1日1日を…映画『PERFECT DAYS』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本・ドイツ(2023年)
日本公開日:2023年12月22日
監督:ヴィム・ヴェンダース
ぱーふぇくとでいず
『PERFECT DAYS』物語 簡単紹介
『PERFECT DAYS』感想(ネタバレなし)
ヴィム・ヴェンダースが日本のトイレにやってきた
朝方、私が近所を散歩していると、誰もいない静かな公園の片隅にある公衆トイレの傍に1台のバンの車が止まっています。降りてきたのは2人ほど。その人たちはトイレに入っていき、掃除をしだします。
公衆トイレの清掃員です。公園の管理者である自治体から清掃業務を委託された業者から派遣された人たちです。こうやって人知れずに掃除をし、トイレを清潔に保ってくれているんですね。
そう言えば、私が見ている範囲だと、公園の公衆トイレの清掃をしている人は男性ばかりな気がします。一方で、施設内のトイレの清掃をしているのは女性という印象です。性別で仕事を振り分けているのかな…。
ちなみに、私の出身地である北海道では雪国なので冬季のそのへんの公園の公衆トイレは雪に埋まります。完全にすっぽり半分以上トイレの建物が消えます。当然、トイレは使えません。なので雪が降る前に例の清掃員と思われる人たちが公衆トイレの施錠をし、封鎖している姿を見かけます。雪が解けて春になると、また清掃員の人たちがやってきてトイレを解放し、また定期的な清掃が続きます。雪国では野外の公衆トイレは冬眠するんですよ。
今回の紹介する映画はそんな公衆トイレの清掃員を主役にした作品です。
それが本作『PERFECT DAYS』。
本作は、2024年3月に授賞式が行われた米アカデミー賞で国際長編映画賞にノミネートされた日本映画です(受賞したのは『関心領域』)。この年のアカデミー賞は、視覚効果賞に『ゴジラ-1.0』、長編アニメ映画賞に『君たちはどう生きるか』が輝き、かつてない日本勢の健闘が目立ちました。
しかし、この『PERFECT DAYS』はその中でも特異な日本映画です。なにせ監督があの“ヴィム・ヴェンダース”なのですから。
“ヴィム・ヴェンダース”はドイツ出身で、1970年に『都市の夏』で長編映画監督デビューを果たし、『ゴールキーパーの不安』(1972年)にヴェネツィア国際映画祭で高評価。以降は、ドイツの映画界の新しい時代を切り開く人物として注目され続け、『都会のアリス』(1974年)、『まわり道』(1975年)、『さすらい』(1976年)など名作を量産。『ことの次第』(1982年)でヴェネツィア国際映画祭にて金獅子賞を受賞し、『パリ、テキサス』(1984年)でカンヌ国際映画祭にてパルム・ドールを受賞と、その評価は頂点に達します。『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』(2011年)や『セバスチャン・サルガド/地球へのラブレター』(2014年)などドキュメンタリーも多く手がけてきました。
その超大物である“ヴィム・ヴェンダース”がまさか日本で、しかもトイレの清掃員を主題にした映画を作るとは…。まあ、でも“ヴィム・ヴェンダース”ならやりそうだなという感じもある…。
そうして生まれた特注の『PERFECT DAYS』。“ヴィム・ヴェンダース”史上でも稀有な作品になったと思いますが、配合が良かったのか、奇跡的な完成度になってました。
それは主演の“役所広司”の名演の力も大きいです。『すばらしき世界』など単独での演技力が際立つ瞬間が凄まじい俳優でしたが、『PERFECT DAYS』は“役所広司”の魅力を贅沢に味わい尽くせる至極の一本になりました。本作で念願であろうカンヌ国際映画祭で男優賞に輝きましたけど、これがピークなんてことはなく、今回の注目を土台にして、日本を飛び越えて国際的に活躍する俳優になっていってほしいなと思います。
ほとんど“役所広司”単独で引っ張る映画ですが、共演者に『BLUE/ブルー』の“柄本時生”などがいますし、結構「あ、この人もでてるんだ」という意外な大物がほんの一瞬の出番で顔見せします。“ヴィム・ヴェンダース”作品にでれるんだったら、そりゃあ、一瞬でも嬉しいでしょうね。
“ヴィム・ヴェンダース”監督作を全然観たことがない人が初めて触れる映画になるかもしれませんが、それもちょうどいいです。トイレ気分で気楽にどうぞ。
『PERFECT DAYS』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :静かに味わう |
友人 | :シネフィル同士で |
恋人 | :恋愛要素はない |
キッズ | :大人のドラマです |
『PERFECT DAYS』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ひとりの男が寝床から起きます。暗い狭い畳み部屋。外はまだ明けたばかりで、早起きの老人が箒で掃除しているくらいです。平山は布団を片付け、階段を降り、流しで歯磨きをします。髭を整え、顔を洗い、植物に水をやり、眺めます。そして上着を着こみ、タオルを首にかけ、外へ。
古いアパートに住む平山の仕事はトイレの清掃員です。自販機で飲み物を買い、車に乗り込み、出発。まだヘッドライトが必要な薄暗さですが、平山には慣れた道のりです。走っているうちに明るさは増していきます。そのままカセットテープでお気に入りの曲を流し、目覚め始めた街を運転します。
目的地に到着。公園です。鍵と掃除道具を手にし、トイレに向かいます。ノックして人がいないことを確認し、黙々と掃除に集中します。中にはゴミが散らかっています。トイレットペーパーを換え、便座の裏まで丁寧に拭きます。一心不乱な丁寧な仕事です。
途中でトイレ利用者が入ってきても静かに外に出て待ちます。サラリーマンの男はトイレ利用後にそそくさと立ち去っていき、平山は掃除を再開します。
そのとき、軽い口調で別の男が来ます。タカシです。彼も清掃員でした。朝一の掃除は大変だと愚痴っていますが、平山は何も言いません。「平山さん、やりすぎです。どうせ汚れるんだから」とタカシはスマホをいじるばかりで全然働いていません。そのタカシを無視しつつ、平山は仕事に没頭します。
今のトイレの清掃が終われば、次のトイレに移動するだけです。
次のトイレでは親子連れの利用者が多く、中に子どもがいて、なぜか泣いています。優しい言葉で寄り添い、手を握って外に連れますが、すぐに母親らしき女性が駆け寄ってきて、とくに礼も言わずに立ち去っていきました。
また車で移動し、次のトイレ。ひと段落つくと、公園のベンチに座って、軽食をとります。その最中に、ふと上を見上げて、自前のカメラで木々を撮影します。満足そうです。
その後、近くの樹の幹の根元にあった芽を回収し、大事そうに持ち帰ります。
仕事は終わり、真っ直ぐ帰宅。先ほど拾い上げた芽をコップに土と一緒に移し替え、他の少し成長した芽と並べて仲間に加えます。平山にとって毎日この芽の成長が楽しみです。
そして、自転車で銭湯に向かい、疲れた体を休め、リラックス。風呂上がり後ものんびり。他にも利用者はいますが、とくに会話もなく、静かにその空間に馴染んでいます。
さらに夜になり、駅近くの食事処で少量の食事をとります。馴染みの場所なようで、店主は親しげに話しかけてきますが、平山はにこやかに笑うだけ。ここでも独りですが、本人は気にしていません。
真っ暗になって、平山は家に帰り、また布団をひきます。就寝前に本を読むゆっくりした時間を過ごし、眠りにつきます。
朝です。平山はまた仕事にでます。やることは同じ。トイレは今日も汚れていき、清掃を待っています。そんな日々ですが…。
オリンピック、電通、ヴィム・ヴェンダース
ここから『PERFECT DAYS』のネタバレありの感想本文です。
感想の本題に入る前に、『PERFECT DAYS』は制作のきっかけの話からしましょう。本作は生まれる経緯が変わっていて、渋谷区内の公共トイレを刷新するプロジェクト「THE TOKYO TOILET」というプロジェクトが発端らしいです(作中の平山もその名称の作業着を着ている)。何でも2020年に計画されていた東京夏季オリンピックの一環としてトイレを有名デザイナーに設計してもらう企画があったそうで、しかし、コロナ禍でその初期構想の連想は立ち消えに…。
ところが、“ヴィム・ヴェンダース”にこのトイレのPR映像を作ってもらおうということになり、ドキュメンタリーになる話もありましたが、いつの間にか劇映画として形になったのだとか。そのため、作中で平山が清掃するトイレは全部デザイナー特殊仕様トイレになっています。
だから、当初からかなり行政的なキャンペーンに乗っかっているんですね。実際、この『PERFECT DAYS』の脚本に参加している“高崎卓馬”は電通の人ですから(電通グループは、東京オリンピック・パラリンピックをめぐる談合事件で、不正な受注調整を行ったとして独占禁止法違反の罪に問われていますが、それはさておき…)。
たぶん並みの人が作ったらどうしようもなくつまらない映画になっていたと思うのですが、さすが“ヴィム・ヴェンダース”というべきか、このあからさまに行政宣伝感が濃厚な企画の出発点であっても、しっかり芸術でデコレーションすることで、その原点を綺麗に上書きしていました。
そのアプローチとして、“ヴィム・ヴェンダース”監督が採用しているのが、往年の日本映画、とくに“小津安二郎”のスタイル。『東京物語』の影響度は色濃いですし、平山という主人公の名前も『秋刀魚の味』からとっているのでしょう。
私は『PERFECT DAYS』を最初に観たとき「あ~これは絶対に欧米の映画人が好きなタイプの日本映画だな」と納得しましたよ。そういう需要を満たしまくっている映画でした。
当然、その原点があって、日本映画の美的な部分を好む“ヴィム・ヴェンダース”監督が撮ったのですから、この『PERFECT DAYS』には現実の日本社会が抱える問題はさほど手厳しく描かれませんし、ジャーナリズムに切り込む批評性もありません。実際の清掃員労働者から見たら「なんだこの会社のお手本みたいな働き手は…」とげんなりかもしれません。
描かれているのは”程よい”日本社会の理想のひと欠片です。
ここは“ヴィム・ヴェンダース”監督の演出の上手いところだなと思ったのは、巨大なスカイツリーを頂点にまるで平山もこの生態系のひとつの構成員にすぎないように、スケールを意識しながら描かれている点。芽を回収して育てているあたりなど、平山を主人公として変に際立たせずに、それでもどこかにいるであろう大事な存在としてサラっと描いてしまえる自然体な姿がありました。
“PERFECT” Man Going Their Own Way
『PERFECT DAYS』の前半は、平山がただ働いている1日のルーチンワークを映すばかりで、劇映画というかドキュメンタリーにすらみえます。
平山という人間の過去は全く見えず、ニコという姪の登場でやっと家族と過去が見え始めます。なんだか父から以前に嫌な目に遭っていたかのような、同情を誘う匂わせもあります。
私の見た平山についての分析ですが、この平山は孤独に生きています。無口で、そんなに他者と交流しようともしません。ただ、社交不安みたいなものを抱えている感じもありません。結構打ち解けるときは打ち解けますし、むしろ積極的に他者のスペースに入っていくこともあります。あえて意図的に孤独でいようとしている感じですね。
また、平山の人生の経緯はわかりませんが、そこまで貧乏な経験はなく、むしろ裕福だったのではないかなとも感じました。というのも、平山の生活実態を見ていると、特段の節約のノウハウみたいな描写は乏しく、むしろ衣食住とは無縁なところで趣味が充実しています。
フィルムカメラとか、カセットテープとか、ガラケーとか、ああいうレトロなアイテムに意味を持たせているのは、“ヴィム・ヴェンダース”監督なりの古き芸術への目配せなんでしょうけども。
本作の平山に対して「この人はゲイとかなんじゃないか」という意見も見かけましたが、私は平山はそんなにクィア当事者だとは思わなくて…。
むしろ本作はかなり宗教的な人物像になっていたと思いました。本作には宗教要素が露骨にでてくることはないですが(神社はでてくるがあくまで背景)、平山自身は宗教的な理想像を反映していたのかな、と。禁欲的で、アルコールも煙草もせず、献身的に社会に貢献していますからね(逆のタカシは宗教的にダメな男性像のテンプレになっている)。
もともと“ヴィム・ヴェンダース”監督自身が『Pope Francis: A Man of His Word』(2018年)というローマ教皇のドキュメンタリーを作るくらい保守的な信仰に敬意を置いている人というのもありますし…。
私は本作は結果的に「Men Going Their Own Way(MGTOW)」な男性像を象徴する作品になっているとも感じました。「MGTOW」というのは、社会から距離を置いて生きる男性の在り方のことで、一種のエリートな男らしさの形です。マノスフィア(女性蔑視男性コミュニティ)の文脈で語られることも多く、要するに「最近の社会は多様性だなんだとごちゃごちゃうるさいから、そんな社会とは距離を置いて俺はひとりで生きてやるぜ!」という、ある一部の人が理想とする男の偏向的な”カッコよさ”を提示しています。最近だと”東出昌大”が狩猟する姿を主題にしたドキュメンタリー『WILL』も典型的な「MGTOW」系の作品だなと思いましたが…。
『PERFECT DAYS』にでてくる女性キャラクターは、男性従属的か(ママ)、同情的か(アヤやニコ)、薄情か(トイレの子の母)、そんな類型なものしかでてこないというのも、「MGTOW」っぽさを強めています。
エンディングの後味といい、「MGTOW」のナルシシズムが滲んでいるとも解釈できますし、今作はそういう男性に好かれそうな映画でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 91%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
第76回カンヌ国際映画祭の受賞作の感想記事です。
・『落下の解剖学』(パルム・ドール)
作品ポスター・画像 (C)2023 MASTER MIND Ltd. パーフェクトデイズ
以上、『PERFECT DAYS』の感想でした。
Perfect Days (2023) [Japanese Review] 『PERFECT DAYS』考察・評価レビュー