2016年の最も優れたスペイン映画のひとつとして称賛…映画『静かなる復讐/物静かな男の復讐』の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:スペイン(2016年)
日本公開日:2017年8月4日
監督:ラウール・アレバロ
しずかなるふくしゅう
『静かなる復讐/物静かな男の復讐』あらすじ
『静かなる復讐/物静かな男の復讐』感想(ネタバレなし)
2016年ゴヤ賞作品賞受賞作
スペインのアカデミー賞とも称される「ゴヤ賞」で、2016年最も優れた作品に選ばれた映画が本作『静かなる復讐/物静かな男の復讐』です。
ちなみに邦題は、新宿シネマカリテの特集企画「カリコレ2017/カリテ・ファンタスティック!シネマコレクション2017」での劇場公開時は『静かなる復讐』、Netflixでの配信時は『物静かな男の復讐』となっています。同じ作品ですので注意です。
本作は、第31回ゴヤ賞で作品賞を受賞しただけでなく、脚本賞・助演男優賞・新人監督賞にも輝いています。とくに監督については、スペインで人気の俳優“ラウール・アレバロ”が初監督したとのことで、監督デビュー作でここまでの高評価とは凄いものです。
主演の“アントニオ・デ・ラ・トレ”は2014年のゴヤ賞作品賞の『マーシュランド』にも出演しており、スペイン高評価映画でよく見かける顔ですね。
内容は、邦題に「復讐」とあるとおり、“リベンジもの”のサスペンス・スリラー。といっても、ハリウッド映画にありがちなカタルシス過多な劇場型ストーリーではなく、淡々とした展開ながらも渋みのある物語が味の作品。同じくスペイン映画で“リベンジもの”要素のある『マジカル・ガール』も落ち着いた静かなスリルでした。私はそこまでスペイン映画に詳しくないのであれですが、“リベンジもの”スペイン映画はだいたいこんな感じなのかな?
こういうタイプのリベンジ・スリラーが好きな人は見て損はない一作だと思います。
『静かなる復讐/物静かな男の復讐』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):男の目的は?
ひとりの男が車の運転席で待機しています。するとそこへ目出し帽をかぶった男が猛ダッシュで乗り込んできます。しかし、パトカーのサイレンにびびり、車を飛び出してどこかへ消えました。運転する男は街中を逃げるように走らせます。けれども事故を起こし、車は派手に横転。なんとか這い出すも警察に取り押さえられました。
8年後。ホセという男はカフェでミルクコーヒーを頼みます。そこで対応してくれたアナという女性を意味ありげに見るホセ。
ホセは病院へ向かいます。そこへ行くのはいつものようで顔なじみとしてスタッフも接してくれます。
ホセはアナのいるカフェバーの前の席で仲間と賭け事に興じています。ポーカーフェイスで無口なので、なかなかに強いようです。やはり店員のアナにさりげなく目をやるホセ。「髪型いいね」と話しかけるなど、明らかに気にしています。
アナは悲しそうだとファンホという男と話すと、義理の弟について困っているらしく、もうすぐ出所で「一難去ってまた一難だ」とうんざり気味。
アナは刑務所でその男と面会。彼の名前はクーロ。キスし、そのまま体を交えます。
ホセは病院で人工呼吸器に繋がれた男のもとへ通っていました。何も喋らず、ただじっと見守るのみ。
アナとはSNSでひそかにチャットしています。眠れないというアナ。話を聞いていくと「いつも何かに追われているみたいだ」「不満はないの、みんななんとかやっている」「みんなじゃない」と会話が続き…。
ある日、ホセはファンホの娘の初聖体拝領の集まりに招かれました。大勢で賑やかな空間ですが、ホセは相変わらず人の触れ合うこともせず、黙っています。幼い女の子が隣にやってきて「彼女はいないの?」と聞かれ、「いいや」と答えるのみ。
パーティーをひとり出ていく緑のドレスのアナの後を追います。バーで寂しく飲んでいるアナを発見。視線を交わしたアナはホセに「背が低いのね」と語り、ヒールをわざわざ脱いで目の前でリズムに合わせて踊ってくれます。それを無表情でじっと見つめるホセ。
そのまま2人は部屋で抱き合い、ベッドをともにします。「出身はどこ? なぜいつも店に?」とアナは優しく聞いてきますが、「あの店が好きなんだ」とぼそりと答えたっきり、好きなんだとただ繰り返すホセ。相続したアパートを貸しているのが仕事らしく、一緒に行って世話をしてあげようかと囁くアナ。
「恋人は?」「あなたこそ」「いない」
話はアナの旦那の話題に。ファンホから宝石強盗で捕まったという話を聞いたと切り出すホセ。犯人を知らないのに運転手役をやってしまい、罪を被るだけになってしまったらしいアナの夫。アナを危険にさらしくないゆえにこれ以上は踏み込まないことにしているのだとか。それ以上は具体的には話しません。
一方、そのクーロは刑務所を出所。外の世界にやってきました。
ホセはなぜか例の強盗時の店内映像を持っており、それを視聴します。そこには犯人たちが複数で乱入し、バールのようなものでそこにいた人をめったうちにする光景が…。
クーロはアナの自分への気持ちが薄れていることに気づき、「ずっとお前のことを考えてきたのに」と怒りを爆発させます。
そしてホセとクーロは対峙することに。場所は病室。危篤状態でベッドに横たわる男がいるところです。ホセは衝撃的なことを告げます。「あれは俺の父親だ」「誰がやった? 教えろ」と普段は無口なのにここでは緊張感のある厳しい口調で問いただすホセ。「家族がどうなってもいいのか」と脅してまできます。
「思いあがるな」と蹴りつけるクーロでしたが、ホセの狙いはすでに動き出していました。復讐は静かに始まっていたのです。
家族愛を知っていく前半
邦題に偽りなしで、本当に静かな復讐劇の本作。
数少ない映像的に派手なシーンは、冒頭の強盗したメンバーを乗せる予定だったクーロが車で逃走する場面くらいです。ここのシークエンスは、車内のカメラでずっと展開し、それが車がクラッシュした後も続くので、普通に見ごたえがあります。
その後は、寡黙なホセの日常が淡々と流れます。なので、このへんで飽きる人もいるかと思いますが、実は重要なシーンが込められているんですね。とくにファンホの娘の初聖体拝領(カトリック教会で洗礼した後、はじめて聖体をいただくこと)のお祝いに参加する場面。ここでホセは家族の大切さを実感するわけです。「娘の顔を見るのは幸せだ、何事にも代えがたい」と言い、「俺は家族を愛している」と歌うファンホ。ファンホやその娘の幸せそうな顔を見て、ホセは自分にもあったかもしれない家族の未来を夢想していたような気がします。
また、アナにはかつての恋人を重ねていたのでしょう。ここだけ見ると不器用な男が女性に恋していくラブ・ストーリーにも思えます。ホセには強盗で奪われた家族に対する犯人への復讐という真の目的があり、アナに近づいたのもそのためですが、アナを救いたい気持ちもちょっとはあったのかもしれません。
ホセにとってファンホの家族やアナの姿は、欲しかった理想そのもの。それが後にあんな事実が発覚するとも知らずに…。
怒りが静かに消えていく後半
アナを遠くに隠して、強盗犯に運転手を頼まれていたクーロをなかば強引に連れ出し、いよいよ復讐を開始するホセ。
ここからは「復讐」というより「怒り」という言葉が相応しいストーリーですね。そもそも原題の「Tarde para la ira」も英題の「The Fury of a Patient Man」も、どちらも「怒り」を意味するワードが入っています。
最初に出会った強盗犯トリアナは、ヤク中のおしゃべりでだらしない、いかにもダメそうな男。ここのしだいに怒りにメラメラ燃えていくホセの顔が怖い怖い。“アントニオ・デ・ラ・トレ”の演技が凄まじかったです。そして、怒りまかせにホセがトリアナをグッサグサにする前、残る強盗犯フリオとロベールの情報を聞き出します。この時の、「ロベールは自殺したよ、知らなかったのかよ」というやりとりの伏線は上手かったですね。
ここまでは勧善懲悪な復讐劇という感じですが、続くターゲットのフリオから様相が変わってきます。フリオは、トリアナとうってかわって凄く良さそうな人。「俺は今は幸せなんだ。家族がいる」そんな言葉で命乞いするフリオ。
そして、最後の強盗犯は、ロベールではなく…ファンホ。娘が傍にいるなか、容赦なく弾丸を放つホセ。その後、ホセは、再会を喜び抱き合うクーロとアナを残して、立ち去っていきました。ホセの「怒り」は「家族」の姿を見て、消えていったのでしょうか。
また「怒り」を抱えていたのはホセだけでなく、クーロもそうだったのでしょう。しかし、クーロのナイフが使われることもなく…やはり「怒り」に囚われるより「家族」を選ぶ…。
予想外に静かな家族愛の物語でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 78%
IMDb
6.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)La Canica Films S.L.U.,Agosto,la pelicula A.I.E 2016
以上、『静かなる復讐/物静かな男の復讐』の感想でした。
Tarde para la ira (2016) [Japanese Review] 『静かなる復讐/物静かな男の復讐』考察・評価レビュー