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『おかしな子』感想(ネタバレ)…現代のインド版の若草物語

おかしな子

現代のインド版の若草物語のようなフェミニズム・ストーリー…Netflix映画『おかしな子』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Pagglait
製作国:インド(2021年)
日本では劇場未公開:2021年にNetflixで配信
監督:ウメーシュ・ビスト
恋愛描写

おかしな子

おかしなこ
おかしな子

『おかしな子』あらすじ

インドにて、結婚してすぐに夫と死別した若き未亡人。いきなりの訃報に大家族は混乱しつつも葬儀を粛々と進める。その中で素直に悲しめない自分と葛藤しながら、変わり者ばかりの義家族との接し方に悩む。しかし、問題はそれだけではなかった。偶然にも亡き夫が抱えていた大きな秘密を手にしてしまい、それをどう処理すればいいかもわからずにただただ心だけがかき乱されていく。もうこの世にいない人なのに…。

『おかしな子』感想(ネタバレなし)

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結婚や家族と向き合うインド映画

2021年5月19日に日本のとある大物男性芸能人と女性芸能人が婚約を発表し、日本中のざわめいていました。2人とも人気の人物でしたし、ドラマで夫婦役共演をしていたためにひときわ話題性がありました。まあ、あとコロナ禍のせいでおめでたい吉報に飢えていたというのもあるかもですが…。

私は結婚とかに全然興味がないので他人のそういう話も基本はニュース程度にしか受け取らないのですが、一方でそういう婚約発表を受けての世間の反応を見ていると、チラホラというか、場合によってはかなりの頻度で、無自覚な性差別的なリアクションが目に入り、ややげんなりしたのも正直な本音です。

男性芸能人が女性芸能人を「獲得」したかのような論調(女=トロフィー)や、ゲイ当事者でもないのに「俺もあの男性芸能人となら結婚したかった」みたいな無自覚なホモフォビア言い回しとか、本当に些細なことに見えますけどチクリチクリと弱い立場の者をいたぶる感じで…。こういうことを指摘すると「え? そんなことで?」と思うかもしれませんけど、実際のところ「結婚」という題材は最も人の性差別意識が露出しやすいトピックですよね。浮かれやすいからこそ、気が緩むし、ボロもでるというか…。自分も気を付けないとなと常々思うのですが…。

映画でも同じで、今は結婚をただ「おめでとう!」と単純明快に描くのか、それともそこに何かしらの批評を加えるのか、それは製作者の意識が問われる重要な分かれ目です。

そう考えると今回紹介する映画はかなり思い切った踏み込みをした作品ではないでしょうか。それが本作『おかしな子』です。

本作はインド映画です。でも踊ったりはしないやつです(歌は流れる)。

物語は、主人公の若い女性が結婚したばかりの夫を亡くしたところから始まります。いきなり重すぎない?という感じですが、それがそんなにシリアスではない。むしろ私なりの感想ですけどこれは「若草物語」に近いテイストにも感じるような。とくにあれですね、最近のリメイク版の『ストーリー・オブ・マイライフ わたしの若草物語』の方です。

ひとりの若い女性が家族という保守的な空間の中で漂い、それでも自分がどう生きたいのかという一歩を踏み出そうとする。そういうストレートなフェミニズム・ストーリーだと言えると思います。

インド映画業界は日本よりもフェミニズムを積極的に取り入れようとする勢いがあると最近は感じていました。『シークレット・スーパースター』『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』など、多彩な映画が続々生まれています。

もちろんインド社会はまだまだ性差別が根深く巣食っています。女はこう、男はこう…というジェンダーロールも目立ちます。それでもそれを打ち破ろうとする人たちを描こうというクリエイティブなパワーがある。もともとインド映画はそういう規範に抵抗する物語を好みますし(歴史的な背景もあるのでしょう)、フェミニズムを吸収することでインド映画はもしかしたら欧米以上にパワフルな飛躍をするかもしれません。この『おかしな子』もそんな片鱗を感じさせます。

『おかしな子』の監督は“ウメーシュ・ビスト”という人で、2014年に『O Teri』という映画も手がけているようですが、私は初めての鑑賞。

でも主演の人物は知っています。本作の主人公に抜擢されているのは、『ダンガル きっと、つよくなる』(2016年)でレスリングを見事に披露し、『フォトグラフ ~あなたが私を見つけた日~』にも出演している“サニヤー・マルホートラ”という人気若手女優。『おかしな子』は単独主演作としては初になるのかな。

『おかしな子』はインド映画ですが115分と短くまとまっていますし、苦しいときにこそ元気を貰える作品ですので、ぜひ鑑賞してみてください。Netflix作品なので家でのんびり観られます。

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『おかしな子』を観る前のQ&A

Q:『おかしな子』はいつどこで配信されていますか?
A:Netflixでオリジナル映画として2021年3月26日から配信中です。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:元気を貰いたいときに
友人 4.0:悩みを語れる者同士で
恋人 4.0:本音を語り合おう
キッズ 4.0:前向きな未来を応援
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『おかしな子』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『おかしな子』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):結婚からの未亡人

玄関前に壺が吊るされたとある家に多くの人が集まっていました。全員の表情は暗いです。なぜなら今日はお葬式。シヴェンドラ・ギリを家長とするこの家は悲しみに包まれています。

「サンディヤは大丈夫なの?」「落ち込んでいると聞いたわ」

この一家は突然の訃報に見舞われました。息子・アスティックが亡くなったのです。昨日火葬を終えたばかりで息子の母・ウシャは消沈しつつも各所に連絡し、父・シヴェンドラは沈痛な表情で息子の備品を処分します。

しかし、一番辛いのはきっとサンディヤであろうと誰もが思っていました。その亡くなった息子には妻が嫁いだばかりであり、それがサンディヤだったのです。

今日も部屋に閉じこもっている未亡人のサンディヤ。彼女は…スマホで追悼の言葉として良さげなものがないか欠伸をしつつ検索していました。悲しくはなさそうです。

そこに自分の両親も入ってきて母は抱きながら抱きしめます。お茶を入れようとする義母に「私はコーラがいい」と言うサンディヤ。「こんな時にコーラ?」と母に言われ、発言を訂正。

そこにキャリーケースを引きずるひとりの女性が訪ねてきます。「私はナジア・ザイディです」…サンディヤの知り合いです。ナジアはサンディヤの状況を心配します。全然悲しくないようです。子どものときに飼っていた猫が死んだときは3日も食欲がなかったのに。心配しすぎる母はサンディヤを前にお祓いを始める始末。

一方、他の家族の面々は「サンディヤの様子が変だ」「PTSDじゃないか」と心配。サンディヤをこのまま家に置くのか、どうするかも決まっていません。13日まで喪が続きますが、結論をださないと。

サンディヤは亡き夫の書類整理を頼まれ、引き出しを開けますが、その中に1枚の女性の写真を発見。その裏には「いとしい人」と書かれていました。動揺。好きでもなかった相手ですが、他に裏で女性と付き合いがあったのかと思うと心がザワつきます。でも情報はこれだけ。

サンディヤはおばあちゃんに例の写真の話をします。「彼女を知ってる?」と聞くと意味ありげに頷くおばあちゃん。そして呟きます。「ウシャ」…それは夫の母の名前です…。

ガンジス川に遺灰を撒きに行く父。サンディヤはこの写真の女性に会うと決めたとナジアに打ち明けます。ガンジス川が全ての罪を洗い流したと言われても自分を裏切った夫を許せません。

そんな中、夫の会社の同僚たちが訪問してきます。その中にあの例の写真の女性がいるのを目にし、固まるサンディヤ。すぐに部屋に連れていき、2人っきりになり「あなたは?」と質問。アカンシャという名のようです。

ズバリ写真を突きつけ、関係を問いただすと「愛し合ってた」と。でも結婚後はただの同僚で、同じ大学で知り合ったけど結婚は両親が許さなかったのだとか。

なおもサンディヤの心は複雑です。しかし、そのアカンシャと交流していくうちにサンディヤの心情は揺れ動き始め、人生の大きな決断をすることに…。

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結婚は女の幸せ? 夫の死は女の不幸?

結婚は女の幸せ、夫の死は女の不幸…その価値観は本当なのか。そんな揺るがしから始まる『おかしな子』。

本作が面白いのは情報の伏せ方です。作中ではギリ家のアスティックが若くして亡くなったという悲しいシチュエーションからスタートします。しかし、この肝心のアスティックに関する情報がほとんど提示されません。おそらくギリ家にとっては次期家長であり、相当な期待があったのでしょう。だからこそその喪失は両親にとって深手。一方で弟たちは次期家長の死亡によって次は自分にそのプレッシャーが降りかかってくるのではないかとビクビクし、終始静かな緊張感が漂います。

アスティックはどんな人だったのか明らかにはなりません。回想シーンすらも登場しません。死因もよくわからない。まさしく主人公サンディヤと同じ、何も知らない関係性のまま観客も物語を眺めることになります。

サンディヤは両親が勝手に決めたお見合い結婚の末にアスティックの家に嫁いだので、そこに自分の意志はなく、心ここにあらず。コーラとチップスを好むあたり、伝統的なインドよりも洋風好きのようですし、英語ができる程度に学もあります。そのせいか余計にこの保守的な家庭にマッチしません。

しかし、しだいに断片的に明らかになり始めるアスティックの人物像。どうやら家柄は保守的ですが、職場はかなり先進的な環境のようです。そしてアカンシャという女性と恋の関係があったことも。

つまり、アスティックもまた別にサンディヤのことを恋愛的に愛していたわけではありませんでした。相思相愛とは程遠い、形だけの結婚。

ただ、生命保険500万ルピーの受け取りはサンディヤひとりに設定していたあたり、サンディヤのことを邪険にするつもりはなかったようです。恋の相手ではなかったけど、ひとりの人間としては尊敬をしている。

これによってサンディヤは夫という従属関係から意図せずに解放されてしまい、自分でも途方にくれることになります。どうしたらいいんだろう、と。

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多様な女性たちが恋愛伴侶規範を解体する

そんな困惑の中で出会うのが亡き夫の元恋人・アカンシャ。ベタなものだとここで女同士の争いが勃発するものですし、作中でも当初のサンディヤはアカンシャを素直に受け入れられません。

しかし、このアカンシャがまたすごく女性として先進的な生き方を体現しているんですね。キャリアもどうやらあるようですし、職場もクールで、同性から見ても確かに魅力に溢れている。生活だって自立している。でも好きな人との結婚だけは手に入らない

サンディヤとは真逆です。自立は手に入らず結婚だけ手に入った女性と、自立はしたけど望んだ結婚はできない女性。

そのアカンシャの存在が方向性を見失っていたサンディヤの刺激を与え、道標になりだします。

また、『おかしな子』には実に多様な女性たちが描かれるのも印象的です。当然、保守的な女性観を良しとする人も中年以上の女性を中心に何人も集まっていますし、その女性たちが主導的な立場にいます。でもそうじゃない女性も確実にいます。

例えば、サンディヤの友人であるナジアはベジタリアンで、常にサンディヤの支えになってくれます。10代の女子も良い意味で自分らしさをそのままに生きています。今の子たちはスマホでグローバルに情報に触れていますし、保守的な女性像に閉じ込めようとする方が無理難題です。タルンの娘のアディティは終盤で、サンディヤの妊娠という嘘を「私にナプキンをくれた」という話を人前で堂々として看破。タブー視される生理の話題を目の前でされ、年配男性陣の「パッドマンのせいだ」というボヤキがなんとも(『パッドマン 5億人の女性を救った男』の話)。

こういう古い価値観と新しい価値観が入り乱れている状態こそ、今のインドの家族のよくある姿なのかもしれません。つまり、転換点にあると。

その変容するインド家族において生じるシスターフッドを描き、インドの家族という最初単位の社会に新しい風が吹きそうな予感をもたらす本作。

別に恋愛を否定しているわけではありません。あの中学生たちのカップルな気配とかも描かれますし、でもそれでさえも既存の形式的な男女観を乗り越えてくれそうな期待をもたらします。

悩み抜いたサンディヤは決断します。嫁いだ先に残るわけでもなく、実家に帰るわけでもない。自分で独立してみようと。そして13日間の喪に服す期間はまさに自分のそれまでの抑圧された人生の終焉でもあって、ここから新しい人生が始まる。

バスにひとり飛び乗るサンディヤはまだ見ぬ未来に高揚しています。確かに前の夫は家ごと捨てました。でもその首には元夫の好きだった青色のスカーフが巻かれており、その元夫が目指していたであろう思いは受け継いでいます。自分らしさを実現できる世界にするということ。

結婚をすると女性は役目を終えたかのように言われがちです。結婚した女性芸能人は祝福と同時に夫の添え物のような扱いを受けたりしますし、キャリアにすら注目がなくなり、子どもはどうかとかそういう話ばかりになります。でもそうでいいのか。そういう思いでいる人も少なくないはず。

恋愛伴侶規範を気持ちよく置き去りにする『おかしな子』という映画は、インドからそんな人たちに真っすぐな応援を届けてくれました。

『おかしな子』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 69% Audience 73%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

フェミニズムなインド映画の感想記事です。

・『グンジャン・サクセナ 夢にはばたいて』

・『ミッション・マンガル 崖っぷちチームの火星打上げ計画』

・『シークレット・スーパースター』

作品ポスター・画像 (C)Balaji Motion Pictures

以上、『おかしな子』の感想でした。

Pagglait (2021) [Japanese Review] 『おかしな子』考察・評価レビュー