動物だけが知っている…映画『悪なき殺人』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:フランス・ドイツ(2019年)
日本公開日:2021年12月3日
監督:ドミニク・モル
動物虐待描写(ペット)
悪なき殺人
あくなきさつじん
『悪なき殺人』あらすじ
吹雪の夜、フランスの山間の町でひとりの女性が失踪した。雪原の路上に車だけが放置されており、行方を示す手がかりは何も無く、警察による捜索は難航する。一方で、畜産業を営んでいるミシェルの妻であるアリスは地域の共済組合を取りまとめている関係から農夫のジョセフと親しくなっていた。それぞれに秘密を抱えた5人の男女の関係が、失踪事件を軸にひも解かれていき、意外な地域での出来事へと繋がる。
『悪なき殺人』感想(ネタバレなし)
それとそれとそれが繋がって…
世の中、何が何とどう繋がっているのか、そんなことは推測するのも難しい時代になってきました。情報化社会の発達にともない、“繋がり”が乱造されすぎなのかもしれません。
“繋がり”というのは良いこととして扱われがちですけど、本来の“繋がり”は良いも悪いもない連鎖反応みたいなもので、その先の展開を期待して“繋がり”を持つのは至難の業です。結局は、偶然か、必然か、その場の流れに身を任せるしかなかったり。
今回紹介する映画は、とある人間同士の関係性や出来事が思わぬ別の人間同士の関係性や出来事に繋がっていき、それがいくつも連鎖していく姿をじっくりと炙り出していく、なんとも奇妙なミステリーサスペンス映画です。それが本作『悪なき殺人』。
『悪なき殺人』はフランス・ドイツの映画で、2019年の作品。実は2019年10月から11月にかけて開催された第32回東京国際映画祭のコンペティション部門に『動物だけが知っている』のタイトルで出品され、最優秀女優賞と観客賞を受賞しました。2年後の2021年末にようやく一般公開となったわけです。まあ、コロナ禍もあったので劇場公開までに時間が空いてしまったのはやむを得ないのでしょうけど…。
私としては東京国際映画祭の『動物だけが知っている』という邦題の方が好きですけどね。この邦題はほぼ原題の意味をそのまま反映したタイトルになっていますし。劇場公開時の『悪なき殺人』はなんというか、漠然としていて個性もない…。
それはともかくこの『悪なき殺人』、どんな内容の映画なのか。先ほどちょっと説明しましたけど、ミステリーサスペンス映画です。序盤である事件が起きます。普通であればここで捜査が始まり、関係者によって謎がしだいに解かれていくのですが、この本作はそう単純ではありません。視点が変わるのです。しかも、どんどんとコロコロと。さらにそれは「え?この人、関係あるの?」というような自分の視点にまで変わっていきます。
関係の冷えた農夫婦、犬とともに孤独に生きる男、パリで愛に飢えるレズビアン、コートジボワールの強欲に目がくらんだ青年…。交わりそうにもない人生を持つ人たち。
けれども、全部が繋がっている。偶然か、必然か、私たち観客はその目撃者になっていく。最後には「そういうことだったのか!」と観客にだけは事件の全体像が見える。物語上は陰惨なことが起きているのですが(だからどの登場人物でも幸せな展開になることはないのですけど)、観客だけが真実がわかるカタルシスがあって、非常にトリッキーでプロットが巧妙な映画です。いわゆる『羅生門』方式ですね。
パズルのピースがカチっカチっとハマっていく感覚が好きな人にはたまらないミステリーなんじゃないでしょうか。とくに序盤は伏線になる要素がそこかしこに散りばめられているので、しっかり見逃さずに観てください。途中でトイレとかに立つと、もうわからなくなるかもですよ。
2017年の“コラン・ニエル”の小説を原作にしています。かなり最近の作品ですけど、最近のものらしく現代的なトリックもあります。
監督はドイツ出身でフランスで活動している“ドミニク・モル”。2000年の『ハリー、見知らぬ友人』で、セザール賞で最優秀主演男優賞、最優秀監督賞、最優秀編集賞など数々の賞を受賞し、2005年の『レミング』では、カンヌ国際映画祭へと進みました。2011年の『マンク 破戒僧』以降はほぼ日本で公開されていなかったのですけど、『悪なき殺人』は久しぶりの日本での劇場公開です。
俳優陣は、『アヴァ/Ava』『パパは奮闘中!』『令嬢ジョンキエール 愛と復讐の果てに』などで多彩に活躍する“ロール・カラミー”、『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』『ジュリアン』で強烈な演技を見せた“ドゥニ・メノーシェ”、『トラブル・ウィズ・ユー』やラジ・リ監督の『レ・ミゼラブル』でも評価の高い“ダミアン・ボナール”、ダンサーでドラマ『ポゼッションズ 血と砂の花嫁』でも出演していた“ナディア・テレスキウィッツ”、『おせっかいな天使』『イタリアのある城で』の“ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ”など。
役者のアンサンブルが素晴らしいのでそこも期待してください。
なお、ネタバレ厳禁の映画ではあるのですが、これだけは事前に言わせてください。
…犬、死にます。それも惨い死に様で。というか、本作は愛犬家激怒は不可避な内容の映画だと思うので(あの倫理観はかなり人間性を試される…)、ぜひ鑑賞しながら「アイツ、犬を何だと思ってるんだ!」と怒りを発散させましょう。
一切のネタバレが嫌な人は以下の予告動画も観ないほうがいいです。
オススメ度のチェック
ひとり | :ミステリー好きは注目 |
友人 | :展開を予想し合って |
恋人 | :同性ロマンスあり |
キッズ | :暴力描写あり |
『悪なき殺人』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):犬は悪くない
アフリカのコートジボワール、アビジャンという都市。ヤギを背負う自転車の男が街中を颯爽と走っていきます。とある建物の前で停車し、ドアをノック。「ロレックスです。サヌー師を」
ところかわって、雪吹きすさぶ大地。フランスの郊外のひと気のない田舎。
雪原を走る1台の車。運転しているのは女性で、アリスという名です。ある民家に到着し、来たことをクラクションで知らせつつ、家の前に。住人はジョゼフという男。家の男に書類を渡し、「あらためて衛生検査を受けないと」と確認を求めます。
ジョゼフは口数の少ない男で、家畜や愛犬としか一緒にいないような人間でした。そんなジョゼフにアリスは手を握り、触ってほしいと求めます。そして流れのままにセックス。
それでも行為中の男の表情は硬く、「頼む、ひとりにしてくれ」と途中で拒否してしまいます。「あなたは良くなってる」とアリスは優しく語りかけるも意味なし。
帰り。アリスは1台の車が止まっているのを見かけます。こんな何もないところで、誰もいないようですが…。
アリスは夫のミシェルを家で呼びます。畜産の経営の金勘定で忙しそうで、自室にこもりっきりでいつもパソコンを開いています。おカネを借りないと足りないということも口にします。
テレビではあの途中で見かけた車の持ち主の女性を捜索中との報道が。エヴリーヌ・デュカという女性が失踪しているらしく、夫のギヨームがインタビュー対応していました。
アリスの父はミシェルに冷たく、夫婦生活を気にしてきます。確かに夫婦生活は上手くいっていません。なのでアリスはジョゼフと関係を持ってしまっています。
夜中に警察のセドリック・ヴィジエがやってきます。捜索は難航しているようで、「ジョゼフ・ボンフィーユを知っているか」と聞かれます。アリスは「知ってる、共済組合の加入者よ」と答え、彼は母の死で精神的に不安定だとも説明。
心配になったアリスはまたジョゼフの家へ。畜舎を探しても見つかりません。そしてなぜか犬の死体があります。すると背後にジョゼフ。干し草まみれの服です。犬は誰かに撃たれたと言います。「何かあったの? 話して、何でも聞くから」と声をかけますが、「出ていけ!」とこれまでにない口調で拒絶。泣きながら帰りの車を運転するアリスでした。
夜、ミシェルのもとにまた食事を持って行くと、告訴がどうとか電話していました。するとミシェルは何も言わず車で出ていきます。
そして顔を怪我して帰ってきました。「相手はジョゼフなの? 犬を殺した?」と聞くも何も言いません。
朝。ミシェルは消えていました。セドリックに来てもらい、ジョゼフと寝たことを告白。「彼に喜びを与えたかった」と心情を吐露し、夫が彼の犬を殺したと思うと推測を述べます。
夫の車を路上で発見。乗っていません。周りには何もなく、呼びかけても返事はなし。
アリスには事件の真相はわからない…。他の人の見たものを知らないかぎり…。
ヤギに始まり…
『悪なき殺人』、まず冒頭からびっくりな映像です。ヤギを背負って自転車で走っている黒人。なんか観る映画でも間違えたのかと思うほどの場違い感。
そんなアフリカのコートジボワールの地からガラっと変わって、フランスの田舎の雪原に舞台は脈絡もなく移ります。この時点ではこの2つの地がどう繋がるのか、皆目見当がつきません。
本作は、「アリス」⇒「ジョゼフ」⇒「マリオン」⇒「アマンディーヌ」⇒「ミシェル」…と登場人物の視点がリレーのように移り変わり、パーツを組み合わせるようにして真相がわかります。
まず最初はアリス…と言いたいところですが、映画ではロレックスの視点が冒頭でわずかに挿入されるので彼が最初ですね。魔術を行うサヌー師に頼ったロレックスはそのおかげなのかは不明ですが、富を手にして…という。
ともあれ大きく描かれる1番目はアリスです。このパートでは普通に行方不明事件が起きただけに思えます。アリスとミシェルとジョゼフの三角関係のもつれが背景にあるのかなと予想もできます。
ところが次のジョゼフのパートで観客は衝撃を受けることに。ここのジョゼフはなんというか…倫理観をいきなり極みまで揺さぶる…。ショッキングなオチ。ただの遺体発見者では終わらない、「どうなってるんだ、これ!?」という困惑だけが放置されるような…。
続くマリオンのパートはまさかのパリの享楽の都市部から開始。しかも、結構ド直球な甘く切ないレズビアン・ロマンスが映し出されていきます。同時に後に遺体となって発見されるエヴリーヌの生前もわかって…。だからといってレズビアンでなければいけない必然性のある起用にはなっていなくて、あくまで自然にただ同性愛だったというだけで…そこもいいですね。
悲哀の別れとなったマリオンのパートのラストは、トレーラーハウスになぜかミシェルが押しかけてきて「アマンディーヌ」と呼びかけてくる混乱の幕切れ。そして怒涛のアマンディーヌのパートに突入。アフリカです。ここでようやく観客に真相が見えてきます。そうか、アルマンがなりすまし詐欺でマリオンの写真を悪用してアマンディーヌという女性になりきり、ミシェルとSMSでやりとりしてたのか…と。
最後はミシェルのパートで最終答え合わせ。彼がひとりパソコンと一緒に籠っていた理由、おカネが不足している理由、ヒッチハイクをしようしていたマリオンを見かけて急いで発進させた理由、急に出ていった理由…すべての辻褄がピタっと一致していきます。
ほんと、怒涛の映画による情報開示でしたね。
終わりそうにない埋め合わせ
『悪なき殺人』はエヴリーヌ行方不明事件の解決を目的にしていません。そもそもあの事件がどう落ち着いたのかもわかりません。
本作が描いているのは“繋がり”。もしかしたら観客の中には「こんなのいくらなんでもご都合主義的で狙いすぎだ」と脚本に不満がある人もいるでしょう。でもそのことも作り手は想定していて、だからこそ作中で「偶然」と「必然」という言葉を使ってその数奇な運命を批評しています。因果応報という考えも世の中にはありますが、まさにそんな事態。
しかし、脈絡もなく強引に繋げていることもなく、作中で本作の本質に関わるテーマがセリフで登場していました。それはサヌー師の以下のような言葉。
「愛とは無い物を与えること」
この言葉どおり、『悪なき殺人』の登場人物はみんな相手に無い物を与えようとします。
アリスは母を失って喪失感に苦しむジョゼフの心を埋めようとし、同時に夫のミシェルから避けられている自分の寂しさを性的関係という快楽で補おうとします。
一方のジョゼフは、喪失でポッカリ空いた心の穴をまさかのエヴリーヌの遺体で埋めていくという…。大切な唯一の話し相手であった犬さも撃ち殺し、死体と一緒の干し草に隠れて一夜を過ごす姿はインモラルで、それでいて切なく…。最後は死体とともに自然の穴に身投げします。
また、愛に飢えるマリオンは「あなたが欲しい」と年上の女性であるエヴリーヌに熱烈にラブコールしますが、エヴリーヌはエヴリーヌで夫のギヨームのいない家での孤独あってこその関係だったために、マリオンとは気持ちがすれ違うことになり…。
そしてアルマンはこの無い物を与える愛を偽装することでミシェル相手に詐欺を働き、恋人のモニークに貢物をするも罪は罪。恋人も富も失うことに…。
面白いのはミシェルで彼は結局は勘違いが積み重なって殺人を犯してしまうわけですが、アルマンのいるコートジボワールまでわざわざ問い詰めに行くも、最終的には偽りとわかっていてもあのSMSのやりとりに救われていた自分に気づく。
観客もまたこの物語の目撃者になることで、その“繋がり”の輪の連鎖に加わったかのような感覚にも陥ります。
『悪なき殺人』は最後の最後でダメ押しのさらなる連鎖を突きつけて閉幕です。アルマンの恋人だったモニークがついて行ったフランス人、それこそギヨームであり、彼女がたどり着いたのはかつてエヴリーヌがいたあの家で…。まだこの連鎖は終わらない!というしつこさを見せるあたりのこの映画の粋の良さも楽しいですけどね。
私は“繋がり”はほどほどにして生きていたいな…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 76%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2019 Haut et Court – Razor Films Produktion – France 3 Cinema visa n° 150 076
以上、『悪なき殺人』の感想でした。
Seules les betes (2019) [Japanese Review] 『悪なき殺人』考察・評価レビュー