クリステン・スチュワート主演…映画『スペンサー ダイアナの決意』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:ドイツ・イギリス(2021年)
日本公開日:2022年10月14日
監督:パブロ・ラライン
自死・自傷描写
スペンサー ダイアナの決意
すぺんさー だいあなのけつい
『スペンサー ダイアナの決意』あらすじ
『スペンサー ダイアナの決意』感想(ネタバレなし)
亡きダイアナに捧ぐ
2022年9月のエリザベス女王の崩御にともない、イギリスの王室の君主はチャールズ3世となりました。しかし、この新国王の前途は多難かもしれません。直近で行われていた世論調査では、チャールズ3世の国民支持率は65%で、女王の支持率より21ポイント低いものでした。王室の廃止も持ち上がっており、これが最後の君主になってしまうのではないかとも囁かれています。
ちなみにすでに73歳であるチャールズ3世がもし亡くなったりした場合、王位継承の順番は次はチャールズ3世の長男であるウェールズ公ウィリアムとなります。その次がそのウィリアムの第1子であるジョージ、その次がウィリアムの第2子であるシャーロット、その次がウィリアムの第3子であるルイ、その次はチャールズ3世の次男であるヘンリーです。
そんな現国王のチャールズ3世ですが、その婚姻についてはスキャンダルな人生がありました。チャールズは1981年にある女性と結婚します。それは名門貴族スペンサー伯爵家の令嬢だったダイアナ。この2人の結婚は祝福されましたが、一方でチャールズはカミラという女性とも交際し、不倫として世間を騒がせます。そして1996年にダイアナとの離婚を発表。しかし、それで終わらず、なんとダイアナは1997年8月30日にパパラッチの追っ手を振り払おうとスピードをだした結果、交通事故死してしまいます。近年の王室における最悪の悲劇として世界に刻まれました。
そうした過去ゆえに英国王室への関心はさておき、ダイアナに対しては特別な想いを抱いている人も多いはず。
その亡きダイアナに想いを捧げる映画が今回紹介する作品です。
それが本作『スペンサー ダイアナの決意』。
『スペンサー ダイアナの決意』は、いわゆるダイアナの伝記映画…ではありません。ダイアナとはこういう人物で、こんな人生のドラマを送ってきました…と順々に描いていくものではなく、本作は1991年時のクリスマス休暇のたった3日間だけを描いたフィクションです。もちろん主人公であるダイアナが背景で経験しているものは史実どおりですが、この映画内で描かれる行動は創作となっています。
ではこの『スペンサー ダイアナの決意』は何がしたいのかと考えるに、やはり「悲劇のヒロイン」として歴史に残ってしまったひとりの女性を“そうではない世界”に救い出してあげたい…そんな作り手の願望を感じ取れるような作品だと私は思います。
映画というフィクションを武器に史実の悲劇にマジカルを起こす、要するに『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』みたいな部類と思ってもらえればいいかな、と。
ダイアナを描いた映画と言えば、2013年の『ダイアナ』がありましたが、あちらは酷評一辺倒でしたし、最近はマリリン・モンローを描いて痛烈な否定的反応で溢れかえった『ブロンド』という映画もあったばかりなので、この『スペンサー ダイアナの決意』にも警戒したくなりますけど、あの映画みたいな搾取的なアプローチではなく最後に救いがあるのでそこはひとまず安心してもいいかな…。
とは言え、この『スペンサー ダイアナの決意』も、摂食障害、自傷行為、希死念慮などの描写がありますので留意は必要ですが…。
『スペンサー ダイアナの決意』を監督するのは、『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』や『エマ、愛の罠』のチリ出身の“パブロ・ラライン”。この監督は2016年には夫のジョン・F・ケネディが暗殺された直後の渦中で決断を迫られるジャクリーン・ケネディを描いた『ジャッキー ファーストレディ 最後の使命』を手がけており、『スペンサー ダイアナの決意』もその方向性に近いですね。
そして最重要であるダイアナを熱演するのは、『セバーグ 素顔の彼女』『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』の“クリステン・スチュワート”。本作ではその演技が称賛され、アカデミー主演女優賞にノミネートされるなど、キャリア史上最大の評価となりました。“クリステン・スチュワート”を見るための映画と言ってもいいです。
共演は、『ロスト・ドーター』の“ジャック・ファーシング”、『ターナー、光に愛を求めて』の“ティモシー・スポール”、『アウトサイダーズ』の“ショーン・ハリス”、『シェイプ・オブ・ウォーター』の“サリー・ホーキンス”など。
『スペンサー ダイアナの決意』を鑑賞するのにダイアナに関する知識はそんなに必要ないですが(あっても映画が面白くなるわけでもない作りだと思う)、かつてイングランドの王妃だったアン・ブーリンについては事前に知って簡単な人生史を頭に入れておくといいと思います。
あと映画鑑賞後はケンタッキーを食べたくなりますよ。
『スペンサー ダイアナの決意』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :俳優ファンは必見 |
友人 | :ダイアナ好き同士で |
恋人 | :ロマンス描写は無し |
キッズ | :大人のドラマです |
『スペンサー ダイアナの決意』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):吐きたいクリスマス
1991年、クリスマスイブ。イギリス国内はすっかりクリスマスを前に各家庭で一家団欒のムードに包まれていましたが、それは英国王室も同じでした。ただし、少し平凡とは違います。
ノーフォークのサンドリンガム邸では警備が建物を巡回し、安全を確認。すると軍用車列が敷地に到着し、中からぞろぞろと兵士が降りてきます。厨房に箱を運んできて、またぞろぞろと去る一団。その横を今度は白い服の料理人が列を作って入っていき、箱を開けて食材を確認。シェフの号令で調理開始です。
サンドリンガム邸ではクリスマス休暇なので王室の人間が続々と集まっていました。もちろんそこにはエリザベス女王もいます。
一方、その周辺の田園地帯の中を1台の車が走っていました。ひとりの女性が運転していますが、地図を見ながら、悪態をつきます。場所がわからないようです。
途中でダイナーによったその女性は「ダイアナです、ここはどこですか?」と訊ね、店内のみんなが茫然とします。
相変わらず迷子のダイアナは道脇で車を停車し、困っていました。そこにロイヤルヘッドシェフのダレン・マグレディが通りかかり、事なきを得ます。しかも、ダイアナはここが実家近くなので、その風景を見渡し、視線の先にあったカカシを見つけて駆け寄り、そのカカシが着ていた父ジョン・スペンサーの服をはぎとって持っていくのでした。
ダイアナの車がやっと邸に到着。待っていたアリステア・グレゴリーと会話し、邸内に先に着いていた息子のウィリアムとハリーを抱きしめます。
けれどもダイアナは他の王室と交流しようとはしません。なぜなら夫のチャールズはカミラという女性との交際疑惑が報道され、今、王室はダイアナにとって針の筵だからです。ダイアナ自身も精神的に参っており、足早にトイレに駆け込み、吐いてしまいます。
親しいドレッサー係のマギーが励ましてくれますが、寝室で息子2人と会話するも息子たちを行ってしまうと孤独です。
王室の面々が一堂に会したディナーが始まりますが、視線を感じて落ち着かないダイアナ。やはり苦しくなり、またトイレで吐きます。
ふらふらと誰もいないキッチンに寄り道すると、そこにあった料理を貪るようにつまみ食いします。それをアリステア・グレゴリーに見られ、平静を装います。
夜、ダイアナはバリケードを通って自分の思い出の家へ足を運ぼうとしますが、警備兵に見つかって断念ん。しょうがないので息子たちを起こし、蝋燭を前にこっそりゲームをして遊びます。
けれどもずっと子どもとはいられません。王室という息苦しさはクリスマスでも圧し掛かり…。
ダイアナ版「シャイニング」
『スペンサー ダイアナの決意』はあくまでダイアナに主眼があり、他の王族は書き割り的な描写です。前半から中盤すぎまではずっと苦しそうなダイアナの姿ばかりが続き、こっちまで苦しくなってきます。
目立つのはやはり摂食障害の描写。吐いては食べ、吐いては食べ…の繰り返し。しかも本作は引きちぎった大きな真珠のネックレス(夫が愛人のカミラのために購入したもの!)がスープに入り、その真珠をどんどん貪るように噛み砕いて食べていく…みたいなショッキングな演出もあり(ちょっと『Swallow スワロウ』を思い出す)、視覚的なサイコロジカル・スリラーみたいになっていきます。
他にも腕をペンチ(ニッパー?)で傷つけたり、階段からの身投げを想像したり、追い込まれ方は加速していくことに…。
でも無理ありません。当時のダイアナは夫と別居中。それでも付き合いゆえに王室のクリスマス休暇の集いに参加しなくてはいけないのですから。こんなの誰だって死ぬほど嫌ですよ。
ダイアナにとってあのサンドリンガム邸は地獄の館です。ちなみにタイトルが挿入されるシークエンスといい、始まり方が“スタンリー・キューブリック”の『シャイニング』みたいになっているのは狙っているのかな?
本作でもダイアナは父の服とかキジに話しかけたりと、『シャイニング』状態のドツボにハマっていきますが、その精神的な混乱にトドメを指すような、いわば心霊的なアイテムとも言えるものが、あのアン・ブーリンの本です。アン・ブーリンは1500年代初めのイングランドの王妃ですが、非常に悲劇的な人生を辿ることで有名です。アン・ブーリンは離婚問題が持ち上がり、最終的にはほとんど魔女狩りみたいなかたちで死刑判決を受け、ロンドン塔にて斬首刑に処せられた人物。あまりにも惨い人生でした。『ブーリン家の姉妹』などの映画にもなっています。
本作のダイアナはそんなアン・ブーリンと自分を重ね、死を予感しています(実際、そんな風に本人が重ねていた事実はないのですが、王室ファンの間ではよく比較されやすい2人の女性です)。
作中ではそのアン・ブーリンの本の嫌がらせはアリステア・グレゴリーの仕業みたいですが…(これもフィクションです。念のため注意)。にしても“クリステン・スチュワート”をたっぷり見られる映画だと思ったら、案外と次に出番が多くてセリフが多いのは“ティモシー・スポール”だったのが意表を突かれた…スチュワート見たさに映画館に足を踏み入れた観客もまさかこんなにスポールのあの顔を見るとは思わなかったろうに…。
ケンタッキーにしない?
『スペンサー ダイアナの決意』がずっとこのダイアナ錯乱状態のままだったら、正直、私はこの映画をポジティブに評価はできなかったろうなと思うのですけど、そうならなかったので良かったです。『ザ・クラウン』で散々見たしね…。
確かに“クリステン・スチュワート”のハマリっぷりは素晴らしいです。ワンカットごとの撮り方もキマっていて、まるで絵画みたいですし…。
ただ、女性はパラノイア、男性はバイオレンス…といったように人間の追い込まれ方の描写が画一的になってしまうのはどうかと思いますし、やはり悲劇のヒロインのままではさすがにね…。
でも本作はそんなダイアナに映画の魔法を起こします。
そこで駆使されるアイテムのひとつが父のジャケット。ダイアナは本作でもいかにも王室ファンが喜びそうなエレガントなファッションを披露するのですが、それは彼女にとっては拘束具みたいなもの。それを脱ぎ捨て、自分の出自に舞い戻るのがあのジャケットです。終盤の銃声の最中でそのジャケットを身に着けたダイアナがカカシのように立ち、自分の意志を貫くシーンは本作の象徴的な名場面でした。
もうひとつがマギーの存在。彼女もこの映画用に配置されたフィクショナルなキャラクターですが、終盤はダイアナはこのマギーに個人的な苦痛を打ち明け、一種のケアを得ます。ビーチではしゃぎまわるシーンはそれまでの息苦しさがスっと消えるようで安堵します。
なお、このシーンではマギーからダイアナに好意があることが告白されますが、これは同性愛的な描写というよりも、「それでもダイアナを愛している人たち」を代表する言葉なのでしょうね。“クリステン・スチュワート”だからクィアネスを期待するのもわかるけど、あまりこの映画はクィアの方面ではそこまで盛り盛りという内容ではない気がする…。マギーと2人でドライブして逃避行したら『テルマ&ルイーズ』になってましたよ。
ラストは息子たちと車でドライブしてあの窮屈な世界を飛び出します。史実を知っている人からみれば、ダイアナと車の組み合わせは死の予兆ですが、この映画にはそんな不吉さは微塵もないです。
『スペンサー ダイアナの決意』は最悪のクリスマス映画に見せかけて、でも最終的にはケンタッキーを食べたくなるオチなので、なんだかんだで日本人文化にぴったりなクリスマス映画だったんじゃないでしょうか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 52%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
クリステン・スチュワートの出演する映画の感想記事です。
・『セバーグ 素顔の彼女』
・『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』
・『アンダーウォーター』
作品ポスター・画像 (C)2021 KOMPLIZEN SPENCER GmbH & SPENCER PRODUCTIONS LIMITED
以上、『スペンサー ダイアナの決意』の感想でした。
Spencer (2021) [Japanese Review] 『スペンサー ダイアナの決意』考察・評価レビュー