幼いケネス・ブラナーの地元でのあらすじ…映画『ベルファスト』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:イギリス(2021年)
日本公開日:2022年3月25日
監督:ケネス・ブラナー
恋愛描写
ベルファスト
『ベルファスト』あらすじ
『ベルファスト』感想(ネタバレなし)
世界が戦争で引き離されている今だからこそ
2022年2月24日、ウラジミール・プーチン大統領の指示のもとロシア軍がウクライナ侵攻を開始し、世界はこの報道で持ち切りとなりました。第2次世界大戦以降、最も核戦争の危機が切迫している状態です。
もともとロシアとウクライナは複雑な歴史を持っていますが、政治はさておき、市民レベルではロシア人もウクライナ人も混ざり合って暮らしていました。今回の侵攻によって、友人や家族同士だった間柄さえも権力者の思惑で分断され、対立を余儀なくされてしまっています。そして、攻撃を受けたウクライナの人々は故郷の地を離れるべきかという苦渋の決断を迫られています。シェルターで怯える人、対戦に備えて武器を用意する人、国外へ逃げるために必死に移動する人、家族がバラバラに引き離されてしまった人…メディアでは日々胸が張り裂ける映像が飛び込んできます。これが今起きている現実です。
一方でこのような悲劇は今回が初めてではなく人間の歴史において何度も繰り返されてきたことです。人類は何も学んでいません。学ぶべきなのに…。
ということで今回紹介する映画は、2022年のウクライナ侵攻と同じような悲惨な状況に置かれた庶民のありのままの日常を描くものであり、今の社会と重なる部分が非常に大きく、同時期に公開されたのは何かの運命なのかもしれません。
それが本作『ベルファスト』です。
本作は俗に言う「北アイルランド問題」を題材にしています。まずこの北アイルランド問題の歴史を知らないとそもそも映画の前提がわからないと思います。ざっくり言えば、北アイルランドの領有をめぐるイギリスとアイルランドの領土問題紛争のことであり、1900年代に始まりました。今のイギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」ですが、なぜ北アイルランドが入っているのか、その理由はこの紛争にも関係しています。
16世紀の宗教改革に端を発してカトリックとプロテスタントはずっと争いを続けてきました。本作の公式サイトに歴史背景が説明されているので以下に引用します。
キリスト教の最大教派ローマ・カトリック教会に対して反旗が翻され、そうした対抗諸宗派はまとめて「プロテスタント」と呼ばれた。イングランドは、国王ヘンリー8世の離婚問題をきっかけにローマ・カトリックから離反する。国の勢力を拡大していく過程でイングランドは隣のアイルランド島への植民に力を入れ、プロテスタント植民者が土着のカトリックから土地を奪うという構造ができあがっていった。17世紀末にはプロテスタント優位体制が確立、1801年にアイルランドはグレートブリテン王国に併合される。アイルランドの自治復権を目指すその後の長い闘争は、20世紀になってようやく実ることになる。血みどろの独立戦争の末、1921年にイギリスとアイルランドは条約を締結、プロテスタントが多数派のアイルランド島北部6州が「北アイルランド」としてイギリス領に残り、島の残りは「アイルランド自由国」として自治を獲得、実質的独立を果たした。
1960年代、米国の公民権運動に影響され、北アイルランドではカトリックに対する差別撤廃を求める運動が盛り上がる。この運動には少なからぬプロテスタントの人々も賛同していたが、デモ行進などはプロテスタントによる過剰反応を呼び、双方の対立は暴力化していった。人々は、「カトリック」対「プロテスタント」というレッテル、または「ナショナリスト」(アイルランド全島で一つの国家【ネイション】となることを目指す)対「ユニオニスト」(北アイルランドがブリテンと連合【ユニオン】している現状を維持する)というレッテルを貼られて二分されたのである。
その対立の中心地となったのが北アイルランド最大の都市である「ベルファスト」です。1969年、事件が起こります。カトリックの人もプロテスタントの人も暮らしていたこの平穏な街が突如として戦場と化し、両者は分断されたのでした。
本作『ベルファスト』はその当時の模様をひとりの子どもの視点で描いています。そして本作を監督したのは『ナイル殺人事件』など大作も手がけて絶好調の“ケネス・ブラナー”であり、本作はアイルランドのベルファスト出身である“ケネス・ブラナー”の自伝的な物語になっています。とてもパーソナルな作品であり、フィルモグラフィーにとっても大切な一本となりました。
その個人の想いが詰まった『ベルファスト』は非常に高く評価され、2021年の賞レースの筆頭候補となっています。まさに監督の望郷の思いが詰まった一作が高評価を得るというのは2018年の『ROMA ローマ』を彷彿とさせますね。
俳優陣は、『フォードvsフェラーリ』の“カトリーナ・バルフ”、『ヴィクトリア女王 最期の秘密』の“ジュディ・デンチ”、『フッド:ザ・ビギニング』の“ジェイミー・ドーナン”、『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の“キアラン・ハインズ”など。
ある意味では戦争映画でもあるのですが、先ほども書いたようにひとりの子どもの視点で描かれており、ユーモアラスな場面も多く、戦争と日常が交差する瞬間を巧みに映し出しています。ちょっと『ジョジョ・ラビット』とかに近いアプローチなのかな。
映像の大半はモノクロですが、とても綺麗な映し方をしており、大画面に映えます。『ベルファスト』を見ながら、これを過去の出来事だという認識で終わらせず、今と結びつけて考えてほしいです。
オススメ度のチェック
ひとり | :シネフィル必見の注目作 |
友人 | :子ども主役映画好き同士で |
恋人 | :子どもの可愛いロマンスあり |
キッズ | :戦闘描写がややあり |
『ベルファスト』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):トラブルの始まり
1969年8月15日、ベルファストの町はいつもの穏やかな時間が流れていました。
「バディーーーー!」と自分の子の名を呼ぶひとりの女性。町の路地でたくさんの子どもたちが無邪気に遊ぶ中、バディは自分サイズな盾と剣で思う存分に楽しんでいました。9歳の少年にとって遊ぶことが人生の全てです。
そろそろ家に帰ろうと歩き始めたとき、少し離れた目の前のT字路で集団が盛り上がっているのが見えます。大人たちがなぜあんなに集まっているのか、バディにはわかりません。でもただならぬ雰囲気です。
その瞬間、バディの足元のすぐそこで炎があがります。火炎瓶が投げ込まれたのです。たちまち凄まじい勢いで暴徒が押し寄せてきて、あたりは大混乱へと変貌しました。窓ガラスは割られ、車は大爆発を起こし、手当たり次第に破壊されていき、滅茶苦茶です。
母がバディを抱えて家に退避。怯えまくっているバディは机の下に隠れ、「何が起きているの?」と困惑するしかできません。その暴動が過ぎ去るのを待つしかできず…。
その烈火のような騒動が一旦収束し、町の修復作業で大人たちは大忙しに。バディはその光景を茫然と見つめます。さっきまで遊んでいた路地裏は戦車が走り、バリケードが作られてしまいました。バディはなぜこんなことになったのかまだわかりません。
母はイギリスにいる父の心配をしていましたが、すぐに帰国してきました。バディは他に兄のウィル、祖母、祖父と暮らしています。
これはカトリックとプロテスタントの争いなのだと、年上のいとこの女の子のモイラから教わりますが、事情はよく理解できません。しかし、教会でカトリックの説教会を聞いていると、神父が凄まじい形相でプロテスタントへの敵意をまくしたてており、子どもながらにショックを受けます。
ある日、プロテスタントの暴徒を率いていたビリー・クラントンがやってきて父と話したいと言ってきます。どうやら仲間になれと勧誘しているようですが、父はそれを断りました。
夜、両親がベルファストを離れることについて話しているのを聞いてしまったバディ。そんなことを考えたこともないバディは動揺します。
学校では担任の先生が子どもたちを成績順に席に並べており、バディは同級生のキャサリンが好きで、なんとか隣になれないかと祖父母に打ち明けます。祖父に算数を教えてもらい、バディの成績アップが認められ、席替えに。やっとキャサリンの隣だと思ったら彼女は後ろに配置され、なんだかがっかり。
それでもキャサリンと仲良くなるチャンスはまだある。バディは張り切りますが、町の治安は日に日に悪化していき…。
オープニングが100点
『ベルファスト』はオープニングからの序盤シークエンスだけでもう100点でした。あの構図は見事としか言いようがない。
まず冒頭はベルファスト出身のミュージシャン“ヴァン・モリソン”の「Down to Joy」という曲(本作に複数楽曲を提供している)をバックに、現在のベルファストの綺麗な街並みがカラーで映し出されていきます。「Titanic Hotel」が映し出されていたことからもわかるように、このベルファストは造船の街でもあり、タイタニック号などはベルファストのハーランド・アンド・ウルフ造船所で造られました。他にもこの冒頭ではいくつものベルファストの観光名所が映り、その街の良さがぎっしり詰まっています。
そんな美しい街並みを映すカメラがぐっととある塀を通り越えて奥の住宅地を覗き込むと…そこはモノクロ。一気に映像は50年以上タイムスリップする。この映画のマジックに真っ先に魅了されます。
続いてそのノスタルジックな昔のベルファストの街並みの中で、いかにも象徴的な子どもたちが和気あいあいと思い思いに遊んでいるのですが、そのひとりが本作の主人公のバディです。彼はお手製の剣とゴミ箱の蓋を盾にして、いわば剣士ごっこをしています。無邪気に“戦い”の真似事をしているわけです。
すると目の前に暴徒集団が現れ、その遊び場が本当の戦場になってしまう。この皮肉すぎる展開。
ここでバディが初めて暴徒を見た時、完全に思考停止状態で硬直しているのが印象的です。自分で戦いごっこをしていたくせに、本物の争いというものを理解できないという矛盾。バディにしてみれば、戦いというのはフィクションだと思っていたのかもしれません。まさか本当に戦争というものが実在するとは思ってもみなかった…。
この『ベルファスト』の始まりの描写はすごく戦争の本質を現しているのだと思います。戦争は唐突にやってくる、しかも架空だと思っていた世界からリアルに侵蝕するように襲ってくる。子どもには政治のことはわからないけど、この事実だけはハッキリと突きつけられる。
『ベルファスト』が描くのはそういう戦争の怖さであり、それは今も世界中のあらゆる地で起きていることでもありますね。
フィクションが支えてくれる
こうして地元のベルファストが戦地となり、厳戒態勢になっているために、いつものように遊べなくなってしまったわけですが、それでもバディの日常は続きます。
ここで本作『ベルファスト』はそこまで深刻にならず、むしろユーモア溢れる子ども目線の展開が続きます。
とくにキャサリンへの片思いエピソードはほっこりするばかりで、「結婚する」と勝手に言い切るも結婚の意味などさえもわかっていないであろうバディを優しく(ときに毒もある会話で)見守る祖父母の心強さ。
そしておそらく“ケネス・ブラナー”監督としてはこれは外せないと思っていれたであろう、フィクションというものの頼もしさ。辛い時にフィクションは支えになってくれると言いますが、バディも多くのフィクションに支えられます。
作中では映画が強くピックアップされており、劇場鑑賞のシーンはわざわざスクリーンだけカラーになり、映画の魅力が目立っています。『チキ・チキ・バン・バン』に目をキラキラさせて釘付けになるバディは可愛かった…。あと『恐竜100万年』を家族で鑑賞したときのあの気まずい空気は傍から見ると笑ってしまうけど(主演のラクエル・ウェルチが皮のビキニ姿で登場するシーンは当時としてはかなり過激なセクシーさであり、セックスシンボルになりました)。
他にもアガサ・クリスティの小説や、『マイティ・ソー』のアメコミも登場したり、“ケネス・ブラナー”監督の今を作り上げたフィクションの歴史がわかる内容になっていました。
そのバディを演じた“ジュード・ヒル”という子役も完璧でした。“ケネス・ブラナー”監督ってこういう撮影経験のない子どもを撮るのも上手いんだなぁ…。
しかし、浮かれてばかりはいられません。モイラにそそのかされて暴動に混ざって万引きしたりして、それを母にこっぴどく怒られるシーン。戦争というものにどんな理由があっても乗っかって楽しんではいけないという教訓。まさに今もそういう不届きな輩がたくさん見られるわけで(子どもじゃなくて大人なのがたちが悪いけど)、とても大切なメッセージです。
当事者ではない多くの日本人はこの映画『ベルファスト』を他人事のように観るかもしれませんが、誰の住んでいる場所でも戦場になりうるのが今の世界です。北アイルランド問題は当事者の間では「the trouble」と呼ばれており、いまだにタブー視されている雰囲気があります。それだけ多くの人の心に傷を残しました。「どっちもどっち」というような冷笑は戦争に加担するだけであり、他人の心を抉るものです。
本作のラストは地元に残る祖母が「振り返らないで」と呟く悲痛なシーンで幕を閉じます。でも“ケネス・ブラナー”監督はこの映画を作って振り返る。戦争の過去を忘れない、過去に取り残された人を忘却しないことが今の私たちが常に心掛けないといけないことですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 92%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 Focus Features, LLC.
以上、『ベルファスト』の感想でした。
Belfast (2021) [Japanese Review] 『ベルファスト』考察・評価レビュー