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『野球少女』感想(ネタバレ)…モデルになったのはあなたです

野球少女

モデルになったのは何かに人生を捧げようとした全ての女性たち…映画『野球少女』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

英題:Baseball Girl
製作国:韓国(2019年)
日本公開日:2021年3月5日
監督:チェ・ユンテ

野球少女

やきゅうしょうじょ
野球少女

『野球少女』あらすじ

豪速球とボールの回転力が強みで「天才野球少女」と話題にもなった女子高生のチュ・スインは、高校卒業後はプロ野球選手の道へ進むべく練習に励んでいた。しかし、女性というだけで正当な評価をされず、プロテストすら受けられない。さらに母親からも反対されてしまう。そんな折、プロ野球選手の夢に破れた新人コーチのチェ・ジンテが赴任してきたことで、前が見えずに停滞していた彼女の運命は大きく動き出す。

『野球少女』感想(ネタバレなし)

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野球は女性にボールを投げない

スポーツの世界ではいまだに女性差別が深刻です。

男性と比べて女性のスポーツへの予算は限られ、参加ハードルも上がります。女性のコーチだって少ないです。内部では女性への偏見やハラスメントが相次ぎ、女性アスリートが性的な写真撮影のターゲットにされたり、性的暴行の被害に遭うことも問題視されてもなおも起き続けています(『あるアスリートの告発』を参照)。

どのスポーツでも女性差別は無縁ではないと思うのですが、それが露骨に目につくのは「野球」だと私は思います。野球自体が世界的にはマイナーなスポーツだというのもあるのか、とにかく女性が男社会目線でしか扱われていない旧時代的な雰囲気をよく感じます。

飲食物を売る人、チアリーダーで応援する人、始球式で投げる人…野球の現場にいる女性はたいていは性的な目で消費されており、それをまるで「これが野球の文化だから」と平然と正当化されています。

こんな業界の状態では当然、女性が野球選手になったらどんな扱いを受けるのか、言うまでもないことでしょう。女子野球も近年は盛り上がってきているようですが、当事者の女性も声をあげづらい環境にあることは容易に察せられます。

そういうときは外部から「これはおかしいのでは?」と声をあげることで、黙って耐えるしかない内部の当事者を助けられるように務めたいものです。それもまた立派なスポーツの応援のかたちでしょうから。

ということで今回は女性が野球の世界で夢を叶えるべく奮闘する姿を描いたスポーツ映画の紹介です。それが本作『野球少女』

主人公は、ピッチャーとして素晴らしい野球の才能を持つ女子高生。もちろん夢はプロの選手になること。しかし、女性が野球選手になるという入り口さえも用意されておらず、業界の女性差別の壁が真正面に立ちはだかることに。それでも挫けずに頑張っていこうとする姿を真っすぐに映す映画です。

『野球少女』は韓国映画。最近の韓国映画はこういう女性を主体にしたフェミニズムを内包した作品が静かに勢いをつけており、新しい韓国の映画文化の顔として定着しつつあります。『はちどり』『82年生まれ、キム・ジヨン』『サムジンカンパニー1995』など、どれも日本でも公開されると観客の心を掴んでおり、こうした作品がいかに需要があるのかを物語っていると思います。別に需要こそが全てだとは考えていませんが、これらの作品が支持を集める理由はなぜなのか、それは考えるべきことなのではないでしょうか。映画だって男性主体の業界で、女性をおざなりにしてきたのですから。

この『野球少女』が日本で劇場公開できたのも、そういう好感触を受けてのことだと思うのですが、やはり主演俳優の存在も無視できないでしょう。

本作で主演となる野球に情熱を捧げる若い女性を演じるのが“イ・ジュヨン”。2020年に日本でも大人気となった韓国ドラマ『梨泰院クラス』でトランスジェンダーの役を演じたあの人ですね。青龍映画賞で新人女優賞にノミネートされ(俳優デビュー自体は2012年らしいですけど)、ここ最近の“イ・ジュヨン”のブレイクはスゴイものがあります。

でも“イ・ジュヨン”を知らない人でもこの『野球少女』での“イ・ジュヨン”を観たら、その魅力が一発でわかると思います。あの静かな熱意を内に秘めた存在感を体現しつつ、聡明だけど未熟さもあるような、複雑な多面性を表現できる…ああいう俳優の輝く場所はまさにこういう映画にあるんだろうな、と。

だからこそ女性を主体にした韓国映画の潮流は楽しいですよね。俳優の新たな発掘にもなるし、別の一面を見られたり、これまでより一層才能を輝かせる人も出てくるし…。

とまあ、とにかく“イ・ジュヨン”が素晴らしい映画だと期待してください、『野球少女』。

共演は、ドラマ『秘密の森』『サバイバー:60日間の大統領』の“イ・ジュニョク”、『未成年』『無垢なる証人』の“ヨム・ヘラン”、『エクストリーム・ジョブ』の“ソン・ヨンギュ”、ドラマ『ヴィンチェンツォ』の“クァク・ドンヨン”、『スウィング・キッズ』の“チュ・ヘウン”など。

監督はこれが長編映画デビュー作となる“チェ・ユンテ”

『野球少女』はスポーツ映画といってもそこまで暑苦しい感じでもない、静かに夢を応援する作品ですので、もし自分の将来に不安を感じて迷っている人がいたら、こんな作品を見てみるのもいいかもしれません。あなたの元にもそのボールは届くはずです。

オススメ度のチェック

ひとり 4.0:挫けそうなときに
友人 4.0:互いを励まして
恋人 3.0:ロマンス要素なし
キッズ 4.0:夢を追う子へ
↓ここからネタバレが含まれます↓

『野球少女』感想(ネタバレあり)

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あらすじ(前半):打たれなければいい

廊下で落ち着かなさそうにしているユニフォーム姿の一同。部屋からひとりが出てきてパク監督と少し言葉を交わします。そして監督はイ・ジョンホの名前を呼び「おめでとう」と握手。その他の者に対しては「指名されなかった者は来週、進路の相談に来い」とだけ告げます。

ガッカリして帰るその他。男ばかりのその中にひとりだけ女性がいました。

その名はチュ・スイン。「天才野球少女」を呼ばれた彼女さえも、頑張ったという声もかけられない…。

スインは自分の部屋へ。トロフィーやメダルだけが虚しく飾られています。高校生活は野球に捧げました。頑張った。実績もあげた。そのはずなのに…。野球部創立3年でプロ野球選手となったイ・ジョンホは今やこの学校の注目のまとですが、スインは過去の話題の人です。

家族との食事。スインの母は小うるさいです。「そういえば指名はどうだった? 卒業後はどうするの?」と聞き、「好き放題はもう終わり。お父さんみたいにならないで、計画を立てて」とバッサリ。弱々しく返事をするスイン。

図書館で父に会いに行きます。父は資格をとるために必死に勉強しているようで、それをスインもわかっていました。

スインの田舎の高校に、新任のコーチであるチェ・ジンテがやってきました。それでもスインのやることは変わりません。トライアウトの受付に行きますが「女子は入れませんよ」と相手にされず、「書類審査に合格しないと」とテキトーに言われるだけ。

そんな扱いについて、ダンス・オーディションのための練習に精を出す友人のハン・バングルに愚痴るくらいしかできません。

監督からはキム先生という女子野球に詳しい人を紹介されるも、スインの目指したいことはひとつ。プロチームの選手選抜です。しかし、それを見ていたジンテは「お前にはどうせ無理だ」と冷たく言い放ちます。

その態度に不満を感じたスインは練習で自分の投球を見てもらうことに。「打たれたらコーチに従います」と宣言。あっという間に2ストライク。最高球速134kmの球を投げられるスインは実力を示します。ところが、そこでジンテはバッターに指導。すると3球目を高く打たれてしまいました。

「あれが最速か? 女子かどうか関係ない。お前には実力がない」

スインは留年したらダメかと家族に切り出すも、このまま卒業したくないというスインの気持ちは母の「諦めなさい。恥ずかしいことじゃない」という言葉で跳ね返されてしまいます。

それでも野球しかできないスイン。「プロと同じ150km投げればいいんですよね?」とジンテに悔しさをぶつけ、夜も練習に打ち込みます。

一方、ジンテは監督からスインをハンドボールに乗り換えさせろと指示を受けるも、さすがに乗り気になれず、しだいにスインの熱意を受けて個別に指導するようになり…。

「大事なのは速球じゃない、打たせないことだ」

この世界で、ひとりの少女が勝つ術はあるのか。

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「女性としては」という評価

『野球少女』という邦題からして、キラキラではないですけど、なんだか“少女”性のステレオタイプでも満載なのかなと身構えてしまいますが、実際の内容はそんなものはひとかけらもありませんでした。

そもそも主人公であるチュ・スインがとてもアンドロジニー(典型的な男らしさと女らしさに当てはまらない)な存在感です。これは野球という世界に身を浸した女性はみんなこうなっていく傾向にあるのか、それとも個人のアイデンティティなのか、私にはよくわかりませんけど、とにかくスインはありがちな女性らしさを気にしていませんし、それを身にまとうつもりも一切ないようです。

本作は恋愛描写が一切ないのも良かったですね。

しかし、世間はそうさせません。スインが何をしようともそこには「女性」という評価がくっついてまわります。“女にしては”野球の腕がいい、“女だから”プロにはなれない、“女として”もっと人生を考えなさい、“女を活かして”女子野球部門の事業を担当してほしい…。

それがポジティブであろうとネガティブであろうと、全部「女性」ありきの評価になる。

それに対してスインはずっと一貫しているのですが、その姿勢は終盤の球団担当者との面談での発言でも示されます。「女性か男性かは長所でも短所でもない」と。

スインは女性という枠で見てほしいわけではない。野球選手としての実力を見てほしいだけ。このブレないキャラクターの姿勢が映画内で終始ずっと維持されているので、本作は静かなドラマですけど、かなりメッセージ性が揺らがない作品だったんじゃないかなと思います。

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周りの人たちの揺らぎ

逆に『野球少女』にて揺らいでいるのはスインの周囲にいる人たちです。

スインの母は娘の夢を現実的な方向へと修正するのが親の務めだと考えており、当初は厳しくあたります。でもその母だってかつては何かを諦めて「女性として」生きるしかないと考え、今に至るわけで…。スインとの口論の中で、自分のその内に封印していたであろう屈辱を表に出すシーンは印象的です。

また、スインの友人のハン・バングルはオーディションに顔だけで落とされたことを吐露し、こちらもこちらで届かない夢に苦悶しています。この友人の場合はスインとはまた違う、ルッキズムという差別の苦悩に直面しており、女性が受ける差別は様々なかたちがあることを示しています。

他にもスインの前に呼ばれてやってくるキム先生とか、あの後半のテストで参加している女性のバッターとか、さりげない脇にいる女性たちも良い味を出していました。

一方で、男性陣。本作の主要な男性キャラクターは女性差別の加害者として形式的に配置されているだけの存在にはなっていません。

新任のコーチであるチェ・ジンテはスインに冷たくあたるも、的確な指導でスインの才能を高めていきます。ジンテもスポーツ界の競争の厳しい現実を身をもって知っているからこそ、スインに待ち受ける過酷さも想像できており、かといってそれを除去するほどの絶対的なパワーも持っていない。結果的にジンテは自分のできる範囲でスインの技能を強める。でもこれこそスインとしては嬉しいことで、たぶんああやって自分をひとりの選手として扱ってくれたのは初めてだったのかな、と。

プロ入りが決まっているイ・ジョンホはスインの幼馴染で、実力も上だったはずのスインよりも自分が今や評価されてしまっている現実に罪悪感を抱えています。それは性別が背景にあることをよくわかっているからであり、そんなジョンホの想いがあのプレゼントのマニキュアに込められるあたりの演出もささやかに効いていました。

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主人公のモデルは誰か

『野球少女』の主人公であるチュ・スインにモデルはいるのか。

一応の答えとしては、1997年に韓国で女性として初めて高校の野球部に所属したアン・ヒャンミ選手がモデルであるというふうに言われています。

ただ、この『野球少女』は、伝記映画として作ろうという意図は全くなく、この主人公は何かに人生を捧げようとした全ての女性たちがモデルなんだと思います

映画は誰か特定の人をモデルにするのはいいと思うのですが、場合によってはそのモデルケースがステレオタイプになることも多いのが問題で…。とくに女性のようなマイノリティな側にいると、かなり容易に「このモデルどおりに生きることが正しい」と固定化されやすいですよね。

また、本作はスポーツウォッシング的なリスクは常に抱えているのですし。

なので『野球少女』が具体的な伝記映画にならなかったのはこれはこれで正解だったのではないでしょうか。

スポーツとかキャリアとかはさておき、どんな人でもフェアなルールで成り立つ世界に立ちたいですから。

『野球少女』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer –% Audience –%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
7.0
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関連作品紹介

女性を主体にしたフェミニズムな韓国映画の感想記事です。

・『サムジンカンパニー1995』

・『82年生まれ、キム・ジヨン』

・『はちどり』

作品ポスター・画像 (C)2019 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

以上、『野球少女』の感想でした。

Baseball Girl (2019) [Japanese Review] 『野球少女』考察・評価レビュー