あと性的指向と鼻と…Netflix映画『マエストロ その音楽と愛と』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2023年)
日本:2023年にNetflixで配信、12月8日に劇場公開
監督:ブラッドリー・クーパー
恋愛描写
マエストロ その音楽と愛と
まえすとろ そのおんがくとあいと
『マエストロ その音楽と愛と』物語 簡単紹介
『マエストロ その音楽と愛と』感想(ネタバレなし)
ブラッドリー・クーパー監督、2作目
20世紀後半のクラシック音楽界を先導してきた音楽家として「レナード・バーンスタイン」の名は必ず挙がってきます。
愛称は「レニー」。レナード・バーンスタインは両親からウクライナ(正確にはリウネ)からアメリカに移住してきた移民であり、その2世としてマサチューセッツ州ローレンスに生まれました。両親はユダヤ系で、子どもの頃から音楽に触れる機会があり、音楽の世界にハマっていきます。
ハーバード大学とカーティス音楽院で学びを深め、ボストン交響楽団を率いる“セルゲイ・クーセヴィツキー”から指揮を教えられ、確実にその才能を伸ばします。
でも才能があれば自動的に最高のキャリアが手に入るわけではないもので…。大学以降、生計を立てようにもピアノや指揮の小さな仕事しかない中、レナード・バーンスタインに突如としてスポットライトがあたるきっかけになったもの…それがインフルエンザ…。
インフルエンザ? どういうこと?という感じだと思いますが、そのレナード・バーンスタインがキャリアを駆け上がっていく姿を描いたこの伝記映画を観ればわかります。
それが本作『マエストロ その音楽と愛と』。
本作はシンプルにレナード・バーンスタインを主題にした伝記映画です。伝記映画としてはかなり直球な作りで、敬意と追悼で塗り固められたタイプの一作ですね。主題に対する批判的に切り込もうみたいな姿勢はないです。
映画自体、なんと全編にわたってレナード・バーンスタインの楽曲が贅沢に使われているのです。音楽の権利、取得するの大変だったろうな…。
なお、ゆえに本作の音楽のクレジットはレナード・バーンスタインとなっていますが、アカデミー賞の作曲賞にノミネートされることはないです。というのもアカデミー賞の作曲賞はその作品中である程度の割合までオリジナル楽曲じゃないと対象にならない決まりがあるので…。
レナード・バーンスタインって、エミー賞を7回、トニー賞を2回、グラミー賞を16回受賞している実績のオンパレードなんですが、アカデミー賞はノミネートどまりなんですよね(1954年の『波止場』)。
この音楽界の偉人を扱った『マエストロ その音楽と愛と』を監督したのが、今や俳優から監督への拡張に最も成功を手にした筆頭である“ブラッドリー・クーパー”。初監督作の『アリー スター誕生』で「なんでこんな手慣れているんだ!?」と監督技に脱帽しましたが、2作目となる本作でもベテラン監督の落ち着きをみせています。
今回も“ブラッドリー・クーパー”は主演も兼ねており、なんでも当初は“ブラッドリー・クーパー”主役起用で企画が立ち上がり、“マーティン・スコセッシ”監督で進んでいたそうですが、それが立ち消えになり、今度は“スティーブン・スピルバーグ”監督で進み、しかし、“ブラッドリー・クーパー”が監督業で実力を示した結果、“スティーブン・スピルバーグ”から直々に「きみが監督しなよ」と言われて、こうなったそうです。なので本作の製作には“マーティン・スコセッシ”と“スティーブン・スピルバーグ”の名が並んでいます。
“ブラッドリー・クーパー”監督はどこまでいっちゃうんだろうな…。すでに監督として認められたステージに入ったんじゃないかな…。
その“ブラッドリー・クーパー”監督の手腕のもと、共演するのは、『プロミシング・ヤング・ウーマン』や『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』の“キャリー・マリガン”。
他には『ボーイズ・イン・ザ・バンド』の“マット・ボマー”、『マリー・ミー』の“サラ・シルバーマン”、『リベンジ・スワップ』の“マヤ・ホーク”など。
『マエストロ その音楽と愛と』はレナード・バーンスタインの半生を描くものですが、妻であるフェリシアとの馴れ初めと関係性の変化を軸にしています。それでいながら、レナード・バーンスタインはバイセクシュアルとしても知られており、そのセクシュアリティにも焦点を定めているので、そのあたりもドラマのキーポイントとして見どころではないでしょうか。
レナード・バーンスタインを全然知らないという人でも問題はありません。
『マエストロ その音楽と愛と』は「Netflix」で独占配信ですので、家でゆっくりクラシック音楽に身を包むように鑑賞してみてください。
『マエストロ その音楽と愛と』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2023年12月20日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンなら |
友人 | :音楽好き同士で |
恋人 | :夫婦愛が主題に |
キッズ | :やや大人のドラマ |
『マエストロ その音楽と愛と』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):激動の人生の音色
70歳近くになったレナード・バーンスタインが自宅でピアノで演奏しています。独りではなく、目の前には多くの撮影クルーがいて、カメラ機材を向けています。
弾き終わると深く溜息をつき、バーンスタインは感傷に浸りながら、煙草を吸って語りだします。妻であるフェリシアが恋しいと呟いて…。
年月は遡って1943年。アパートの一室で若きバーンスタインは一本の電話で飛び起きます。その内容は一瞬で目を覚まさせてくれるものでした。なんとニューヨーク・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者であるブルーノ・ワルターがインフルエンザの病気になったので、急遽ですが指揮者をしてほしいというものでした。これは千載一遇の大チャンスです。
電話を切って、カーテンを開けて「やったぞ!」とおおはしゃぎ。ベッドに一緒に寝ていた男性に喜びを向け、ついに運命が回ってきたことで張り切ります。
興奮を隠しきれないままに舞台へ。結果は最高でした。バーンスタインの指揮は大評判となり、有頂天。作曲にも精が出ます。これだけ勢いに乗っているならもう怖いものはありません。
私生活ではバーンスタインはクラリネット奏者のデヴィッド・オッペンハイムと性的な関係を築いていましたが、ある日、ひとりの女性と出会いを果たします。
とある音楽業界の大物が集うパーティーで女優志望のフェリシア・モンテアレグレに出会ったのです。父はユダヤ系なんだと話が弾むバーンスタイン。フェリシアも夢中で聞いてくれます。
2人で一緒に誰もいない劇場に忍び込み、お芝居をします。饒舌に台本を読み上げるバーンスタインに対し、フェリシアは真っ直ぐ見つめてセリフを言い、口づけします。
こうして2人は惹かれ合っていきました。フェリシアは代役ながら成功をおさめ、バーンスタインと共にメディアでも注目のまとになります。
2人の関係は深まり、幸せで裕福な生活に大満足。ついに結婚し、オシドリ夫婦と世間は褒め称えます。ジェイミー、アレクサンダー、ニーナという3人の子どもが生まれ、順風満帆でした。
バーンスタインのキャリアも好調です。1950年代になるとその活躍はさらに増します。『キャンディード』や『ウエスト・サイド物語』など、オペラやブロードウェイ・ミュージカルを作曲し、エンターテインメントの業界においても話題を引っ張りました。
いつの間にか、バーンスタインが豪華なパーティーを主催できるほどになります。そこでもバーンスタインは男性と親しくしたがる傾向があり、まるで昔のフェリシアに対してやったように話を弾ませています。その光景を目撃するフェリシアは複雑な気持ちでした。
そしてそのことは夫婦の間に亀裂を生じさせ…。
異性愛の夫婦モノに表では見せつつ…
ここから『マエストロ その音楽と愛と』のネタバレありの感想本文です。
『マエストロ その音楽と愛と』は冒頭の高齢のレナード・バーンスタインが過去を懐かしむように回想しているかのごとく、ゆったりとその半生が映像で振り返られます。この導入部からして、本作はかなりバーンスタインの心情に寄り添った構成をとっているのがわかります。
前半の若い時期のバーンスタインは良くも悪くも「恐れしらずの若さ」を体現するかのようなエネルギッシュさです。キャリアの躍進のきっかけも大先輩が急病で休みになったことでの代わりであり、その連絡の電話に思わず欲しかったオモチャを買ってもらった子どものように大はしゃぎしまくるバーンスタインの姿。本当に当時はこんな無邪気だったのかは知りませんけど、微笑ましくはあります。
その大胆不敵なエネルギーを表現するかのようにカメラワークも流れるように転回。この時点ではモノクロ映像なのですが、映像の動きはやたらと現代的です。
でもそれでもしっかり実力を発揮できているのですから、やっぱりバーンスタインは才能を持っているんでしょうね。ただのクソガキではないです。
この自信を増していく音楽の才能の並行して、バーンスタインの恋愛的&性的な方面でのライフスタイルも描かれます。1940年代や1950年代というと、同性愛への迫害も社会的に日に日に増している状況があったでしょうし、かなり世間の目を気にしそうなのですが、ここでもバーンスタインは豪傑な性格なのか、わりとセクシュアリティにオープンです。
ただ、当時は「バイセクシュアル」という単語の認知は今と違う点に注意です。「bisexual」という言葉は1910年代くらいが現在と似たような意味で登場していたのですが、本格的に普及したのは権利運動が盛んになり始めた1970年代から1980年代にかけてです(Stonewall)。
なのでこのバーンスタインの性的指向もバイセクシュアルとしては自分でも他人も説明しません。同性愛的な傾向が部分的に表れている…みたいなちょっと今の感覚だと引っかかった言い方をしています(当時はこういう言及が普通だった)。
本作はこのバーンスタインのバイセクシュアリティをしっかり描いており、これはレプリゼンテーションとしてとても大事です。映画等ではわりとそこを抹消してしまうバイセクシュアル・イレイジャーの問題が起きやすいですから。
本作では冒頭で高齢のバーンスタインが「A Quiet Place」というオペラの曲を弾いています。このオペラはクィアな物語として解釈されており、作中でこの曲を弾きつつ、妻のフェリシアへの愛を表向きは口にするという時点で、開幕からすでに二重の愛の告白になっているとも受け取れます。
『マエストロ その音楽と愛と』は表面上は妻のフェリシアとの異性愛の物語ですけど、裏側には男性との同性愛の物語が仕込まれているというわけですね。
そうやって捉えると、本作はなかなかにバイセクシュアル・ロマンスとして甘く切ないトーンです。
もっと多様な人種やルーツの俳優を
『マエストロ その音楽と愛と』はそんなバイセクシュアルなオシドリ夫婦の物語をしっとり描いていましたが、俳優陣の名演に支えられているのは言うまでもありません。
“ブラッドリー・クーパー”は監督業しながらも俳優としてもきっちり仕事をこなしていました。これ、脚本もやってますからね。器用な人ですよ。
しかし、本作の公開前からちょっとした論争になっていたことがあって…。「鼻」問題です。バーンスタインはユダヤ系で、ユダヤ人のステレオタイプとして「鉤鼻のような大きい鼻を誇張する」というのがあります(いわゆる「Jewface」)。本作において、“ブラッドリー・クーパー”(彼はユダヤ系ではない)がわざわざ鼻が大きくなるようにメイクアップしていたので、これは差別的ではと一部で指摘されていました。
遺族はこの表現に納得していたそうですけど、まあ、確かにそんな鼻をあえてメイクアップで表現しないといけないくらいに重要だと考えているなら、もっとその理想の鼻に近い俳優をキャスティングすれば良かったのに…とは思いますけど…。
ちなみに本作のメイクアップを手がけたのは、『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』でもアカデミー賞においてメイクアップ&ヘアスタイリング賞と高い評価を受けた“カズ・ヒロ”です。高齢時のメイクの凄さとか、今作でもその芸術力は見られたのですが…。
個人的にはコスタリカ出身(母親はコスタリカ人)のフェリシア・モンテアレグレの役に白人の“キャリー・マリガン”を起用していることのほうの問題が過小に扱われている気がしてならないですが…。このミックスなラテン系の実在人物の表現はなかなかに複雑なのですけどもね。
結局、“ブラッドリー・クーパー”の鼻といい、“キャリー・マリガン”の人種といい、こうした問題が浮上する根本的原因は、映画企画において賞をとれそうな俳優を起用するのが大前提になっているからであり、そしてそういう真っ先に光があたる俳優はたいてい白人だということです。コスタリカにルーツがあって、フェリシアの顔つきに似ている俳優が、キャスティング・リストにないわけですから。
このことからもわかりますが、ハリウッドももっと多様な人種やルーツの俳優をどしどし発掘しないとダメですよ。表現の幅が狭くなる一方なので…。
『マエストロ その音楽と愛と』は、全体としては綺麗な伝記映画でしたが、レナード・バーンスタインはまだまだ切り口もあるでしょうし、あの時代の音楽業界をいろいろな角度で映像化してほしいです。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 80% Audience 86%
IMDb
7.2 / 10
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作品ポスター・画像 (C)Netflix
以上、『マエストロ その音楽と愛と』の感想でした。
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