イギリスのクマは社会のお手本…映画『パディントン2』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス・フランス (2017年)
日本公開日:2018年1月19日
監督:ポール・キング
パディントン2
ぱでぃんとんつー
『パディントン2』あらすじ
ペルーのジャングルの奥地からイギリスのロンドンへやってきた、真っ赤な帽子をかぶった小さな熊のパディントン。親切なブラウン一家と幸せに暮らし、今では人気者。大好きなルーシーおばさんの100歳の誕生日プレゼントを探していたパディントンは、グルーバーさんの骨董品屋でロンドンの街並みを再現した飛び出す絵本を見つけ、絵本を買うため人生初めてのアルバイトに精を出すが…。
『パディントン2』感想(ネタバレなし)
パディントンが絶賛される理由
1月公開映画の中で個人的に1番楽しみにしていたのが本作『パディントン2』です。
『パディントン』の続編となるイギリス映画で、このシリーズはイギリスの著名な児童文学作品「くまのパディントン」を実写化したもの。ロンドンにやってきた言葉を話すクマのパディントンが奮闘しながら社会で生活していくお話です。
日本ではイマイチなローテンションですが、1作目公開時の2014年は、本国イギリスは大騒ぎでした。もともとの原作人気の高さもあり、映画は特大ヒット、円盤も飛ぶように売れ、パディントンの好物であるマーマレードさえもバカ売れしたとか。日本で言うところの「君の名は。現象」のような「パディントン現象」がロンドンでは起こったのです。
ただ、それだけではないのがこの映画シリーズの特徴。実は批評的にも非常に高評価なんですね。何かと支持を落とすことの多い続編の『2』でさえも映画批評サイト「Rotten Tomatoes」で100%を叩き出す異例の事態。英国アカデミー賞のイギリス映画部門でも作品賞や脚色賞にノミネート。もはや文句のつけようがない大成功です。
何がそんなにいいのか? しょせんはファミリー映画じゃないの? そんな疑問を持つ人のために、簡単に私なりに1作目のあらすじを踏まえつつ、説明したいと思います。
ズバリ本題を言うならば、この作品が評価される理由は、今のイギリス、いやヨーロッパ全体が抱える最大の社会問題である「移民」という難題を扱っているからです。クマのパディントンは「移民」そのものとしてメタファーになっています。
まず、この映画を観た誰もが「ん?」となるところですが、このクマのパディントンは普通に二足歩行をして言葉を話します。そして、ここが重要で、この“しゃべる二足歩行のクマ”に対して割と社会の反応はあっさりなんですね。もちろん劇中の登場人物たちはパディントンをクマだと認識しているのですけど、野生動物のようには扱わないわけです。ペット扱いもしません。唯一、1作目の悪役であるキャラはパディントンを剥製にしようとしますが、その理由も「希少な動物だから」ではなく、父の汚名を晴らして権威を取り戻すためなんですね。つまり、作中ではパディントンはクマだけど、クマという動物ではなく、クマという異質な存在という扱いになっています。
そんなロンドン社会からは明らかに浮く異質な存在をめぐって、来る側もそれを受け入れる側も、文化や言葉の違いに悪戦苦闘したりしながら前に進む。これって移民と社会の関係そのものです。また、住処を失ったパディントンがロンドンに来る方法は“貨物船に紛れ込む”でした。要するに“密入国”なんですね。
そして面白いのがこの移民のパディントンが「古き良きイギリス」の体現者になっている点。マナーや礼儀を忘れない姿勢やウィットな語り口…これらは今のイギリスが失いかけているものでした。移民をめぐって世論は二分し、EU離脱まで決めたイギリス。そんなイギリスに多様性と国らしさを問いかける、まさにイギリス版『ズートピア』なのです。教養としてこれ以上ない作品でしょう。
ちなみに原作の時点から移民をテーマにしたわけではありません。原作者は、第2次世界大戦中にロンドンから遠くへ疎開する子どもたちの姿を見てアイディアを得たと言っています。つまり、原作時はロンドンの子どもだったのが、今では移民の子どもに、重なるものが変わっているというのも時代の変化ですよね。
そんなことを考えながら『パディントン2』も観てもらうと、日本人でもファミリー映画以上に感慨深いものが見えてくると思います。
『パディントン2』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):クマは働く!
クマのパディントンはロンドンにやってきて月日が経ち、ここでの生活も馴染んできました。温かく迎えてくれたブラウン一家は相変わらず優しいです。
冒険物語の挿絵画家であるフランスまで泳ぐ練習を日課にしているメアリー・ブラウン。そのメアリーの夫で、健康を気にし始めている部長になりそこねたヘンリー・ブラウン。その長女で、新聞づくりに没頭しているジュディ・ブラウン。その弟で、蒸気機関車が好きだけど周囲にはオタクはダサいので言わないようにしているジョナサン・ブラウン。そして、家政婦のバード夫人。
家のあるウィンザー・ガーデンのご近所さんも親切です。いつものマーマレードサンドを持って、パディントンは出かけます。
サミュエル・グルーバーが経営するお気に入りの骨董品屋で、老グマホームにいるルーシー叔母さんへの100歳の誕生日プレゼントを考えます。何かいいものはないものか…。
そこで見つけたのは飛び出す絵本。ロンドンの名所が詰まっており、これならルーシー叔母さんにロンドンの魅力が伝わるに違いない。
そう考えてこの絵本を手に入れようとしますが、おカネがありません。そこでパディントンは働くことにしました。
けれども働いたことのないパディントンは失敗の連続。床屋では大失態です。
気を取り直してブラウン一家と移動遊園地にやってきたパディントン。そこで俳優のフェニックス・ブキャナンがいるのを目撃。今やすっかり売れなくなった俳優です。そこでパディントンはルーシー叔母さんにあげたい高価な絵本の話をします。それにやけに興味を示すブキャナン。パディントンは素直にその絵本はアンティーク・ショップにあると教えてしまいます。
その後、骨董品屋で夜中に絵本が盗まれるという事件が発生し、偶然にその現場近くにいたパディントンに犯人の疑いがかかってしまいます。
このままではパディントンはずっと刑務所の中なのか…。
この世から犯罪をなくす方法はクマが知ってる
移民問題と重ねることができる「パディントン」。『2』でもそのテーマは変わりません。
前作では温かく迎えてくれる家を手に入れたパディントンですが、次に取り組むのはたいていの移民が次のステップとして経験すること。そう、“働くこと”です。自分の能力(モフモフ)を活かして、無事、ベストな職種(窓ふき)を見出したパディントンは、街にもますます愛されていきます。
しかし、飛び出す絵本を盗んだ疑いで捕まって、刑務所に投獄されてしまい…。移民と犯罪はセットで語られることが多い昨今、本作は移民から犯罪者に対する偏見と対応へと少し問題の追及性を踏み込んだ感じさえします。
ここで「パディントン」シリーズの最大の良さだと思う点が、わざとらしさや説教臭さが全くないことです。
その絶妙なバランスを支えているのが作品全体に漂うウィットとペーソスを合わせたユーモア。もちろん、一番の立役者はパディントンです。
パディントンの、おとぼけでありながら紳士であり、スラップスティックなコメディで笑わせるキャラクター性は、完全にチャップリンを意識してますよね。作中では、パディントンが歯車の中を身をまかすままに通り抜けるシーンがありましたが、これはもろにチャップリンの『モダン・タイムス』でしたけど。それ以外のギャグ全体もチャップリン風味。イギリスの伝説的な喜劇の天才を現代に体現しているのが“クマ”というのも可笑しいですけど、実にイギリスらしいです。
そんなチャップリン・クマは、刑務所というイギリスで最も殺伐している場所でさえ、紳士とユーモアのパワーで自然と改革していきます。まさかマーマレード・サンドがそのきっかけになるとは思わなかったけど(なぜ監獄内でも持っていたんだ)。ここはイギリスで他国がよく話題するメシマズ問題にも言及しているように見えて余計に可笑しかったですが。ちなみにイギリスでは2016年にバーミンガムの刑務所で暴動が起き、一時囚人によって施設が占拠される事件が起きています。おそらくイギリスでは私たち日本人が思う以上に、刑務所の環境問題は切実なリアルな議題なのかもしれません。
最後の刑務所ミュージカル・シーンまで観ると、本作のメインキーワードはやはり刑務所に代表される“犯罪”だったんでしょうね。他者に温かい社会が犯罪を失くし、犯罪者さえも救う。パディントンがいなくなった後も、刑務所改革を引き継いだのが“あの人”だったことからも、それがいっぱい伝わってきました。
ヒュー・グラントの独壇場
パディントン以外だと、他の俳優陣も相変わらず素晴らしい魅力でした。
リスクマネジメントを仕事とするヘンリー・ブラウンを演じる“ヒュー・ボネヴィル”は前作のときから非常に個人的に好きなキャラでしたが、今作も魅力は平常運転。「パディントン」シリーズは細かなものまで前半に映った場面を大量の伏線として怒涛の如く回収していくシナリオが印象的ですが、ヘンリー・ブラウンのあのヨガまで伏線回収する必要があったのかというくらいの活躍はたまりません。回想シーンのたいして若くも見えないけどハジけている風貌もツボです。
メアリー・ブラウンを演じた“サリー・ホーキンス”は、いつもの良い人オーラがまた全開でした。ちなみに『シェイプ・オブ・ウォーター』とネタかぶりしているのは偶然っぽいです。本作で彼女のファンになった方はぜひ『シェイプ・オブ・ウォーター』も観ましょう。
他にもブラウン家の子どもたちや刑務所のナックルズを始めとする囚人も良い味を出していましたが、やはり今作の一番の華は“ヒュー・グラント”。もう“ヒュー・グラント”のための役なんじゃないかと思うほど、ハマってました。よくこんな役を受けましたよね。彼自身、リアルで落ち目だった名俳優という経歴と重なり(最近は『マダム・フローレンス!夢見るふたり』でまた評価されたばかりですが)、俳優としてのスキルをこじらせまくってやりたい放題。
チャップリン風味のパディントンとは正反対の、コメディアン・スタイルで大いに笑わしてきます。
「役者は嘘をつくのが上手い、ダメな奴だ」みたいなセリフが登場人物から飛び出すぐらいで、そこまで言っていいのかと思いましたが、まあ、昨今はセクハラ絡みの不祥事が次々と明らかになるダメ俳優がたくさん出てきていますから、これもまたなんだかサムズアップしたくなる要素になって…。でも、たぶん、このフェニックス・ブキャナンが本作で一番幸せを手に入れたような気がする。だから、いいんでしょう。
本作『パディントン2』の物語の鍵となるテーマは「働くこと」ですが、パディントンもフェニックスも働いた結果、最後はお金ではない“幸せ”を手にしているのがとても良いですよね。パディントンが唯一持っていたコインを何に使ったかでも示されているように、本作は徹底して資本主義的な権力価値観から離れていく構成が本当によく練られています。
完成されたストーリー、魅力的なキャラクター、笑いと風刺のバランス…全てが多幸感をもたらし、ニコニコさせてくれる、素晴らしい傑作でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 88%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★
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以上、『パディントン2』の感想でした。
Paddington 2 (2017) [Japanese Review] 『パディントン2』考察・評価レビュー