政治の意志は受け継がれる…Netflix映画『シャーリー・チザム』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:ジョン・リドリー
人種差別描写
しゃーりーちざむ
『シャーリー・チザム』物語 簡単紹介
『シャーリー・チザム』感想(ネタバレなし)
政治を変える初めての挑戦
日本の政治では今なお女性の議員の割合が非常に少ないです。自民党の若手議員らの懇親会で性的パフォーマンスを楽しんでいるような実態ですから、この政界がどれだけ根深く男社会なのかは推して知るべし。かろうじている女性議員も、その中で目立つのは差別発言したり、不祥事を起こす人ばかりだったり…。こんな現状なら真面目に政治に打ち込みたい人がバカを見るだけで、嫌になってきます。
でも最初に業界を変えようと先陣で開拓に挑んだ人というのは、往々にしてそういう無力さや焦燥を痛感するものなのかもしれません。こんな世界で本当にやっていけるのか…。私に何ができるのだろうか…。そんな感覚を…。
今まさにそんな気持ちになっている人は挫ける寸前かもですが、そんなあなたにこの映画はぴったりでしょう。
それが本作『シャーリー・チザム』。
本作では伝記映画で、タイトルのとおり、「シャーリー・チザム」という名前の人物に光があたります。この人は誰かという話ですが、日本では知られていない人物名ですよね。それもそのはず、アメリカの政治家で、その政界内でもかなりマイノリティな存在ですから。
シャーリー・チザムは黒人女性として歴史上で初めてアメリカの連邦議会下院議員に選出された人で、まさしく黒人女性の政治参加の出発点のひとつ。しかも、シャーリー・チザムは民主党の大統領指名候補者予備選挙に出馬しました。本作は1972年のこの民主党の大統領指名候補者予備選挙を主題にしています。
一応、政治に詳しくない人のために、アメリカ大統領選の仕組みの基本を説明しておくと、アメリカでは大統領を選ぶために、まず各党で候補者をひとり選ばないといけません。「うちの党はこの人を大統領に推薦します!」って感じですね。アメリカには共和党と民主党の二大政党がありますが、シャーリー・チザムは民主党の大統領指名候補者を目指したわけです。
各政党の大統領指名候補者を決めるには各州で選挙をして代議員を選びます。簡単に言うとこの州ごとの選挙で獲得した代議員が多い方が、最終的に大統領指名候補者になれます。1回の総選挙では決まらない、なかなか複雑な流れなんですね。
私たちは歴史を知っているので、シャーリー・チザムなんてアメリカ大統領は歴代で存在していないのをわかっています。シャーリー・チザムは大統領になれなかったわけです。
じゃあ、なぜこんな映画になっているのか。それはやはりその後世に繋がる実績でしょう。シャーリー・チザムは黒人女性として議員をするだけでも大変なのに、そのうえこの大統領指名候補者に挑戦します。初めてを切り開こうとした人物の苦難は現代でも共感しやすいです。
『シャーリー・チザム』を監督するのは、アカデミー賞の作品賞を受賞した『それでも夜は明ける』の脚本で有名な“ジョン・リドリー”。
そして主演するのは、『ビール・ストリートの恋人たち』でアカデミー助演女優賞を受賞し、ドラマ『ウォッチメン』などにも出演してきた“レジーナ・キング”。近年は『あの夜、マイアミで』で監督デビューも果たしましたが、今回の『シャーリー・チザム』では製作を兼任しています。
共演は、『ジョン・ウィック』シリーズの”ランス・レディック”。2023年に亡くなったのでこれが遺作です。ほんと、今作でもそうですけど、良い演技をする俳優でした。
他には、『ハッスル&フロウ』の”テレンス・ハワード”、『ある少年の告白』の“ルーカス・ヘッジズ”、ブロードウェイで幅広く活躍してきた”ブライアン・ストークス・ミッチェル”、『ディヴォーション マイ・ベスト・ウィングマン』の“クリスティーナ・ジャクソン”など。
『シャーリー・チザム』は政治に詳しくない人でも、とりあえず先ほど書いたアメリカ大統領選の仕組みの基本さえわかっておけば大丈夫だと思います。実際の物語内にはいろいろな社会背景が話題に飛び出しますが、それは詳しく知りたい人が補足的に鑑賞後に調べたらいいでしょう(後半の感想で少し役立つそうな情報に触れておきます)。
『シャーリー・チザム』は「Netflix」で独占配信中です。
『シャーリー・チザム』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年3月22日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :人生の挑戦を後押し |
友人 | :関心ある者同士で |
恋人 | :恋愛要素は薄い |
キッズ | :大人のドラマです |
『シャーリー・チザム』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1968年、435人の下院議員が選出されました。そのうち女性は11人。黒人の議員は5人。黒人女性は0人。しかし、状況が変わります。ニューヨーク州の第12区でシャーリー・チザムが議員に選出されたのです。
第91議会の新人議員が並ぶ中、高齢白人男性の下院議長ジョン・W・マコーマックが報道陣を前に議員を紹介します。白人男性ばかりの中にポツンと黒人女性のシャーリーが存在していて、ひときわ目立っていました。
シャーリーと縁深いニューヨーク市ブルックリン区ベッドフォード=スタイベサントの地元民たちはシャーリーの議員選出を祝って通りで集まっていました。もちろんその多くは黒人です。プエルトリコなどカリブ海諸国の人にも厚く支持されています。シャーリーは子どもの頃にバルバドスで暮らしていたこともあるので、この地域の文化にも慣れています。男女平等憲法修正条項への期待もかかっています。
一方の職場である議会ではシャーリーの存在を快く思わない白人男性から嫌味を言われる日々ですが、毎回強気に言い返していました。
ある日、黒人男性議員のロナルド(ロン)・デルムスから農業委員会に配属されると聞かされます。専門外です。当然納得がいきません。さっそく下院議長のマコーマックに文句を言いに行きますが、年功序列に逆らうなと釘を刺されます。
家に帰っても怒りが収まりませんが、夫のコンラッドも「君はまだ1期目だ」となだめようとします。溜息をつくしかできません。
しかし、従順に収まる気はありませんでした。1971年12月、クリスマス・ムードな時期、選挙キャンペーン責任者のマックとアーサーがシャーリーの家に来ます。険しい顔です。
実は勝手にシャーリーが支持者たちに「資金が集まれば候補者名簿に名前を載れる」と言っていたのです。それは大統領候補のこと。シャーリーは民主党の大統領指名候補者予備選挙に出馬するつもりなのです。
「君が出馬しても勝てない」と言われます。それに資金も足りません。シャーリーの支持者は貧しい人種的マイノリティか労働者階級。おカネをだせる人は当然いないです。最低でも30万ドルは要ります。
シャーリーはいつもどおり支えてほしいとお願いしますが、目の前にいる3人の黒人男性は無言。それでも譲らないシャーリーの根負けして、覚悟を決めるマックでした。
21歳の白人のロバートを全米学生コーディネーターに起用し、実力のあるスタンリー・タウンゼントも選挙運動に参加。選挙事務所が立ち上がりました。
1972年1月25日、立候補を正式に表明。「私はアメリカ国民のための立候補者です」とバプテスト教会で堂々と語ってみせます。
対立候補は多いです。同じ黒人だとウォルター・フォントロイがいます。
それでもシャーリーは負ける気はありませんでした。ベティ・フリーダンやグロリア・スタイネムなどフェミニスト活動家も連帯。投票人登録していない黒人女性バーバラ・リーと会話した際、シングルマザーのバーバラは「投票はブルジョアだ」と否定的でしたが、そんな未経験の彼女相手でもシャーリーは「一緒に選挙活動しないか」と誘い引き込みます。
このシャーリーは一体どこまで上り詰めることができるのか…。
そんな選挙で大丈夫?
ここから『シャーリー・チザム』のネタバレありの感想本文です。
映画『シャーリー・チザム』は、シャーリーが下院議員としてキャリアを開幕させるところから始まりますが、華々しさは無し。最初から屈辱的経験ばかりです。白人からの小言なら受けて立つって感じにもなれますが、同僚の黒人議員からも夫からも「まあ、そういうもんだよ」みたいなことを言われますからね。挫けそうになりますよ、そりゃあ…。
でも挫けません。シャーリーは大統領を目指します。アメリカのトップですよ。
とは言え、シャーリーの手札は乏しいです。権力の後ろ盾もなく、カネもない。あるのは政治への実直さと誠実さ。それは確かに大事。けれどもそんな綺麗事では選挙には勝てないだろう…選挙のプロフェッショナルならみんなそれは重々承知しています。
しかし、シャーリーはそこは譲りません。それがシャーリーがシャーリーたるアイデンティティになっています。
シャーリーは女性ということで、当時のフェミニズム運動で盛り上がっていたフェミニストたちの支持も得ます。フェミニスト界隈の様子はドラマ『ミセス・アメリカ 時代に挑んだ女たち』で掘り下げられていますね。
シャーリーは出自ゆえに黒人のみならず、ラテン系の人たちの支持も厚く、支持者層の人種構成も多様です。労働者階級の人たちは選挙に関心がない人も少なくないですが、その心を切り開くスキルも持っています。
つまり、シャーリーの武器は、選挙に新しい風を吹き込める手腕であり、最も過小評価されがちですが、実際はすごく大切なことです。
しかし、作中ではハラハラさせてくれます。
普通のやり方だと、保守派・リベラル・急進派など相手ごとにアプローチを変えてキャンペーンするのですが、シャーリーは顔をコロコロ変えるような手を使いたがりません。その裏表の無さは、ある意味ではメリットですが、別の面ではデメリットになります。
例えば、当時アラバマ州の知事で昔から人種差別的な姿勢で知られていたジョージ・ウォレスも民主党の大統領指名候補者予備選挙に出馬し、シャーリーの最も真逆のライバルとなりますが、そのジョージ・ウォレスは遊説中に銃撃されるという暗殺未遂が発生。それに対し、シャーリーは見舞いに行くという独断を行動に移します。当然、支持者の黒人コミュニティからの反発は必須。でもシャーリーは己の信念を貫きたいんですね。
本作ではこのシャーリーの献身さにジョージ・ウォレスの心がほぐされたかにみえる描写になっていますが(実際、晩年には人種差別的態度は収まったとの評価もありますが)、「憎しみは憎しみを生むだけ」というセリフも含めてシャーリーの姿勢を象徴するシーンになっていました。
こんな一件の後に、ダイアン・キャロルの家で黒人差別反対運動の急進派であるプラックパンサー党と交渉して、支持を勝ち取るのですから、シャーリーの謙遜しない度胸の底知れぬ強さを感じますね。
大敗は次の挑戦の糧となる
映画『シャーリー・チザム』におけるシャーリーの姿勢は、八方美人でも日和見的なものでもなく、徹底して「正しさ」を貫くことにあります。貫くといっても強行的ではありません。常に連帯を重視します。
本作はこれを理想論として綺麗に描きません。その難しさを生々しく見せつけてきます。
これはやっぱり現実でもあることですよね。例えば「反差別」でまとまっているかにみえるコミュニティでも、その中身ではいろいろな政治的駆け引きがあり、緊張感があり、軋轢がある。「正しい」目標はあるかもしれませんが、そこに至る「正しい」手段はひとつに絞れません。だから意見が食い違い、目標を共有していても分裂したり離れてしまうことがあります。そういうものです。そういうものだと受け入れるしかない…。
シャーリーはまさにその困難を経験します。黒人で女性というだけではなく、よりややこしい複雑な交差性の中に身を置きながら…。
長年連れ添った夫のコンラッドとも心の距離があきます。妹のミュリエルも協力的ではありません。選挙運動の稚拙さにスタンリーも匙を投げます。
そして結果がでる民主党全国大会の当日。ジョージ・マクガヴァンが優勢となる中、あの同じ黒人のウォルター・フォントロイがマクガヴァンに代議員を譲り、さらにはロンすらも見限ってきて…。これ以上ない悔しい屈辱です。同胞の黒人たちに裏切られる苦痛を最後に味わうとは…。
でもここでもシャーリーは「私は怒っていない」と言い切る。この強さこそ本作が描き抜いたことなのかな。
世の中には、先陣を切って大きな失敗をした人は少なくないでしょう。「夢を見過ぎだ」とか「もっと現実に足を付けたほうが…」とか言われながら、その大敗を噛みしめる経験。
けれどもそれはそのひとつの出来事だけに着目すれば失敗かもしれませんけど、歴史を振り返ればそうはならないものです。なぜなら後を継ぐ者たちの次の土台になるからです。
シャーリーもエンドクレジットで映し出されるようにバーバラ・リーに意志が受け継がれました。2024年現在、黒人女性のカマラ・ハリスが副大統領です。まだ女性の大統領すら実現していませんけど、あと一歩のところまで来ました。シャーリーがやってみせた多様な支持者層に囲まれて当選した地盤のない議員もいっぱい登場しています。
『ラスティン: ワシントンの「あの日」を作った男』とかもそうですが、権利運動や政治運動を描くうえでしっかり失敗の価値というものを教えてくれる作品が目立つ気がします。
人生は成功よりも失敗の数のほうが多いものですから。失敗を責める人は大勢いるけど、その失敗に意味がないと思わないで次に繋げよう…。そんな精神こそ、社会を変えたいと尽力する人たちには常に必要ですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 71% Audience 80%
IMDb
6.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Netflix シャーリーチザム
以上、『シャーリー・チザム』の感想でした。
Shirley (2024) [Japanese Review] 『シャーリー・チザム』考察・評価レビュー
#政治 #選挙