女の革命はひとつの火花から始まる…ドラマシリーズ『パワー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
シーズン1:2023年にAmazonで配信
原案:ラエル・タッカー、ナオミ・オルダーマン ほか
セクハラ描写 自死・自傷描写 児童虐待描写 性描写 恋愛描写
パワー
ぱわー
『パワー』あらすじ
『パワー』感想(ネタバレなし)
もし女性にパワーが宿ったら?
1700年代、とある科学者が「世間で起こっている放火は若い女性が犯人だ」と考えました。意味不明だと思いますが、その科学者いわく「ヒステリック」が原因なのだ…という考えです。もちろんこれは誤りで、そもそも放火の大半は男性が犯人でした。
ただ、この一例からもわかるように、昔から女性は情緒不安定で突発的に異様な行動をとるとされてきました。ある年代ではそのような女性は「魔女」と咎められ、あるときは「奇跡」と崇められたりもしました(『聖なる証』のように)。
1900年代に状況が変わり始めます。1931年、医学誌で女性ホルモンのエストロゲンが主に月経に関連して女性に与える影響が提起され、以降、これまで考えられてきた女性に起きる“あれこれ”は全てこの「女性ホルモン」の影響だ…というざっくりした見解が認知されていきます。
この考えを決定的にしたのが、1953年に“キャサリーナ・ダルトン”という心理学者が発表した「月経前症候群(PMS)」。このPMSは一般的に「月経前3~10日の間続く精神的あるいは身体的症状で、月経開始とともに軽快ないし消失するもの」と説明され、今では日本でもかなり普及した言葉になっています。
しかし、この「月経前症候群(PMS)」、実は科学的根拠はたいしてないという指摘もあります。PMSに懐疑的な研究者として有名な“ロビン・スタイン・デルーカ”は、PMSに関する定義、原因、治療、さらには存在についても確かなことは何もないと語っています(こちらのTEDトークでも詳細を確認できます)。
勘違いないように強調しておきますが、「月経前&生理期間に苦しむ女性はいない」と主張しているわけではありません。苦しい症状がある女性がいます。「月経前不快気分障害(PMDD)」という医学病名もあります。問題はこの本来は心理学の用語である「月経前症候群(PMS)」があまりにも大雑把に使われすぎているということで…。
そもそも女性ホルモンに対する誤解の多さも起因しています。性ホルモンの影響はまだ科学的によくわかっていないことも多いのに、世間では「ホルモンではこんなことが起きる」「こうすればホルモンが良くなる」なんていう真偽不明の情報が飛び交っています。ホルモンには神話が蔓延っているのです。
そんな差別と病理化を引きずる女性の歴史において、今回紹介するSFドラマはまたホルモン神話を助長しそうですが、でもなかなか面白いアプローチで社会を炙りだしています。
それが本作『パワー』です。
ドラマ『パワー』は、イギリスの作家“ナオミ・オルダーマン”が2016年に書いた小説を映像化したものです。物語は、現実世界である日から急に若い女性を中心に体から電気を発せられる能力に目覚める者が現れ始める…という「X-Men」みたいな能力モノ。でもバトルアクションのジャンルではありません。いわば「if」な現象によって社会の男女の在り方が一変する、ジェンダーのダイナミクスの激変を描いたフェミニズムSFです。
第4波フェミニズムの潮流を上手く創作に盛り込んでおり、ドラマはさらに現代的に脚色され、社会を鋭く風刺しています。
インターセクショナルなフェミニズムはもちろん、ネットと現実で憎悪を膨らますミソジニー、さらにはLGBTQも網羅。とくにトランスジェンダーやインターセックスも包括しており、抜かりなしです。
世界の男女構造が逆転するフェミニズムSFドラマと言えば、最近だと『Y:ザ・ラストマン』がありましたが、ドラマ『パワー』も2020年代を象徴する一作として並ぶのではないかな。
原案はドラマ『トゥルーブラッド』の”ラエル・タッカー”。さらに原作者の“ナオミ・オルダーマン”自身も製作&脚本に参加しています。
俳優陣は、『ドリーム・ホース』の“トニ・コレット”、『モアナと伝説の海』『クラッシュ』の“アウリイ・クラヴァーリョ”、『ザ・メニュー』の“ジョン・レグイザモ”、ドラマ『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』の“トヒーブ・ジモー”、ドラマ『Three Girls』の“リア・ズミトロヴィッチ”、『ロザライン』の“ニコ・ヒラガ”、『ザ・コントラクター』の“エディ・マーサン”、『サラエボ,希望の街角』の“ズリンカ・ツヴィテシッチ”など。また、『ナチュラルウーマン』でトランスジェンダー当事者の俳優として快挙を成し遂げた“ダニエラ・ベガ”も出演。
群像劇なので登場人物がいっぱいですが、頑張ってついてきてください。
ドラマ『パワー』は「Amazonプライムビデオ」で独占配信中。シーズン1は全9話で、1話あたり約60分です。
『パワー』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジェンダーを考える |
友人 | :題材に関心あるなら |
恋人 | :相手の差別意識チェック |
キッズ | :性描写がややあり |
『パワー』予告動画
『パワー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(序盤):革命は火花から始まる
想像すらしていなかった。女が中心に回る世界。女がルールを作り、望むものを手に入れられる世界。神が女の姿をした世界。女が恐れるのではなく、恐れられる側になる世界。そんな世界はあるのか。前の世界を焼き尽くせばよかっただけ…。
6カ月前。実の母に3歳で捨てられ、以降は里親をたらい回しにされてきたアリー(アリソン)。半年間言葉を発しておらず、トラウマを経験した子どもに見られる場面緘黙症だと言語療法では診断されていました。今の里親は信仰深く、教会で牧師のくだらない戯言を聞いていると、「あなたも声を上げるべき時が来た」とどこからか声が聞こえてきます。その声は「逃げたって無駄。頭の中にいる。より良い未来はあなたの手の中に」と語るのでした。
ところかわってイギリスで暮らす10代のロクシーは招待された兄の結婚式に参加予定でした。実の父はギャングのバーニー・モンク。会場につくもロクシーにとっては居心地が悪いです。なぜなら自分は愛人の間にできた子でファミリーの一員として扱ってもらえていないからでした。父モンクに「部下として働かせて」とお願いするも「お前は感情的すぎる」と跳ね除けられ、父はスピーチで息子の話をしても自分の話はしてくれません。
一方、シアトルにいる10代のジョスはSNSで母で市長でもあるマーゴット・クリアリー・ロペスを罵倒するコメントに“いいね”をつけていました。そのとき、指に電気が走ったような感覚を感じます。学校では金属探知機を通ると故障したようにノイズが鳴り、肌にも違和感。友達のライアンには誤魔化しますが、「それなんだかわかるよ」という別の子に話しかけられ、夜にその“能力”の使い方を教えてもらい…。
遠く離れたナイジェリアでは、ジャーナリストを夢見るも父の仕事を押し付けられているトゥンデ・オジョが友人のンドゥディからジュジュ(魔術)の噂を聞きます。潜入には乗り気ではなく、ガールフレンドのアドゥノーラとキスすることにしていたところ、彼女の身体から電気を感じて驚きます。気が変わったトゥンデはンドゥディが潜入している会に自分も足を踏み入れ、そこで女性たちが手から電気をだして楽しそうにしているのを目撃。しかし、見つかってしまい、かばったンドゥディが電気を受けて痙攣しだし…。
窮屈な家でアリーは「ここは私の居場所じゃない」と喋って食卓を去り、自室で養父が迫ってきましたが、アリーはその顔に触れて手から電気を流して気絶させ、さらに手をあて、口を塞ぎ、とどめをさすのでした。荷物を持ってゆっくり家を出ます。
ロクシーは母のいる家に見知らぬ男たちが侵入するという状態に陥り、咄嗟に自分の手から放たれた電気でひとりを倒しますが、母は殺されてしまいました。
まだ革命はこれから…。
社会問題とどう重ねるか
ここから『パワー』のネタバレありの感想本文です。
ドラマ『パワー』は女性の手から電気がビリビリだせるという、言葉だけで表現するとものすごくくだらないものに思えてきますし、単純に映像化してもしょぼいB級作品になってしまいます。それを本作は社会問題と巧みに重ね合わせて、リアルな問題提起として訴えており、このアプローチが実にSF的で面白いです。
本作の設定を簡単に整理すると、ある日、若い女性の間でデンキウナギみたいな電気生成能力が突然発現します。これはEOD(electric organ discharge)と呼ばれるようになり、どうやら12歳から19歳の子の鎖骨にまたがる器官(スケイン)が突然変異的に発達することで手に入る能力のようで、この器官は除去すると死亡してしまいます。そしてこの能力は他の女性に分け与えることができるというのがミソです。
なお、本作のEODは女性ホルモンのエストロゲンによって発現する設定なので、作中で登場するトランスジェンダー女性のシスターマリアや、男性として普段は生活しているインターセックスのライアンにもEODが芽生えます。
ドラマ『パワー』はこのEODを中絶などと同じ「女性の体の自己決定権」の問題として捉え、市長のマーゴットはその筆頭となっていきます。最初に発見された10代の少女たちが学校で非人道的に拘束されたりする光景は、女性がかつて精神疾患として扱われた歴史を彷彿とさせますし、女性の身体を法では縛れないとする訴えは今の現実社会とシンクロします。ちゃんとEODが欲しくないという立場のフェミニストにも配慮するあたり、マーゴットはその自己決定権の前提がしっかりしています。
一方そのマーゴットと対立する相手がセクハラ知事のダンドンで、EODは武器であり、規制が必要であるという論理を展開します。銃と重ねるあたりがアメリカらしい語り口です(銃規制に消極的な保守政治家がEOD規制にはノリノリという皮肉)。
さらに「思春期抑制剤(ホルモン・ブロッカー)」を用いて科学的去勢の薬を開発し、水道水に混ぜる気ではなんていう噂も流れます。これは反LGBT派がよく用いる陰謀論(「ブロッカーは子どもに有害だ」「水道水のせいで同性愛者になる」という主張)のコピーですが、アフリカで今も行われている「女性性器切除(FGM)」となんだか重なる話でもあります。
そしてここぞとばかりにインフルエンサーの「アーバンドクス」なる存在が一部の男たちを虜にし、「男が生態系の頂点に立つべきだ」と反EODを展開し、「フェミナチ」と罵倒してミソジニーを煽ります。ドラマ『シー・ハルク:ザ・アトーニー』といい、こういうオンライン・ミソジニー空間の描写は今のハリウッドではお手の物でしょうか。
各国のEODを巡る対応もバラバラで、このへんはコロナ禍の経験を上手く活用して描写していますし、LGBTQへの国家弾圧とも重複する感じでした。
ともかく本作を観ていると「ああ、こういう世間の反応、ありそうだな」と納得できるリアリティです。
シーズン1:この始まりは楽園か、波乱か
ドラマ『パワー』はこのEODの出現によって起き出すジェンダーのダイナミクスの変化をじんわりと描いていき、シーズン1はその変化の第1波でした。
基本的に女性差別が酷い地域ほど激変が起きています。ジョスのいる学校ではそうでもなくまた普通に男女が混じっての授業が再開されていますが、トゥンデが取材に行くサウジアラビアではEOD女性たちが団結してクーデターを起こします。
だからといって、女性がマジョリティになって、男性がマイノリティになった…というほどのシンプルな逆転現象ではありません。まだまだ男性の特権性は社会に残存しており、女性のEODもあくまで突発的な能力にすぎず、社会に組み込まれた優位性とまでは根付いていませんからね。ゆえに絶妙な緊張感があります。わきまえて生きるしかなかった女性たちがこの力にすがりつく切ない心情も味わいを深めます。
最終話では上院選の選挙討論でマーゴットはダンドンに電気を浴びせてしまい、マーゴットの政治生命はおろか、「女性の体の自己決定権」すらも疑念を持たれかねない状況で、どうなるやら…。
一方、女性たちが全員連帯していくとも限りません。夫ヴィクトルを殴り殺して政権を掌握したタチアナは、喧嘩別れした妹で人身売買の屈辱を受けていたゾーヤの「男を食う女たち」という組織と最後は接続し、男の軍隊を殲滅したようですが、この先は全く未知数です。女の過激主義国家を築くのか、それとも…。
気になるのは姉妹修道院で半ばカルト的コミュニティを築き上げ始めたアリー(イヴ)と、元ギャングの娘で母を実は殺していた首謀者の父とは決別したロクシーの合流。なかなかにヤバそうな組み合わせで化学反応が予想つきませんが、すんなり仲良くいくのだろうか…。それにしても電気で体をコントロールしたり、健康さえも操作できるなら、可能性はもっと広がるけど、この2人はどう使うのかな。
マーゴットの夫ロブは妻に愛想をつかして不倫に走りだし(やっぱり女というあたりが滑稽だけど)、息子マティはアーバンドクスからスパイしろと言われて信者の忠誠心を試されますが、この2人の男にはろくな未来が待ってなさそうだな…。EOD関係なく、この男たち、元からダメなんだろうし…。
ドラマ『パワー』は2023年のフェミニズムSFらしい堂々たる佇まいで強烈な電撃をこれからも繰り出してくれそうです。
ROTTEN TOMATOES
S1: Tomatometer 74% Audience 78%
IMDb
6.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios
以上、『パワー』の感想でした。
The Power (2023) [Japanese Review] 『パワー』考察・評価レビュー