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『毒戦 BELIEVER』感想(ネタバレ)…韓国版はどんな毒を盛るか

毒戦 BELIEVER

韓国版はどんな毒を盛るか…映画『毒戦 BELIEVER』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

英題:Believer
製作国:韓国(2018年)
日本公開日:2019年10月4日
監督:イ・ヘヨン

毒戦 BELIEVER

どくせん びりーばー
毒戦 BELIEVER

『毒戦 BELIEVER』あらすじ

巨大麻薬組織のボスとして悪名をとどろかせながらも、誰一人としてその顔も本名も経歴も知らない謎だらけの麻薬王「イ先生」。麻薬取締局のウォンホ刑事は長年にわたって行方を追い続けていたが、未だにその尻尾すらつかめずにいた。ある日、麻薬製造工場が爆破され、事故現場から生存者の青年ラクが発見されたことで、事態は進展する。

『毒戦 BELIEVER』感想(ネタバレなし)

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韓国映画の毒はさらに強い

毒戦? どくせん? え、なになに? もしかして、「オオスズメバチvsイモガイ」とか、「ヒアリvsヒョウモンダコ」とか、「ハブvsサソリ」とか、「スベスベマンジュウガニvsフグ」とか、「カモノハシvsオオヒキガエル」とか…そういう有毒生物たちの異色の対決企画かなにかですか!

その言葉を聞いたときは、そんな風に小学生気分で心躍らせたけれど、『ドラッグ・ウォー 毒戦』はそういう映画じゃないことくらい、悲しいかな、わかっている…。

この映画は、巨大麻薬組織壊滅に挑む中国公安警察の極秘潜入捜査を生々しく描いたノワールサスペンスであり、毒戦とはまさに「麻薬犯罪組織vs国家警察」という対立構図のこと。別に体中から毒を分泌する能力者たちのバトルではないです。でも猛毒を放出しているんじゃないかと思うほどのあくどい登場人物の激しい心理戦&頭脳戦&肉体戦が描かれているので、このタイトルはピッタリでもありました。

なにせ監督はあの香港を代表する名監督ジョニー・トーです。これまで『ザ・ミッション 非情の掟』『エレクション』『エグザイル/絆』『冷たい雨に撃て、約束の銃弾を』など数々のノワールを手がけ、その名を轟かせ、熱狂的な渋いファンを獲得してきた人物。どの作品もジョニー・トーらしさは滲み出ています。

そんな『ドラッグ・ウォー 毒戦』が韓国映画としてリメイクされました。それが本作『毒戦 BELIEVER』です。

「毒戦」のネーミングは引き継いでくれたのは嬉しいところ。しかし、あのこれまたお国柄全開で濃い映画を毎度お届けしてくれる韓国の手にかかったわけですから、『毒戦 BELIEVER』は韓国映画らしさ100%で新しい毒をガンガンと盛ってくれています。

「麻薬犯罪組織vs国家警察」という基本軸は変化していませんが、その雰囲気とストーリー展開などは全く違った方向に進んでいき、リメイクとは言え、ほぼ別物クラスに仕上がっています。中途半端にモノマネされるよりも、リメイクはこうやってガッツリ単体としての完成度重視でアレンジしてくれる方がいいですね。

監督は“イ・ヘヨン”という人で、日本ではそこまで名の知れた作品はないのですが、監督過去作『京城学校 消えた少女たち』(2015年)はなかなかに強烈な映画でした。日本統治下の京城の寄宿女学校を舞台に、厳しい校則のもとで集団生活をさせられる少女たちが実はとある能力を開花させるための人体実験を受けていた!という、ほぼ少年バトル漫画みたいなストーリー。実質スーパーヒーロー映画です。ジャパニーズ・ホラー的展開あり、少女同士の深い友情あり、クレイジーな映像あり、衝撃的なオチあり…とにかく盛沢山な映画でツッコみつつも嫌いになれない一作でした。

その“イ・ヘヨン”監督があの『毒戦』をアレンジするとなると、どうなっちゃうんだとハラハラワクワクしていたのですが、やっぱりと言いますか、かなり一面的に尖ったクセが出ている感じになっていました。ネタバレにならない範囲だと、一部のキャラがハジケまくっている。オリジナル版より一部のキャラが若めというか、漢臭が減った気もするのですが、オリジナル版と比べて万人ウケしやすさが増したかと言われると、別ベクトルに方向性が変わっただけのような…。要するにちゃんと韓国版の『毒戦』になっているってことです。

俳優陣も毒々しいメンツばかり。主演は『悪いやつら』『最後まで行く』『お嬢さん』の“チョ・ジヌン”、もうひとりの主人公ポジションに『タクシー運転手 約束は海を越えて』の“リュ・ジュンヨル”

この年齢差ありのコンビも良いのですが、さらにそれを上回る超弩級キャラを演じるのは“キム・ジュヒョク”“チン・ソヨン”。もうこれは見てもらうしかないほど凄まじい画面支配力です。“キム・ジュヒョク”は2017年10月に46歳という若さで交通事故で亡くなるというショッキングなニュースがあったばかりですが、本作が遺作に。でも最高の存在感を私たちに残してくれました。“チン・ソヨン”も本来はすごく美人なんですけど、こんな役で…役者魂ですよ。他にも“チャ・スンウォン”“パク・ヘジュン”など脇を揃える役者たちもとんでもない強キャラですので、期待してください。

『毒戦 BELIEVER』と話題作『ジョーカー』は同日公開ですが、『毒戦 BELIEVER』はジョーカー級の悪役がワラワラしていますからね。セットで鑑賞してみてほしいです。

ジョニー・トーのオリジナル版を見ておく必要はありません。もちろん観終わった後に比較するのは発見もあって良いと思いますが。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(毒を盛られたい方に)
友人 ◯(韓国映画の沼にハメよう)
恋人 △(恋愛どころじゃない)
キッズ △(怖い大人でいっぱいです)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『毒戦 BELIEVER』感想(ネタバレあり)

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生き残った犬、追い詰められた犬

冬の真っ白な世界。車にガソリンを入れた男は、ひたすら一本道をどこかに向かってひた走ります。全くの意味不明なシーンですが、この意味はラストでわかることに。

そしてタイトルの後。ファストフード店内。チャ・スジョンというイカレ女と周囲に呼ばれているなんだか危なっかしい若い女性がとある男が座る席にやってきます。「どれくらいで終わる」なんていう会話の節々を聞いてもイマイチ事情は観客には掴めないですが、実はこの男は麻薬担当の警察官で、ある大物を追っているのでした。その名は「イ先生」。顔もわからないその存在は尻尾を掴むのさえも至難の業。なんとか捕まえたい麻薬取締局として、この男「ウォノ」刑事は半ば独断専行で、この女を囮に利用してイ先生をおびき寄せる作戦に出ます。

ヨンサン駅で落ち合うことにして、ひとり成果を待つウォノ。駅構内のテレビでは、昨日、心臓麻痺で亡くなったイウ海運のイ会長の葬儀のニュースが大々的に報じられています(同じ「イ」なのがややこしいですけど)。待てど待てど来ないことにイライラしていると、駐車場の一部の写真が送られてきて、急いでその場所に向かいます。そこには片隅で血まみれの息絶え絶えなスジョンの姿が。慌てて病院へ運び込むも、スジョンは「8」に見えるメッセージらしきものをかろうじて残すと、息を引き取ったのでした。

職場に戻り、死者を出したその無謀な行動を上司に怒られるウォノでしたが、ある大きな事件が風雲急を告げることに。

とある建物が大爆発を起こすという事件が発生。しかもこの建物は麻薬製造工場でした。無数の死体が発見される中、たまたま現場に遅れるように到着して爆風を受けた程度で済んだ女がひとり、警察の事情聴取を受けることになります。ヨノク・ペイントの会長のオ・ヨノク。ずいぶんぞんざいな態度をとる彼女いわく「イ先生が殺しに来る」「匿ってくれたら協力する」とのこと。その建物では麻薬ビジネスの幹部の会合があったらしく、爆発はイ先生か、敵対組織によるものか、ただの事故か、それはわかりません。しかし、オが食事中に急に倒れ、死亡してしまい、謎は深まるばかり。

そんなとき、爆発現場で働いていた人の中に生存者が発見されます。ソ・ヨンナク(通称ラク)といい、一緒に瀕死の犬も見つかり、手がかりを求めてすぐさま会いに行くウォノ。

同じく現場で働いていた亡くなった母の遺体の前で悲しみに暮れ、事態にショックを受けているラクでしたが、しだいに口を開きます。イ先生は知らないが、自分が中国バイヤーと連絡もしていたということ。組織に捨てられたと自覚したラクは、捜査チームに加わることに。

狙うのはハリムという中国の大物バイヤー。組織の重要人物パク・ソンチャンにウォノが成りすましてラクとともに接近。相手は狂人。果たしてこの騙し合いのすえ、イ先生の正体は掴めるのか。

しかし、肝心の騙し合いはもっと複雑に絡み合っているのでした。

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悪人の見本市

あの醤油ラーメンの名店の兄弟店ができたというから行ってみたら、とんこつラーメンでしかも独自のダシがガンガン効いていて別物だった…でも美味しい…。そんな感想と同類と言えなくもない『毒戦 BELIEVER』(わかりそうでわかりにくい例え)。

オリジナル版と比べてこの韓国リメイク『毒戦 BELIEVER』の最大パワーアップ・ポイントはやはりキャラクターの造形だと思います。別にオリジナル版がつまらないわけではなく、あちらはあちらでの良さがあるのですが、“イ・ヘヨン”監督は結構気にしなかったのでしょう。キッパリと自己流の映画を撮ることに徹しています。とくに登場人物は個性がでますね。

主人公のウォノ刑事は、元の映画のエッセンスと同質のハードボイルド性を漂わせる“チョ・ジヌン”の佇まいもありながら、功を焦ってヘマをしつつも本心では人としての捨ててはいけない道徳心を離さないようにしているという、非常に人間臭いキャラになっていて親近感を抱かせやすい存在です。この正義心がいろいろあって踏みにじられるという焦りの蓄積が、ラストで一気に響いてくるというストーリーの構成上、この人間味のマシマシは必須だったのでしょう。

対するW主人公のもうひとりラクは、ウォノとは正反対の感情を失ったような人物。まあ、物語上、消去法で考えるとおのずとラクがイ先生であることは推測しやすいと思いますが、大事なのはこのキャラの対比。ラクがここまで無感情的なのは、つまり、韓国社会への若者の冷めた視線をそのまま投影したようなもので、『バーニング 劇場版』と同様に今の韓国の若者のリアルな実態がうかがえる存在です。“リュ・ジュンヨル”の卓越した虚無感を見せる演技が良かったです。

これら複雑なジレンマを抱えている主人公勢に対して、本作の悪役勢は実に突き抜けており、なんかもう社会に蔓延る悪人の見本市みたいになっています。ちゃんと悪のバラエティがあるというか…。

まずハリム&パンウルのあのイカレた男女カップル。誰から見ても「あ、コイツに関わるべきじゃないな」と察知できるほどヤバい人間で、倫理も常識も通用しない。笑っちゃうのが、ハリムとの会合の後、今度はウォノがハリムに成りすましてソンチャンに同じシチュエーションで会わないといけない…つまりあの狂人のマネをしないといけないという展開。あまりに難易度の高いモノマネ対象ですが、それでも仕事のために必死に頑張り、あげくクスリで死にかけるまでになるウォノが痛々しい。やっぱり狂人なんて簡単になれるものじゃないし、死を覚悟するんだ(ヒース・レジャー談)。後半のウォノとの戦闘での、踊りながら蹴ってくる感じといい、手が付けられない怪演を見せた“キム・ジュヒョク”、もっとその姿を見たかった…。

続くは物理的な暴力性が全開のドラッグディーラーであるソンチャン。コイツの場合は、最初にウォノが成りすました後に、いざ本人と面会することになり、ここで本性を知る…この答え合わせ展開がまたシュールかつ恐怖。でもなんだかんだでやっぱりただ乱暴なだけのキャラっていうのはどんなに頑張っても下っ端の犬のボス程度にしかなれないのか、後半にいくにつれ、小物感が増すのが現実的。

3人目はイ会長の次男にして神学を専攻し信仰に基づく経営を実践するブライアン理事。コイツはあれです、宗教的にヤバい系の奴。「私がイ先生です」と堂々とほざくその自惚れ精神。まあ、なんか宗教じみた信者に囲まれる人って、だいたいこうですよね…。最後はバーナーでこんがり焼けてました。“チャ・スンウォン”の知的そうに見えて頭空っぽな悪人演技も最高でした。

他にも脇キャラも良くて、オリジナル版にもいた聾唖の兄弟は田舎ギャング感があって好きだったし(『ブレイキング・バッド』風の製造演出も含めて)、あとはウォノの捜査チームの紅一点だった女性捜査官。あの男だらけの職場で非常にサバサバと仕事し、しかも後半には格闘シーンまで見せる…もうちょっと活躍を増やしてほしかったなと思うくらいの魅力でした。

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お前たちは疲れないで欲しい

『毒戦 BELIEVER』は後半に進むにつれてウェットな内面が見えてきます。といってもお涙頂戴な露骨なモノではなく、もっとこう社会に対する正義の無力さを痛感させるような“幻滅”に近い感情ですが。
1970年代~80年代の韓国の麻薬ビジネスを描いた映画として『麻薬王』という作品がありました。

一方で、『毒戦 BELIEVER』は80年代以降に築き上げられた麻薬ビジネス界を描いています。この2作の年代の境目にあった出来事と言えば、ご存知の人もいるように、韓国の民主化です。韓国にしてみれば、これから新しい時代が始まるぞ!という希望のステージの幕開けだったはずです。

ところが今、たびたびニュースにもなっているとおり、民主化以降に出現・成長した経済界&政府の不正や汚職が明らかになっています。こういう実態を見て、今の韓国の若者たちは「なんだ、結局はこの時代の奴らもクソじゃないか」と絶望が広がっているそうです。そうした世相を象徴するような映画が本作『毒戦 BELIEVER』だとも受け取れます。

さらに醜悪になって蔓延る麻薬汚染、それと結託する腐りきった大企業、それをテキトーに対処してキャリアを稼ぐことしか頭にない警察…。聾唖の兄弟が生きる田舎の救いようのない貧困も。作中で取引場となる風力発電のようにテクノロジーだけが虚しく回る韓国社会。

ウォノ刑事の正義感は結局は達成されることなく、表向きは大成功という形で捜査は終了。「お前たちは疲れないで欲しい」と残す言葉は、まさに韓国国民の次世代に向けられた捨て台詞なのか

ラスト、オープニングの冬景色の場面。ウォノが五里霧中の状態で突き進むのは、政治も信仰も正義も信用できない世界。そこで寂しく生きるラクは自分が誰なのかもわからない。

ドラッグに溺れても現実逃避できない冷酷な社会の真実を見せつけることで、この映画は最後に観客にも毒を盛って静かに終わりました。日本社会に失望している人にも、その毒は届いたのではないでしょうか。

汚染された社会に効く解毒剤はあるのでしょうかね…。

『毒戦 BELIEVER』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 81% Audience 62%
IMDb
6.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2018 CINEGURU KIDARIENT & YONG FILM. All Rights Reserved.

以上、『毒戦 BELIEVER』の感想でした。

Believer (2018) [Japanese Review] 『毒戦 BELIEVER』考察・評価レビュー