1950年代SFの世界に没入…映画『ヴァスト・オブ・ナイト』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2020年にAmazonビデオで配信
監督:アンドリュー・パターソン
ヴァスト・オブ・ナイト
ばすとおぶないと
『ヴァスト・オブ・ナイト』あらすじ
アメリカの平凡な田舎町。夜になり、そろそろ町も静まり返る頃。電話交換手のフェイと人気ラジオDJのエベレットは他愛もない話題で盛り上がっていた。しかし、その日、彼らは自分たちが住む町とその未来を永遠に変えてしまう可能性を持つ奇妙な周波数を発見する。一体これは何を意味するのだろうか。探っていくと思わぬ証言を得ることができる。
『ヴァスト・オブ・ナイト』感想(ネタバレなし)
1950年代SFに愛を捧げる
SF映画は好きですか?
よくありそうな質問。でも正直、この質問はかなり警戒してしまいます。なぜなら人によってSF映画をどう認識しているかが違うからです。そのため齟齬が生じて話が合わないこともしばしば。
SF映画の切り口は本当にいろいろありすぎて整理しきれないほどですけど、ひとつに「年代」で語る…という方法があります。おそらく現在のちょっと最近になって映画好きになった、もしくは有名作なら見ているというノーマルな映画ファンがイメージするSF映画の根底にあるのは1970年代後半から1980年代のSFだと思います。例えば、『スター・ウォーズ 新たなる希望』(1977年)、『未知との遭遇』(1977年)、『エイリアン』(1979年)、『ブレードランナー』(1982年)、『E.T. 』(1982年)、『ターミネーター』(1984年)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)など。今でもポピュラーで誰もが名前は知っている作品ばかりです。
ではそれより前、1950年代のSF映画を思い浮かべることができるでしょうか? これを語れる人はかなりコアなSF映画マニアでしょう。この時期はSF映画ブームの第一陣のような時代で、本格的なSF映画大作が続々と作られるようになり始めました。『月世界征服』(1950年)、『地球最後の日』(1951年)、『地球の静止する日』(1951年)、『宇宙戦争』(1953年)、『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』(1956年)、『タイム・マシン』(1959年)など。あと日本人なら忘れることはできない『ゴジラ』も1954年ですね。
一部を除いて1950年代SF映画が現在にて一般の認知を得られているとは言えないと思います。でもこの1950年代SF映画があったから今のSF映画がある…それは間違いなく断言できます。SF映画の土台を築いたとてつもなく偉大な作品たちなのです。
前置きが長々と伸びてしまいましたが、今回紹介する映画はそんな1950年代SFマニアならニヤニヤしてしまう一作。それが本作『ヴァスト・オブ・ナイト』です。
この作品は2019年のスラムダンス映画祭(インディーズ映画を中心に扱う映画祭で、ルッソ兄弟なんかもここで名をあげた)で観客賞を受賞したSF映画で、日本では2020年にAmazon Prime Videoで独占配信されました。
どんな映画かというと、とあるアメリカの田舎町で不思議な現象が起こる…以上。いや、ネタバレになるから全然語れない…。
SF映画なので内容はストレートにSF一色なのですが、一般ウケするタイプではないです。つまり、エンタメ満載なメカとかが出てきて大冒険したり、地球外生命体とドラマチックに友情を築いたり、敵対したり…そういうわかりやすさはないということ。前述したとおり、この『ヴァスト・オブ・ナイト』は1950年代SF作品に愛を捧げた一作なのです。私も本作を観終わった後にもう1度1950年代SF作品をひととおり見返したくなるくらい、なんだかノスタルジーを刺激されてしまいました。
逆に1950年代SF作品を全く知らない人は「?」になるでしょうね。ぜひともこれを機にそちらの世界にも足を踏み入れてほしいのですけど…。
監督は本作が長編デビュー作となる“アンドリュー・パターソン”で、1982年生まれ。年齢的にも1950年代を当然経験なんてしていない、むしろ1980年代あたりの賑やかなSFの方が身近だったろうに、今回こんな映画を生み出したということから察するに、相当なSFマニアではないだろうか。『ヴァスト・オブ・ナイト』がいくつもの映画祭に断られ続け、やっとスラムダンス映画祭で公開できて、そしてこの称賛ですからね。今後も伸びていってほしい逸材です。
出演する俳優は、『ゴースト・バディーズ 小さな5匹の大冒険』の“シエラ・マコーミック”と、『マニフェスト 828便の謎』の“ジェイク・ホロウィッツ”。ほぼこの二人を主軸に物語は動き出します。この二人の風貌がまたいいんですよね。なんか当時(映画の舞台も1950年代)にいたであろうオタクっぽくて…。
再開された劇場に行くのも素晴らしい経験ができますが、今日は家にいようかなと思ったとき、この『ヴァスト・オブ・ナイト』を視聴してみるのもいいでしょう。日常で起こりそうな不思議な体験にあなたを誘ってくれます。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(昔のSF映画オタクは舌鼓) |
友人 | ◎(SFマニア同士で観よう) |
恋人 | △(人を選ぶので少し注意) |
キッズ | △(子どもには退屈かな) |
『ヴァスト・オブ・ナイト』感想(ネタバレあり)
あなたの頭上の空にも何かいる
アメリカ、ニューメキシコ州のカユーガという田舎町。あたりも暗くなってきた頃、学校の体育館ではバスケの試合の準備が進められていました。選手たちはウォーミングアップ中で、チアリーダーも揃っています。この田舎では娯楽が少ないので、今回のバスケの試合は大事なエンターテインメント。町中から大勢の人が集まるはずです。
そのごちゃごちゃと賑やかな体育館にある若い男が入ってきます。彼の名前はエベレット。どうやら体育館の電気設備の調子がおかしいようで、町で小さなラジオ局を運営していて機械に詳しいエベレットが呼ばれてきたようです。確かに入り口の電気がチカチカしています。体育館に入って、知り合いに気軽に声をかけながら、レニーという奴にはお仕置きでトロンボーンを取り上げて揶揄ったりとマイペースに振る舞うエベレット。しかし、エベレットを呼んだのは手違いだったらしく、とくに何もせずに帰ることに。
けれどもその途中でフェイという16歳の女子が話しかけてきます。二人は友人で、エベレットがラジオの素材にするために体育館に集まる人にインタビューしていくのにフェイも同行。片方は録音機を手に、片方はマイクを手に、質問をぶつけて録音していきます。ただあまり面白い話は聞けず、今日は撤収することに。
フェイは電話交換手の仕事をしており、今日の夜は仕事だそうで、その職場まで夜道をエベレットもついていってあげます。その道中、二人のマニアックで他愛もない話は続きます。
フェイの仕事場に到着。エベレットは別れを告げてそそくさとダッシュで帰ります。フェイは交代して電話交換手の仕事を開始。
「ナンパー、プリーズ」
ところが相手の反応がありません。聞こえなかったのかと何度か繰り返しますがやはり返答はなし。それどころか謎のノイズが聞こえます。騒音というよりは、独特の一定リズムのある音というべきような…。
ウィニーにつなげて質問してみるもイマイチわかりません。すると電話がまた来て応答すると、今度は女性らしき声で「奇妙な巨大な物体が私の土地に覆いかぶさっている」「ぐるぐる回って…」「地下室に入る」と断片的に聞こえます。そして切れました。
不安になったフェイは警察に連絡。しかし今は誰もいないらしく意味なし。しかもウィニーとの通話中に切れてしまいました。今度は妹のマディの子守を頼んだいとこのエセルに連絡しますが、その通話中も切れて中断。相変わらず変な音がします。
ひとりでは対処しきれず、しょうがないのでラジオ放送中のエベレットに連絡。エベレットは番組で情報を募ろうと、信号を送ってくれと言います。そしてその謎の音の信号を放送で流し、「わかった人は電話してくれ」と呼びかけました。
そしてエベレットのもとに電話が鳴ります。相手はビリーという男で、自分の体験を話しだしました。軍隊にいた頃に経験した謎の仕事。そこでその音を聞いたこと。それはどの国の軍の音でもないこと。他の基地にいた知り合いからその音がはるか上空からも記録できたという話を聞いたこと。その記録した音を保存したテープを持った人がカユーガの町にいること。
ビリーはこう告げます。
「今、何かが空にいる」
フェイがテープを市立図書館で発見し、エベレットと聴いてみると確かのあの音です。するとなぜかラジオ局の建物だけが停電。
不安を感じてフェイが電話交換台に戻るとひっきりなしに電話が鳴っていました。そしてみんなが口々にこう言っています。
「空に何かいる」と…。
この町の名前の秘密
『ヴァスト・オブ・ナイト』はすでに説明したとおり、1950年代SFのオマージュに溢れています。
まず冒頭の映画の始まり方です。
「あなたは秘密と忘却の境界に足を踏み入れる。周波数の隙間にある隠された人類の博物館。秘められた影の図書館。これらはミステリーから鍛造され、科学と不思議の狭間にのみ存在する。ここはパラドックス・シアター。今夜のエピソードは“ヴァスト・オブ・ナイト”」
この出だし演出はもろに1959年から放送されたSFテレビドラマシリーズ『トワイライト・ゾーン』そのもの。完全にその流れに組み込まれたファンメイドな一作がこの『ヴァスト・オブ・ナイト』です。『トワイライト・ゾーン』を知らない人のために少し説明すると、毎話ごとに日常で起こる少し不思議なストーリーを描く構成で、日本では『世にも奇妙な物語』がこの派生ですね。
『トワイライト・ゾーン』を生み出した“ロッド・サーリング”は「Cayuga Productions」という会社を設立しており、その会社名がこの『ヴァスト・オブ・ナイト』の舞台の町の名前にもなっています。
ちなみに“ロッド・サーリング”は軍隊に入隊して第二次世界大戦を戦場で過ごした後、ラジオ局で仕事しています。このあたりに本作のエベレットのキャラクター性と重なるものがあります。
本作の年代設定は1950年代ですが、監督の話によれば1958年11月の出来事なのだとか。
『ヴァスト・オブ・ナイト』の物語で起こるのは、簡単に言ってしまうとUFOの襲来(いや襲っているかどうかはわからないですけど)。それはまるで1953年のバイロン・ハスキン監督の『宇宙戦争』の世界のようです。エベレットのラジオ局の名前が「WOTW」なのは、『宇宙戦争』の原題「The War of the Worlds」の頭文字であり、その関連をしっかりアピールしてます。
また、SF作品だけではありません。作中でビリーという軍人だった黒人男性が証言する一連の任務。これは「ウォーカー基地」などのキーワードでおわかりのとおり、有名な「ロズウェル事件」そのまんまです。このロズウェル事件というのは、1947年7月にニューメキシコ州ロズウェル付近で墜落したUFOが米軍によって回収されたとして有名になった真偽不明の事件のこと。
さらにフェイとエベレットが体験するUFO遭遇は、ペンシルベニア州ケックスバークで1965年12月に起きたUFO騒動をベースにしているようです。
こんなふうに当時のSF的な摩訶不思議さがギュッと凝縮された一作なんですね。
没入感を生み出す映像と語り
SFマニア大喜びな『ヴァスト・オブ・ナイト』ですが、それだけだと単にオタク受けしかない作品で終わります。でも本作は演出面でも見事な素晴らしさを持っており、映画として秀逸です。
起こっていることは『宇宙戦争』と同じなのですが、『ヴァスト・オブ・ナイト』はその渦中で全容を把握できない立場にいる一般市民の当事者目線を貫いています。そのため「これは一体何が起きているんだ…」という漠然とした不安と好奇心をくすぐる、強烈な没入体験を提供してくれます。
例えば、その没入感を引き立てるのがカメラワーク。別に全編ワンカット風ではないですが、極力カットを切らない映像構成で、観客の視線を釘付け。とくにビリーの話が出てから、フェイが市立図書館に走りだすあたりの「ついに始まった!」感が異様にワクワクしてきます。
上手いなと思うのが作中でしきりに「空に何かいる」というフレーズが連発するわりには、ラストまでハッキリと空を見回すように映さないんですね。でもちょっと街灯の光りがUFOに見間違えそうな絶妙に捻ったアングルがあったりする…。だから観客にしてみれば、いろいろ想像をかきたてられてしまうわけで…。そして満を持してのラストのUFO登場。ここまで来ると感動です。
『ヴァスト・オブ・ナイト』の映像以外の特徴は「語り」で進行するということ。フェイとエベレットが序盤で未来に生まれる発明の話をとりとめのなくするくだりがあります。そこで語れる、自動運転カー、手のひらサイズの電話機などは全部実用化されるものであり、二人にとっての未来を生きる私たち観客にしてみれば二人の未来予測への批評がユーモラスで笑ってしまいます。二人は「そんなのありえないよね?でもありえたら興奮するね!」と無邪気に話しているだけですが。
ここでは私たち観客が「聴く側」で、二人が(無自覚だけど)「語る側」です。
しかし、この後、ビリーの体験談、そしてメイベル・ブランチの体験談では、フェイとエベレット&私たち観客も「聴く側」になります。そこで「そんなのありえるの?」と疑問の中で困惑することになります。
UFOなんて2020年を生きる私たちにも未知の世界。判断のしようがありません。でももしかしたら2100年の人がこの映画を観たらユーモラスに見えるのかもしれない。「この映画の人たちUFO信じてないよ」と笑われるのかも。そこに漠然とした言い方ですけど、計り知れないワンダーがあるような、そんな気がします。
この「伝承」がSFを生み出す…というのも興味深いですよね。それは録音されて語り継がれる。作品になる。この連鎖こそがまさに私たちを魅了するものであって…。
ラストでバスケの試合が終了してぞろぞろと帰途につく市民たちが映ります。まだ何も知らない人たち。でも知らない間にとんでもないことが起こったわけで、おそらくこれからあの大衆は「聴く側」、そして「語る側」になるでしょう。こうやってSFは拡散していきます。
これから何があの町で起こるのか、妄想しちゃいますね。『地球の静止する日』みたいにコンタクトをすることになるのか、それとも『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』みたいに丸ごとコミュニティが乗っ取られるのか。
また、私としてはフェイというキャラクターの描写が良かったです。男性主人公のロマンス相手役というベタなヒロインポジションではなく、ちゃんとSFオタクとして対等に描かれているのがいいですね。
『ヴァスト・オブ・ナイト』は現代に受け継がれるSFの古き趣が脈々と息づく、最高の一作でした。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 92% Audience 62%
IMDb
6.7 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Amazon Studios ヴァストオブナイト バスト・オブ・ナイト
以上、『ヴァスト・オブ・ナイト』の感想でした。
The Vast of Night (2019) [Japanese Review] 『ヴァスト・オブ・ナイト』考察・評価レビュー