ソフィア・コッポラ監督が描く父娘映画の新定番…映画『オン・ザ・ロック』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2020年)
日本公開日:2020年10月2日
監督:ソフィア・コッポラ
オン・ザ・ロック
おんざろっく
『オン・ザ・ロック』あらすじ
ニューヨークで暮らすローラは子育てに忙しくしながらも、なんとか夫と平穏な生活を送っていると思っていたが、夫ディーンが新しい女性の同僚と残業を繰り返すようになり、関係性に疑いを抱き始める。心配がどんどん膨らんでいったローラは居ても立っても居られず、プレイボーイで男女の問題に精通している父フェリックスに相談を持ち掛けるが…。
『オン・ザ・ロック』感想(ネタバレなし)
ソフィア・コッポラ監督の到達点
「父 娘」と検索すればその次には「嫌われる」とサジェストされます。世間を見渡しても父親というものは自分の娘に対して「どうやったら好かれるだろうか」「いつまでも仲良くするにはどうしたらいいのだろう」と気が気ではないようです。
これをジェンダー論で覗くならば、「父」という男にとって「娘」というのは最も扱いにくい女なのかもしれません。安直な男らしさで強引に従属させることはできません。妻には結婚という定番の支配手段で接することはできても(それは望ましいことではないですが)、娘はそうはいかないのです。男にしてみれば一番身近にいて軽々と反抗してくる存在でもあり、これまでの常套手段が通用しない。だから困惑する…のかも(もちろん各家庭によりますけどね)。
そんな父娘の関係性、とくに互いに成人した娘と父を描いた映画もこれまでいくつも生まれ、毎度ながら面白さがあります。最近だと『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』とかありましたが、個人的には『ありがとう、トニ・エルドマン』が一番お気に入りですかね。
その父娘映画に新たな一作が加わりました。それが本作『オン・ザ・ロック』です。
本作はやはり監督が特筆されます。男性優位な映画界で女性監督としてジェンダーの壁を崩していく先頭に立ってきた“ソフィア・コッポラ”です。1999年の『ヴァージン・スーサイズ 』で長編映画監督デビューするやたちまち話題を集め、2003年の『ロスト・イン・トランスレーション』で多数の賞を受賞し、2010年の『SOMEWHERE』ではヴェネツィア国際映画祭の金獅子賞を受賞し、2017年の『The Beguiled ビガイルド 欲望のめざめ』ではカンヌ国際映画祭で監督賞を受賞。フィルムメーカーとして栄光を手にしたといってもいい成功っぷりです。
女性監督だって男性監督と同じように肩を並べて評価されるものだということを証明してみせた“ソフィア・コッポラ”監督、他にも女性監督が続々と後に続いて活躍する今の時代、今度は何を作るのか。当然そこに注目が集まるわけですが、そして送り出してきた本作『オン・ザ・ロック』はちょっと意外なアプローチでした。
いや作品自体は普通です。普通だったから意外というべきか。これまでの“ソフィア・コッポラ”監督のフィルモグラフィーはどちらかと言えば、ガーリーというか、個性的なアプローチを惜しげもなく全開にしており、そこが「女性監督らしい視点」みたいに評されてきました(無論、この評し方はいささか問題があるものですけど)。世間に対する反抗感もあった印象があります。
その“ソフィア・コッポラ”監督がびっくりするくらいに肩の力を抜いて自然体で創作した感じのある『オン・ザ・ロック』。ここにきて“ソフィア・コッポラ”監督のネクスト・ステージを見せてきたようにすら思います。巷では本作がニューヨークを舞台にしたこじゃれた人間男女模様を描いていることもあって、「ウディ・アレンの次世代版」なんて言い方もされていますが、まさにそういう立ち位置になっていくのかもしれないですね。
むしろこういうタッチの映画を作れるようになったことがひとつの“ソフィア・コッポラ”監督の到達点なのかもしれない…そんなふうにも思います。
俳優陣は、『ロスト・イン・トランスレーション』でも手を組んだ“ビル・マーレイ”、そして『クインシーのすべて』の“ラシダ・ジョーンズ”。また、『ネイキッド』や『セクスタプレッツ~オレって六つ子だったの?~』の“マーロン・ウェイアンズ”、『アンダーウォーター』の“ジェシカ・ヘンウィック”など。
軽妙な掛け合いが楽しめる大人のドラマですので、ちょっと人間関係を見直すきっかけになるかもしれません。
なお、『オン・ザ・ロック』はA24とAppleの共同製作第1弾であり、劇場公開からそれほど期間を開けずに「Apple TV+」で配信が行われました。A24作品は今後はこのパターンが定番になるのかな?
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(監督好きは必見) |
友人 | ◯(シネフィル同士で) |
恋人 | ◯(ほどよい恋愛物語です) |
キッズ | △(大人のドラマです) |
『オン・ザ・ロック』感想(ネタバレあり)
娘と父の浮気調査の行方
とある新郎新婦は楽しそうに幸せを謳歌していました。愛を誓い合った2人には絶好調な未来しか見えません。いつまでもずっと私たちは互いを支え合い、信じ合い、生きていくに違いない。疑うものなど何もないように…。
それから年月が経過し、ローラは絶賛疑っていました。ニューヨークの街で夫のディーンや2人の娘たちと仲睦まじく暮らす日々。これ自体は確かに幸福で不自由さがあるわけではありません。じゅうぶん恵まれている方です。
でも疑いがどこかに引っかかっています。ある日、夜遅くに帰ってきた夫はベッドで眠る自分にキスをしてくれたのですが、それがまるで私にキスするつもりがなかったかのような、よそよそしさを感じてしまい、その不安が頭から消えません。
ローラは年上の娘を学校に送り、下の子を寝かしつけた後、居ても立っても居られなくなり、ある人に電話をします。その相手は父・フェリックス。別に頼りがいがあると思っていたわけではないですし、極力は大袈裟にしたくなかったのですが、他に相談する人もおらず、やむを得ず。父はプレイボーイとして昔から有名で、男性の行動に詳しいと思い、藁にも縋る思いで情報を得たかっただけ。
電話に出た父は、ローラの「キスし始めた時、私の声に気づいた瞬間にやめた」「他の人と勘違いしたのでは」という断片的な情報による不安に対して、「確実に他人と間違えたのだろう」とやけにキッパリ断言してみせました。「すぐ帰る」と言います。
不安が増大したローラですが、ここでさらに追い打ちが。夫の残した荷物を片付けていると、ハート柄のポーチで中にボディオイルが入っており、それは明らかに女性のものです。なぜ…。
夫の仕事のパーティに呼ばれ、出席すると、フィオナという若い女性を紹介されます。彼女はマネージャーだそうで、他にも若い女性がいっぱいいる職場環境のようです。「ディーンはいい上司」と彼女たちは語りますが、ローラは内心では気が気ではありません。
帰りの車の中でポーチについてさりげなく夫に尋ねると、「あれはフィオナのだ。荷物が持ちきれなくて代わりに持ってあげた」と気楽な返事が。マネージャーとよく出張しに行く夫にローラの疑心暗鬼は最高潮に達します。
その不安定さが極に達している最中、父が訪問してきます。さっそく父と食事。そこで父は「知り合いのホテルのコンシュルジュに調査させよう」とノリノリで夫を調べる気満々な発言をします。荷物にあったポーチの話をすると、すぐさま「怪しい」と父は断定。スマホを盗み見るように平然と指示します。
夫はローラの誕生日でさえも出張でしたが、夜に夫からビデオ電話があり、内緒のプレゼントとして「サーモミックス」(万能調理器)を用意してくれていました。夫を疑うなんて自分の考えすぎだろうか、そんなふうに思い直し始めるローラ。
しかし、またもやってきた父は「プレゼントをもらったか、ジュエリーだったか」と質問してきます。違ったけども良いプレゼントを貰ったことを説明しますが、父は夫を尾行して得た情報を自慢げに暴露。どうやら夫はカルティエ(高級宝飾ブランド)に行っていたようです。信頼しようと持ち直していたローラの心はまたしても不安でぐらっぐらに揺れます。やっぱり夫は私のことなんか…。
父は本格的な行動追跡をした方がいいと進言。ローラは退くにひけないことになっていき、答えが出るまで父のやりたい放題に付き合うことにします。
ついには夫の出張先であるメキシコまで向かった2人。そこでどんな答えが見つかるのか…。
こういう中高年男性はいる
『オン・ザ・ロック』の物語を面白くさせる中心にいるのはやっぱり父親・フェリックスです。
この父、稀代のプレイボーイを自称しており、今の年齢になっても出会う女性全員に気の利いたことを言おうとします。まるでそれがマナーであり、自分のスキルだと言わんばかりに。そして、恋愛や男女については自分は完全に熟知しているとでもアピールしたいかのように、いけしゃあしゃあと大言壮語で何であろうと言ってのけます。恋愛マスター気分です。
しかし、しょせんは“自称”であり、実際は恋愛も男女も全然理解していないんですね。
男というのは全ての女性を妊娠させようと思っているとか、男は女を求めるようにDNAに刻まれているとか、男と女は生物学的にああでこうなんだとか、全ての発言が自信たっぷりですが、全部根拠なし。「私の中ではそうなっている」という持論に過ぎず、演説をまくしたてているだけ。
結局は、ただ単に男女規範や恋愛規範に憑りつかれており、とても古臭い化石のような価値観を露呈しているのがあの父です。
たぶん他の人相手にもいつもあんな調子でテキトーに喋っているのでしょう。そしてこれもたぶん他の人はそんなフェリックスの話を「はいはい、また始まったよ、この爺さん」という感じで雑に受け流しているはずです。
でもこういうフェリックスみたいな中高年男性、残念ながら世の中にうじゃうじゃいるんですよね。明らかにその中高年男性自身が間違っているのに、自分の間違いを認めない。それどころか自分は他の誰よりも賢く、世界を熟知していて、知識を享受してあげられる、優れた存在だと思っている男。
つい最近もドメスティックバイオレンス(DV)の相談をした女性に対して、それを何の根拠もなく独断と偏見でその相談内容を嘘と決めつけ、説教をかました男の記事が話題となり、大炎上していました。その勘違い説教男の記事を「よく言った!」と嬉々として喜んで拡散していたのもやっぱり中高年男性でした。
“男らしさ”というものを加齢とともにこじらせすぎて修正がきかなくなっている中高年男性の末路。その痛々しさがユーモアとブレンドされているのが本作です。
父にとって娘はずっと娘
一方でこの面倒臭さMAXなフェリックスは娘を相手に生き生きしています。おそらく普段なら「黙ってて」と一蹴されるのでしょうけど、今のローラは夫への疑念が膨れ上がっているせいでかなり弱っています。この弱っている娘に対して「今がチャンスだ!」と言わんばかりにノリノリで接近してくる父という構図。なんとまあ、滑稽な…。
夫の浮気調査を独自に展開していくのですが、もうこれは完全にフェリックスの暇つぶしのお遊びです。尾行するのに使う赤い車には「逆に目立たないぞ」という謎の根拠を並べ、双眼鏡で覗いて昔のスパイごっこみたいなひとときを満喫する父。
だいたいそもそも夫の浮気の明確な根拠なんて最初からないです。仕事が上手くいかないローラの苛立ちがいろいろな人間関係にまで不安にさせてしまっているだけとも言えます。だったら仕事のアドバイスでもしてあげればいいのに、そうせずに男への不安を煽ることに夢中になる父の所業。
なぜこんなことをするのかと言えば、端的に言えば娘が可愛いからです。父にとって娘は30代になろうと「リトルガール」です。
フェリックスも電話を受けてからわりとすぐに来ているあたり、とにかく娘に会いたかったのでしょうね。口実ができて、水を得た魚。不安を与え続けるのも、そうでもしないと今の娘との関係が途絶えてしまうからです。完全に娘とのデート気分です。
しかし、娘との会話の中で、父の過去、とくに母含めた女性との失敗談がほんの少し顔を出します。それらわずかな情報から察するに、この父は見た目よりも女性を理解していないどころか、手痛い経験をしながらも、そこから反省すらしきれていない。そういう弱さがハッキリわかります。
でもこのローラはそれをもってして父に徹底的に反撃をして追い詰めることもしない。それはもうこの父は改善しないと悟っているのか、せめてこの無知なまま死を看取るのが自分の役割だと思っているのか。
面白いのは当然本作は“ソフィア・コッポラ”監督の実体験にある程度は影響されているのだろうと推測できることです。なにせ父は巨匠フランシス・フォード・コッポラですからね。作中のローラを演じる“ラシダ・ジョーンズ”も女優から監督になっている人で、作中のローラは作家。明らかに“ソフィア・コッポラ”監督自身をベースにしていると思われます。こんな父娘関係なのかな…と妄想しますけど、まあ、実際はわかりませんけどね。
これからの父娘映画はソフィア・コッポラを基準に
それにしても“ビル・マーレイ”はやはりコメディアンとして才能が素晴らしいと再確認できる一作でした。『デッド・ドント・ダイ』でもそうでしたけど、いかにも何もわかっていなさそうな雰囲気でキョトンとしている佇まいが抜群に上手いです。素なのかボケているのかわからない絶妙なラインを突いてきますね。
“ラシダ・ジョーンズ”もナチュラルな演技が良かったです。掃除ロボットがガンガンぶつかっている中で、ベッドで大の字に寝ている姿とか、映像のカットが地味にユーモラスで好きです。
あえて本作に苦言を述べるなら、全体的にいい人ばっかりで最終的には無難に着地するのはご都合的ではあります。実際のところ、こんな良識ある家族なら平穏でいいじゃないかと思う人もいるでしょう。暴力事件とか起こらない以上は、本作の物語は常に一定の安全圏にあるんですよね。あくまで“常識的なスタンダードな家族”の寓話であり、他の家族にはあてはまらないことも当然あります。
それでも“ソフィア・コッポラ”監督のこのセンスは新時代にピッタリな感じがします。やっぱりどうしても比較してしまいますが、『オン・ザ・ロック』みたいな人間模様はウディ・アレン監督では描けないですからね。この作中の中高年男性像なんて、まさにウディ・アレンそのものでもあるわけで(あんな事件を起こしているし、あっちはリアル家族がズタボロに分断しているからそれ以前の問題だけど…)。古い男女観を垂れ流すしかできない中高年男性の哀れさをコミカルに風刺する。ウディ・アレン監督にこれができればなぁ…。
しっかり古い男性像の批評をしつつ、そこに女性像として過度に理想化されていない生っぽいリアルな苦悩を抱える女性像を乗っける。このバランスのとり方はこれからの“ソフィア・コッポラ”監督の定番になるでしょうし、今後の同種の映画の新定番になってほしいところです。
私としては“ソフィア・コッポラ”監督作の中で、この『オン・ザ・ロック』が一番好きな映画に躍り出た感じでした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 86% Audience 52%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2020 SCIC Intl オンザロック
以上、『オン・ザ・ロック』の感想でした。
On the Rocks (2020) [Japanese Review] 『オン・ザ・ロック』考察・評価レビュー