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『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』感想(ネタバレ)…トランスジェンダーに正義を

マーシャ・P・ジョンソンの生と死

トランスジェンダーに正義を…Netflixドキュメンタリー映画『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Death and Life of Marsha P. Johnson
製作国:アメリカ(2017年)
日本では劇場未公開:2017年にNetflixで配信
監督:デヴィッド・フランス

マーシャ・P・ジョンソンの生と死

マーシャ・P・ジョンソンの生と死

『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』あらすじ

伝説的なトランスジェンダーとしてその名を残し、今も多くの人に愛されているマーシャ・P・ジョンソン。LGBTQ運動の先駆者として、その功績は誰もが口にする。そのマーシャは、ある日のこと、無残な姿で発見され、この世から命は消えた。謎の死を遂げてから25年。依然として激化する差別と戦い続ける活動家ビクトリア・クルスが、その死の真相に迫る。

『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』感想(ネタバレなし)

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「LGBT」の意味を理解しているか

「LGBT」という言葉はすっかり日本のメディアでもよく見られるようになってきました。

しかし、その言葉の使われ方に関して、当事者や専門家が首をかしげる事例も増えているような気がします。中にはかなり不快感を与える場合もあって…。これでは何のための「LGBT」なのか、何のために自分たちは声をあげてきたのかと、虚しさに襲われたりも…。

これは「LGBT」という言葉自体に非があるわけではなく、大部分は人々や社会の認識の問題です。

そもそも「LGBT」という言葉はどういう意味なのか。あらためて問いましょう。

辞書的には「女性同性愛者(Lesbian)、男性同性愛者(Gay)、両性愛者(Bisexual)、トランスジェンダー(Transgender)の各単語の頭文字を組み合わせた言葉」になりますし、それはそれで意味としては間違っていないのですが、正確ではありません。

正しい理解をするには「LGBT」という言葉が生まれた背景を整理しないといけません。

1900年代から話をします。この時代の当初、同性愛や異性装の人たちは奇異の目で見られるだけなく、犯罪者扱いでした。なので人目を避けてアンダーグラウンドでこっそり暮らすしかできません。普段は世間一般が考える“普通”のふりをする。そういう生活です。セクシュアルマイノリティたちはバラバラの「イチ個人」です(多少の友人関係やグループがあったりはしたけど)。

それが変わった節目が起きます。それが1969年6月28日、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」での警察の介入に端を発する当事者たちの一斉の抵抗運動です。このとき、同性愛や異性装の人たちは初めて「連帯」して「公」で声を上げたのでした。私たちはここにいる、同じ人間だ、平等の権利を与えろ…と。

しかし、そう単純にはいきません。当時は「ゲイ」という言葉が主に広い意味で使われており、「ゲイ・パワー」が叫ばれます。今では「ゲイ=男性の同性愛者」という意味合いが強い印象も受けますが、当時は違ったんですね。「トランスジェンダー」という言葉は一般化していません。トランスジェンダーという用語がコミュニティとして包括的な意味を持つようになった(つまりアンブレラな単語になった)のは1980年代(詳細はLGBT史に詳しい研究者であるスーザン・ストライカーの文献等が有名です)。

とにかく本来は多様なセクシュアルマイノリティを「ゲイ」という枠でおさめるのは限界があり、当事者同士でも対立が起きてしまいます。連帯にヒビが入ったわけです。これでは活動の勢いは減退します。仲間割れ状態ですから。

これはマズいと一部の活動家が危機感を持ち、「LGBT」という言葉を浸透させ、あらためて当事者たちに連帯の重要性を認識させたのが1990年代。つまり、「LGBT」というのはセクシュアルマイノリティが連帯した共同体を指すものであり、その裏には互いへの憎悪や差別はやめようという強い意志があります。今では「LGBTQ」や「LGBTQ+」「LGBTQIA」などと言葉が変化し、連帯の輪はさらに拡大しています。

話が長くなりましたが、だから「LGBT」という言葉を使うときはその歴史を理解してほしいのです。ただの頭文字ではないのだ、と。

そんな中、その連帯の立役者となり、中心人物となった歴史的キーパーソンがいました。それが今回の本題。そしてその人物を題材にしたドキュメンタリー映画『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』に繋がります。

本作は「マーシャ・P・ジョンソン」というドラァグクイーンでトランスジェンダー活動家だった人物を掘り下げたものです。マーシャは、1969年のストーンウォールから1990年代までLGBT運動の前線に立ち、絶大な人気を集めていました。

しかし、1992年にマーシャは遺体となって発見されます。警察は自殺とすぐに断定しますが、関係者の多くは殺されたのではないかと疑い、今なお捜査を求めています。この『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』はそのマーシャの生前の姿を追い、死の真相を確かめようとする支援者を追いかけたものです。

なお、マーシャ・P・ジョンソンの生まれた当時の名前は「マルコム・マイケルズ Jr.」というのですが、これは別にデッドネームというわけでもなく、また代名詞(pronouns)も本人は指定しておらず、生前時から人によっていろいろ呼ばれていたそうです。マーシャの活動していた時期はトランスジェンダーという用語も一般的ではなく、そういう意味では故人となったマーシャにトランスジェンダーとラベルしていいのかと思うのですが(例えば、研究者のスーザン・ストライカーは「ジェンダー・ノンコンフォーミング」として分析している)、ここでは本作に合わせてトランスジェンダーとし、代名詞は使わず、「マーシャ」と書くことにします。

ともあれ本作『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』(関西クィア映画祭では『マーシャの生と死に正義を』という邦題でした)は、「LGBT」という言葉を使うなら絶対に知っておかねばならない歴史のひとつを扱っており、必見のドキュメンタリーです。

日本ではNetflixで配信中。

「LGBT」の言葉の重みを胸に刻んでください。

オススメ度のチェック

ひとり◎(教養として知るべき歴史)
友人◯(学び教え合おう)
恋人◯(学び教え合おう)
キッズ◎(歴史を知る勉強として)
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『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』予告動画

The Death and Life of Marsha P. Johnson | Official Trailer [HD] | Netflix
↓ここからネタバレが含まれます↓

『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』感想(ネタバレあり)

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マーシャ・P・ジョンソンの生

マーシャ・P・ジョンソンはとにかく愛されていました。

単なるドラァグクィーンにしては、歌も下手。しかし、音痴であることすらも愛嬌となり、ニューヨークの街でしたたかに賑わうゲイの世界で脚光を浴びていきます。人柄の良さもあってか、アンディ・ウォーホルなど著名人とも親交を深めます。

そしてストーンウォールの一件以降、LGBT運動の創始者としても存在感を増していくことに。もちろん当時は「LGBT」という言葉はなく、ゲイ解放運動でした。

各所で行われたゲイ・プライドでは、「ゲイの権利を認めてほしい、とくに女性のゲイをね」とマーシャはお茶目に答え、「ゲイへの差別が続く限り働いてあげない」とインタビューに応じます。

そのマーシャと一緒に並んでいたのが友人のシルビア・リベラ。マーシャとシルビアは「STAR」という組織を立ち上げ、独自にも活動します。この組織は「Street Transvestite Action Revolutionaries」の頭文字。トランスジェンダーという言葉はまだ一般的ではなく「Transvestite(異性装者)」という用語を使っていますね。それでも「STARを引っ張ったのはシルビアよ、私は名前だけのオマケって感じだった」とマーシャは控えめ。

LGBT運動の先駆者であるマーク・シーガルはこう語ります。「マーシャとシルビアを結び付けた共通の志は“困っている人を救いたい”だった」…当時は路上にいたゲイたちは極貧で、体を売ったりしていた、と。マーシャもまた同じような境遇でした。

しかし、そんな献身的なマーシャたちに悲しいことが起きます。1973年のゲイ・プライド・マーチでは、マーシャとシルビアは先導していましたが、旗で隠されてしまい、疎外感を感じます。LGBT運動の先駆者カーラ・ジェイは「ストーンウォールの原点だったはずのトランスジェンダーだが、その活躍は忘れ去られた」と語ります。シスジェンダーのゲイたちの中には公然と見た目の異なるドラァグクイーンや異性装者を毛嫌いするものがいたのです。

作中でも流れる、デモ運動の中でシルビアが登壇するシーンが印象的です。シルビアが立つと、聴衆から大ブーイング。それでもシルビアは「そんな態度を私は許さない。私はゲイ・パワーを信じている。今こそ革命を!」と、ゲイ・パワーと精一杯あらんかぎりの声をあげます。その1973年の後、シルビアはデモに参加しなくなったとのこと。あまりにも痛々しい残酷な差別の実態でした。

それでもマーシャはエイズ流行時にも親身になって助けようとします。常に寄り添ってくれる存在。自分と違う者でも愛を差し伸べる。みんなのお手本。それなのに…。

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マーシャ・P・ジョンソンの死

それは唐突な死でした。1992年7月6日。マーシャ・P・ジョンソンはクリストファー・ストリートの川の埠頭で無残な姿で発見されます。46歳でした。

警察は自殺と発表。しかし、関係者は根拠がないと警察を非難。捜査を求めます。それから20年以上経過してもいまだに真相はわかりません。

ニューヨーク市の反暴力プロジェクト(AVP)という支援団体で働く引退間近のビクトリア・クルス。彼女もトランスジェンダーでしたが、トランスジェンダーを狙ったヘイトクライムに胸を痛めていました。マーシャのような有名人でさえも未解決のまま。マーシャの事件すら解決できないなら他の事件にだって希望はない。私が辞める前にマーシャに正義を与えたい。その思いを胸にマーシャの事件を独自に調べ出します。

検視報告書を見たいと関係機関に頼むと、遺族から書面の依頼書をもらってくださいと言われ、ニュージャージー州のマーシャの実家であるマイケルズ家を訪れます。マーシャの姉妹兄弟であるジーン・マイケルズロバート・マイケルズが出迎えてくれ、当時は「遺体は見せてくれなかった」と教えてくれます。

マーシャのルームメイトだったランディ・ウィッカーにも会い、12年間一緒に暮らしたこと、自殺なんてありえないという意見を聞きます。

担当の警察を調べ、ジェームズ・アブルという刑事らしいことを突き止めるも、電話すると「話せません。事件の話はしたくない」と拒絶されました。

ビクトリア・クルスは、ニューヨーク州の刑務所である人に面会します。それはマーシャの友人のキティ・ロトロ。13歳か14歳のときに知り合った間柄で、殺された夜、アンビルというクラブに一緒に行く予定だったとのこと。7月4日、マーシャと書店でばったり会って真夜中に会う約束をつけたものの、マーシャは来なかった。そして娼婦通りを歩いていたキティは、イタリア系のチンピラの車にマーシャが乗ったという噂を聞いた…。

そんな調査の中、重大な情報を得ます。1992年、エド・マーフィレッド・マホーニーがクリストファー・ストリートのフェスティバルを仕切っており、マフィアが経営するゲイ・バーと働いていました。そして委員長のジャック・ガロンはその露店のお金をコントロールしていました。彼らにとってデモをするゲイはイメージダウンで邪魔でした。

ランディはマフィアと敵対しており、当時のAVPにランディあての脅迫電話が来ていました。そこには「さもなければマーシャと同じ目に遭うぞ」とあり…。

検視の資料では頭部の外傷なしで、殺人の可能性を否定していません。フリ-ランス監察医のマイケル・ベイデンに見てもらうと、溺死だと思うと述べ、暴行の形跡はなしで、頭部の穴は「死んだ後に遺体に傷がつくこともありますし、皮膚剥離で異常ではない」「追いかけられて川に誤って落ちたなら殺人行為になりますが」と説明。

自殺、事故、悪徳警官、マフィア…。いろいろな可能性が渦巻くも、答えは闇に。正義はまだ届かず…。

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マーシャ・P・ジョンソンを誰が語るか

『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』は主題となるマーシャ・P・ジョンソンだけでなく、トランスジェンダーへのヘイトクライムに話題は広がります。2013年に殴られて死亡したトランスジェンダーのイズラン・ネトルズについても取り上げられていました。

その中である活動家が「LGBT」の「T」であるトランスジェンダーは忘れ去られていると不満の声をあげているシーンがあります。これぞまさに当事者の心の声でした。

それと関係して本作の外で“ある騒動”が起きました。これについても語っておきましょう。

『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』は確かに素晴らしいドキュメンタリーでしたが、これに批判をした人が現れます。それがトランスジェンダー活動家である“トルマリン”という人で、“トルマリン”の方も『Happy Birthday, Marsha!』という短編(こちらはドキュメンタリーではない)を2018年に発表し、マーシャ・P・ジョンソンを扱っています。

トランスジェンダー有色人種女性の“トルマリン”は『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』の監督“デヴィッド・フランス”シスジェンダーのゲイ男性であることを指摘し、トランスジェンダーの立場を奪っていることを批判しました。これはトランスジェンダー当事者界隈では頻繁に問題になっていることです。シスジェンダー主体の世の中を非難する「CIS-TEM」という言葉もよく使われます。なのでその“トルマリン”の主張も当然です。

私の意見を書くなら、もちろんシスジェンダーの人がトランスジェンダーを作品で扱ってもいいのですが、その際は常にシス特権を自覚しないといけないでしょうし、平等のために活動すべきだと思います。
ただ、この“トルマリン”は作中での映像やアイディアの盗用を指摘もしたのでやや状況がややこしくなり、論争に発展しました。結果、ライセンスに問題はなかったようですが…。

このあたりの詳細は以下の記事に整理されているので参考にしてください。

映像ライセンスの件に関しては確かに曖昧な部分が多く、これは誰が悪いとか関係なしに、まずしっかりアーカイブを管理する統一団体などが必要なのかなとも思います。

ちなみに“トルマリン”の『Happy Birthday, Marsha!』は歴史的に不正確な部分も指摘されており、マーシャ・P・ジョンソンを神格化しすぎな感じもあるのですが、これもまた当事者ゆえの愛の過熱しすぎなのかな、と。まあ、それだけマーシャも愛されているってことですけどね。

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マーシャ・P・ジョンソンは永久に生きる

1960年代の運動始動時からずっと脇に追いやられていたトランスジェンダーですが、トランスジェンダーだけが辛酸をなめたわけではありません。

アセクシュアル/アロマンティックなんて2000年以前は完全に蚊帳の外でした。でもマーシャ・P・ジョンソンがもし生きていたらA-specの人々も温かく迎え入れてくれたと思います。

これからもマーシャ・P・ジョンソンはあらゆるジェンダーアイデンティティやセクシュアルマイノリティの象徴であり続けるでしょう。私たちが「困っているときは救け合う」というマーシャ・P・ジョンソンが常に持っていた連帯の心を忘れないかぎり…。

『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 72%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
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・『トランスジェンダーとハリウッド 過去、現在、そして』

作品ポスター・画像 (C)Netflix マーシャPジョンソンの生と死

以上、『マーシャ・P・ジョンソンの生と死』の感想でした。