2人だけのファンダムで寄せ合って…映画『ルックバック』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2024年)
日本公開日:2024年6月28日
監督:押山清高
るっくばっく
『ルックバック』物語 簡単紹介
『ルックバック』感想(ネタバレなし)
そう言えば私も昔は…
今から私の個人的な昔話を語りますね。知りたくもない人は読み飛ばしてください。
私は小学生の頃、他人と触れ合うのが全くの苦手で、学校に行くのも嫌な子どもだったのですが、さほど得意なこともない中、「絵を描く」ことはそれなりに好きでした。当時は、自分なりに漫画を描いていたりもしました。本当にとくに意味もなく、ただただ好きなように漫画を描いているだけでしたし、それは漫画家になりたいとか、そういう夢に接続するものでもなく、単なる趣味です。しかし、趣味といっても本格的ではない、お絵かきでしたけども。
そうこうしているうちに私は学校の教室の中ではどうやら「絵が上手い子」くらいには認識されたこともあるようで、それはこそばゆいものですが、でもやはり嬉しいという気持ちもなくはない。そんなささやかな自己肯定になっていたと今振り返れば思います。
けれどもいつの間にか漫画は描かなくなっていました。明確な理由はわかりません。当時の心境が何かあったのかも覚えていません。漠然と考えてみると、自分のアイデンティティに悩み始め、漫画を描く意欲も絞りとられるように消え失せたのかもしれません。
アイデンティティへの悩みを漫画で表現するという手もあるでしょうけど、当時の自分はそんな技があるなんて微塵も知りませんでした。自己表現の手段として漫画を考えていたわけでもないですから…。
もしかしたら同じような漫画を描く友達でもできればまた違った未来があったのかもですが…。あのときの私は(今もなんですけど)、趣味を共有して友人を作るのさえも苦手だったので…。
そうして漫画などすっかり描かなくなった今の大人の私。絵のスキルも当然ありません。絵を描くために鉛筆を握る機会さえない…。そんな私ですが、今回紹介するアニメはなんだか不思議な昔の気持ちが蘇ってくる作品でした。
それが本作『ルックバック』です。
2016年から『少年ジャンプ+』で漫画『ファイアパンチ』を連載し始め、にわかに注目を集め、その後の2019年の『チェンソーマン』で大きな成功をおさめ、今や最も勢いのある若の漫画家となっている“藤本タツキ”。その代表作にとどまることなく創作意欲が止まらない“藤本タツキ”が2021年に同じく『少年ジャンプ+』で読み切りとして公開したのが、この『ルックバック』でした。
4コマ漫画を描くことに熱中するひとりの小学生が、別の絵が上手い小学生と出会い、意気投合していく物語であり、その繊細で心を掴むストーリーセンスとキャラクター表現は高評価を受けました。
漫画を描く人が題材といっても、『バクマン。』のような「大ヒットの漫画家を目指して成り上がっていく」という業界裏側モノでもなく、青春っぽい雰囲気をだしつつも、相当にこじんまりしたプライベートな話になっているのが特徴です。
また私事になりますけども、この『ルックバック』を漫画で読んだときは、「あれ、昔の私みたいな子がでてくるな…」と既視感を抱かずにはいられませんでしたよ。私が子どものときに漫画を描くのをやめないでいたら、もしくは漫画を描く仲間に出会えていたら…みたいな「if」をみているような気分でした。
この話題の『ルックバック』が2024年にアニメ映画化となった本作。
ちなみに「58分」とコンパクトな作品時間となっており、日本では劇場公開時は「ODS(非映画コンテンツ)」扱いでした。でも例えば、米アカデミー賞の長編アニメーション映画部門では長編映画とみなされる対象は上映時間が最低40分間以上であることになっていますし、他でもだいたい60分はあれば長編アニメとみなされることが多いので、この『ルックバック』もこの記事内では「長編アニメ映画」と堂々扱うこととします。ODSって枠、日本の業界の変な慣習ですよね…。
アニメ『ルックバック』の監督は、『DEVILMAN crybaby』や『チェンソーマン』のアニメで悪魔系のデザインを担当していた“押山清高”。
とくに原作を読んでいなくても何の問題もなく楽しめますし、58分と短めながらも中身はたっぷりとエモーショナルに詰まっていますので、まだ観ていない人はぜひどうぞ。
『ルックバック』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :じっくり味わう |
友人 | :安心できる相手と |
恋人 | :落ち着いて一緒に |
キッズ | :静かなドラマだけど |
『ルックバック』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
夜の住宅街。ほとんどの家は真っ暗で静まり返っていますが、ある一軒の家の窓からぼんやりと明かりが透けてみえます。そこには自分の部屋の机で電気スタンドだけをつけて一心不乱に絵を描いている子どもがいました。
小学4年生の藤野はアイディアをひらめき、手を動かしていきます。描いているのは4コマ漫画。男女の乗る車が事故を起こし、死ぬ直前に愛を誓うという内容。生まれ変わっても変わらぬ愛を…けども生まれ変わるも地球に隕石が…というオチ。
この4コマ漫画は藤野の通っている学年新聞に掲載されており、毎週の連載は大変ですが、同級生には好評でした。「絵が上手い」と褒められまくっている藤野も満足げです。「将来、漫画家になれる」とべた褒めに藤野は余裕の態度。
しかし、職員室に呼び出された藤野は意外なお願いを先生からされます。次の学年新聞の4コマ漫画について1枠だけ京本という子に譲ってくれないかというものでした。京本は隣の組に在籍する子ですが、不登校らしく、藤野もよく知りません。
「まあ私は別にいいですけど、ちゃんとした絵を描くのは素人には難しいですよ。学校にも来れない軟弱者に漫画が描けますかね?」
ところが翌週の学年新聞に掲載された京本の漫画をみて、藤野の余裕の表情は一変します。自分とは全く違う絵のタッチ。学校の風景ばかりですが一目瞭然です。周りの子たちはこの初めて見る京本の絵を絶賛し、藤野の絵が普通にみえるとまで口にする声まで耳に聞こえてきます。
今までいろいろな人に褒められてきた自分は何だったのか…。納得できない藤野は絵を本気で学ぼうと道具を買って猛練習を始めました。毎日、朝も昼も晩も、学校でも図書館でも家でも外でも…。買った専門書は増え続け、スケッチブックも溜まっていきます。
6年生になりましたが、藤野は絵に集中し続けていました。友達は絵ばかり描く自分を否定してきます。姉も絵だけの藤野の姿に呆れるような声をかけるだけ。
相変わらず京本の画力は風景だけですが上手いです。差は埋まらない…。
そしてついに藤野は絵から離れます。どうでもよくなってしまいました。友達と遊び、今までのことがなかったかのように漫画のあらゆる想いを捨てました。
卒業式後、京本に卒業証書を渡してほしいと先生に頼まれます。渋々その家に向かうと玄関が開いていました。
廊下には大量のスケッチブック。久々に4コマ漫画の紙を見つけ、ふと描いてしまいます。それはスっと藤野の手から零れ落ち、京本がいると思われる部屋のドアに下から入ってしまいました。
慌てて逃げるように家から飛び出す藤野。そのとき、京本が追うように外に飛び出してきて、「藤野先生!」と声をかけてきます。
「ファンです!サインください!」
こうして2人は出会いました…。
究極的に親密な他者こそ
ここから『ルックバック』のネタバレありの感想本文です。
『ルックバック』は4コマ漫画を描くのが好きな主人公の話というだけあって、この作品の構成自体が非常にわかりやすく4コマ漫画的な起承転結で成り立っています。
まず序盤の「田舎育ちの生意気な子どもが自分の画力と名声に自惚れていると、全く予想外の引きこもりに縄張りをひっくり返されてしまう」という、井の中の蛙として才能の奥深さを知るオチ。こちらから観れば実に子どもらしい微笑ましさですが、当人はもう自尊心をズタズタにされてヤケクソでムキになっている…それがまた創作の意欲に繋がっていく。
しかし、ここで本作で何か所が訪れる現実を突きつけるコマに移行。どんなに頑張っても才能が急激に向上するわけでもないという事実(まあ、たかが2年程度しか年月は経ってないんですが、小学生には2年間は大きいでしょうからね…)。
燃え尽きた藤野は漫画から引退しますが、そこでまた4コマ漫画的な展開の飛躍が起きます。あの京本は自分のファンで誰よりもずっと絵に惚れ込んで応援してくれていたのだ、と。
他者には虚勢しか張れない子と、朴訥だが他者と触れ合えもしない子。2人の邂逅がまた温かい交流として描かれていき、和やかなムードに。ついには「藤野キョウ」というペンネームで、出版社への応募で準入選。13歳の成功としてはじゅうぶんすぎるほどです。
しかし、このままめでたしめでたしにはなりません。
やはり今度も現実を突きつけるコマに移行。2人の進路のすれ違い、そして藤野の孤独な創作作業。漫画雑誌での連載を開始してプロの漫画家に見事になってみせ、競争の激しい世界でも成功を確かにおさめるのですが、それでもかつての喜びはない。むしろ孤独が増していく…。
そしてこれまでの流れの決まりだったら、お次は4コマ漫画的な展開の飛躍が起きて、またもや理想的な牧歌的なパートが始まる…と期待したくなるのですけど、今回はそうなりません。
突きつけられるのは現実的とはあまりに言い難いけど、現実でも起きているのであり得ないとは言えない、とても凄惨な事件で…。
この惨劇は「Last Breath Bullet」的なお約束で終わらず、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』のように「死を乗り越えてしまった未来を描く」という創作による大嘘を駆使するそっちがメインで描かれることになります。死別とどう向き合うのかというテーマはいろいろな作品で題材になるものですが、その中でも創作で救おうとするアプローチです。
『ルックバック』の場合は、ここで4コマ漫画演出が畳みかけるように効いてきます。
思えば、“藤本タツキ”作品は、(往々にして男性劣等感に紐づいた)オタク的なルサンチマンを内在したキャラクターを描くことも多いですけども、今作ではそんな性質の男がまさに最悪の有害さをもって襲ってくるわけで、被害者側に立たされたクリエイターの人生に寄り添っています。
そしてそのクリエイターの理想が、外部の批評(同級生・読者・暴力者)を除外した、究極的に親密な他者とだけの空間になっているのも印象的です。本作で言えば、藤野と京本。この2人だけのファンダムが、ファンダムという概念の最小の美であるかのように。
もちろん実際はそんな都合がいいものではないのはわかっているのですが、現実では手に入らないクリエイターが内では欲しているものであろうものを表現するという点では、ものすごく正直な作品だったなと思います。
当然、本作は現実で起きている陰惨な暴力で犠牲になったクリエイターへの追悼の意味もあるのでしょうけども、本作自体はそこまで重いものを背負いすぎることもなく、あくまでフィクションとして2人の人物の創作人生にだけ焦点を絞っているのも抑制的にコントロールされているスマートなクリエイティブではありました。
4コマ漫画的な気持ちよさをアニメに
このように本作『ルックバック』は全体の構成が、理想と現実が交互にやってきて、それが4コマ漫画的なテンポの良さがあって、とにかく観ていて気持ちがいいです。業界の裏側をリアルに描くとか、親との関係を掘り下げて描くとか、そんな横道に逸れずに、ひたすらにこのテンポを大事にしている感じでした。
アニメーションになることでこのテンポがどう変わるのかと思いましたけど、それは全くの心配いらずで、よりアニメーションらしい映像表現で気持ちよさが増しましたね。
とくに藤野の描いているくだらない中身の漫画があの絵そのままにアニメになることで、メリハリがさらにつきましたし、その演出が終盤の仕掛けで大きく効いてくるので(あの画力そのままで映像化されるのではなく、この世界の現実の絵そのままに映像化されることで、藤野の表現力の向上まで示唆する)、これはもうアニメーションに非常に向いている作品でもあったなとも思いました。
そもそも4コマ漫画はアニメにしたときにテンポは自然とよくなりやすいのですけど、この『ルックバック』の原作自体は別に4コマ漫画ではないですし、長編読み切りをこうやってテンポをつけてアニメーションにする脚色はかなりスキルがいるでしょう。本作の製作陣はその難所を上手く乗り越えていました。
もともとが漫画を描くという行為へのリスペクトに溢れた作品ですし、それをアニメーションで雑に扱うわけにはいかないのは言うまでもないのですが、しっかりその作品にふさわしいレベルの豊かな感情の機微を表現できていました。58分の内容ですが、2024年のどのアニメーション映画よりも表現力の詰まった一作でしたね。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)藤本タツキ/集英社 (C)2024「ルックバック」製作委員会
以上、『ルックバック』の感想でした。
Look Back (2024) [Japanese Review] 『ルックバック』考察・評価レビュー
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