自分は自分をよく知らない…映画『LION ライオン ~25年目のただいま~』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:オーストラリア(2016年)
日本公開日:2017年4月7日
監督:ガース・デイビス
らいおん にじゅうごねんめのただいま
『LION ライオン 25年目のただいま』物語 簡単紹介
『LION ライオン 25年目のただいま』感想(ネタバレなし)
感動の実話は、あなたも無関係じゃない
テキサス州のクロス・プレインズという小さな田舎町にゲームが大好きなひとりの男の子がいました。彼の名前は“ジョン・ハンケ”。ゲーム会社を立ち上げることが夢だった彼は、大学を卒業後、ゲーム会社「Big Network」を設立。でも、ヒットするようなゲームはそう簡単に作れません。そんなとき、地球上のあらゆる場所の衛星画像を閲覧できるソフト「Keyhole」を開発します。その革新性に目を止めたのが他ならぬGoogleでした。彼はGoogleにすぐさま引き抜かれ、2005年に「Google Map」と「Google Earth」を公開するにいたります。
世界的に有名なサービスも、実はそのルーツを辿れば、小さな田舎に暮らしていた夢を抱えた子どもに行きつくのです。
本作『LION ライオン 25年目のただいま』もまたそんな話といえなくもないでしょう。
物語は「あらすじ」に書いたとおり。『チア☆ダン 女子高生がチアダンスで全米制覇しちゃったホントの話』のように、邦題で物語のオチがバレているという点では、映画的な好奇心をくすぐるものは薄いかもしれません。でも「“LION ライオン”って何?」と疑問に思うでしょう。この秘密は…観ればなるほど!と合点すると同時に、映画的なテーマがより強調される仕組みになってます。
忠告としては、成長して得た仲間とともに「Google Earth」をいかに駆使して故郷を突き止めるかという『ミッション・インポッシブル』的な展開を期待しないでくださいということ。
あくまで主題はルーツ探し。内面的なドラマです。そして、それは誰にも当てはまることだと思います。変わった境遇の人の伝記ドラマというだけではない…感動の実話は他人事じゃないのです。
惜しくも米アカデミー賞では受賞を逃がしましたが、6部門でノミネートは凄いこと。しかも、監督の“ガース・デイビス”(ガース・デイヴィス)は本作が初の長編映画です。
俳優陣は、『スラムドッグ$ミリオネア』の“デーヴ・パテール”(デヴ・パテル)、『キャロル』の“ルーニー・マーラ”、『アラビアの女王 愛と宿命の日々』の“ニコール・キッドマン”、『300 〈スリーハンドレッド〉』の“デビッド・ウェナム”など。
脚本は『ディーン、君がいた瞬間』の“ルーク・デイヴィス”。
監督と役者の才能に裏付けされた確かな感動を期待してください。
『LION ライオン 25年目のただいま』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):ここはどこ?
1986年。インドのカンドワ。サルーと呼ばれる幼い5歳の男の子は少し年上の兄と一緒に低速で走行する貨物列車に飛び乗りました。兄が石炭を投げ入れ、サルーに渡していきます。見張りに見つかってしまい、「下りろ!」と怒られる中、トンネルが迫ります。暗闇のトンネル内で絶叫し、列車から飛び降りてまんまと逃げました。
こうして盗んできた石炭をサルーたちは市場で売り、食料品に替えます。揚げ菓子を欲しがるサルー。「いつか店ごと買おう」と無邪気です。
家で待つ母に買ってきた牛乳を見せます。家は貧しく、母は仕事に出ます。サルーよりも幼いシェキラの面倒を見るように頼まれます。
兄は1週間ほど出ていくようで、サルーもついていきたがります。「お前には無理だよ」…それでもサルーは諦めません。自分には力があると自転車を持ちあげてみせます。しょうがないので連れて行くことにする兄。
夜の電車に乗り、2人は椅子で寄り添い合います。眠ってしまったサルーを抱きかかえて列車から降りる兄。サルーは寝ぼけており、ベンチで寝かせます。全然起きないので兄は「仕事を見つけて戻ってくる」と言って去っていきます。
時間が経過。サルーは目を覚ますと周囲には誰もいません。静かな夜です。停車している列車に入ってみるもここに兄はいないようです。困り果て、椅子に座ってまどろむサルー。
気が付くと明るくなっていました。そして振動も。列車は動いています。起きて歩き回るもドアは開かず、小さい子どもにはどうすることもできません。「助けて!誰か!」
列車は止まることなくどんどん進んでしまいます。窓から見える景色はサルーも知らない世界。
しばらく後、やっと列車は止まります。そこは西ベンガルのカルカッタ。カンドワから東へ1600kmの地点でした。
大勢の人がホームに押し寄せており、ドアが開くと同時になだれ込んできます。サルーはなんとか外へ。人の多さに困惑しながらも少し高いところに登ってみますが兄はいるはずもありません。どうやら言葉も通じないようです。周囲の人も冷たくあしらってきます。
一体どうすればいいのか…。
サルーのドキュメンタリー
本作『LION ライオン 25年目のただいま』を手がけたガース・デイビス監督はドキュメンタリー作品から映画界に入ったという経歴もあってか、本作もドキュメンタリーチックでした。
優れたドキュメンタリー作品を作るには情報の整理と見せ方が重要ですが、本作はそれらが非常に秀逸です。
例えば、序盤の大都市カルカッタ(コルカタ)での迷子パート。ここの舞台となるロケーション映像が本当に美しく、ディストピア的ともいえる独りぼっち感がより際立つ構成で観客もサルーとシンクロします。アカデミー賞で撮影賞にノミネートされるだけあります。私はなんかピクサーのアニメーション映画『ウォーリー』を連想してしまいました。幼少期のサルーの無邪気さもすごく『ウォーリー』に登場したロボットっぽいのです。
そんな美しい映像を「綺麗だな…」とぼけーっと見てみると色々重要な点を見逃します。そうした映像のなかに、実は後半にサルーが故郷を探しあてていくうえでキーとなる地理情報がちゃんと描かれています。そういえば、映画の冒頭も空から地域を俯瞰してみた映像から始まってました。
こういう積み重ねが後の“ルーツ探し”のカタルシスにつながっていきます。
Google Earthが発見させてくれること
本作『LION ライオン 25年目のただいま』のテーマは“ルーツ探し”だとは先に書きましたが、私たち日本人は“ルーツ探し”に関心がない人が多いです。たぶんこれは島国という地理的な背景と歴史的経緯から、民族や人種を気にする価値観が薄いからなのでしょう。日本人が関心あるのは出身都道府県か、血液型くらいなものです(実際は日本にもいろいろな人種や民族の人が暮らしているのですが…)。
奇遇にも本作の主人公のサルーもまた、私たち日本人と似た状況に行きつきます。養子に出されたサルーがインドから離れてたどり着いたのは、オーストラリアのタスマニア。ここは四国と九州を合わせたくらいの陸地面積の島で、要するに世界から隔離された閉鎖的世界なわけです。もちろん、故郷のスラム暮らしよりは裕福でしょうけど、何不自由ない生活の中で、自分のルーツなんて気にする必要はなかったはずです。
また、列車で迷子になった時点のサルーは、大都市カルカッタ(コルカタ)で世界の広さに圧倒されるばかりで、自分のルーツどころか自分と世界の関係性なんて正確に理解するにはほど遠い状態でした。
そして、大学に進み、“ルーツ探し”の道具に提案されたのが「Google Earth」。「Google Earth」を利用してサルーは“世界にいる自分”をはっきり認識します。そういう意味では本作における「Google Earth」は、故郷を発見するためのツールではなく、世界と自分のつながりを実感させてくれるツールなんですね。
本作はどうしても宣伝で「Google Earthで故郷を探す衝撃の実話!」といった感じで手法ばかりを押しがちですが、本質はそこじゃない。おそらく「Google Earth」以外にも故郷を特定する方法は何かしらあったでしょう。
“ルーツ探し”は皆している
そんなサルーが20年も経って変わり始めたきっかけとなったのが「大学」。 大学の仲間たちにルーツを聞かれ、初めて考えるようになります。“ルーニー・マーラ”演じるルーシーとの出会いも転機です。彼女との恋愛模様はドラマ上は蛇足に感じるかもしれませんが、サルーが他人にもルーツがあるんだと知るうえでの最初の重要な人物だと思います。この他人のルーツの存在を認識させてくれる相手は、その後、マントッシュや育ての母にいたるまで続いていきます。
“ルーツ探し”を思いついてもなかなか前には進みません。その原因は、インドにある7200以上の駅から迷子になった最初の駅を特定する技術的な難しさ…ではなく、内面的な葛藤です。本当にルーツ探しをしてよいのか…。しかし、自分の境遇は確かに特殊かもしれないけど、誰でも“ルーツ探し”はしているんだとわかってきます。
そう考えると、不良キャラ的な立ち位置であるマントッシュは、サルーよりも一足早く自らの“ルーツ探し”をしていたとも解釈できますよね。あの家を出ているのですから。
じゃあ、“ルーツ探し”の決心がついたかというとそうではない。故郷を探すべきか、いや止めた方がいいかも、いやそれでも探すべきだ、いやどうせ無駄に終わる、いやここで諦めるのもさすがに、いやしかし探してどうする…心はブレブレです。それでも。それでも、サルーの手はパソコンに伸び、「Google Earth」を彷徨う。人はルーツに導かれるのです。無意識に。まるでDNAに刻み込まれた本能みたいなものなのかもしれません。
映画のラストで示される「LION」の意味。自分は出身地の名前はおろか、本名さえも覚えていなかった…人は案外、自分を知らないものなんだと、教えてくれる映画でした。
最後はどこまで続くかにみえる線路でのサルーとグドゥの姿で終わります。きっとこの線路のように人生のルートは続いていくし、辿って遡ることもできる。「Google Earth」には表示されない世界に行ってしまったグドゥにも、いつかは会えると信じて…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 85% Audience 91%
IMDb
8.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2016 Long Way Home Holdings Pty Ltd and Screen Australia
以上、『LION ライオン 25年目のただいま』の感想でした。
Lion (2016) [Japanese Review] 『LION ライオン 25年目のただいま』考察・評価レビュー