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『秘密の森の、その向こう』感想(ネタバレ)…あえて母と娘はわかりあえるという寓話を描く

秘密の森の、その向こう

あえて母と娘はわかりあえるという寓話を描く…映画『秘密の森の、その向こう』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Petite maman
製作国:フランス(2021年)
日本公開日:2022年9月23日
監督:セリーヌ・シアマ

秘密の森の、その向こう

ひみつのもりのそのむこう
秘密の森の、その向こう

『秘密の森の、その向こう』あらすじ

大好きだった祖母を亡くした8歳の少女ネリーは両親に連れられ、祖母が住んでいた森の中の一軒家を片付けに来る。しかし、少女時代をこの家で過ごした母は何を目にしても祖母との思い出に胸を締め付けられ、ついに唐突に家から消えてしまっていた。残されたネリーは森を散策するうちに、母マリオンと同じ名前を名乗る8歳の少女と出会い、遊んでいるうちに親しくなる。少女に招かれて彼女の家を訪れると…。

『秘密の森の、その向こう』感想(ネタバレなし)

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セリーヌ・シアマ監督は心を弄ばない

「毒親」とか「親ガチャ」という言葉が盛んにもてはやされている近頃、「母」と「子」の歪んだ支配や不遇を強調した関係性を露骨に突きつけるような表象が流行っている印象があります。これはたいていはセンセーショナルでショッキングなもので、明らかにその方向性で売りにしています。

当然実際にそういう関係性で苦しんでいる人もいるわけですが、一方でこうしたトラウマティックな作品が注目されやすいのは、バズりやすいからでもあり、トラウマを煽ることが商業的に価値があるとみなされていることの裏返しでもあるでしょう。最近は作品を提供する側もわざと露悪的に見せつけようと躍起になっている感じさえあります。

表象の責任を考えるなら、単にトラウマを煽るだけでなく、その後にどうやって回復するかというケアまで描き切ってほしいものですが、やはり世の中は不安ビジネスの方が儲かるので、ケアなんておざなりだったり…。

とくに「親子」というテーマは社会においてとても身近なものですから、不安や不信を煽っているだけでは全く将来は見えません。多くの人は心のどこかで家族規範の息苦しさを感じているのでしょうけど、それを露悪的な消費でしか回収できないままでは、なんだかね…。

そんなことを思っていた中、今回紹介する映画は「親子」の関係性をそうした資本主義的トラウマ消費とは全く正反対に清々しく描き切っており、暗澹たる気持ちを晴らしてくれる作品でした。

それが本作『秘密の森の、その向こう』です。

本作は、母と8歳の娘が描かれており、基本はこの幼い娘視点で物語が進行します。この親子が亡くなったばかりの祖母の家を後片付けするために一時的に寝泊まりしているのですが、そこでこの女の子はとある不思議な体験をします。

これ以上を言うとネタバレすぎるのでこの先は言及しませんが、普通のドラマかなと思わせておいて、意外な方向に転がっていきます。寓話的な感覚に近いと言えるのかな。

まあ、日本配給の宣伝ではその不思議の内容をネタばらししてしまっているので、私がこうやって隠そうとしても意味のない苦労に終わるだけかもしれませんが…。

幼少期の子どもが主役の“ちょっと不思議体験”のストーリーが好きな人はハマるはず。

とは言え、そんなド派手な摩訶不思議な出来事は起きません。本当にささやかな不思議という感じ。なにせこの『秘密の森の、その向こう』、上映時間がたったの73分しかないのです。もう少し短かったら長編映画ではなく中編映画扱いになっているくらい。短い物語で、体感もあっという間です。

それでも「ああ、良い物語だったな」という後味で満足できるのではないでしょうか。

この『秘密の森の、その向こう』を監督したのは、レズビアン&フェミニスト映画として圧倒的な芸術性で観客の心をキャッチした傑作と評価も高い『燃ゆる女の肖像』を生み出したフランスの“セリーヌ・シアマ”。“セリーヌ・シアマ”監督はこれまでも『水の中のつぼみ』(2007年)、『トムボーイ』(2011年)、『ガールフッド』(2014年)と、女性同士の関係性をさまざまなスケールや対象で描いてきた人物でした。

あの大絶賛された『燃ゆる女の肖像』の後に何を作るんだろうと思っていましたが、まさかこんな小さな物語でくるとは…。でもちょうどいいのかもしれませんね。こんな風に自身のクリエイティビディのレンズをカチャカチャと変えても才能を発揮できる…やはり“セリーヌ・シアマ”監督は只者じゃないです。

2021年の監督作となった『秘密の森の、その向こう』も高評価を獲得し、多くの映画賞で脚光を浴びました。“セリーヌ・シアマ”監督のターンはまだ続きそうですね。

撮影は『燃ゆる女の肖像』でも見事なシーンを映し出し、最近は『スペンサー ダイアナの決意』でもその実力を見せていた“クレア・マトン”。『秘密の森の、その向こう』でも撮影が素晴らしいです。

俳優陣は、『カミーユ』の“ニナ・ミュリス”、『乙女たちの秘めごと』の“マルゴ・アバスカル”、『グッバイ・ゴダール!』の“ステファン・ヴァルペンヌ”など。

心を不必要にざわつかせて弄ぶだけの表現に憔悴している人は、ぜひこの『秘密の森の、その向こう』を観てみてください。鑑賞者の心の平穏を最優先に大切にしながら、その心に刺さっている小さな棘をとってくれるかもしれません。

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『秘密の森の、その向こう』を観る前のQ&A

✔『秘密の森の、その向こう』の見どころ
★心を穏やかにさせる小さな物語。
✔『秘密の森の、その向こう』の欠点
☆派手な展開は何もない。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:小さな寓話を観たいなら
友人 3.5:気軽に見やすい
恋人 3.5:気分を穏やかに
キッズ 3.0:子ども主役だけど大人向け
↓ここからネタバレが含まれます↓

『秘密の森の、その向こう』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):出会ったあの子の秘密

高齢者と一緒に過ごしていた小さな女の子。ネリーはその部屋を去り、他の部屋にいる高齢者にも挨拶をしながら、最後は母親のいる部屋に入っていきます。他には誰もいません。母は背を向けたまま、窓を見つめています。

その施設から出発し、ネリーは母の運転する車に乗ります。後部座席で無邪気にお菓子を食べるネリーは、そのお菓子を母にもあげ、飲み物も飲ませてあげます。

到着したのは祖母の家。しかし、もう祖母はこの家を使うこともありません。誰も使わないです。中は真っ暗で、ネリーはぐっすりと母に抱きかかえられていましたが、着くとライトを手に中を探索。もうほとんどが片付けられていました。

翌朝、ネリーはベッドから目覚めますが、母は元気なさそうです。が母の傍にいてくれるので、ネリーは外へひとりでふらふらと出かけます。落ち葉いっぱいの森でひとり遊ぶネリー。

夜、母は遺品を整理しながら、思い出に浸っていました。昔を語りたいような語りたくないような複雑な感情を見せますが、ネリーにはよくわかりません。

夜中に目が覚めたネリー。水を飲みに行くと、リビングで寝ている母に気が付きます。一緒の布団にくるまりながら「さよならを言えなかった」と呟くネリー。母は優しく抱きしめてくれました。

また朝。目を覚ますとソファに寝ているのは自分だけ。朝食をとっていると父から「ママはどこかへ出ていった」と聞かされます。

壁に隠れた秘密の収納棚を見つけ、そこで見つけたおもちゃで家の近くで遊んでいるしかやることもないネリー。森を歩き回っていると、ふとひとりの同年代くらいの女の子を目にします。身長の何倍もある木の枝を重そうに引きずって運んでいて、その子はネリーを見て「手伝って」と言い、一緒に枝を運ぶことに。その子は秘密基地のようなものを作っていました。小屋というよりは現状は枝を寄せ集めてかろうじて屋根っぽくしているだけです。

ネリーが名前を尋ねるとその子は「マリオン」とそっけなく名乗りました。ネリーの母と同じ名です。

雷ととともに激しい雨が降ってきて、走るマリオン。ネリーも追いかけると、辿り着いたのは祖母の家と全く外観が同じ建物。室内すらも同じです。

よく事情が呑み込めないまま、ネリーはマリオンと濡れた髪をタオルで拭き、マリオンはキッチンでご飯を用意してくれます。

ネリーは好奇心にかられて、家を歩いてみると、覗いた部屋の机には母の思い出のノートがありました。そして別の部屋にはマリオンの母らしき人が眠っており…。

動揺したネリーは帰ることにして、大急ぎで森の反対側へとダッシュ。そこにはネリーの知る祖母の見慣れた家がちゃんと存在し、息を整え、室内に入ると父もいます。

あれは何だったのだろうか…。ネリーには理解ができませんが、次の日もマリオンが秘密基地を作っていた場所に行ってみます。やはりあの森にいました。

マリオンはネリーと同じ8歳だそうで、2人で一緒に遊ぶことにします。他愛もない遊びをしている中で、マリオンの母は足が悪いこともわかり、それはネリーの祖母の特徴と一致します。

つまり、このマリオンは…。ネリーもその正体に気づき始めていましたが、それを本人の前で口にはなかなかできません。しかし、思い切って告げてみることに…。

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母親でもあり、子でもある

『秘密の森の、その向こう』の“不思議”。それは幼い頃の母との邂逅でした。

“セリーヌ・シアマ”監督は“宮崎駿”監督“細田守”監督のアニメーション作品が好きと公言しており、この映画はとくにその要素が濃く感じられます。

森を抜けていくいつの間にか不思議な体験をしているというのは『となりのトトロ』っぽいですが、母と子の物語としては『おおかみこどもの雨と雪』ですし、親の過去を知るという点では『未来のミライ』と通じるものもあります。

“セリーヌ・シアマ”監督の場合は、それらの作品にインスパイアされているのは手に取るようにわかりますが、物語自体は非常にミニマムなものに抑えており、大冒険活劇のようなエンターテインメント性に傾倒していません。その代わり、非常に登場人物の心に寄り添うことに徹しており、そこが心地よさだったりします。

『秘密の森の、その向こう』はネリーという8歳の女の子の物語ですが、同時にこれはマリオンというネリーの母親の物語でもあります。そしてその母の心のケアの物語です。

一般的には母親という属性を背負っている女性がケアを必要としているときは、同じ母親仲間と交流するか、友人の支えに頼るか、もしくはパートナーと向き合うことで達成するか、後は専門家に任せるか、これくらいです。

今作ではそれを母親が8歳の女の子の姿になって、自分の娘と同年代として触れ合っていくという、かなりのアクロバティックな技で実現します。

オープニングから非常に意味深な良いシーンで、ここは介護施設か何かだと察しがつき、ネリーが入居高齢者と仲がいいことからも相当に通い詰めていたことがわかります。そして母(ネリーの祖母)を失った大人マリオン(ネリーの母)の背中。あの背中だけで物語るのがいいですね。

この大人マリオン(ネリーの母)は単に喪失感だけでなく、母(ネリーの祖母)との複雑な人生のいきさつを経て語り切れない感情があるのだろうなと思わせます。まあ、実際にそういうものでしょう、親子って。ましてや「親」という人間は同時に「子」でもあるんですからね。介護を経験するというのは親子の関係性を再度向き合わせるタイミングになるのですが、介護はハードすぎるのでそんな悠長な心のケアなんてできやしません。残るのは死後になってからの彷徨う感情です。

ラストでまた大人マリオン(ネリーの母)が戻ってきてネリーに何気なく謝るのですが、この言葉もいろいろな意味を背負っていることが読み取れる。

大人マリオン(ネリーの母)の視点だけ見ても、今作は「良い・悪い」の二面性だけで評価できない、観念的な親子の実情を上手く捉えているなと思いました。

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子どもにとって大人は理解しにくい

対して終始8歳であるネリーの視点で『秘密の森の、その向こう』を見ていくと、ネリーは単に不思議な体験の中でハシャいでいるだけにも見えます。

確かに子マリオンとのひとときは楽しそうです。演じている“ジョセフィーヌ&ガブリエル・サンス”は実の姉妹だそうで、ものすごくリラックスしてじゃれ合っており、微笑ましい光景です。

しかし、これはネリーという子どもからの「大人を批評する」物語とも解釈できます。大人は子どもを理解するのが大変だとはよく大人は言いますが、実際のところ、子どもだって大人を理解するのは大変なのです。なぜなら大人は感情をあまり表に出さないからです。嬉しいのか、悲しいのか、苦しいのか…その感情が見えづらい。それでいて急に怒ったりする。子どもにしてみれば「なんなの?」と意味不明…。

大人は社会において感情的になってはいけないと押さえつけられ、実際、感情を安易にださないことを「大人らしい」と評価されます。でもそれは子どもの視点から見れば、すっごく変なことなんですよね。

だから保育士とかの人は、子ども相手にあれだけオーバーリアクションで感情をだすわけで、そうすると子どもも「この大人はわかりやすい!」と警戒心を解きやすかったり…。

本作は大人である母が子ども化することで、初めてネリーにも理解できるようになります。そして「もっと大人は感情を表にだしていいんじゃない?」という子どもからの提案のような映画でもあるなと思いました。大人ぶらなくていいんです。

『秘密の森の、その向こう』は親子(母娘)の物語ですけど、あまり母性が強調されず、むしろ「母親」とか「子ども」という属性の重みを取っ払って解放したうえで対等の関係を構築する…そんな物語だったのではないのかな、と。

大人が子どものおかげで本音をだせるようになるという構図としては最近の映画だと『セイント・フランシス』に似ているなと思うのですが、『秘密の森の、その向こう』は子ども化というファンタジーな出来事の活用の仕方が良かったですね。

親子の関係を過度に理想化せず、もちろん美化も賛美もせず、それでいて生々しい部分も背景に残しつつ、静かに淡々とメンタルケアに専念する。これぞ大人の寓話でした。

『秘密の森の、その向こう』のコンパクトな完成度を観てしまうと、“セリーヌ・シアマ”監督、何やらせても上手くいくんじゃないかという気がしてきますね。もし宮崎駿監督作品を実写化するなら絶対に“セリーヌ・シアマ”監督を抜擢してほしいくらいですよ。“セリーヌ・シアマ”監督の『となりのトトロ』とか『魔女の宅急便』とか、観たいな…。

『秘密の森の、その向こう』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience 79%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
8.0

作品ポスター・画像 (C)2021 Lilies Films / France 3 Cinema 秘密の森のその向こう

以上、『秘密の森の、その向こう』の感想でした。

Petite maman (2021) [Japanese Review] 『秘密の森の、その向こう』考察・評価レビュー