ある映画好きな男の話…ドキュメンタリー映画『将軍様、あなたのために映画を撮ります』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス(2016年)
日本公開日:2016年9月24日
監督:ロス・アダム、ロバート・カンナン
しょうぐんさまあなたのためにえいがをとります
『将軍様、あなたのために映画を撮ります』物語 簡単紹介
『将軍様、あなたのために映画を撮ります』感想(ネタバレなし)
なぜ拉致されて映画をつくったのか?
『プルガサリ 伝説の大怪獣』という怪獣映画を知っているでしょうか。
北朝鮮が1985年に製作した怪獣映画で、しかも「ゴジラ」でおなじみの東宝特撮チームが参加したという、今では考えられない北朝鮮と日本がタッグを組んだ異色の作品です。高麗王朝末期の時代、理不尽な王朝の圧政に苦しんでいた農民たちの前に現れた鉄を食べて大きくなる怪獣「プルガサリ」が、官軍と対決していくというスケールの大きいストーリー。見どころは何といっても、豪華なセットと大規模な群集合戦シーン。怪獣「プルガサリ」も愛嬌があって、シナリオも凝っている。当時の特撮として相当見ごたえがある一品で、北朝鮮製だからと馬鹿にできない映画です。
実はこの映画、監督は韓国人。つまり、北朝鮮と日本と韓国のアジア3国の合わせ技だったのです。
これだけだと良さげな話で終わりますが、この韓国人監督シン・サンオクがなんと北朝鮮に拉致されていた人物だったというから、話はややこしくなります。
そんなシン・サンオク監督が拉致された経緯と、拉致されて何をしていたかを紐解いていったドキュメンタリーが本作『将軍様、あなたのために映画を撮ります』です。
どうしても拉致事件が題材と聞くと、社会派というか政治的な“お堅い議論”もしくは“引き裂かれた家族”のようなお涙頂戴な語り口になるのかなと思いますが、そうならないのが本作の面白いところ。
あの人の意外な一面が…。映画好きな人はザワッとする気持ちになるかもしれませんよ。
『将軍様、あなたのために映画を撮ります』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):映画作りのために…
1953年、朝鮮戦争の休戦協定が結ばれ、朝鮮半島の南北分断は決定的となりました。同じ民族だったにもかかわらず、引き裂かれることになる無慈悲な状況。軍事境界線を挟んで睨み合う両国は互いを牽制するようになります。
それは銃を突きつけあうだけでは終わりません。ある意外なところでも対決が起きることになり、それはある人物の人生を劇的に変えてしまうことに…。いや、狂わせたというべきか…。
テープにこんな声が録音されています。
「7月19日頃だったかな、あんまり記憶がはっきりしていないけど、拉致された…」
ワシントンDC。1986年5月15日。記者会見が始まります。大勢のマスコミの前に座るのは、シン・サンオク(申相玉)とチェ・ウニ(崔銀姫)、監督と女優です。そして語ります。「北朝鮮に拉致された」と。
2人は普通に職場で出会い、普通に愛し、普通に人生を共にしました。人気も順調に高め、サイン攻めにもなり、キャリアは最高でした。映画人なら一度は立ってみたいベルリン国際映画祭にも出席しました。
その華やかな人生はまさかあんなことになるとは…。
元アメリカ機密諜報員のマイケル・リーは、脱北者の尋問と北朝鮮のスパイの摘発が仕事でした。金正日は1970年代に指導者となり、権力の基盤を築き始めます。しかし、国内では競争があり、多くが粛清されます。それから逃げ出した脱北者は洗脳されており、それを解かないといけなかったのです。北朝鮮ではそういうマインドコントロールは日常なのです。
申相玉と崔銀姫の息子、シン・ジョンギュンは父の「SHIN FILMS」の撮影所は好調だったと語ります。娘のシン・ミョンイムはフィルムだらけの部屋でよく遊んだと当時を振り返ります。まさかその先に悲劇が待ち受けているとは夢にも思わず…。
マイケル・リーは、口も堅くしつつ、金正日の声が録音されたテープに言及します。そこにはこんな音声が…。
「なぜ我が国の映画はいつも同じであるのか。新しいことに取り組もうという意欲がない。とにかく泣くシーンが多い。どの映画も泣くシーンがある。葬式じゃあるまいし…。映画祭に出品できるレベルの映画がない。南が大学生レベルだとすれば我々は幼稚園レベルだ。資料を見ていたらチェ・イクキュ副部長が韓国でトップの監督は申監督だと言っている。申監督が自分の意志でこちらに来るにはどうしたらいいか? 彼を呼び寄せるには何が必要か…」
必要なもの。それは明白でした。資金不足だった申監督。借金取りもやってくるので、そのたびに逃げていました。
香港。1978年1月11日。元香港警察のイアンは客がチェックアウトせずに消えたという当時のことを語ります。人が多いので行方不明者が出ることはあります。でも外国人となると注意を払います。あのときはホテルの部屋には荷物が残ったまま。ただの失踪ではないとすぐに気づきました。
「謎の失踪」とメディアが騒ぎ立てる中、実際は何が起こったのか。
当時、崔銀姫が出会った相手。それがまさか北の工作員であるとは想像もしていませんでした。全く警戒もせずに外を歩いていると、手招きされます。そこには海岸に白いボートと3~4人の男。突然両脇を抱えられてボートに乗せられ、意識が戻ると貨物船の荷物室。注射を打たれ、8日間も船に滞在。
港に着き、四方八方からフラッシュをたかれます。そして目の前の男と握手することに。
「お疲れさまでした」
そう口にする男は自分の名前を名乗ります。
「金正日です」
国家規模の『フォックスキャッチャー』
日本でも被害者が多数いる北朝鮮による拉致事件は、絶対に許されるべきでない国家犯罪なのは言うまでもないことです。
ましてやシン・サンオク監督と元妻チェ・ウニ氏は、北朝鮮で映画を作らせたいという何とも身勝手な理由で拉致されたわけですから。
当然、私たちは「ああ、きっと、北朝鮮に都合の良いプロパガンダ映画を作らされたんだな」と思ってしまうわけです。まさにこれこそ私たちが普段の報道から感じている悪の国家「北朝鮮」のイメージどおり。2年3か月で17作品も製作したと聞くと、奴隷のようにこき使われたんだなと考えちゃいます。
ところが拉致された二人が語る実態はちょっと思わぬ姿をしていました。
拉致を指示した張本人・金正日は、ものすご~く一般的な言い方をしてしまえば、ただの熱心な映画ファンに過ぎなかった。それこそ日本にでもいるようなです。
シン・サンオク監督が密かに録音した金正日の肉声テープには、「我が国の映画は何でこんな同じ内容なんだ。泣くシーンが多すぎる」と映画事情を嘆く声が。これなんて、日本でも映画好きたちがSNSとかでよく「邦画はテレビ局主導でダメになる」とか「ワンパターンだ」とかボヤいているのと完全に一致。
シン・サンオク監督と「海外の映画に負けない作品を作ろう」とまるで楽しそうに語っていたと聞くと、私含む映画好きにしてみれば「なんだ、私たちと同じじゃないか」と思わなくもない。
しかも、映画製作者としてこれ以上ない、自由な映画製作環境を用意されたというのですから、シン・サンオク監督も複雑だったのだろうというのは想像に難くない。少なくとも映画製作だけを考えるなら北朝鮮は天国だったでしょう。
先に挙げた『プルガサリ 伝説の大怪獣』も、プロパガンダ要素ゼロです。それどころか、独裁的に庶民を苦しめる王朝が反逆されるというレジスタンス映画なので、普通に私たちが思う北朝鮮の常識から考えたらアウトじゃないかと心配になる内容なんですね。それを許しちゃう金正日は、やっぱり根っからの映画好きなのは間違いないです。
チェ・ウニ氏が北朝鮮に連れてこられた際、金正日にソ連の映画『女狙撃手マリュートカ』を観せられて、これは「裏切ったら殺す」というメッセージと感じたと語っていましたが、私なんかは「いや、ただ映画が好きなだけなのかもしれないぞ」と思ってしまうわけです。映画でしかコミュニケーションがとれないというのは理解できないものではないですし、金正日は生まれながらにして独裁者として育てられたわけで。独裁者という人物は何でも持っているように見えて、実は何も持っていない人なのかもしれません。
なんだか『フォックスキャッチャー』という映画を連想してしまいました。この作品は、レスリング好きの大富豪の男が金と権力に物を言わせ、選手を集め世話すると同時に、選手の一人を殺してしまうという実話を描いた映画。この男も独裁者的孤独さを抱えていました。金正日も全く同じものを感じます。無垢な思いと反社会的な行為の二面性がとくに…。
国家規模の『フォックスキャッチャー』が実在するっていうのは…私は恐ろしさというよりは、切なさがチクリと心に突き刺さりますね…。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 78% Audience 53%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)2016 Hellflower Film Ltd/the British Film Institute
以上、『将軍様、あなたのために映画を撮ります』の感想でした。
The Lovers and the Despot (2016) [Japanese Review] 『将軍様、あなたのために映画を撮ります』考察・評価レビュー