内容は良いが映画の在り方にモヤモヤが残る…映画『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2023年1月13日
監督:マリア・シュラーダー
性暴力描写
SHE SAID シー・セッド その名を暴け
しーせっど そのなをあばけ
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』あらすじ
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』感想(ネタバレなし)
ミソジニーは社会のシステムそのもの
2022年後半から2023年にかけて、日本のインターネット上では、困窮する若い女性を支援する団体が批判のマトとなりました。「不正をして利益を得ている!」というのが発端となった批判者の主張でしたが、その動機は「自分にとって許せない、モノ言う女性を懲らしめてやりたい」という歪んだミソジニー(女性蔑視)による加虐欲求があるのは明白でした。その欲望を正当化するためなら口実は何でもいいのです。
これはいわゆるサイバーブリング(ネット上のイジメ行為)であり、今回は明らかにミソジニーが土台にあります。こうしたミソジニーに基づく主に女性を狙ったサイバーブリングは日本のみならず世界で起きており、深刻な問題です。
この一件でもわかることですが、ミソジニーというのは悪意ある個人だけの問題ではありません。ミソジニーとは醜悪なシステムによって引き起こされ、支えられています。
誹謗中傷する人、デマを流す人、冷笑する人、無視する人、中立ぶる人、素知らぬ顔で加害者に寄った報道をするメディア、被害者を苦しめる情報ばかりが拡散されやすいSNSの仕組み…。その全てがミソジニーを構成しています。そして社会の中で平然とミソジニーが存在し続けることができるようにしています。
今回紹介する映画は、そんな社会に存在する歪みきったミソジニーのシステムを暴き出すために闘った女性たちの実話に基づく物語です。
それが本作『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』。
本作が描くのは「#MeToo運動」の発端となったあの報道。映画が好きなら、いや、映画の趣味関係なくこの事件は知っておかねばならないこと。2017年、ハリウッドで絶大な影響力を持っていた映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが何十年にもわたって多くの女優や女性労働者に性的暴力を振るっていたことが公で大々的に発覚した事件です。
その事件を報道したのがニューヨーク・タイムズの2人の女性記者、ミーガン・トゥーイーとジョディ・カンターでした。
本作はその2人自身が当時の状況を克明に執筆した「その名を暴け ―#MeTooに火をつけたジャーナリストたちの闘い―」という本を映画化したものです。原作本の出版は2019年だったのですが、その出版前から映画化の権利は獲得されており、事件から約5年後という超スピードでの映画化となりました。
ジャンルとしては報道サスペンスであり、どのように事件を取材し、証拠を集め、報道に至ったのか…その全容が描かれていきます。このタイプのジャンルは『大統領の陰謀』など、ハリウッド映画の定番ですが(実際に『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』は『大統領の陰謀』のオマージュもある)、本作の場合はそうした類似の作品とは異なる位置づけもあったりして、とにかく鮮度の高い映画です。なにせまだハーヴェイ・ワインスタインの裁判は続いていますからね。
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』を監督したのは、ドラマ『アンオーソドックス』や映画『アイム・ユア・マン 恋人はアンドロイド』を手がけたドイツの“マリア・シュラーダー”。脚本は『ロニートとエスティ 彼女たちの選択』『コレット』の“レベッカ・レンキェヴィッチ”です。
俳優陣は、『プロミシング・ヤング・ウーマン』でアカデミー主演女優賞にノミネートされたばかりの“キャリー・マリガン”。そして『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』の“ゾーイ・カザン”。ちなみにハーヴェイ・ワインスタイン役でちょこっとでてくるのは『オレンジ・イズ・ニュー・ブラック』の“マイク・ヒューストン”です(ワインスタインの声は本人のものを使っているらしい)。
ジャンルとして当然面白いですが、ハリウッドだけでない、現在進行形であらゆる社会で蠢いているミソジニーの構造を暴いていくこの映画は、私たちに「無関心であるな。その構造にこそ気づく目を持て」と突きつける気迫があります。
なお、作中には性暴力の直接的な描写はありません。ただし、被害者の生々しい証言や録音などがそれなりの頻度で映し出されるので、被害経験者にとって嫌な記憶を呼び覚ますにはじゅうぶんな効果はあるでしょう。フラッシュバック等には留意してください。
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :ジャンル好きは要注目 |
友人 | :俳優好き同士で |
恋人 | :デート向けではないかもだが |
キッズ | :この仕事に憧れは持てる |
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):その罪を暴く
1992年、アイルランド。歩いていた若い女性が海辺で映画撮影現場に出くわし、そこで働くようになっていきます。しかし、場面が切り替わり、泣きながら町を駆け抜けるその女性の姿が…。
2016年、ニューヨークシティ。ミーガン・トゥーイーはひとりの女性に対面して話を聞いていました。レイチェル・クルックスというその女性は意を決したようで、ある大物男性から受けた屈辱的な経験を語り始めます。
一方、ニューヨーク・タイムズの記者であるジョディ・カンターは自分の子をあやしつつ出社。少し離れた席にいるトゥーイーと目が合います。
トゥーイーはレイチェル・クルックスの件で加害者であるドナルド・トランプと電話。「あの女は嘘つきだ」と豪語するトランプでしたが、セクハラの報道は世間を駆け巡ります。
しかし、告発者のレイチェルは脅迫を受け、大変な状況に。謝るトゥーイーでしたが、そのトゥーイーも矢面に立たされ、苛立ちを募ります。さらに「レイプしてやる」という不審な男からの電話まで受けるようになり、心身ともに疲れ果てていきます。
5か月後。FOXニュースのビル・オライリーがセクハラで番組を降板というニュースが世間を賑わしていた頃。カンターはハリウッドの大物プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインの性的暴行疑惑を報道しようと情報を収集していました。手がかりになりそうなのはローズ・マッゴーワンという女優です。
上司にまずはその女性と話してみるべきだと進言されるも、なかなか素直に話してくれる被害女性は現れません。
カンターはアシュレイ・ジャッドの動画を家で再生していました。彼女は90年代にひとりのプロデューサーからセクハラを受けたことを書いており、おそらくワインスタインだと思われます。
ある日、ローズ・マッゴーワンから電話が来て、彼女は23歳のときにワインスタインが自分をレイプしたことについて生々しく語りました。「たくさんの人に話したものの、誰も何もしてくれなかった」とマッゴーワンは諦め疲れ切ったような声の調子で喋り終えます。
ひとりでは対処できないと判断したカンターは、実力のあるトゥーイーに電話をかけます。トゥーイーは今は出産に伴って一時休暇中でした。トゥーイーはこの問題に向き合うことの過酷さを嫌というほどに体験しており、躊躇する気持ちもありましたが、参加してくれました。
アシュレイ・ジャッドも動画で被害を語ってくれ、やはりその話は生々しいものでした。
カンターとトゥーイーは情報収集に本格的に取り組みますが、ワインスタイン側の弁護士があのかつては同様の被害に苦しむ女性側に立ってくれていたはずのリサ・ブルームだと知って複雑な気持ちになります。また、別のジャーナリストであるローナン・ファローもこの一件を調査して報道しようとしていることを知り、急ぐ必要に駆られます。
トゥーイーはワインスタインのアシスタントの女性を探そうとします。そしてその女性3人の手がかりを掴みますが…。
「Yes」と言わせるまでの苦悩
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』は『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』のような報道サスペンス・スリラーですが、題材となっている報道が約5年前とつい最近であるのが特徴です。
それはつまりこの映画が非常にリアルタイムな時事性を有していることを意味します。
例えば、本作には何人もの被害者の取材と告発の様子が映し出されるのですが、その中には“アシュレイ・ジャッド”みたいに女優の被害者本人がでていたりもします。“グウィネス・パルトロウ”も声のみですが、出演しています。
こうなってくるとこれは映画というよりは、ドキュメンタリーのような、または映画というかたちでの2度目の告発みたいなものですよね。こんなアプローチはそうそうないです。これも映画業界の中で起きた事件だからこその、実に映画らしいメタな構造だと思います。
出演した本人は凄い勇気だなとあらためて尊敬するしかないです(もちろん出演しなかった人もおり、その人を責めるものではありません)。
本作で描かれるのは、声高に叫ぶことを封じられた沈黙するしかない被害者たちに寄り添い、その声を代弁する手助けをしようとしたジャーナリズムの姿。
なので『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』という邦題はちょっと不適切ですよね。別にワインスタインの悪名はもう業界内では暴かれている話だったんですよ。90年代から悪評はあったのに報じられなかった…それはその加害者を擁護し、支援し、手を貸すような人間や組織がたくさんいたからで…。
むしろ名前が暴かれてしまうのは被害者の方で、その名前の公表が被害者をさらに追い詰めてしまったりもする。それでも覚悟して名前を出してくれた被害者の姿勢、それこそをこの映画は讃えている。だからこその「She said」というタイトルです。
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』はサスペンスなので俯瞰的に全容を把握しづらいのですが、補足が欲しいのならドキュメンタリーシリーズ『キャッチ&キル / #MeToo告発の記録』の視聴をオススメします。こちらは作中で言及もあった、別のジャーナリストである“ローナン・ファロー”の取材をまとめたもので、報道の経緯や歴史などがより詳細に語られています。
この映画の在り方にモヤモヤする理由
『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』は映画としては良作なのは納得なのですが、個人的にはどうしてもモヤモヤしてしまう部分もあって…。それはプロットや演出とかの中身の話ではなく、映画の在り方自体の問題なのですが…。
第一に本作の製作会社である「Plan B Entertainment」の設立者で本作に製作総指揮で関わっているのが“ブラット・ピット”だということ。
“ブラット・ピット”はそもそも“ハーヴェイ・ワインスタイン”と親しく、映画製作でも以前から協力関係にありました。90年代は“ブラット・ピット”は“グウィネス・パルトロウ”とも付き合っており、要するに被害女性と近しい間ながら加害者とも懇意にしていたという、非常に暴力を温存する状況に加担していた張本人でした。
加えて、“ブラット・ピット”は妻である“アンジェリーナ・ジョリー”とその子どもたちへの家庭内暴力の疑惑が浮上しており、2016年に一時的に不起訴になるも、2022年時点でもまだ新しい告発が起きています(BBC)。
そんな“ブラット・ピット”はどう考えてもこの『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』の製作者に最もふさわしくない人物と言わざるを得ません。これだとこの映画を支持することが、男性にとって「私は女性差別していません」というアピール材料になっているみたいじゃないか、と。
また、本作は製作者の多くが白人であり、#MeToo運動は白人女性中心的(ホワイト・フェミニズム)だという批判どおりの座組になってしまっています。有色人種女性よりも“ブラット・ピット”にクレジットを与えている時点でなおさら言い訳のしようもないでしょう。
しかも、これに輪をかけて居心地を悪くさせているのが、ミーガン・トゥーイーが反トランスジェンダー的な記事を書いているということ(GLAAD)。こうなってくると「あ、この正義は白人シスジェンダー女性にしか与えられないのか」と冷めた気分になる…。
あともうひとつ問題があって、本作ではニューヨーク・タイムズ(実際に本社で撮影している)がまさにこの事件を暴いた理想的なジャーナリズムの象徴になっているわけですが、でも実際はニューヨーク・タイムズも他のメディアと一緒にこのワインスタインの悪行を過去には言論封殺してきたんですよね。
つまり、本作にはメディア・イネーブラーの批判視点が欠如しています。被害者を黙らせてきたメディアの罪を全然暴いていない…。
で、こっちもさらに酷い話で、このワインスタイン事件告発の最中、ニューヨーク・タイムズ社内でもセクハラの告発があったのです。報道する側でも性暴力はあるという実態ですよ。
これらを考えると、本作は2022年に作るMeTooを総括する映画としてはいささか頼りないかな、と。せっかくミソジニーには歪んだシステムがあることを暴く映画なのに、映画自体がそのシステムに組み込まれて脱せていないというのは…。それだけ難しいということかもですけど…。
なお、本作を日本で配給する東宝東和。主要株主である日本最大の映画企業の東宝も含めて、2022年に日本で相次いだ監督や映画関係者による女性への性暴力の告発に対して、全く無関心で対応をとろうとしていません。そんな業界がこの映画をしれっと配給だけして儲けるというのは、それこそミソジニーなシステムなのではないでしょうか。
本当にこの問題を根本的に解決する気があるのか。不安ばかりがよぎる映画体験でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 91%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)Universal Studios. All Rights Reserved. シーセッド シー・セイド
以上、『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』の感想でした。
She Said (2022) [Japanese Review] 『SHE SAID シー・セッド その名を暴け』考察・評価レビュー