ボクシング映画というよりエミネムの伝記映画…映画『サウスポー』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:アメリカ(2015年)
日本公開日:2016年6月3日
監督:アントワン・フークア
サウスポー
さうすぽー
『サウスポー』物語 簡単紹介
『サウスポー』感想(ネタバレなし)
エミネムの伝記映画?
拳と拳がぶつかり合う、闘志の激突。
『ロッキー』、『レイジング・ブル』、『シンデレラマン』、『ザ・ファイター』…。ボクシング映画は過去にたくさん作られています。ボクシングは挫折・苦悩・勝利といったドラマチックな要素が映像的にわかりやすく、映画にぴったりな題材であり、多くの人々を感動させてきました。「ボクシング映画にハズレなし」なんて意見もあるくらいです。
そんなボクシング映画に加わる新たな一本となる『サウスポー』を手掛けたのは、『トレーニング デイ』や『イコライザー』などクライムサスペンスを主に撮ってきた“アントワン・フークア”監督。これだけでも映画ファンは気になります。
さらに主人公を演じるのは、徹底的な役作りが好評な“ジェイク・ギレンホール”。本作でも、6カ月間に渡る肉体改造で臨んだというジェイク・ギレンホールの肉体と演技は見どころです。やっぱりこの俳優は役の作り込みが尋常じゃない。
アントワン・フークア監督とジェイク・ギレンホール、この2人が合わさることで、どんなボクシング映画になるのだろうかとワクワクします。
しかし、この映画を純粋なボクシング映画として期待すると肩透かしを食らうかもしれません。いや、それはちょっと語弊があるかな、ボクシング以外のレイヤーがあるというか、それがデコレーションになっているというか。
というのも公式サイトのプロダクション・ノートには、以下のような説明があります。
この映画の背景には、エミネムの人生が投影されているのである。
エミネムといえば有名なヒップホップミュージシャン。そんな彼がなぜ?という感じですが、実は本作は『チャンプ』(1979年)という映画のリメイクとしてエミネムが企画したのが始まりだそうです。結局、エミネム自身は映画製作には参加できなかったみたいですが、主題歌を書きおろしています。しかし、本作とエミネムの関わりはそれだけではありません。本作の主人公ビリー・ホープが経験する出来事や境遇はエミネム自身の話とも重なるつくりになっています。具体的にどこがそうなのかは映画を見て確認してほしいのですが、結果、本作『サウスポー』は『チャンプ』とエミネムの伝記を組み合わせて構成されています。
つまり、アントワン・フークア監督とジェイク・ギレンホール以上に、エミネムの存在がこの映画には大きく影響しているのです。この映画は『ロッキー』のような作品ではないし、実在のボクサーの伝記映画でもありません。あくまでエミネムをボクサーに置き換えた映画です。
他にボクシング映画をたくさん見ている人は、それを踏まえつつこの映画を見るとまた違った印象を受けるかもしれません。ボクシング映画を見たことのない人は素直に楽しめると思いますし、エモーショナルなドラマがとにかく好みの人にはピッタリでしょう。
『サウスポー』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):人生は逆転できるのか
ビリー・“ザ・グレート”・ホープは控室でテーピングを受けながら精神集中して闘争心を高めていました。頭にはヘッドホン。余計な情報は入れず、自分の戦いに集中します。
そこに妻のモーリーンが入ってきて、2人だけの空間になります。モーリーンはヘッドホンをとってあげて、優しくなだめます。ビリーを落ち着かせることができるのは妻だけです。
こうしてリングにあがるビリー。対戦相手のジョーンズは強烈なパンチを連発してきます。ビリーも反撃。世界ライトヘビー級王者は誰になるのか、観衆はこの戦いに熱視線を送ります。
闘志を取り戻し、攻撃に全力。相手をダウンさせます。10ラウンド目で流れは一気にビリーに傾きました。相手はふらふら。ビリーは逆転KOを達成。4度目の防衛を成功させました。マディソン・スクエア・ガーデンはビリーを讃える声で満たされます。
試合終了後、血塗れでボロボロのビリーを心配するモーリーン。
すぐに記者会見です。「次は誰と戦うのですか?」という質問時に、「戦わせろ」と挑んでくる男がひとり。それはミゲルであり、そんな威勢のいい相手に挑発させられても、その場では冷静に振舞います。
しかし、それが終わるとあのミゲルと戦わせろと周囲に言いますが、そう上手くもいかず、怒りをモノにぶつけるしかできません。
そんな喧騒から離れ、豪邸に帰宅。娘のレイラは起きて待っていました。レイラは父の顔の傷を数えます。「なぜ試合を見ちゃダメなの?」「暴力的だからだよ」
モーリーンは危険な戦い方をするビリーが気が気ではありませんでした。それでもビリーはこのファイティング・スタイルしか知りません。「パンチドランカーでいいのか」と厳しく指摘され、返す言葉もないビリー。家族を大切にしたい気持ちは一緒…。
ある日、チャリティ・パーティーが開催されます。慣れないスピーチに緊張するビリー。それでも何とか言葉を紡ぎ出し、拍手に囲まれます。
しかし、その場であのミゲルが妻をネタに煽ってきて、キレたビリーはその場で大乱闘を起こしてしまいます。すると発砲音。気づくとモーリーンは撃たれていました。慌てて駆け寄るビリーですが、必死に話しかけるもモーリーンの意識は薄れ…。
大切なものを失ってしまった王者は自分の道を照らすことができなくなってしまい…。
エミネム要素はいらなかった
宣伝では「泣ける映画」としてアピールしているようですが、正直、私は本作『サウスポー』にはそこまで泣けたかというと…う~ん、という感じ。もちろん下手な映画ではないし、作りは丁寧です。でも何かがひっかかる。その理由は共感を阻害する要素が気になってしまったからかなと。
本作のストーリーの基本的なプロットは『チャンプ』(1979年)とほぼ同じです。チャンピオンが栄光を失い、自身の子と向き合いながら、再起をかけて試合をし勝利する…。ただ最後だけ違います。『チャンプ』では終盤に「えっ!?」と驚く展開があるのですが、本作は子どもと抱き合って終わり。いたって普通のハッピーエンドです。
まず、このリメイクとしてはあんまりなシナリオの平凡化に個人的にがっかりしてしまい、退屈に感じてしまったのが一点。
しかし、それ以上の問題がもう一点。ただでさえ類型的なストーリーなのですが、それに輪をかけてドラマが残念なのです。
まず主人公ビリーはすでにチャンピオンです。なので主人公を“全てをなくしたボクサー”にするという物語上の都合のために、突発的な苦難を主人公に浴びせるわけですが、これが非常に雑。この映画の唯一の褒めどころであるジェイク・ギレンホールの演技を台無しにしています。
まずビリーが転落する一番の引き金となる妻の死。あんなセキュリティが厳しいであろう高級なパーティ会場で、喧嘩に巻き込まれて銃の暴発で死ぬという展開は、いくらなんでも強引に感じてしまい…。それに腹部に命中したっぽいですが、血もあまりでておらず、致命傷には見えない。このバイオレンス描写のテキトーさは何なのでしょうか。この事件の犯人は結局わからずじまいで、以降の物語の展開に絡むことなく、ほんとにただ妻が死ぬためだけのイベントです。
そして、主人公だけが事件後にライセンスを停止され、相手のボクサーは普通に試合に出ているという都合よすぎる扱いは興ざめです。こんな事件があったらビリーひとりの人生転落では済まされないでしょう。
その事件のせいで資産が底をつきて、家を売り払うことになるのも、唐突すぎます。少なくともこちらは被害者なのになんでここまで追い込まれるのかまったくの謎。
さらには、父と離れるのを嫌がっていたのにもかかわらず、「ママじゃなくてパパが死ねば良かったのに」とまで言ってしまう娘はさっぱりわかりません。
いくら主人公を転落させなければいけないといっても強引と言わざるを得ない内容。個人的にこういう無理くり感情を煽る感じは好みじゃないので、ここでもひっかかるわけです。
なんでこんなドラマにしたのだろうと考えると、もしかしたら、これはすべてエミネムの半生の要素を強引に組み込んだゆえなのかも…。
例えば、唐突な妻の死は、エミネムの親友がクラブでのケンカを発端に射殺された事件に由来するし、娘の話は娘を溺愛するエミネムのエピソードが元ネタになっています。ビリーが貧困になる展開もエミネムが幼い頃から貧しかったという実話に重ねているのでしょう。
そう考えると、その意図もわかる…わかるのですが、やっぱりエミネムの伝記をボクシング映画に組み込むのは無理があったのではないでしょうか。それだったら、素直にエミネムの伝記映画を作ればよかったのに…。
一番許せない強引なドラマ展開は、ホッピーという名のジムにいた少年が父に撃たれて死ぬ話です。ビリーの妻の死は物語上必要だとしても、この子が死ぬ必要性は全くなかったでしょう。ホッピーの死はその後に物語進行に活かされることもなく、完全に忘れられてしまっていました。ドラマを重厚にしたかったのかもしれませんが、安易に人を殺すのは死の扱いが軽くなるだけです。
あれもこれもとエミネム要素を詰め込んだ結果、中途半端になった感じ。
元も子もないことを言ってしまうと、もっと基本の登場人物のドラマをエミネム要素なしで丁寧に描くべきだったかなと…。例えば、ビリーと妻の出会いをダイジェストでも描かれていれば、妻の死のつらさに感情移入できたかもしれません。トレーナーのティックの話も深く掘り込むべきでした。
B級ボクシング映画だという指摘も一部ではあるようですが、そういう反応もしかたがないかなと思いつつも、ただそこはさすが“アントワン・フークア”監督。ちゃんとドラマの骨格はしっかりしているし、エモーションを引き立てる演出も上手い。決して全部が雑な映画ではありませんでした。
まあ、これはあくまで私がノれなかったというだけで、人によっては心に強くヒットする一作になるだけの作りはある作品だと思います。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 59% Audience 75%
IMDb
7.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 4/10 ★★★★
作品ポスター・画像 (C) 2015 The Weinstein Company LLC. All Rights Reserved.
以上、『サウスポー』の感想でした。
Southpaw (2015) [Japanese Review] 『サウスポー』考察・評価レビュー
#ボクシング #ジェイクギレンホール #レイチェルマクアダムス