その花の正体は何なのか…映画『リトル・ジョー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:オーストリア・イギリス・ドイツ(2019年)
日本公開日:2020年7月17日
監督:ジェシカ・ハウスナー
リトル・ジョー
りとるじょー
『リトル・ジョー』あらすじ
幸せになる香りを放つ新種の植物「リトル・ジョー」を開発した研究者でシングルマザーのアリスは、研究に没頭するあまり息子のジョーときちんと向き合えていないことに罪悪感を抱いていた。そこで息子のジョーへの贈り物として、彼女にとって自身の成果である花「リトル・ジョー」を自宅に持ち帰る。しかし、リトル・ジョーの香りを嗅いだジョーに奇妙な変化が起きる。
『リトル・ジョー』感想(ネタバレなし)
カンヌで女優賞を受賞した“花”物語
植物は色鮮やかな花を咲かせることが多いです。色だけではありません。形、匂い、あらゆる要素で目立とうとしてきます。正直、ファッションに疎い私よりも植物の方がセンスがあります(悔しいけど…)。自然界のコーディネートの才能は素晴らしいですよね。
その花々がなぜああも艶やかで美しいのかと言えば、自己表現したいからではなく、そのものずばり繁殖のためです。多くの植物は昆虫を利用して受粉を実行して子孫を残すので、昆虫が来たくなるようなスタイルになった方が有利でした。より視覚的に注目され、良い香りで惹きつけ、蜜というご褒美も用意する。ここまでしてやっと繁殖ができる。花は無言なので何を考えているかわからないけど、なかなか植物の世界もシビアというか、苦労が多そうです。まだ人間の方が自由奔放でいいですね…。
その植物、とくに花を題材にした映画が今回の紹介する作品なのですが、単に「お花が綺麗だね~」で終わるものではなく…。花の表面上の美しさと得体の知れなさを巧みに活かした一作です。
それが本作『リトル・ジョー』。
本作は、とある植物の研究者の女性が新種の花を生み出したことから始まります。それは大きな価値のある研究成果として世間から高く評価されると期待されていましたが、その花のせいなのか、周囲でどんどんおかしなことが起こり始め…という、謎めいたSFスリラーになっています。
植物パニック映画というジャンルが昔からあります。それこそ『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』(1960年)、『人類SOS! トリフィドの日』(1963年)、『ゴジラvsビオランテ』(1989年)、さらには『劇場版 美少女戦士セーラームーンR』(1993年)に至るまで、幅広い形態で植物がストーリーの鍵になるものです。この『リトル・ジョー』もまさにそういう映画です。
ただし、なんとなく想像する植物パニック映画とは違います。ネタバレなしで語るのは難しいですが、単純なパニックではない、心理的なスリラーというべきなのか…。そういう意味ではちょっと取っつきにくいですし、一般ウケはしないでしょう。でも好きな人は好きでしょうし、何より考察を求められるので、考察好きはノれると思います。
監督は“ジェシカ・ハウスナー”というオーストリアの人。2001年の長編初監督作『Lovely Rita ラブリー・リタ』がカンヌ国際映画祭ある視点部門に出品されて以降、ずっと国際的な場で注目のまとであり続けていた香り立つ才能の持ち主です。この長編5作目となる『リトル・ジョー』はついにカンヌ国際映画祭のコンペティション部門に選出され、賛否両論ながらも女優賞に輝きました。
私は“ジェシカ・ハウスナー”監督作を観るのがこれが初めてだったのですけど、なるほど確かに個性派です。『ハイ・ライフ』などといい、女性監督がSFジャンルに入り込むとやはりひときわ突出した作品が生まれやすいですね。それだけ既存のSF業界がまだまだ男性中心ということであり、私たちが普段見ている“普通のSF”は実は男性的な内容が寡占しているということなのですが…。
俳優陣は、主演となるのが“エミリー・ビーチャム”。2017年の『Daphne』で高く評価された彼女ですが、この『リトル・ジョー』で一気にカンヌまで突っ切ったことでますます勢いづくことになるか…。でも大作に出るタイプの女優ではないので、今後はどうなるのだろう…。『リトル・ジョー』ではとてもミステリアスで真意が読めない難しい主役を見事に熱演しています。
共演するのは、「007」シリーズで新生したQを演じて一部界隈でファンを激増させた“ベン・ウィショー”。『パディントン』シリーズでクマの声をあてたり、結構多才なのですが、ドラマ『英国スキャンダル〜セックスと陰謀のソープ事件』など演技派として幅広く活動中。『リトル・ジョー』でも“ベン・ウィショー”をたっぷり拝めるので、ファンは大満足でしょう。
他にも『インティマシー/親密』でベルリン国際映画祭で女優賞を受賞している“ケリー・フォックス”、また『ロケットマン』で少年時代のエルトン・ジョンを演じた“キット・コナー”、さらには“リンジー・ダンカン”もさらっと出演していたり…。
観終わった後も何が何だかわからないことがいっぱい残ると思います。以下の後半の感想では私の作品への解釈をあれこれ書いているので、よかったら目を向けてみてください。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(スリルよりも読み解く楽しさを) |
友人 | ◯(SF系の考察が好きな同士で) |
恋人 | △(気軽な見やすさはない) |
キッズ | △(大人ですら難解な話だが) |
『リトル・ジョー』感想(ネタバレあり)
あなたを幸せにします
植物の苗が均等に並んだラボのような場所。普通の園芸や農園のようには見えず、どうやら何かの実験の場のようです。そこに人がぞろぞろ入ってきて説明をしだします。
その中心メンバーである植物研究者のアリスは、この植物は「幸せになる香り」を放つ新種(品種なのかな?)であり、苦労の末に開発したと語っていきます。その花はある一定の条件を満たすことで持ち主に幸福をもたらすと続け、その条件とは、①「必ず、暖かい場所で育てること」、②「毎日、かかさず水をあげること」、③「何よりも、愛すること」の3つだとか。同僚のクリスも「ハッピープラント」であるとこの植物に太鼓判を押します。
その花を咲かせる植物の名前は、アリスの息子の名前をとって「リトル・ジョー」と呼ばれていました。
植物を映すモニタールームでは椅子につまんなさそうに座っている少年がいました。この子がそのジョーです。アリスはシングルマザーであり、研究に没頭する日々をおくっており、息子は二の次になりがち。
今日は勤めているバイオ企業をアリスとジョー連れだって出ていき、家路へと急ぎます。
帰宅。料理する時間はないので、買ってきた寿司を食べます。アリスはずっとこんな暮らしを当然のようにしてきましたが、心ではどこか息子への申し訳なさを感じていました。
そこでつい出来心でやってはいけないことをしてしまいます。息子が喜ぶと思って、持ち出し厳禁のあの「リトル・ジョー」を家に持ち帰り、ジョーにプレゼントしてしまったのです。また花は咲いていないその植物の解説を簡単にし、愛情を捧げると良いと自信ありげに答えるアリス。
一方で職場の研究所でトラブルが起きていました。なにかと面倒が多くて仲間からも白い目で見られている同僚ベラの飼っている犬のベロ。職場に連れてきたその犬が消えてしまったのです。犬が行方不明になったのでしょうがなく探すクリス。花のあるラボへ入って、犬を探索していると、赤い花が少しずつ咲いていっているのがわかります。すると、突然犬がぶつかってきて、その拍子でマスクがとれ、クリスは赤い花に顔を近づけてしまいました。吸い込み、むせるクリス。
何事もなく職場を離れて、バーでアリスと合流したクリスは何か変。彼は脈絡もなくアリスにキスしてきて、アリスも困惑します。
翌日、ラボで犬が見つかりますが、飼い主であるベラにすらも吠えてくるなど気性が荒くなっています。ショックを隠せないベラ。ベラは「リトル・ジョー」が原因ではないかと勘繰りますが、周囲は相手にしません。
そんな最中、家にいるジョーは「リトル・ジョー」が開花しているのを見て、言われたとおり、話しかけて匂いを思いっきり嗅いでしまいます。
アリスが帰宅すると、ジョーの反応がやけに冷たく、不自然に感じました。気のせいだろうか…。
アリスの周囲ではいつもと違う何かが次々と起こります。それはもしかしたらこの「リトル・ジョー」に原因があるのではないか。その疑惑はどんどん膨らんでいくばかり。
この「リトル・ジョー」の正体、そして本当の効果は…。
あの花の意味とは?
『リトル・ジョー』は「花」を主軸にした物語です。映画を観た人の多くが「あの花は結局は何だったのか」と思うでしょう。
本作は定番の植物パニック映画のように植物かモンスター化して人を襲ったり、わかりやすいかたちで人体に悪影響を与えてくることはありません。「リトル・ジョー」はただそこに咲いているだけ。でも何か影響を及ぼしているような、そんな不安をもたらしてくる…。“ジェシカ・ハウスナー”監督は私たち観客を花粉症気分にさせてきます。
作中では「リトル・ジョー」に関する具体的な説明はないです。幸せにする香りとやらがどこまで特殊性のあるものなのかもわかりません。花の匂いは良い香りのものが多いですし、普通の花の香りでもハッピーな気持ちになる人はいるでしょう。それともあの「リトル・ジョー」は麻薬のような酩酊成分があるのか…。それも不明です。人間の被験者がいるようですが、あの被験者の体験談動画を見ているかぎり、かなり漠然とした効果のようです。
そう、つまり、本作のあの深紅の花「リトル・ジョー」は単なるマクガフィンに過ぎません。物語を引っ張るだけの仕掛け。アイテムです。
アリスの周辺(犬、クリス、ジョーなど)はあの花のせいで“変化”したように一見すると思えます。でもそれを直接的に証明するものはなく、全部通常のこととして片づけることもできます。クリスはアリスに以前から好意を持っていたかもしれないですし、ジョーだって母親との関係が悪くなるのはよくあることです。
人間を支配しているなんて眉唾で、「リトル・ジョー」は私たちに疑心暗鬼を生むだけの存在とも言えるでしょう。
罪悪感をなくせば幸せになれる
もう少し別の言い方をすれば、「リトル・ジョー」は「一種の罪悪感を否定してくれる存在」かもしれません。
例えば、クリスはアリスに好意を持つにしても、そこには「こんなことをしていいのだろうか」という罪悪感が芽生えます。ベラは職場内で明らかに居場所がなく、それこそイジメられているような状況であり、結果的に自殺します。その死さえも本当に自殺なのかを明示しておらず、どことなくあの職場全体が罪悪感に包まれています。
ジョーは仕事一筋の母に尽き従うのをやめて、父親との時間を重視する方向へ転換しようかとか、はたまた同級生の女の子と新しい関係を構築しようかと、人生を模索し出しますが、やっぱり母を放っていいのかと罪悪感を抱いているでしょう。
そしてアリスも同じです。自分は研究者として頑張っているが、母親としては何も成していないのではないかと気がかりを感じています。あの「リトル・ジョー」はまさに第2の息子であり、彼女は2人の息子を掛け持ちしているのです。
こうした罪悪感をリトル・ジョーは消してくれます。その結果、なんだかんだで人はポジティブになった…ような気がします。
アリスの選択はとくにわかりやすいです。もう仕事と母親業という両立をすっぱり辞めて、研究業に徹しよう、と。それのどこが悪いことなんだ、と。保守的なジェンダー価値観ではなかなかこういう結論に至るのはリアルでは難しく、多くの女性が中途半端に両手持ちを余儀なくされている昨今、この映画はその罪悪感を迷いなく一刀両断にしてくれます。
“ジェシカ・ハウスナー”監督はインタビューで、『ボディ・スナッチャー』を新たに映画化するなら、全員が乗っ取られるハッピーエンドのバージョンを提案したい…と語っています。そのとおり、この『リトル・ジョー』の世界も変化は幸せをもたらしました(と思える着地になっている)。
それはなんでもかんでもディストピアとして受け取る必要はない、悲観的になることはない…という達観した希望を投げかけるものです。個人レベルで見るならば、母親としての在り方として、良い母・悪い母という二元論を破壊する物語でもあります。
盆栽に和楽器…日本要素も満載
コンセプトやシナリオもユニークながら『リトル・ジョー』は演出がまた異彩ですよね。
まずあの随所に登場するヴィヴィッドなカラー。赤い花はもちろん、研究室の椅子、ゴミ箱などあちこちに赤があるかと思えば、アリスの家は食卓の椅子が黄色で、灯りも、棚も黄色。そこに「リトル・ジョー」を不気味に照らす紫のライト。なんか原色しか使ってはいけない縛りの絵の具イラストのようです。
しかし、この色彩がアイテムを異様に引き立たせて、観客を妙に不安にさせたりと、心を動かしてくる。まさに花に誘引される虫になった気分です。
あのリトル・ジョーも素晴らしいデザインでした。赤い花で茎だけ。葉っぱは1枚も無し。正直に言えば気持ち悪い見た目であり、花が開くときのウネウネした動きといい、全然商品として売れそうにないのですけど…。
ちなみに“ジェシカ・ハウスナー”監督は盆栽が好きらしく、どおりであのリトル・ジョーも生け花っぽいんですね。
本作には日本要素も多く、とくに印象的なのが音楽。“伊藤貞司”が手がける、尺八や和太鼓、琴を使ったかなり大胆なBGM。日本人的にはあまりにもミスマッチなので、なんだかへんてこな怪談を観ているような感覚になってきますが、外国人にはどういう印象で聞こえているのだろうか。とにかくあのBGMがいきなり鳴りだすと、条件反射的に「これは何かが起こっているに違いない」と煽られる、非常にマインドをコントロールされてしまう音楽テクニックでした。
他にもアリスの前に登場する心理療法士の服が花柄だったり、絶妙に不安感を漂わせる嫌みな演出も上手く、“ジェシカ・ハウスナー”監督はシニカルとアートを併せ持つ、完全にSF向きで面白い人だなと私も初見ですっかり好きになっちゃいました。
新種の才能を持った監督に、私の心は幸せでいっぱいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 68% Audience 41%
IMDb
5.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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作品ポスター・画像 (C)COOP99 FILMPRODUKTION GMBH / LITTLE JOE PRODUCTIONS LTD / ESSENTIAL FILMPRODUKTION GMBH / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019 リトルジョー
以上、『リトル・ジョー』の感想でした。
Little Joe (2019) [Japanese Review] 『リトル・ジョー』考察・評価レビュー