どんな夫婦でも眠れなくなる…映画『スリープ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:韓国(2023年)
日本公開日:2024年6月28日
監督:ユ・ジェソン
動物虐待描写(ペット)
すりーぷ
『スリープ』物語 簡単紹介
『スリープ』感想(ネタバレなし)
不眠? 夢遊? それとも…
「眠る」…それは人間には欠かせないこと。そんな「眠る」ことに関連して、健康を害する症状を伴うものは「睡眠・覚醒障害」と呼ばれています(精神神経学雑誌)。
そのうちの分類群のひとつが「不眠障害」です。「不眠症」と呼ばれたりもしますが、医療診断においては明確な定義があり、入眠困難、睡眠維持困難、早朝覚醒の3つを不眠症状としています。
逆に日中の過剰な眠気が起きるのは「中枢性過眠症」といい、こちらも臨床特徴によって個別に診断され、基準があります。
俗にいう「夢遊病」も睡眠・覚醒障害の一種で、正確には「睡眠時随伴症」と呼び、「睡眠時遊行症」などの細かい分類があります。
こんな感じで実はものすごく複雑な睡眠・覚醒障害のですが、現代人にとっては身近な精神疾患となっており、お悩みの方はぜひ近くの専門病院に足を運んで相談してみてください。
まあ、今回はそんな案内をしたかったのではありません。メインは映画の話。睡眠にまつわる映画が今回紹介する作品です。
それが本作『スリープ』。
タイトルがやけに直球ですが、韓国映画です。主人公はとある新婚夫婦。寄り添って寝る仲睦まじい夫婦でしたが、ある日、就寝中の夫に異変が起きます。
…以上です。いや、うん。ネタバレなしでこの他に語れることはあるのか?
本作はジャンルも語りづらいところ。安易に言ってしまうと推測させちゃうことになりますし…。スリルがあるのは間違いないから「スリラー」ではあるだろうけども。
この『スリープ』、私の何とも語りづらそうにしている雰囲気から察せるように、鑑賞者をずっと翻弄し「これはどういうジャンルでくるんだ?」とハラハラさせるタイプの映画です。だからその緊張感をぜひとも味わってください。あまり前情報を入れずに…。
監督のことは触れておきましょうか。本作『スリープ』はこれが長編映画監督デビュー作となる“ユ・ジェソン”の作品となります。また、とんでもない新人監督が出現しました。しかも、この“ユ・ジェソン”、あの”ポン・ジュノ”監督のもとで助監督経験を積んでいる人物だというじゃないですか。どおりで”ポン・ジュノ”っぽい作風なわけですよ。
なんというか、心理的に翻弄させる感じが共通していますよね。わかるかな、この感覚。たぶん”ポン・ジュノ”監督作を観てきた人ならふんわりわかってもらえる気もするんだけど…。
俳優陣は少数で、『82年生まれ、キム・ジヨン』の“チョン・ユミ”、そして『パラサイト 半地下の家族』でおなじみの“イ・ソンギュン”が夫婦役として揃い、名演を披露しています。
その『82年生まれ、キム・ジヨン』の繋がりで言いますと、この『スリープ』も「夫婦」モノなのです。単に夫婦が主役という意味ではなく、夫婦という関係性を批評した物語。だいぶフィクショナルな演出も入るので、『パラサイト 半地下の家族』寄りかもしれませんが、『スリープ』はもっと舞台もテーマも縛られていて、ひとくみの夫婦関係、それも普遍的に誰でも起きうる問題に焦点があたります。突き詰めるとパートナーシップの話ですから。
それをこういう脚本センスでアレンジできるのがまた才能なんですけどね。
『スリープ』は百想芸術大賞で最優秀脚本賞を受賞し、青龍映画賞で最優秀女優賞を受賞しましたし、韓国映画界をリフレッシュしてくれることを期待します。
なお、『スリープ』の内容についてほとんどネタバレなしでは掘り下げませんでしたけど、夫婦モノであると言ったとおり、夫婦関係の亀裂、もっと言えばトラウマ的な要素は描かれます。厄介なのはそれが直接的にテーマとして採用されているわけではないということで、だからどう観る前の鑑賞者に警告すべきか困るのですけども、一応、ざっくりとですが暗示しておきますね。
それとこれはハッキリ言えます。犬を愛してやまない方にはツラい描写がいくつかある…。この犬の描写ゆえに、「この映画は面白かったけど、この夫婦に関してはもうダメだ。何ひとつ共感はできん!」ってなるかもしれない…。それもまたこの映画の狙いどおりなのかもですけど…。
あんまり眠りやすくしてくれる映画ではないと思いますが、本作を観た後も、ぐっすり眠れることを願っています。
『スリープ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :スリルを満喫 |
友人 | :内容を語り合って |
恋人 | :喧嘩起きないように |
キッズ | :暴力描写あり |
『スリープ』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
ヒョンスとスジンの夫婦は隣り合わせでベッドで寝ていました。しかし、スジンがふと気づくと、ヒョンスがベッドの足元でただ座っていました。スジンは横のスタンドの電気をつけ、何かあったのかと呼びかけます。
ところがヒョンスはこちらを振り向きもせず、一切の身動きもとらず、「誰か入ってきた」とボソリと呟くだけ。さっぱり意味がわからないスジンは聞き返し、肩に手を置きます。するとヒョンスはパタリとそのまま後ろに倒れ、眠ってしまいました。
寝ぼけていただけなのかとスジンは安堵しますが、その瞬間、家のどこかで大きな音が鳴り響きます。ヒョンスは起きません。
スジンは恐る恐る家を歩き回ります。妊婦でお腹を気遣いながら、とりあえず近くにあった工具で身を守ろうとしますが、ドアが開いていてガタンガタンと音を立てていただけのようです。
しかし、なおも何か音がします。その正体は…飼っている小型犬でした。抱きかかえ、またベッドに戻ります。お騒がせな夫にイラつき、また眠りに…。
朝、ヒョンスは何も覚えてないようで気持ちよさそうに起床しました。マンションでの健やかな夫婦生活が今日も始まります。
あの夜のことはとりあえず忘れて、心機一転でスジンが玄関ドアを開けた瞬間、前に立っていた女性の顔にドアを思いっきりぶつけてしまいます。下に引っ越してきた人のようで、挨拶とのこと。その人は少し言いづらそうにこの1週間毎日夜中に騒音が上からしていると告げます。その場で申し訳ないと謝るスジン。
スジンとヒョンスは共働きで、日中は別々です。あらためて帰宅したヒョンスに夜中の話をしますが、本当に全然覚えていないようです。
その夜、夫はぐっすり眠ってしまいました。就寝直後、ヒョンスは頬をやけにかきむしっていました。
アラームが鳴り、朝を告げます。スジンが起きると、隣で寝ているヒョンスの姿にギョッとします。顔も腕も赤く痛々しいほどに傷を負っています。かきむしったにしては異常です。ヒョンスは目覚め、遅れて痛みに絶叫。病院に行くべきではと提案しますが、ヒョンスはまだ楽観的です。
ヒョンスが出勤した後、床に血痕が続いているのに気づきます。ベッドの下で犬が隠れて何かに怯えていました。
また夜、ヒョンスはフラっと眠りながら歩いていました。そして冷蔵庫で生肉や生卵を殻のまま、さらに生魚までも食べまくります。さらに水を一心不乱にごくごくと蛇口から飲んでいました。その異様な行動にスジンが言葉を失っていると、ヒョンスはおもむろに窓から身を乗り出し、落ちそうになります。さすがにスジンは慌てて体を押さえて止めるのでした。
こんな出来事があればもう看過できません。スジンの母に事情を離すと、それは良くな祟りのようなものかもしれないので、お祓いをすべきだとお札を渡してきます。それはスジンもバカバカしいと思い、一蹴します。
結局、夫婦は睡眠クリニックの受診を決めるのですが…。
理想的な夫婦…なのだろうか
ここから『スリープ』のネタバレありの感想本文です。
ジャンル翻弄型の『スリープ』。序盤からいきなりスリルが始まりますが、この冒頭、夫のヒョンスが「誰か入ってきた…」とポツリと呟き、妻のスジンは家の部屋で妙な違和感を感じながら歩く…という一連のシーンは露骨にホラーです。
でもまだもしかしたら泥棒とか殺人鬼のような線もあり得ます。しかし、ヒョンスが犬もドン引きする食欲を夜中に披露し始め、投身自殺しかけるまでの奇行が立て続くと、これは通常の事件ではない、ホラー…それも“憑依”系のやつじゃないかという疑いが濃厚になってきます。
なにせ本作は韓国映画。韓国と言えばオカルトホラーの盛んな地。『哭声 コクソン』や『サバハ』などイキのいい映画をたくさん観てきた私たちには既視感ありありです。
でも夫婦はさすがに最初はオカルトなんて信じません(スジンの母は真っ先にお祓いに頼るあたり、やっぱり韓国の年配の人はそういうのを信じやすいのかな)。
なので睡眠専門の精神科クリニックで睡眠時随伴症に準じる診断を受け、ヒョンスは医者の指示で療法を受けますが、全く改善する気配がなく、スジンは焦ります。
そして飼い犬が悲しい顛末を迎えてしまい…。何とも無力そうなポメラニアンを犬種としてチョイスしているあたりがこの映画の意地悪さだ…。
こんな感じで本作はこの映画自体のジャンルが何なのか、鑑賞者にハッキリ提示してくれません。それは最終幕まで継続し、結局わからないままエンディングを迎えます。残るのは得体のしれない嫌な感覚です。
ジャンルとして既存の雑な寄せ集めにしかなりそうにないのですが、この映画の上手いところはそのサンプリングの合体が絶妙で、独自のスリルとして完成させている点。単に後味が悪い着地で嫌らしく振舞っているだけではないでしょう。
とくに「夫婦」の関係性モノとしては抜群に面白いです。
当初、完全に妻であるスジンの視点で物語が進行するのですが、起きている恐怖に不謹慎なくらいに反比例するように夫のヒョンスは気楽です。ちょっとバカっぽさすらあります。そこだけ切り取ると夫婦漫才にすらなりそうなのですが、そうはいきません。
事態が深刻化すると、明らかに夫婦間で問題認識のズレが生じ、妻のスジンにだけ苦悩が重なってそのうえ全く理解されないという立場に置かれます。『ガス燈』みたいですよね。
さらに出産後(第2章)に状況は極限まで悪化。赤ん坊と共に風呂場に逃げ込んで夜は怯え、鍵をかけて事実上の別居のような構図は、それはもうドメスティック・バイオレンス(DV)で追い込まれているかのごとく…。しかも、ヒョンスも「何か悪いことした?」「不安がりすぎるよ」と努めて優しくなだめようとしてくるため、それがまたDV加害者の振る舞いそっくりなんですよね。
もちろん実際にDVは起きてません。直接的なものも間接的なものすらも…。だからこそスジンは相談先もなく、孤立無援で苦しむことになります。
壁に掲げる「一緒にいれば、どんなことも乗り越えられる」と書かれた木の板が示すように、幸せそうで仲睦まじい模範的な夫婦。そんな理想的に思えるカップルでも、関係性が平穏とは限らない。そんな現実を突きつけるようでした。
相互の信頼あってこそ眠れる
『スリープ』は最後となる第3章から、物語の視点は夫のヒョンスに移ります。同時に本作の事件の見え方も変わってきます。
実のところ、第2章ではヒョンスは行動が悪化したとは描かれていません。療法と現場対策を継続することで解消できたようにも思えます(第3章では完治したと当人と病院は言っています)。
しかし、スジンの精神状態は確実に悪化していました。赤ん坊が外のゴミ箱に捨てられる悪夢さえも見てしまい、茹で鍋事件の直後にヒョンスを拘束し、包丁を突きつける一線を超えたわけですから。第3者的にはスジンのほうがヒョンスにDVをしているように認識されかねません。
そして、結局、スジンは山奥の精神科に入院したらしく、ただし、どういう診断かつ診療だったのかは明かされません。スジンは産後うつ病だったのかもしれません。本作からはこの社会においてヒョンスに対するケアはあっても、スジンに対するケアが決定的に欠けていたことが窺えます。つい最近の2024年6月、⽇本精神神経学会と⽇本産科婦⼈科学会が共同で、妊娠・出産・育児期のメンタルヘルスに対応する一般向けのガイドとして「こころの不調や病気と妊娠・出産のガイド」を公開しました(ぜひ目を通してみてください)。それだけ主に妊娠に絡んだ女性へのメンタルケア対応が遅れていることの現れでもあります。
ともかく、帰宅したスジンは全然元どおりではなく、完全に「下の階の女性の父親が憑りついている説」に傾倒しており、異様なお札部屋でヒョンスに自信が辿り着いた自説をパワポ(パワーポイント)でプレゼンします(ビジネス風にしているあたりが皮肉)。
この仕草は非常に陰謀論者っぽいです。スジンのこれまでの言動の中でも、ネットの出所不明な情報に影響を大きく受け、憑依説を自己強化したことが示唆されていました。母のオカルト話は笑い飛ばせても、不安に沈むとネットの真偽不明な情報は信じてしまう…。
ここからは“ユ・ジェソン”監督、さすが”ポン・ジュノ”を継承する者…切れ味が鋭いです。犬殺害冷蔵庫保存、隣人監禁ときて、穴あけドリルでの人質交渉…(この工具を使うところが”ポン・ジュノ”感ありますよね)。悪夢みたいだけど悪夢じゃないことが最悪。切羽詰まってます。
ラストは解釈を観客に委ねます。一見すると、ヒョンスに本当に霊が憑りついていて、降参して体を解放してくれたようにも思える映像。でもあくまでスジンの瞳を通しての描き方にすることで、これはスジンの主観であると映画は強調しています。もしかしたらヒョンスは演技をしただけかもしれない…。
本作は夫婦モノですが、夫婦にとどまらない射程の批評があったと思います。他者を信じることの難しさ、他者との関係性における一種の共謀と相互騙し、そして関係性を持続させるうえでのメンタルケアの重要性…。
それらをいくつも重ねて布団にして、独特なバランスで落ち着いた瞬間に私たちは「眠る」という境地に達せる…。何とも不思議なものです。眠るということは…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)2023 SOLAIRE PARTNERS LLC & LOTTE ENTERTAINMENT & LEWIS PICTURES ALL Rights Reserved.
以上、『スリープ』の感想でした。
Sleep (2023) [Japanese Review] 『スリープ』考察・評価レビュー
#韓国映画 #夫婦 #精神疾患 #オカルト