リアルなスーパーバッドは笑えない…映画『Mid90s ミッドナインティーズ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2020年9月4日
監督:ジョナ・ヒル
Mid90s ミッドナインティーズ
みっどないんてぃーず
『Mid90s ミッドナインティーズ』あらすじ
シングルマザーの家庭で育った13歳の少年スティーヴィーは暴力で自分を抑えつけようとする兄に負けてばかりで、早く大きくなって見返してやりたいと願っていた。そんなある日、街のスケートボードショップに出入りする少年たちと知り合ったスティーヴィーは、驚くほど自由奔放な彼らに憧れを抱き、自分のスケートボード片手に無邪気に近づこうとする…。
『Mid90s ミッドナインティーズ』感想(ネタバレなし)
ジョナ・ヒル監督と呼ばせてください
1990年代半ばに何があったか覚えていますか?
あ、その時代にまだ生まれていなかった人、ハイハイとかしていた人は、ちょっと年寄りの会話だと思って聞き流してください。
1990年代半ばの日本で何が起きたか。一応、1995年だけをピックアップするにしてもなかなかに凄いですよ。1月には阪神・淡路大震災で6000人を超える死者を出し、3月には地下鉄サリン事件が発生。6月には全日空857便ハイジャック事件が起き、12月には高速増殖炉「もんじゅ」で事故。控えめに言っても大混乱の1年です。ちょうどこの時代はバブルが崩壊し、経済もズタズタで、自殺者も急増し、不登校も問題になり、日本社会は不安な空気で支配されていました。世紀末を語るのが流行ったのもこの時期。その1995年に『新世紀エヴァンゲリオン』が放送開始されたのもピッタリすぎますね…。
もちろんこれは日本全体の1990年代半ばの俯瞰というだけ。国が違えばまた見た目は変わりますし、そもそも個人個人で「私の1990年代半ば」があります。その時期に青春を過ごした人はとくに想うことはあるのではないでしょうか。
今回紹介する映画はまさしくそんな回想を映像化したような作品です。それが本作『Mid90s ミッドナインティーズ』。
タイトルで堂々と表明されていますけど、本作は1990年代半ばが舞台です。場所はロサンゼルス。問題はこれは誰の目線なのか?ということです。さっきも言ったようにパーソナルなものです。誰視点なのかは重要な話。
その答えは“ジョナ・ヒル”です。本作は“ジョナ・ヒル”の監督デビュー作。
“ジョナ・ヒル”と言えば、映画ファンなら認知している人も多いでしょう。2007年の『スーパーバッド 童貞ウォーズ』で大ブレイクし、以降も『21ジャンプストリート』などコメディ界隈で大活躍したあの俳優です。ぽっちゃり男優の先陣を走っていました。
その“ジョナ・ヒル”が青春映画を撮るというのですから、さぞかしギャグ満載のお笑いムービーなのかなと思うでしょうが、その予想は外れます。真逆です。
そもそも“ジョナ・ヒル”は『マネーボール』(2011年)、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』(2013年)、『ウォー・ドッグス』(2016年)と、数多くの出演作でコメディ俳優ではない才能を最近は見せ続けており、明らかに自分のパブリックイメージを覆そうとしている感じが見えていました。
その中で作り上げたこの『Mid90s ミッドナインティーズ』は監督だけでなく、脚本・製作も兼任し、完全に世間の“ジョナ・ヒル”の固定観念を脱ぎ捨て、新しいステージへと到達してみせた一作だと思います。
エンタメ寄り・コメディ寄りなどではなく、驚くほどアート寄りに作られたリアルな青春映画です。“ジョナ・ヒル”もこれまで多才な監督と仕事してきましたし、いろいろ学んだのかもしれませんけど、こんなセンスがあったのかと正直、私もびっくりしました。もうこれはぜひとも観てくれとしか言いようがないです。
俳優の扱い方もなんでこんなに上手いのかと思うくらい素晴らしいです。
『Mid90s ミッドナインティーズ』は13歳の少年の目線で描かれていきます。その主役の子を熱演した“サニー・スリッチ”。この子がまたたまらなく魅力的で、本作を観れば誰もが夢中になるのではないでしょうか。『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』にも出演していましたけど、今後も出番は増えそうで、成長が楽しみ。
他には、今や引っ張りだこの若手俳優“ルーカス・ヘッジズ”がここでも名演を披露。それにしても本当にいっつも何かしらのプレッシャーで追い込まれている役ばっかりですね…。
『ファンタスティック・ビースト』でヒロインとして主演して一気に一般層にも知名度があがった“キャサリン・ウォーターストン”が主役の子の母親役で登場。また、ドラマ『ユーフォリア』でも印象的だった“アレクサ・デミー”も出演しています。
なお、制作&アメリカでの配給はご存知「A24」。毎度毎度、挑戦的な作品を後押ししてくれて感謝です。
青春映画としてはお気楽に観れるタイプではありませんが、青春映画の歴史的な変移を感じる作品でもありますし、単純に“ジョナ・ヒル”監督の門出を祝うものでもあります。気になったら飛び乗るのが一番です。85分しかないので観やすいですよ。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(シネフィルはぜひ) |
友人 | ◯(青春映画好き同士で) |
恋人 | △(万人にウケやすくはないか) |
キッズ | △(やや暴力描写あり) |
『Mid90s ミッドナインティーズ』感想(ネタバレあり)
13歳のスケートボード・ストリート
家の廊下でねじ伏せられるように床に押さえつけられ、抵抗もろくにできずに自分より強力な相手に暴力を振るわれるひとりの子ども。13歳のスティーヴィーにとってこれは異常な事件ではなく、いつもの日常です。自分を殴っているのは兄のイアンですが、それも驚くことではありません。
スティーヴィーとイアンの兄弟二人は母親であるダブニーのもとで育てられているシングルマザー家庭。兄からの暴力は日常的すぎて今さらという感じであり、母は母で忙しいので、ひとり耐えるしかありませんでした。
スティーヴィーは鏡の前で自分の痣だらけの体を眺め、肉体を叩いてみますが、よろけるだけ。強くはなりたいのですが、自分でも弱いことは認めざるを得ません。強くなればきっと兄を見返せる…そう無邪気に思っていました。
街中を自転車でプラプラと走っていると、水鉄砲で遊ぶ子どもたちを見かけますが、スティーヴィーの目にとまったのはその子たちではありません。それとは別の集団、スケートボードで遊ぶ自分より年齢が高めの少年たちです。かっこいい…。
どうやらその少年たちはスケートボードを売っているショップで店番をしているようですが、ほとんどふざけていました。
スティーヴィーはひとりその店に入ってみます。案の定、例の若者たちがたむろしており、スティーヴィーは商品を品定めしているふりをしつつ(明らかに怪しい)、こっそり会話を立ち聞き。
なんとかあの少年たちグループの仲間に入りたいと思ったスティーヴィーは、必死に懇願してイアンのお古のスケートボードを入手します。
そして念願のスケートボードを手に、家の前でさっそく乗ってみます。しかし、当然コケる、コケる、コケる。全然上手くいきません。キックフリップができるようになりたい一心で、夜も練習。転んでも何度も何度もトライ。
そんな中、ついにあの店に行くことにします。今回は偵察ではありません。奥に行くとみんなスケボーしており、そろりと混じってみます。自分以外では最年少だったであろう赤い服の子、ルーベンと軽く自己紹介。そのルーベンはグループの年長者に水を汲んでこいと言われますが、面倒そうな反応。一方のスティーヴィーは仲間になれると張り切って喜んで水を汲みにいきます。
その少年たちは自分を除けば4人。ひとりは先ほどのルーベン。そして、クールだと周りから言われているリーダー格っぽいレイ、「Fuck, shit!」が口癖になっているから名付けられた長髪のファックシット、カメラでよくスケートボードしている光景を撮っているフォース・グレード。
多少ぎこちないものの、なんとなく気に入られていったスティーヴィーは「サンバーン」と呼ばれ、仲間入りを果たしたことでご満悦。ルーベンだけが少し不機嫌そうです。
フェンスを飛び越え、勝手に学校の敷地に入り、遊びまくる少年たち。大人に怒られても気にしません。そんな一団に加われて、スティーヴィーは自分が少し強くなった気がしていました。タバコを吸ったり、非行にもどんどんチャレンジ。
もちろんそんなことをしていると母親にバレるわけにはいかないので、帰宅時は念入りに証拠隠滅。それでも家では毎度のように兄の暴力が突発的に飛んできます。
そして、自分の力を誇示したいスティーヴィーは、ある日、危険な行為に愚直にも挑むことに…。
この少年の得たいものはそのジャンプした先にあるのでしょうか…。
リアルなスーパーバッドは笑えない
『Mid90s ミッドナインティーズ』は“ジョナ・ヒル”監督自身がロサンゼルスのスケートカルチャーで育った経験をベースにして生み出されたそうです。別に伝記映画ではないですが、自分体験が強く反映されているのは事実でしょう。
しかし、だからといってこれはノスタルジーに浸るための映画ではありません。
よく青春映画というと、「青春ってこうだったよね~」と観客が懐かしむためのものと化していることが多いですが、この『Mid90s ミッドナインティーズ』はそういうテイストでは作られていません。
これは“ジョナ・ヒル”監督が各所のインタビューで語っているのですが、本作はいわば「青春反省映画」とも言える自己批判的な内容になっています。
思えば“ジョナ・ヒル”のブレイク作『スーパーバッド 童貞ウォーズ』はバカな少年たちがひたすらにバカをやって青春を謳歌しようとする…そういう典型的な物語でした。そして、“ジョナ・ヒル”自身もそういう「少年のお気楽なバカさ」というイメージを背負い込むことになります。
でも“ジョナ・ヒル”はそれに納得しておらず、そういう「少年のお気楽なバカさ」というものは言ってしまえば歪な男らしさに過ぎず、批判されるべきだと考えているようです。
で、この『Mid90s ミッドナインティーズ』は痛烈なマスキュリニティ批判にもなっています。
例えば、冒頭から繰り出されるいきなりの家庭内暴力シーン。ちょっとドン引きするくらいの衝撃であり、「今から見せる物語は、笑えないからね…」と突きつけるような先制パンチです。
その後のメインで描かれる少年たちの馴れ合いも当初はキラキラしたものに見えます。スティーヴィーはまさにその煌めきに憧れています。けれどもレイから聞かされる各子どもたちの闇。それはキラキラでは済まないことです。
また、これも『スーパーバッド 童貞ウォーズ』とあえての対比なのでしょうけど、作中でスティーヴィーが年上の少女と初めて性体験をするというシーンがあります。ここでスティーヴィーはその子のことをとくに想っているわけでもありません。ただ、童貞卒業というイベントにはしゃいでいるだけで、年上の仲間たちから称賛が得られて上機嫌になります。このある種のおぞましさをかなり映画自体は冷たい視線で捉えているんですね。
これをじゃあ、20歳、30歳、40歳、50歳と大人の男性がやっているとしたらどう思いますか。
要するに13歳であろうとも男というのは群がれば容易にホモ・ソーシャル化するし、それはやがて取り返しのつかない破滅を招く、と。無邪気であること、幼さを持つということは、何の言い訳にもならないんだ、と。
本作を観て「青春ってこうだったよね~」と安直に懐かしむ観客、とくに男性はたぶんいるでしょう。でもそれは危険じゃないのか。また「子どもって可愛いね~」と表面だけを愛でる観客も、これなら性別問わずいるかもしれません。でもそれは間近の暴力に無自覚すぎないか。
『Mid90s ミッドナインティーズ』は青春の狂気をしっかりとらえ、自省を促す、そんな映画ではないでしょうか。
2分の1の暴力
その『Mid90s ミッドナインティーズ』、魅力を大きく支えているのはやはり役者陣。
とくにスティーヴィーを演じた“サニー・スリッチ”は凄い。作中のスティーヴィーはとにかく危なっかしいのですが、同時に悪になっていく自分に酔っています。それでつい表情に出てしまうんですよね。ニヤニヤ、ヘラヘラとしている。あの感じがもう小憎たらしさ満点。
でも、スケートボードの練習のかいがあって初めてトリックを成功させた瞬間のあの純粋無垢な喜びようとか、少年たちと悪いことをした後に必死にその痕跡を消す姿とか、明らかに幼稚なアホさもあって、そこは素直に可愛いです。
舎弟でいることに全力で自己満足を得ている感じとかもね、もうダメなんだけど、確かに可愛がられるな、と。
ただ、そこでこの“ジョナ・ヒル”監督、独特なユーモアセンスも駆使しながらこのスティーヴィーを観客に可愛いと思わせておき、終盤に一気にそれが仇になる展開に持っていく。非常に嫌らしいトラップみたいな構成です。
もしかしたらあの子にとって可愛いと思われることは身を滅ぼすバッドエンディングに繋がるのではないか、そういうフラグを感じさせます。
可愛い、可愛いと連呼するだけでは相手のことなんて考えていないんだよ…そうでも言うかのように。これはおそらく“ジョナ・ヒル”監督自身が散々言われてきたことへのカウンターなんでしょうね。
一方のスティーヴィーの兄イアンを演じた“ルーカス・ヘッジズ”。こちらも相変わらず抜群に上手いです。
兄弟を描いた作品と言えば日本では最近『2分の1の魔法』が公開されたばかりで(しかもイアンつながりだし…)、でも全然関係性は違います。天と地の差がありますよ。
こっちの「2分の1の暴力」こと兄イアンは、察するに同世代の男社会の最底辺におり、他にどうしようもないので家庭にいる一番弱い弟で鬱憤を晴らしています。その無力さは当人が一番よくわかっている。つまり、あのイアンはスティーヴィーが思うような強さなんて持ってない、最弱です。力をつければ男になれるなんてのは“まやかし”であり、力を振るうだけではイアンのような情けない人間にしかなれない。それを見て学べると良かったのですが、弟のスティーヴィーにはそこまでの学習能力はない。そこがまた虚しいですね。
そんな兄弟や少年たちの関係を最後まで突き放して描くのかと思ったら、最後の最後で青春への優しい眼差しを贈る。このひと味の調味料がなんとも“ジョナ・ヒル”監督っぽいな、とも。
それにしてもあの「Mid90s」というビデオ。お前、結構編集上手いじゃないか…。
ここ最近の男性主体の青春映画は、『WAVES ウェイブス』『ハニーボーイ』『サマー・オブ・84』など、どれも“男性”性への遠慮なしな批評を有したものばかりであり、もう完全にノスタルジックに浸るだけの男の自慰鑑賞はお呼びじゃないのでしょうね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 80%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)A24 Distribution, LLC. All Rights Reserved.
以上、『Mid90s ミッドナインティーズ』の感想でした。
Mid90s (2018) [Japanese Review] 『Mid90s ミッドナインティーズ』考察・評価レビュー