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『すばらしき世界』感想(ネタバレ)…西川美和監督も真っ直ぐすぎる人なのかもしれない

すばらしき世界

西川美和監督も真っ直ぐすぎる人なのかもしれない…映画『すばらしき世界』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Under The Open Sky
製作国:日本(2020年)
日本公開日:2021年2月11日
監督:西川美和

すばらしき世界

すばらしきせかい
すばらしき世界

『すばらしき世界』あらすじ

殺人を犯して13年の刑期を終えた三上正夫という男は、身元引受人の弁護士らの助けを借りながら自立を目指していたが、目まぐるしく変化する社会からすっかり取り残されていることも痛感していた。そんなある日、生き別れた母を探す三上に、若手テレビディレクターの津乃田が近づいてくる。社会に適応しようとあがきながら生き別れた母親を捜す三上の姿を感動ドキュメンタリーに仕立て上げようとしていたが…。

『すばらしき世界』感想(ネタバレなし)

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西川美和監督が初めて手がける原作

「○○刑務所から出所したばかりの人がこのへんをうろついているんだって」「その人は危険人物らしくて警察が見張っているらしいよ」「ついさっきはあの店にいたとか」

そんな情報がSNSなどを通して私の地元の地域で暮らす人たちの間で局所的に拡散している光景を以前目にしたことがあります。こういうとき、本当に噂の広まり方の速度は速いもので、瞬く間にその日の話題のトピックになってしまっています。

この情報の真偽は不明です。刑務所から出所する人なんてほぼ毎日どこかにいるでしょうし、本来は全く騒ぐことでもないはずです。まだ何もしていない人を見張るほど警察も暇ではないでしょう。

不安になる気持ちもわからないではありません。不審者情報を共有するような善意でそうしているのかもしれません。しかし、これは人権侵害です。たとえ何かの罪を犯した人であっても人権というものは平等にあるわけで、勝手に危険人物扱いして情報を流布する行為は内容によってはそれをした人の方が今度は犯罪者になってしまうでしょう。

それでも世間は加害者なら何をしてもいいと思ってしまう勢力が強く、こうした問題は今日も日本のどこかで起きています。これを「正義の暴走」なんて雑な言葉で片付ける人もいますが、実際の加害者人権をめぐる現状の顛末は、社会制度の不備、インターネットのエコシステムの機能不全、貧困や格差、差別や偏見…あらゆる要素が複雑に絡み合った結果であり、私たちは安易に冷笑できる立場にありません。

今回紹介する映画もそんなことを考えさせる内容です。それが本作『すばらしき世界』

本作は、実際の事件を題材にした作品を多く手がけて1976年には「復讐するは我にあり」で直木賞を受賞した経歴を持つ“佐木隆三”が1990年に執筆した長編小説「身分帳」を原作としています。随分と年月が経ってからの映画化となりました。

内容は、13年の刑期を終えて出所した元殺人犯の男を描くもので、ひとたび「加害者」というラベルを張られてしまった人間の社会における生きづらさを生々しく描いています。実在の人物をモデルにしたうえで作られている物語であり、こういう人が日本のどこかにいるという実在感を強く与える、こちらに強烈に響いてくるような作品です。

そんな原作の映画化をしようと動いたのが、“西川美和”監督でした。2002年に『蛇イチゴ』で監督デビューし、2006年の監督作『ゆれる』ではカンヌ国際映画祭の監督週間に正式出品して世界的にも注目を集めます。以降もゆっくりしたペースではありますが、2009年の長編3作目『ディア・ドクター』、2012年の長編4作目『夢売るふたり』、2016年の長編5作目『永い言い訳』と、高評価な映画を生み出していき、今や日本映画界の貴重な才能のひとりとして確立しています。

その“西川美和”監督が初めて原作モノで映画を手がけるということで、きっと本人も相当に映画化したいという気持ちが強かったのでしょう。『すばらしき世界』も世界の映画祭で上映されたようですし、“西川美和”監督のさらなる飛躍に繋がったと思います。

主演として出所した元殺人犯の男を演じるのが、『渇き。』『日本のいちばん長い日』『三度目の殺人』『孤狼の血』などで常に血気迫る熱演を見せつけてくれる“役所広司”。今回の『すばらしき世界』での役柄が『三度目の殺人』と『孤狼の血』での役を足して二で割ったような雰囲気なのですが、これぞ“役所広司”の真骨頂というくらい、作品全体を見事に支配しており、あらためて役者としての凄さを実感させられます。

共演は、『泣く子はいねぇが』の“仲野太賀”、『家族はつらいよ』シリーズの“橋爪功”、『前田建設ファンタジー営業部』の“六角精児”、『浅田家!』の“北村有起哉”、『MOTHER マザー』の“長澤まさみ”、『Fukushima 50』の“安田成美”、『罪の声』の“梶芽衣子”など。

“西川美和”監督作品に初めて触れるという人でも本作『すばらしき世界』はオススメですし、俳優陣の名演を拝みたい人にもぴったりです。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:俳優ファンは必見
友人 3.5:邦画好きなら
恋人 3.0:ロマンスは薄い
キッズ 3.0:暴力描写&性描写あり
↓ここからネタバレが含まれます↓

『すばらしき世界』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):外の世界へ

ひとりの男が出所前の検診をしていました。「もう少しで食べたいものが食べられる」と言われ、潔い返事をする男。大きな身振りで大人しく従って廊下を歩きます。

預かっていた持ち物を返す場では、当時は30万円もした腕時計も壊れており、「処分してください」と告げます。「いよいよだね」と言われ、平成16年に収監されて13年ぶりに外に出ることになった男に「今後はこういうところに二度とこないように頑張ってもらいたい」と看守は伝えます。デカい声で返事をする男は被害者に対して申し訳ないと思っているようですが、判決を不当と思っているとも口にし、「自分は1匹狼で当時はどこの組にも入っていませんでした」と不満そうです。

こうして三上正夫は雪深い旭川の空気を吸いました。

バスに乗り、「気を付けてな、短気を起こしちゃだめだぞ」と職員に見送られる三上。車内でひとりになると「ざまあみろ」と呟き、「俺はもう極道じゃない」と独り言。三上の人生はまた動き出します。

一方、そんな三上の経歴や入所時の態度などが書かれた書類である身分帳が送られてきたひとりの男がいました。彼は津乃田龍太郎という名のテレビマンで、上司の吉澤遥に強く進言されて、この三上の記録と本人の密着取材を基に番組を作ることに。三上は母親と再会を望んでいるようで、それは感動モノとしてうってつけだと吉澤は考えていました。作家を目指していた津乃田は躊躇しますが、今のままでは作家としての成功も遠く、しぶしぶ承諾します。

三上は上野駅で身元引受人の庄司勉と合流し、家に招かれます。温かい食事。庄司は「身元引受人は趣味みたいなもんだから。助けが要るなら躊躇わないでほしい」と優しく接し、三上は涙します。三上は4歳で母と離別し、養護施設に預けられ、その後に暴力団事務所に入り浸り、14歳で少年院に。ある日、殺人事件を起こしてしまい、懲役刑となり、出所して今に至ります。

さっそく生活保護申請書を提出するために役所へ。窓口ではケースワーカーの人から「刑務所の前はどんな仕事を?」と聞かれ、無言になります。「反社には対応できない」と言われますが、庄司は「もう過去の話」と訴え、一旦申請されることに。生活保護を受ける立場にどうも落ち着かない様子の三上は、急にその場で倒れてしまいます。

検査では高血圧を指摘され、無理しないように指示されます。

その病院で三上は津乃田に出会いました。楽しそうに昔の話を語り、陽気に傷跡を見せる三上。

新しい住まいに移り、器用にミシンを使いこなす三上。内職で仕事したいと要望も語りますが、そんな仕事は今はなさそうです。穏やかな生活がしばらくは続きますが、健康面の不調は続きます。

ある日、下の部屋がうるさくて寝れない三上は、その部屋に乗り込み、「ゴミも分別しないと」と怒ります。ところがひとりの人相の悪そうな男がやってきて、それを見るなり、「表に出て来い」と三上は指示。外で対面して三上は名乗り上げ、相手にも促しますが、その男はおどおど。「助けてください!」と逃げる始末です。結局、近所が騒ぎになって三上の印象が悪くなっただけでした。

役所の人が家庭訪問してきます。「自分は贅沢したくて仕事をしたいわけじゃない」と三上は言葉をこぼしますが、丁寧に対応するケースワーカーは「保護費の使い道は三上さんの自由です。大事なのは誰かと繋がりを持って社会から孤立しないことです」と語ります。

しかし、そう上手くはいかず…。

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人間が真っ直ぐすぎる男

『すばらしき世界』は何と言っても三上正夫というキャラクターの魅力一発で成り立っているような映画です。それを具現化させた“役所広司”の演技力もあって、この三上正夫を眺めているのが実に面白いです。

冒頭から明らかに「純真な馬鹿正直者」という雰囲気を全開にしている三上。声はいちいちデカいし、歩き方も腕を上げすぎだし、一体何をどうしたらこんな身振り素振りで大人になってしまったのだろうと思うほど。「人間が真っ直ぐすぎる男」と作中で言われてしまいますが、まさにそんな感じです。

1階の人とバトルをしたがる好戦性を持ち、困っている人がいれば暴力で助太刀に入り、相手をボコボコにすることにも罪悪感はない。ヤクザと関わって悪いことをしている感覚もない。そもそも自分が収監される殺人でさえも悪いとは思っていない。まさしく社会に適合できず、個人的な直感だけに従順になって生きてきた人間です。

この無垢な存在を“西川美和”監督はあまり色をつけずに映しており、ヤクザ絡みなら過剰なバイオレンス描写をぶっこみそうなところもあえて淡白に描いています。なのでジャンル化しておらず、ひとりの生身の人間として鑑賞できる構成になっていました。

そんな三上の周囲に自然と寄り添うことになっていく「支える側の人たち」。身元引受人の弁護士、ケースワーカー、テレビマン、スーパーの店主…それぞれが立場は全然違えど、三上のことを無償で考えてくれている。この自然なコミュニティの描き方も“西川美和”監督らしいです。

こうやって映画を観ている私たちも「三上は良い奴じゃないか」と思うかもしれませんが、それこそ問題点でもあって「良い奴=こちらの思い通りに動く奴」でもあるんですよね。一般社会でも刑務所社会でも適応に苦労する三上。おそらくヤクザ社会も彼を受け入れてくれたように見えますが、実際は「1匹狼」と言っているあたり、あくまで三上の独断に任せており、そこまで責任は持っていないのでしょう。要するに三上は利用しやすい人間でもある。何かしらのコミュニティが考える「良い人」の定義は「こちらに害をなさずに合わせてくれる人」という意味に過ぎない。そういうことを考えさせます。

だからこそ終盤の介護施設で三上はひとりのスタッフが虐められている現場で「こちらに害をなさずに合わせてくれる人」になってしまう。社会に適合することは本当に良いことなのか? 適合ではなく社会の在り方を考えないとダメなのではないか?…という問いを突き付ける静かなエンディングでした。

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やや残念だった部分

全体的に丁寧に作られていた『すばらしき世界』ですが、個人的にはちょっと残念だった部分もあって、それが時代設定

もともと原作は、戦後の混乱の中で孤児として育ち、裏社会に入って犯罪を重ねた主人公が、通算23年間の刑期を終えて昭和61年に世の中に出てくる物語で、映画では舞台を35年後の現在にアレンジしています。この現代改変がそこまで上手くハマっていない印象はありました。

そもそも原作はそういう時代設定であり、原作者の“佐木隆三”も朝鮮出身で戦争を直に経験してきたということもあり、ある種の歴史記録として貴重な価値があり、そこに面白さもあったわけです。一方で、映画は予算不足という理由なのでしょう、現代になっていますから、そういう歴史資料としての側面は皆無です。つまり、文献的なリアリティは消えたぶん、ものすごく感情にだけ訴えるエモい作品に変身しています

ただその現代的を映す部分はやっぱり浅いかなと思えるところも。「今をえぐる問題作」なんて宣伝では言われているけど…。

例えば、吉澤遥はかなり熱心に三上の人生を素材に使おうとするのですが、今の感覚で言えばあんなものは番組にならないでしょうし、いとも簡単に炎上するでしょう(だから昨今のテレビ番組は安全に視聴者ウケしやすいワンパターン化している)。

『ヤクザと家族 The Family』『孤狼の血 LEVEL2』にもあったような、現代のヤクザは肩身が狭い的なパートも蛇足感があります。三上はそういう現代だから生きづらいのではなく、昔から生きづらい人でしょうし。

リアリティも薄く、現実の出所した人が直面する制度的な問題をそこまで正確には描いていません。ケースワーカーの人があれだけプライベートに介入するなんてあり得ませんし…。

また、映画化によって本作自体が結局は吉澤遥のようなポジションと同質化している側面は否めません。ラストなんていかにも感動ありきな着地ではあります。

一応、津乃田龍太郎という正しい人間を描くことでメタ的にこの三上の人生を描く側の正当性も位置付けているのですが、これも都合がいい聖人化にも思います。実際、この原作者の“佐木隆三”も過去に別の事件の本を書いてその題材になった犯人から名誉毀損で訴えられていますからね。

最終的には“西川美和”監督の考える「こうなったらいいな」という真っ直ぐすぎる願いの映像化になっており、それが誰に寄与する本意なのかは観る人に委ねられる、ちょっとズルい映画ではありました。

『すばらしき世界』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
?.? / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0

作品ポスター・画像 (C)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会 素晴らしき世界

以上、『すばらしき世界』の感想でした。

Under The Open Sky (2020) [Japanese Review] 『すばらしき世界』考察・評価レビュー