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『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』感想(ネタバレ)…死因を知りたいですか?

ディック・ロングはなぜ死んだのか?

死因を本当に知りたいですか?…映画『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:The Death of Dick Long
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年8月7日
監督:ダニエル・シャイナート

ディック・ロングはなぜ死んだのか?

でぃっくろんぐはなぜしんだのか
ディック・ロングはなぜ死んだのか?

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』あらすじ

しがないバンド仲間のジーク、アール、ディックの3人組は、練習と称して夜な夜なガレージに集まり、いつものようにバカ騒ぎをしていたが、ある原因によってディックが突然死んでしまう。誰もが知り合いの平穏な小さな田舎町では、事件の噂がまたたく間に広がり、人々の話題はディックの死でもちきりになる。しかし、真相を知るはずのジークとアールは口を閉ざす。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』感想(ネタバレなし)

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下ネタじゃないよ!?

日本人はたまにヘンテコな英語がプリントされたTシャツとかを着ているじゃないですか。私も自分はそんな醜態はしまいと気を付けているのですけど、それこそ他人がそういう場違い英語を身に着けている状況に遭遇することがあって…。以前(かなり前)に「dick」って書かれているシャツを着ている人が近くに立っていたことがありました。「dick」は男性の名前愛称に使われることがありますが、卑語で「ペニス」を意味するわけです。その英語文章を読むに明らかに卑猥な方の意味に解釈できる内容で、おそらく着ている当人はそれに無自覚なままだったようでした。

でも指摘するわけにもいかないじゃないですか。「あの、あなたの服、チ○コって書いてありますよ」なんて話しかけるの、それ自体が恥ずかしいですよ。もちろんその姿をこっそり盗撮してネットにあげるとか、そんなことはしません。すごく虚しさを感じながら目を逸らすしかできませんでした…。

やっぱり学校の英語の授業で多少のスラングは教えた方がいいですよね。普通に恥をかきますから。私も映画を観ているおかげで無駄にスラングのボキャブラリーだけ増えている気がする…。

そんな話題提起をしておけば今回の紹介する映画も暗黙の察しでわかってくれるでしょう。それが本作『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』です。原題は「The Death of Dick Long」

もうね、隠してないです。英語版のポスターなんか見てください。アート風のビジュアルと落ち着いたタイトルフォントにしていますけど、ただの“ど下ネタ”であるのが余計に露骨に浮かび上がっちゃっていますもの。真顔で下ネタを言ってくるのと同レベル。一番うざい奴じゃないか。

それもそのはず本作の監督はあの前代未聞の、死体をこれほどまでに弄んだ作品は他にないだろうと言える、サイテー級の珍作『スイス・アーミー・マン』を生み出した監督のひとり“ダニエル・シャイナート”なのです。こちらの映画も酷かった。あまり内容を書くと品性が疑われるほどに低俗で、汚く、不謹慎。この作品が好きですとか言う人間とは友達になりたくないと言われても文句は言えないですよ。まあ、私は大好きな映画だったのですけど…。

その“ダニエル・シャイナート”監督の最新作のタイトルが『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』であるとわかったとき、大半の前作鑑賞者が「あっ」と察したのも当然。もうわかってる。わかっちゃってる。

いや、でも下ネタじゃないかもしれない。ディックっていう名前の男性が死んでしまう事件の話らしいし、思わせぶりなだけかも。撮影の“アシュレイ・コナー”は『浮き草たち』で素敵なロマンスを映し出していたし…。アメリカ配給の「A24」は良作を見いだす目利きに抜群の才能を発揮するところだし…。

…そう思っている人がいるとしたら相当にお馬鹿さんですが、ほら、どう期待するかは人の自由だから…(全てを放棄)。

今作について“ダニエル・シャイナート”監督本人はインタビューで「南部版ファーゴ」と呼んでもらっていい…と発言していますからね。おう、何を言っているんだ、こいつ…という感じですが、監督はクソ真面目です。前作から思っていたけど、やっぱこの監督、なんか変だな…。

俳優陣は、マイナーな人だけで構成されているせいか、日本の公式サイトですらも紹介していません。確かに本当にあまり名の知れていない人ばかりです。でもドラマ『コミンスキー・メソッド』の“サラ・ベイカー”とか、どこかで見たことあるようなでも名前までは思い出せないような、そんな顔が出てきます。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』はデートムービーという柄ではないし、かといって友人同士でゲラゲラ笑いに行くようなエンタメ・コメディもない、完全にシュールに徹したブラックコメディドラマなのですが、たまにはこういうのもいいんじゃないでしょうか。私は何度も言うけど好き。あの、別に下ネタが好きなんじゃないですよ、ただこの、その、あれです(説明に苦慮)。

こういうのがOKな人なら鑑賞してみてください。

もちろんディックの死因はネタバレ厳禁で。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(単独鑑賞の方が気楽なタイプ)
友人 ◯(笑いどころに困るかも…)
恋人 △(恋愛要素は薄いどころか…)
キッズ △(子どもはマネしちゃダメ)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』感想(ネタバレあり)

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下ネタじゃないか!!

ジーク、アール、ディックの3人。彼らはバンド仲間であり、夜にガレージに集まっては好きに演奏し、自堕落に過ごすのが日課。今日も仲間たちとの他愛もない時間を浪費します。花火でバカみたいに遊び、とくに意味もなく銃をぷっぱなし、燃える火を見てボーっとする。全く有意義でも何でもないこのひととき。これが俺たちの贅沢…。

時間は少し経ち、場所は一転。夜道を走る車。運転席と助手席にいるのはジークとアール。でも先ほどののんびりまったりな空気とは全然違い、非常に切羽詰まっています。そして後部座席にはディックが横になっており、どうやら深い傷があるようです。

車をある場所に止め、二人で重そうにディックを運びます。途中、落としたりしましたが、緊急治療室のある病院の前にディックを放置。立ち去る前に彼の財布を抜き取り、その場を離れます。偶然、病院から医者の男性が歩いてきて、無造作に放置された男を発見し、急いで駆け寄ります。

こうして事件が起きた夜は明けていきました。

二人は各自の家に戻ります。ジークは自分の血のついた服を処分し、シャワーで体を洗い、血と疲れを流します。そのまま妻リディアの寝るベッドに倒れ込み、何事もなかったかのように振る舞うジーク。起床し、娘のシンシアと普通に会話。

ところが、シンシアを車で送ることになり、ある問題に気づきます。自分の車の後部座席はディックを乗せたので血がべったり付着していました。急いで後部座席にシーツをかけてとりあえずのかたちで隠します。

一方、スペンサー保安官は不審な遺体の件で病院を訪れていました。夜中に病院の前で放置されていた男性は死亡し、それを診断したリヒター医師から説明を受けます。事故ではなく何らかの事件性があるとのことで、この田舎町では珍しい犯罪に警察は動き出しました。

そんなことも知らないジークはガソリンスタンドに立ち寄って給油中。送っていたシンシアは売店を歩いています。しかし、ジークは後部座席のシーツが血で滲んでいるのを発見。ふと店のシンシアを見ると彼女の背中は血でべっとり。マズい。今は気づいていないが、これは相当にマズい。しかも、シンシアはたまたま店内にいた警官女性と話しています。振り向きでもしたら…致命的にマズい。急いで自分も店内に入り、なんとか娘の背中を隠しながらその場を立ち去るジーク。

ジークは(後ろに乗せられないので)シンシアを膝に抱えつつ運転しながらアールに電話。状況が思っている以上に危ういことを伝えます。アールがジークの家に到着。ちょうどジークはシンシアを水浴びさせていました(もちろん狙いは血のついた服を脱がせること)。

例の後部座席と服、どう処分すれば…と思案。とにかくアールのトラックでシンシアを学校に出し、自分は服の洗濯を試みるも失敗。しょうがないので燃やすことにしますが、全然火がつかずに投げやり。学校から戻ったアールは、まだジークが後部座席の血を落とそうと奮闘中なのを見ます。こうなったらヤケだと、車を川に突っ込ませ、証拠を隠滅。けれども車は中途半端に沈んだだけ。

やることなすこと全て裏目に出ているジーク。妻リディアには車は盗まれたと説明します。

それで事態は収束する…そんなはずもなく。

この男たちにはそもそも無理なのです。だってディックはあんなことで死んだのですから…。

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男たちのおふざけの代償

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』を観ているとわかりますし、なんなら監督前作の『スイス・アーミー・マン』も同様なのですが、どちらも確かに下ネタは出てきます。でもなんというか、露骨に「下ネタだよ~!」とおふざけするノリじゃないんですよね。むしろ下ネタがスベっていく感じのいたたまれない空気のような、そんな恥ずかしさが漂う感じ。それをあえて真顔で描く…というのが作風なのか。

本作だってジャンルとしてはシュールなブラックコメディドラマ。でも作品内の登場人物にとってはコメディじゃない、みんな真剣です、真面目です、すっごいシリアスに事態に向き合ってます

でもどこか笑う方が楽じゃないかという気持ちにさせられる。少なくとも当事者ではない私たち観客にしてみれば、呆れるか笑うかの二択。でも笑い話にしたら負け…みたいな縛りルールがあるような、なんとも気まずい映画ですよね。

冒頭では、3人のバカ騒ぎがなんともムーディーな音楽ととも、まるで良き思い出を振り返るように映し出されます。まさに男の考える「理想的な男たちのおふざけ」のお手本みたいに。

しかし、それは前振りでしかない。その冒頭が終了するとあとはもうひたすらに情けない無力な顔をした男たちしか出てきません。
“やってしまった”後始末をすることになるジークとアール。ただ、厳密にはアールは割と能天気なので、ジークだけが追い込まれていくのですが…。
このジークを演じた“マイケル・アボット・ジュニア”という俳優の表情がほんといいですね。こう言っちゃ悪いのですけど、全く役に立ちそうにない風貌に見える…。だいたいあの冒頭の3人も揃いも揃って髭面で、こいつらダメそうだな…というオーラがムンムン匂っていて…。

いわゆるマッチョイズムな感じでもないんですよね(男社会の底辺組としてひもじくやっている感じ)。暴力も振るえないから電気スタンド相手にやつあたりするシーンの何とも言えない虚しさ…。

しかし、彼らに残るほんのわずかばかりのマスキュリニティ、男らしくありたいという背伸びが、まあ、あの取り返しのつかない事態を引き起こすのですが…。

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そんな男に呆れる女たち

ついに事態の真相、『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』というタイトルの答えが判明した瞬間。

あの告白を聞かされたリディア。ここで彼女の顔をずっと映しての、表情芸みたいな演出が、もう笑っていいやら可哀想やらで…。

「冗談でしょ?」となんとかわずかばかりの条件反射反応での言葉を発しながら、必死に情報を飲み込もうとして苦悩しているときの顔。たぶん過剰に負荷がかかったパソコンに顔がついていたら、あんな顔をするでしょう。

正直、私はこのときのリディアの気持ちを想像することもできないですよ。皆さんも考えてみてください。パートナーがすごいしょうもない方法で人を死に至らしめてしまったと聞かされたとしたら…。

え、これって嘘をついているの? いや、これが嘘だとしてもこんな嘘はレベルが低すぎないか。かといってこれが本当だとしたらバカバカしすぎて信じられない。待って、こんな男と私は娘と暮らしていたの…。は、なんなの、この男、なんでここに立っているの…。

きっとこんな脳内大パニックが起きていたに違いない。

ここでリディアが包丁を持ち出すのですけど、なんか第2の死者でも出るのか!と一瞬ヒヤッとするのがまたオカシイです。

一方、また別の側にいる女性陣…あの警官組もいいですよね。あの警官二人もこのディックの死の真相をどう伝えるか途方に暮れて、飲まなきゃやってられないみたいな状態になるのがなんとも…。

そして娘のリディア。どうしようもないダメ男を見る純粋無垢な眼差し。なんかこんな演出、『アイリッシュマン』にもあった気がする。それにしてもあの子が成長した時、この事実を理解したらどう思うんでしょうかね…。

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残念ですが実話です

死因を明らかにしてオチにしてもいいのに、この『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』はそれで終わりません。

ここからこのどうしようもなく救いようもないジークの、なんとか汚名返上じゃないけどできることはないのかという、誰のためなのかもわからない奮闘がじんわり始まります。

とはいっても、このジーク。悪いことしちゃってそれがバレてずっと拗ねてる子ども状態です。下手したら娘のシンシアよりも幼く見えるくらいですよ。

思えばこれもまた「男らしさ」が招いた破滅を描く映画であり、そういう意味では『WAVES ウェイブス』なんかと同じなんですよね…。どうですかこのタッチの違い。ここまで落差が激しい対比はないですよ。

で、やるのが「馬を逃がす」という、そこ!?みたいな行為であり、まだ男らしさ準拠のヒロイズムに憑りつかれているのが痛々しい…。素直に謝って出頭しろよって話なのですが。絶対にまた大問題なミスをやらかしそうだ…。

まあ、フィクションだし、笑えばいいよと思ったそこのあなた。残念なお知らせです。本作は実話をベースにしています…。そうです、本当にあんな死因で亡くなった男がいるのです…。

詳しく知りたい方は以下のWikipediaをご覧ください…。

実際に起きたこの「イーナムクロー馬姦事件」では前代未聞すぎて困惑が広がる中、法改正までつながったのです。つまり、こんなアホな行為のために法改正に尽力して働いた人もいるという…どんな気持ちだったんだろうなぁ…。

命が死ぬか、人生の評判が死ぬか、そんなのどっちも嫌だと思うなら、その棒を使う場所はよく考えましょう。

『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 86%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018 A24 Distribution, LLC. All rights reserved. ザ・デス・オブ・ディック・ロング

以上、『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』の感想でした。

The Death of Dick Long (2019) [Japanese Review] 『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』考察・評価レビュー