帝国主義フェミニズムと入籍する?…アニメシリーズ『わたしの幸せな結婚』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2023年)
シーズン1:2023年に各サービスで放送・配信
監督:久保田雄大
児童虐待描写 恋愛描写
わたしの幸せな結婚
わたしのしあわせなけっこん
『わたしの幸せな結婚』あらすじ
『わたしの幸せな結婚』感想(ネタバレなし)
和風「シンデレラ・ストーリー」
親や家庭が子どもの人生を抑圧して縛り上げ支配する…そんなことは昔の慣習のように思えますが、今もそんな状況はあちこちにあるようです。
とくにここ最近は「親の権利(parental rights)」なるものを主張する大人が出現しています。
近年急速に湧いている「親の権利」支持者の源流にあるのは、もともとは「反ワクチン」で、たとえ子ども自身が健康のためにワクチンを打つことを望んでいようとも、反ワクチンの親がそうさせないという問題があり、その反ワクチンの親が「子どもにワクチンを打たせないのは親の権利だ!」と言い切っているわけです。コロナ禍が収束し始めるとターゲットを変え、今度はLGBTQや人種差別歴史教育に反発するようになり、「子どもにLGBTQを教えたくない! これは親の権利です!」と学校教育に介入することで、今、アメリカでは大問題になっています(Xtra Magazine)。
「親の権利」支持者は「権利」という言葉で正当化していますが、実際のところは「親が子を身勝手に支配したい」という願望でしかなく、子どもの人権を侵害し、場合によっては児童虐待になりかねません。
いつの時代も自己中心的な親は不滅ですね…。
そんな世の中ですから、支配的な親や家庭に苦しめられる人を描く物語は、古今東西、大衆にウケやすいのでしょう。
その定石とも言える系譜の物語として、2020年代に日本でヒットしている作品が、2023年からアニメ化されました。
それが本作『わたしの幸せな結婚』です。
本作は、“顎木あくみ”が小説投稿サイト「小説家になろう」にて投稿したオンライン小説が原作で、2019年にKADOKAWAの富士見L文庫より書籍化されました。これがデビュー作だそうですが、小説から漫画となり、2023年には“目黒蓮”&“今田美桜”主演で実写映画となり、そしてアニメシリーズ化となり、アニメは第2期制作も決定して…。これ以上ないほどに非常に理想的なフランチャイズ化を駆けあがっていきましたね。
物語は、継母と義妹に虐げられて生活するひとりの若い女性が、ある男性の家に嫁いだことで、人生を一変させていくという、あからさまに『シンデレラ』をなぞったかたちのものです。舞台は明治大正の日本っぽい架空の世界となっており、和風「シンデレラ・ストーリー」といった雰囲気。少女漫画チックなキャラクターのデザインや関係性が基軸になっています。
ただ、『わたしの幸せな結婚』というタイトルからはちょっと想像がつきにくいのですが、本作は『鬼滅の刃』みたいな異能バトル系のジャンル要素も兼ね備えており、ファンタジーアクションでもあります。
こういう少女漫画的な土台にファンタジーを混ぜ合わせたジャンルは、『美少女戦士セーラームーン』や『神風怪盗ジャンヌ』など、昔からの定番なので、別に『わたしの幸せな結婚』も珍しくないのですが、「シンデレラ・ストーリー」と思いっきり重ねて、日本的な結婚風習を主題にするあたりが本作の特徴でしょうか。
結構「舞台化」しやすい設定だと思いますし(実際に2023年に舞台化もしている)、実写化でも全然いけるのですけど、ファンタジーな要素が入り込んでくることもあって、アニメのほうがシンプルに描きやすいかもしれません。アニメはボリュームがあるので丁寧に物語を映像化してくれているところも嬉しいです。
アニメ『わたしの幸せな結婚』は、『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』『メイドインアビス』の「キネマシトラス」が制作。
実は2020年に原作小説書籍版第4巻の発売記念でプロモーション用のスペシャル・ムービーが作られ、そのときの声優陣で2021年には朗読劇が行われ、その座組のままこのアニメ化の際にも声優キャスティングが一貫されているので、アニメは2023年からですけど、主要キャストにとってはすでに付き合いの長い作品になっています。
和風「シンデレラ・ストーリー」が見たい人には期待に応えてくれる作品です。アニメは新規の人の入り口にぴったりですし、ちょうどいいタイミングでしょう。
私の後半の感想では、本作を帝国主義フェミニズムとの関係性の側面から語っています。なお、あくまでアニメだけを前提に感想を書いており、原作には触れていませんのであしからず。
『わたしの幸せな結婚』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :結婚物語が見たいなら |
友人 | :相手の好みなら |
恋人 | :互いに打ち解け合って |
キッズ | :児童虐待的な描写も |
セクシュアライゼーション:なし |
『わたしの幸せな結婚』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):満開の桜の木の下で
19歳の斎森美世は一縷の希望も感じずに生きていました。「この世界に私は必要のない存在なのだ」と思いこんでいました。あの日、あのお方と出会うまでは…。
美世は異母妹の香耶に「なによこれ、こんなお茶、渋くて飲めないわ!」と乱雑に茶を突き返されています。それでも美世は「申し訳ありません」と静かに謝り、深々と頭を下げるのみ。異母の香乃子からも「早く行ってちょうだい」と冷たく命令され、「かしこまりました」と指示に従います。父の真一は無言でその場に佇んでいました。
斎森家において美世の居場所はありません。長女ですが、使用人同然でした。
斎森家は異能の家系でしたが、美世には異能の気配は現れず、才能を持っていると思われる香耶にばかり両親は愛情を注いでいました。
美世が箒で庭を掃いていると辰石家の次男である辰石幸次が顔を出し、気さくに話しかけてきます。ミルクキャラメルをくれて、思わず笑顔をこぼす美世。「これで美世が笑顔になるなら安いものさ。僕は美世を助けてあげたいんだ」と幸次は素直に口にします。
その夜、父は美世に「明後日の昼は必ず家にいなさい」と言います。家からは全然出ていないので問題はありません。
当日、幸次が洋装で家に来ていましたが、昨日と違って浮かない顔です。お座敷に呼ばれ、これは縁談…もしかして幸次との縁談ではないかと微かに期待してしまいます。
意を決して部屋に入ると、父・母・妹・幸次が座っていました。しかし、父の口から放たれた言葉は期待とはかけ離れたものでした。
婿養子として迎える幸次の妻として家を支えるのは…香耶。さらに父の話は続きます。「美世には嫁いでもらう。嫁ぎ先は久堂家。久堂清霞だ。すぐに荷物をまとめて明朝、屋敷に迎え」…口を挟む余地もなく、美世は感情を飲み込みます。
名家である久堂家の当主である久堂清霞の評判は良くないです。冷酷無慈悲と噂され、婚約者候補といわれた女性たちは逃げ出したという話もかなり広まっています。
政略的な結婚に逆らえない幸次は「不甲斐ない。何もできなかった」と嘆きますが、美世は「私が運が悪かっただけですから」と無抵抗に受け入れていました。
思い出のある家を追い出され、美世は誰の付き添いもなく、ひとりで新しい家に向かいます。久堂家は山奥にあり、思っていたよりも屋敷は質素でした。
入り口で使用人のゆり江が温かく出迎えてくれます。随分と気さくな人です。
そしてついに久堂清霞のいる部屋へ行き、頭を下げて挨拶。顔をあげると、そこには綺麗な雰囲気を放つ、見たこともない存在が佇んでいました。
ここでどんな生活が始まるのか…。
心理的虐待を乗り越えるには…
ここからアニメ『わたしの幸せな結婚』のネタバレありの感想本文です。
『わたしの幸せな結婚』の主人公である斎森美世は、冒頭から実父・継母・義妹の3方向から陰湿に苦しめられ、対等なんて程遠いほどに冷たく扱われています。使用人同然というか、使用人以下です。
物理的な扱いや酷い言葉の投げかけはもちろんのことですが、美世に深い傷を残しているのは心理的虐待です。「自分に価値がない」と徹底して自己肯定をそぎ落とされ、反抗の意思さえも奪い、マインドコントロール状態にあります。
その心理的状態はあの斎森家から脱することができても継続し、美世を苦しめます。
現代だったらまず間違いなくメンタルケアを受けるべき案件ですし、専門家のサポートが絶対に必要な状況なのですが、この時代にはそういうものはありません。
本作の第1期の物語は、いかにして美世がその心理的状態から回復できるのか、そして周囲の人がそれをどう支えていくのかというところに主軸が置かれていました。
倫理観を持っていて優しいものの人への寄り添い方にはやや見識が浅い久堂清霞は、その自分の不甲斐なさを反省し、美世とフェアな関係を築こうと少しずつ歩みを揃え始めます。実は薄刃家の血を引き継ぐ鶴木新は己の役割への固執を諦め、美世の主体性を尊重します。愛があっても力不足を痛感する辰石幸次はこちらも競り合いをすることなく、美世の個人の幸せを優先します。
どの男性も美世をトロフィーとすることなく、自身の見つめ直しを通して、付き合いを考えていくという、“男らしさ”自省のエピソードを持っているのが印象的でした。
また、周囲の女性キャラクターの存在も重要で、使用人ながらも思いやってくれる花やゆり江、さらには結婚に1回失敗している経験を率直に語ってくれて理想の花嫁への重圧を和らげてくれる久堂葉月…いずれも美世の心を確かにほぐしていました。
とくに葉月のキャラがいることで、本作の恋愛伴侶規範的な偏重はある程度は緩和されている部分はあるので、かなり大事なメンバーだったと思います。
個人的には現状は「嫌な女」でしかない斎森香耶のキャラクター(とは言え、香耶も規範的な女らしさの犠牲者ではあるはず)にどうやって主体的な尊厳を与えていくのかが、この作品の腕の見せ所だと思うのですが、原作ではどうなっているのかな…。
帝国主義フェミニズムの問題
こんな感じで家父長制からの脱却という、ある意味ではスタンダードなフェミニズムを体現できている『わたしの幸せな結婚』ですが、問題点もなくはないと思います。
「シンデレラ・ストーリー」自体の構造的な問題はあちこちで語られているので、この際置いておくとして、今回は別の視点で切り抜いていくことにします。
私の第一印象として本作はなんだかんだでコンサバティブなハッピーエンドに留まっている感じが否めないなとずっと思いながら観ていました。
保守的なフェミニズムというか、もっと言いきれば、本作は結構ストレートに「帝国主義フェミニズム(Imperial feminism)」な作品なんじゃないか、と。帝国主義フェミニズムというのは、フェミニズムのレトリックが帝国主義を正当化するために使用されることを指します。
何よりも本作の「異能」という設定がそれを強化してしまっており、例えば、本作の世界観では「帝」は特殊な異能を使えて、天啓で未来予知もできて、その力が権力の維持に貢献しています。これは要するに非常に天皇の神秘化を前提とした設定です。作中ではどうやらこの現在の今上帝は策略を巡らせて権力維持を企む悪者になっているようですが、いずれにしても天皇の神秘化はファンタジーであろうとも史実の歴史を考えればもっと慎重に扱うべき事案のはずです。
美世の「夢見の力」はその帝の天啓をも上回る能力とされますが、そんな美世が異能を駆使した軍人である久堂清霞と結びついてしまうことで、やはりこちらでも軍国主義的な存在感ありきになっています。そもそも本作における異能は「対異特殊部隊」なんていう組織があるように、明確に軍事力や治安維持の側面を持ち合わせてます。ここでも明治大正の歴史を鑑みて、軍人の神秘化に安易に手を出すことの問題性は無視できないと思います。
つまり、美世はどっちに転ぼうともその個人の幸せの成立には帝国主義フェミニズムが顔を出してしまいますよね。
別のこの作品を全否定するわけではなく、こういうある日本の文化・政治的要素を拝借して成立させるファンタジーには、常に付きまとう課題だと思うのです。似たような指摘をアニメ『江戸前エルフ』の感想でも書きましたが、作り手がどれほど意識しているかはわかりませんが、世間的に日本らしいと言われる歴史的文化にはたいてい政治的バックグラウンドがあります。だからどんなに脱臭しても政治的視点は避けられないです。
作り手がそれにどこまで真剣に向き合い、答えを出すかを問われるのは当然だろうとは思います。
美世みたいな家父長制に苦しむ女性は、できれば政治的権力に依存せずに、そこから自由を得る道を見つけ出す、そんな物語を手にしてほしいでものですね。
美世、『Harley Quinn』を観るのはどうですか? というかハーレイ・クインと友達になって、笑顔で相手の足を折れるくらいの技を身に着けるとかいいんじゃない?
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『スキップとローファー』
・『お兄ちゃんはおしまい!』
作品ポスター・画像 (C)2023 顎木あくみ・月岡月穂/KADOKAWA/「わたしの幸せな結婚」製作委員会 私の幸せな結婚
以上、『わたしの幸せな結婚』の感想でした。
My Happy Marriage (2023) [Japanese Review] 『わたしの幸せな結婚』考察・評価レビュー