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『マイ・エレメント』感想(ネタバレ)…批評家はエレメンタルなファンダムに気づいていない

マイ・エレメント

批評家はエレメンタルなファンダムに気づいていない…映画『マイ・エレメント』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Elemental
製作国:アメリカ(2023年)
日本公開日:2023年8月4日
監督:ピーター・ソーン
自然災害描写(津波) 恋愛描写

マイ・エレメント

まいえれめんと
マイ・エレメント

『マイ・エレメント』あらすじ

火、水、土、風のエレメントたちが暮らすエレメント・シティ。家族のために火の街から出ることなく父の店を継ぐ夢に向かって頑張っていた火のエンバーは、ある日、偶然、自分とは正反対で自由な心を持つ水のウェイドと出会う。ウェイドと過ごすなかで初めて世界の広さに触れたエンバーは、自分の新たな可能性、本当にやりたいことについて考え始める。しかし、親は「違うエレメントとは関わらない」というルールを大事にしていて…。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『マイ・エレメント』の感想です。

『マイ・エレメント』感想(ネタバレなし)

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注目されづらいファンダムの影響力

映画のニュースを見ていると「オープニング週末興収」という言葉がよく目に飛び込んできます。

これは多くの映画が週末の金曜日あたりに一般公開されやすく、休日の土曜日・日曜日を含めてこの3日間の初動でどこまで興行収入をだせるのかが注目されるからです。

一般的に映画はこのオープニング週末興収がピークとなり、2週目、3週目…とだんだん下がっていくのが定番のコースです。なのでオープニング週末興収で最終的な興行収入を予測することもでき、その映画がヒットしたか、していないかの判断材料として常に重視されてきました。

たた、こういう映画の成功を経済学的視点ばかりで見ることは、決して万能ではありません。それでは捉えることのできない映画のパワーというものが存在します。

それを印象付けたのが本作『マイ・エレメント』です。

『マイ・エレメント』は「ピクサー」の最新作となるアニメーション映画で、完全なオリジナル映画としてはコロナ禍直後に公開された『2分の1の魔法』(2020年)以来、久しぶりの劇場公開作となりました。『ソウルフル・ワールド』『あの夏のルカ』『私ときどきレッサーパンダ』と最近は3連続でことごとく「Disney+(ディズニープラス)」配信に移動してしまったので、本当にご無沙汰です。

当然、批評家や経済アナリストは『マイ・エレメント』のオープニング週末興収に着目します。

2023年6月16日にアメリカ本国で劇場公開されましたが、その結果、推定より低い2950万ドルにとどまり、この初動のデータを見た批評家たちは「やっぱりピクサーの映画が劇場公開されなくなってしまって客足が遠ざかっているのだ」と得意げに分析し出しました。

ところがこの『マイ・エレメント』の興収はこの後に思わぬ動きを見せます。翌週、翌々週と興収がそんなに低下しないのです。劇場公開5週間目の週末でも2800万ドルを記録し、他の失速する大作映画とは全く違う粘り強さを見せましたThe Mary Sue。なんだか「ウサギとカメ」の童話を思い出しますね。

「マリオ」や「バービー」など最初からブランドのある映画が大ヒットするのは納得です。しかし、『マイ・エレメント』のようなオリジナル作品がヒットするのは難しいです。

なぜこんなことになったのか。私は大手の映画メディアの批評家や経済屋の人たちが着眼しない点に理由のひとつがあるんじゃないかなと思います。それが「ファンダム」です。

私自身もいろいろなファンダムに属する人間ですし、ファンダム界隈の動きにはなるべく敏感になっておこうとしているのですけど、この『マイ・エレメント』は予告動画が公開されたときから、カートゥーン・ファンダムがちょっとざわついていました

ファンアートも好調に作られ、これは『アドベンチャー・タイム』『Hazbin Hotel』と同系統のファンダム活況の兆しを見せているのでは?という予感がしました。

どうしてこれほどファンダムと親和性が高かったのかと言えば、やはりその世界観とキャラクターの魅力あってこそなんだと思います。いかにも一部のファンダムが好きそうなキャラ・デザインなんですよね。

こんなにもファンダムを刺激したのは、ピクサー作品だと『インサイド・ヘッド』(2015年)以来じゃないかな、と…。

『マイ・エレメント』は物語としては非常にシンプルで、2人のキャラが出会って関係を深めるロマンスとなっています。これまでもピクサー作品は恋愛をサブエピソードにしていたことはありますが、しっかり直球で描くのは初めてじゃないかな?(『ウォーリー』より直接的です)

しかしながら、このシンプルなストーリーだからこそ、その余白をファンダムの人たちが想像して埋める楽しさが生まれており、そこもまたファンダム人気のポイントなのでしょう。

加えてこの『マイ・エレメント』はクィアネスを感じとりやすい包容力のある世界観になっていて、そこもクィア・ファンダムを取り込む力の源になっていますね(これについては後半の感想でもっと書きます)。

とにかく刺さる人はがっつり刺さる、ファンダム需要に応えるフェティシズムたっぷりな映画なので、『マイ・エレメント』をその点で注目するのもいいのではないでしょうか。

なお、津波ではないですけど、作中にて街を規模の大きい水害が襲うシーンがあるので、そこは留意してください。

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『マイ・エレメント』を観る前のQ&A

✔『マイ・エレメント』の見どころ
★眺めているだけで楽しい世界観。
★多彩なキャラクター・デザイン。
✔『マイ・エレメント』の欠点
☆社会写実性は薄く、絵本的な作り。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:ハマれば最高
友人 3.5:世界観が好きなら
恋人 3.5:恋愛がメイン
キッズ 4.0:子どもにも楽しい
↓ここからネタバレが含まれます↓

『マイ・エレメント』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):エレメントが集う?

火のエレメントバーニー・ルーメンシンダー・ルーメンは不安そうな面持ちで小舟に乗っていました。すると遠くにあった街が近づいたことで目に映ります。それは「エレメント・シティ」。エレメントが集う大きな世界です。

船を降り、荷物を持って上陸した2人。自分たちのものよりははるかにデカい船からは土のエレメントたちが続々と下船し、浮上した潜水艦からは水のエレメントたちが水流とともに現れます。空を飛ぶ気球からは風のエレメントたちが降り、また気球がしぼんだところで別の風のエレメントたちが乗り込んで飛んでいきます。

その光景に圧倒されつつ、大きめの建物へ。そこでは多様なエレメントたちが入り混ざっており、街への入場許可を受付で済まします。「ようこそ、エレメント・シティへ」

ゲートを通るともっとすごい光景に唖然とします。電車に乗りながら、住居探し。でも土のエレメントや水のエレメントは火のエレメントとは同居は嫌なようです

なんとか落ち着く家が見つかり、幼い娘のエンバーとここで生活することに決めます。

エンバーはすくすくと成長。家族はコンビニを始め、エンバーもお手伝いをして、この地域は火のエレメントたちで賑わいます。たまに水のエレメントが入ってきて、いたずらで荒らすので、水嫌いの父の影響もあって、エンバーは水のエレメントを強気に追い払います。

エンバーは店番を頼まれるようになり、自信を持ちます。しかし、怒りの感情が爆発しやすい性格もあって、失敗することも。父はそれでも優しく接してくれます。

数年が経ち、エンバーはまだ感情を爆発させていました。父は体調が悪く、エンバーは自分が頑張らねばと張り切っていました。そこでエンバーはバイクで荷物をどんどん届けていきます。

その努力のかいもあって、エンバーは店を譲ってもらえる見通しを伝えられ、翌日、初めての自分の仕切りで開店。けれども客の多さにいっぱいいっぱいになり、また感情が蓄積。急いで地下室へ逃げ込み、そこで大爆発させます。

しかし、それが原因で排水管から水が噴き出してしまい、地下室は水浸しに。

するとひとりの水のエレメントが大泣きしながら現れます。ウェイド・リップルはこの街の水まわりの検査官だそうですが、些細なことですぐ泣き出すのでエンバーはうんざり。でもこのままでは店が続けられません。

雇用主であるゲイルに違反報告書を送るため市役所へ向かうウェイドを追います。必死に止めようとしたものの、手遅れでした。

落ち込むエンバーに同乗したウェイドは、サイクロン・スタジアムに連れて行き、そこにいる上司の風のエレメントのゲイルのもとへと案内します。

ゲイルは今このシティで起きている謎の洪水の原因調査を依頼し、それに2人が成果をだせば、違反は帳消しにしてくれそうです。

エンバーとウェイドは行動を開始し、しだいに互いを好きになるようになり…。

この『マイ・エレメント』のあらすじは「シネマンドレイク」によってオリジナルで書かれました。内容は2024/01/24に更新されています。
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元素レベルで抽象化された世界で描くもの

ここから『マイ・エレメント』のネタバレありの感想本文です。

『マイ・エレメント』はその世界観の第一印象から『ズートピア』を連想した人も多いと思います。

しかし、『ズートピア』みたいなものを期待していると失望することになるでしょう。『マイ・エレメント』は全然軸が違って、そちらを目指していないからです。

『ズートピア』は多種多様な擬人化動物たちが集う都市を舞台に、動物の生態系や多様性という要素を活かして社会性を映し出す寓話でした。明らかに「社会」を描こうとしています。

対するこの『マイ・エレメント』は一見すると多様なキャラクターが集うという点で同様に思えますが、そのキャラクターはエレメントであり、そこに社会は明確に介在しません。あのエレメントにあるのは「性質」で、それゆえに互いに距離をとっていることになっています。

一方で、冒頭のバーニーとシンダーの移住エピソードからも如実に伝わってくるように、本作は移民の物語をなぞっています。これは『アーロと少年』を監督し、韓国系移民の出自である本作の監督の“ピーター・ソーン”の家族体験を反映しています。

火のエレメントの文化はどことなくアジア系っぽいですし、あのウェイドにバーニーが火のエレメントしか食べない食べ物を試させてマウントをとるシーンとか、いかにもこの手の文化の違いでやりがちなハラスメント方法ですよね。

けれども本作には移民の政治性というのものがほとんど省略されています。だいたい、あのエレメント・シティだって、なんだかリップル家は裕福そうに見えましたけど、しかしそもそも貧富という概念があるのかも怪しく、共通紙幣とかがあるのかもあやふや。加えてエレメントなので生殖や生死の概念さえもおぼろげです(これは終盤に活かされるのですが)。

つまり、相当に抽象化された社会描写であり、リアルなテーマ性を問うのは土台からして難しいです。結果的に非常にストーリーラインは絞られてきます。ヴィランもいません。

『マイ・エレメント』が挑んでいるのは、移民的な人生の葛藤を「異なる者同士が触れ合えるのか」という1点だけに抽象化して描き切ること。

社会批評を楽しみたい人にはさすがに物足りないかもですけど、この『マイ・エレメント』のアプローチはこれはこれでアリだと私は思っていて、何よりエレメントにすれば小さい子どもにでもわかってもらえるからです。政治や民族性を理解できていない幼い観客層にも伝えるには、「異なる者同士が触れ合えるのか」という単純明快なビジュアルで示すのが良いという判断であり、それはアニメーションとしての相性も考えて、とてもクレバーで大胆な簡略化だったのではないでしょうか。

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ジェンダーバリアントで本質主義から脱却する

『マイ・エレメント』は火のエレメントのエンバーと水のエレメントのウェイドの出会いと関係を深めていく過程が主軸になります。

ここで少し文句の声もあがったのですけど、それは予告動画の内容です。当初に公開された予告動画ではこのエンバーとウェイドが列車の中で手が触れ合って出会う、いかにもロマンチックな馴れ初めが映し出されます。しかし、本編にそんなシーンは1ミリもなく、あれは予告だけのミスリードでした。

私はこのマーケティングも良いなと思っていて、なぜなら実際の本編の出会いはあまりにも奇抜で珍妙なシーンだからです。「なんだそれ」という出会い。ここで本作はそういう恋愛伴侶規範的な期待を一旦わざと振り払うのが面白いですし、そしてテーマとして「異なる者同士が触れ合えるのか」という要素が強調されることになります。

2人の親密になっていく過程は、アートに表現されます。火のエレメントと水のエレメントの描写は光源やデフォルメもあってとてもアニメーション映えして美しく、芸術性があります。ときおりデザインが崩れまくるのがちょっとジブリっぽいですよね。

最終的にエンバーとウェイドは手を重ねます。互いが消えてしまうものだと思っていましたが、案外とそうでもなく、身を寄せ合って踊ることもできました。このシーンは結構セクシャルな描写とも言えるのですが、エレメントで抽象化されているので子どもでも大丈夫なレベルでボヤけています。

このエンバーとウェイドを異性愛カップルと安易に見なすのは個人的にはモヤっとします。なぜならこの世界観はそもそもエレメントたちがジェンダーバリアント的な描かれ方になっているからです。なのでクィアと親和性が高いです。容姿と性別が結合せず、どんなスタイルでも許容してくれる世界ですから。ちなみにウェイドの家に登場するレイクというキャラはノンバイナリーだそうですThem

これらのことから、『マイ・エレメント』は本質主義からの脱却が根底にあったと思います。『ズートピア』もそうでしたが、あちらは社会構築主義との相対化で描いていたのに対し、『マイ・エレメント』は社会がどうであろうと本質主義は揺らぐというもっと根源的な話になっていました。

「泣いたり、怒ったりしていいんだ」という感情の肯定を描きつつ、本質に縛られない未来を模索する。最後にエンバーとウェイドはエレメント・シティを出ていきます。あのシティは理想のゴールではありません。「本質が揺らぐのだとしたら、自分は一体何者なのだろうか」…その答えを探す旅はまだ続きます。

異なるも同士が共存し合えるだろうかというテーマはピクサーは『トイ・ストーリー』『バグズ・ライフ』など初期作でもずっと取り組んできたことですが、触れ合える行為そのものをまさしく直球で視覚的にアニメーションで問うまでに到達できたのは、アニメーション表現の進化あってこそでした。

個人的には『マイ・エレメント』はピクサー作品の中でもプライベートな心にヒットする一作になりましたね。

『マイ・エレメント』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 73% Audience 93%
IMDb
7.1 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

ピクサー映画の感想記事です。

・『私ときどきレッサーパンダ』

・『あの夏のルカ』

・『ソウルフル・ワールド』

作品ポスター・画像 (C)2023 Disney/Pixar. All Rights Reserved. マイエレメント

以上、『マイ・エレメント』の感想でした。

Elemental (2023) [Japanese Review] 『マイ・エレメント』考察・評価レビュー