シェルター』という映画を連想してしまいました。これは、嵐が来るという強迫観念に囚われる男と、その妻と娘の物語なのですが、この映画のオチも合わせて、なんとなく『天気の子』との類似性を感じてしまう。まるで、『天気の子』のあの二人が結婚して夫婦になった未来の姿のような…。私の中では実質、『テイク・シェルター』が『天気の子』の続編ですよ。今だに天気マジックに憑りつかれている“中年”帆高と、すっかり成熟して現実的な人生を生きる“中年”陽菜…う~ん、リアルな将来像…。
ジェフ・ニコルズ監督は、セカイ系の要素を漂わせながら、現実的な大人のトーンでクレバーに物語を編み出す素晴らしい才能を持ったインディーズ系監督で、私もお気に入り。『天気の子』の甘々で子どもっぽすぎるという部分も、きっとジェフ・ニコルズ監督なら上手く大人成分をリアルに注入してくれるはず。
ということで、『天気の子』の実写版の監督は決まりですね(妄想)。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
関連作品紹介
新海誠監督作の感想記事です。
・『すずめの戸締まり』
作品ポスター・画像 (C)2019「天気の子」製作委員会
以上、『天気の子』の感想でした。
Weathering With You (2019) [Japanese Review] 『天気の子』考察・評価レビュー