あなたの好きなスタジオジブリ作品はありますか? 中には1作品も観たこともないという人もいるかもしれません。個人の鑑賞体験の差はあれども、スタジオジブリは日本では最も有名なアニメーション・スタジオであり、送り届けてきたアニメ映画の認知度も高いです。なのでスタジオジブリ作品はこれまで散々語られ尽くしてきたと言えます。
今回はちょっと違った視点でスタジオジブリ作品を掘っていこうと思います。
スタジオジブリと海外
日本ではとても有名なスタジオジブリですが、海外ではどうでしょうか。
海外の業界では“宮崎駿”監督に象徴されるアニメーション・スタジオとして間違いなく芸術面で評価されていますが、一般庶民レベルだとまだまだマニアックな存在です。
「マリオ」「ゴジラ」「ピカチュウ」なんていうポピュラーな日本作品(キャラクター・フランチャイズ)と比べると「スタジオジブリ? なにそれ?」という反応は今の海外でも珍しくないでしょう。もちろん日本のアニメが好きで、業界の情報を積極的にキャッチしているオタク層であれば、海外でも認知はされていますが…。
ただ、2020年にアメリカでは独占ストリーミング権のもと、「HBO Max(現在はMax)」でスタジオジブリ作品がデジタル配信されるようになり、アメリカ以外だと「Netflix」で配信されるようになりました(日本では頑なに配信はしていません)。
それによって海外の人たちがスタジオジブリ作品に触れやすくなり、スタジオジブリ作品の感想やファンになった人の姿も観察しやすくなった気がします。
こうして「スタジオジブリは海外ではどんな反応で受け止められているのか」を情報収集するのも前よりもラクになりました。
スタジオジブリとLGBTQ
と言っても単にスタジオジブリ作品に対する海外の評価をまとめてもありきたりです。
そこで今回は日本側からはあまり注目されていない、海外のLGBTQコミュニティがスタジオジブリ作品をどう受け取っているのかを整理したいと思います。
スタジオジブリはこれまで多くの劇場映画・テレビ映画・短編作品を手がけてきました。その中に明示的なLGBTQキャラクターはひとりも存在しません。
だからといってLGBTQコミュニティに関心を持たれない…ということにはなりません。もともとLGBTQコミュニティはクィアが明確に描写されていない作品に対しても、その何気ない描写や要素からクィアネスを見い出すのが得意です。いわゆる「クィア・コーディング」や「クィア・リーディング」と呼ばれるものですね。
スタジオジブリ作品は海外のLGBTQコミュニティにどんな「クィア」を見い出されているのでしょうか。海外のLGBTQコミュニティが考える「最もクィアなスタジオジブリ作品」は何なのでしょうか。
この記事では、英語圏のメディア、TwitterなどのSNS、RedditやFandomなどの交流サービスを参考に、私の独断の調べで海外のLGBTQコミュニティに支持される「最もクィアなスタジオジブリ作品」をいくつか紹介していきます。
なお、繰り返しになりますが、「その作品の中にLGBTQキャラクターが明確に登場する」という意味ではありませんのでお気をつけください。
最もクィアなスタジオジブリ作品は?
さっそく以下に、最もクィアなスタジオジブリ作品のタイトルとその簡単な解説を語っていきます。紹介の順番にとくに意味はありません(順位ではありません)。
①『海がきこえる』
このタイトルが海外から飛び出すのは少々予想外だったかもしれません。
なにせ毎年「金曜ロードショー」でスタジオジブリ映画をしょっちゅう見れる環境にある日本在住の人の間でさえも、この作品の知名度は低いでしょうから。下手したら日本で最も名前が挙げられることのないスタジオジブリ作品のひとつかも…。
『海がきこえる』は確かに他のスタジオジブリ作品と比べると異色です。1993年5月に日本テレビ開局40周年記念番組として放送されたテレビ映画であり、その後に一部の映画館で限定上映されました。“宮崎駿”や“高畑勲”といったスタジオジブリのベテランは関与しておらず、若手が制作した作品で、監督は“望月智充”。脚本は後に『ゲド戦記』『借りぐらしのアリエッティ』『コクリコ坂から』『思い出のマーニー』と多数に参加することになる“丹羽圭子”(中村香)でした。
“氷室冴子”による小説が原作ですが、アニメは独自に約72分にまとめています。英題は「Ocean Waves」です。
『海がきこえる』の物語は杜崎拓という大学生の主人公が、地元(高知県)での高校時代を思い出すことから始まります。
杜崎拓には松野豊という親友がいて、松野豊は武藤里伽子という転校生に恋愛感情があります。杜崎拓も武藤里伽子といろいろな出来事を重ねていく中、この3人の関係性はどうなっていくのか…そんな青春ロマンス要素の多いドラマです。
基本的に三角関係の異性愛を主軸にしている本作ですが、一方で、杜崎拓と松野豊の2人の少年の間には単なる友情よりも親密な関係性を読み取ることもできます。松野豊が武藤里伽子に恋をすることで杜崎拓に動揺が走るのも、それはゲイとしての杜崎拓の感じる嫉妬ゆえと…。
「i-D」では『海がきこえる』を「スタジオジブリ映画全作品の中で、最悪の映画の1つにランクされています。しかし、90年代の日本における同性愛者のコード化された描写があり、もしスタジオジブリが杜崎拓のクィアネスを両手を広げて受け入れていたら、『Ocean Waves』は素晴らしい作品になっていたかもしれません」と評しています。
実際に作り手にどういう意図があったのかはわかりませんが、興味深いのは『海がきこえる』が先ほども説明したように“宮崎駿”などの年長者ではないクリエイターによって生み出されたものであるということ。そのアニメーションとしての総合的な出来栄えはイマイチかもしれませんが、原作者の“氷室冴子”による少女小説的な男性キャラクターの繊細な造形が、アニメ化の際にも無意識に影響を与えたのか、この実験的な作品はスタジオジブリ史でも際立つほどに自然とクィアネスを香り立たせるものになっていたということです。
②『思い出のマーニー』
2014年に日本で劇場公開された『思い出のマーニー』は、“宮崎駿”が2013年の『風立ちぬ』を最後の長編監督作とすると宣言してから(その後撤回されますが)、初めてとなる年長ベテラン勢ではない“米林宏昌”監督作であり、新しいスタジオジブリの静かな始まりでした。
“米林宏昌”監督も前作『借りぐらしのアリエッティ』(2010年)とまた違った心持ちだったと思いますが、米アカデミー賞で長編アニメ映画賞にノミネートされるなど、国際的な評価を獲得し、アニメーション・クリエイターとして“宮崎駿”の陰から飛び出す飛躍を遂げました。
『思い出のマーニー』は“ジョーン・G・ロビンソン”による児童文学を原作としており、もとはイングランドのノーフォーク州にある架空の海辺の村が舞台です。それをアニメ版では大きく改変し、北海道の湿原地域をフィールドにしたものになっています。
アニメの物語は、札幌に住む12歳の少女の佐々木杏奈が主人公で、病弱ゆえに環境のいいところでしばらく療養をさせることになり、田舎にしばらく滞在します。そこで古い屋敷を見つけ、さらにマーニーという不思議な少女に出会って交流を重ねていくことに…という少しファンタジックなプレティーンの青春ドラマです。
2人の少女の交流を描きながら進んでいくストーリーですが、人によってはこの2人の少女の関係性をロマンチックなものと捉える解釈もあります(もしくは同性へのロマンチックな指向を内面化する自分自身との対話)。『海がきこえる』が「BL」なら、『思い出のマーニー』は「GL」または「百合」です。
実際の物語内では、この佐々木杏奈とマーニーが恋愛関係になることは一切ありません。それどころかマーニーについては意外な正体が明らかになりますが、それはネタバレなので伏せておきます。
それでもこの2人にクィアネスを見い出せるのは、周囲に馴染めないという疎外された佐々木杏奈の状況ゆえか、はたまた12歳としてはボーイッシュな雰囲気を漂わす佐々木杏奈の容姿のせいか、もしかしたら「あなたのことが大すき。」というやけに直球な本作のキャッチコピーのためか…。
「CBR」では『思い出のマーニー』を「マーニーと杏奈は映画全体を通して非常に肉体的に親密であり、しばしば手をつないだり、お互いを慰めたりします。映画のポスターでも2人が背中合わせに手をつないでいる姿が描かれていますが、この姿勢は、もし2人が異性であれば、すぐに2人が恋に落ちていることを観客に示すものです。たとえ芽生えた関係からロマンスが生まれなかったとしても、サブテキストを促進するのにじゅうぶんな意味があります」と評しています。
『思い出のマーニー』も『海がきこえる』と同様に、“宮崎駿”などの年長者ではないクリエイターによって生み出されたものであるというあたりが一致しており、偶然にしてはなんだか不思議な巡り合わせです。
③『ハウルの動く城』
ずっと“宮崎駿”のクリエイティブ外の作品ばかり取り上げてきましたが、“宮崎駿”監督にはクィアネスは無理なのか? いいえ、きっとそんなことはありません。たぶん。
クィアに作品を貪るファンダムの観点から言えば、最も熱量たっぷりに愛されているのはこの『ハウルの動く城』かもしれません。私の観測範囲での主観ですが、『ハウルの動く城』の海外クィア・ファンダムは盛り上がりが他とワンステージ違います。
その理由は作品を観れば納得できます。
『ハウルの動く城』は“ダイアナ・ウィン・ジョーンズ”のファンタジー小説を原作にしていますが、“宮崎駿”のイマジネーションによって大幅に一新されています。
物語は、帽子屋の少女・ソフィーが荒地の魔女の呪いで90歳の老婆に姿を変えられてしまい、颯爽と現れる魔法使いのハウルに助けてもらって、摩訶不思議な奇妙な動く城で共同生活を始める…というファンタジーです。
戦争描写と“動く城”の造形が“宮崎駿”監督の真骨頂という感じですが、個性豊かなキャラクターたちもこのアニメーション映画を彩る魅力です。
そしてこのキャラクターたちが言ってしまえば、全員クィアなキャラクターに見えてくるわけです。劣等感を抱えてそれが容姿に表現されるソフィー、ジェンダー・ノンコンフォーミングな容姿で異彩を放つハウル、ドラァグクイーン感満載で当初は悪役だけど憎めない荒地の魔女…。他にも、カルシファー、マルクル、かかしのカブ…。
注目すべきは“動く城”に集うみんなが社会に適合できない疎外者であり、結果的にこの“動く城”はそんな者たちの居場所となっており、いわば相互扶助のクィア・コミュニティを形作っています(PinkNews)。戦争の最中に寄り添い合うクィアたちという構図も、ただの偶然なのか、監督の史実を捉える才能が自然に成した技の結果なのか、現実の大戦時のリアルな歴史と重なります。
これだけクィアが勢揃いすれば、ファンダムが盛況になるのも必然でしょう。単純に考えてスタジオジブリ作品の中でも、クィアが最もギュウギュウに詰め込まれててんこ盛りなのはこの『ハウルの動く城』ではないでしょうか。
クィアっぽさを感じる理由
上記では、『海がきこえる』『思い出のマーニー』『ハウルの動く城』の3作品を紹介しましたが、他にも「あの作品はクィアだな」と海外で言及されているスタジオジブリ作品はいっぱいあります。
スタジオジブリ作品は比較的クィアネスを感じさせやすいものが多いのかもしれません。
理由のひとつに、内面的に自分を封じ込めているようなキャラクターが多々見られることが挙げられます。『紅の豚』のポルコ・ロッソだったり、『もののけ姫』のサンだったり、『千と千尋の神隠し』のハクだったり…。
また、海外の昔ながらの少女表象と比べると、スタジオジブリ作品の少女表象はステレオタイプに映らないものも目立ちます。『風の谷のナウシカ』のナウシカだったり、『となりのトトロ』のサツキだったり、『魔女の宅急便』のキキだったり…。
無論、スタジオジブリ作品にも保守的な古さが随所に感じられる面もいくつもあります。そもそも組織体質が保守的だという根本的な問題もあるかもですが…。
それでも、部分的にきらめくクィアの芽を見つけると嬉しくなりますし、まだまだクィア視点で深掘りできる作品はいくらでもあり、語り足りません。
これからのスタジオジブリ
日本ではスタジオジブリ作品は昔からおなじみの世界です。
一方、現在の海外の話を前提にすれば、海外の若い世代にとってはスタジオジブリ作品は2020年代から動画配信サービスで観られるようになった「新鮮なアニメ」であり、真新しく認識しているとも言えます。
もちろんこれは現在の相対的な評価ですので、クィアなアニメーション作品が世に増えれば増えるほど、「スタジオジブリ作品はそんなにクィアでもないな…」という反応の“冷め”が今後観察できるかもしれませんが…。
スタジオジブリは2023年に最新作映画『君たちはどう生きるか』を劇場公開しますが、クィアな心をもっと掴める作品を将来的に生み出せるのか、それともノスタルジーの中で大切に保存されるだけなのか。その視点でも見守っていくのも面白いでしょう。
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