一見すると単純なジャンルだけど…映画『NOPE ノープ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本公開日:2022年8月26日
監督:ジョーダン・ピール
動物虐待描写(ペット) 人種差別描写
NOPE ノープ
のおぷ
『NOPE ノープ』あらすじ
『NOPE ノープ』感想(ネタバレなし)
まだまだ進化する、ジョーダン・ピール
2022年、私が一番楽しみにしていた映画のひとつが公開されました。
それが本作『NOPE ノープ』です。
何かと黒人が主役の映画を頻繁にビデオスルーにするなど冷遇してくる日本映画界ですが、さすがに“ジョーダン・ピール”監督作は無視できないのか。アメリカ本国での公開(7月)から1カ月後とそんなに期間を開けずに日本でも劇場公開してくれたのは幸いです。
“ジョーダン・ピール”監督については今やハリウッドの話題のクリエイターなので今さら紹介するものでもないのですが、私なりの評価で言えば、“スティーヴン・スピルバーグ”監督や“ジョージ・ルーカス”監督が1970年代以降、彗星のごとく現れてハリウッドのジャンル映画の方向性を大きく変え、新しい時代を生み出したのと同じように、この“ジョーダン・ピール”監督は2010年代以降のハリウッドの新時代を先導するパイオニアのひとりだと思っています。
“ジョーダン・ピール”監督はホラー映画の監督という印象を一般には持たれていると思いますが、確かにそのとおりですし、とくに黒人差別の歴史を踏まえた社会構造そのものをストーリーテリングに組み込んでしまうというナラティブな才能は唯一無二で突出しています。だから“ジョーダン・ピール”監督は単なる「怖い映画」ではないんですよ。この構造的差別を体感的に…もしくはロジカルに理解していないと、どこか核心部は伝わらないし、それがまた皮肉にもなっている。コメディアンだった“ジョーダン・ピール”監督ならではの意地悪さでもあります。
同時に“ジョーダン・ピール”監督はものすっごくシネフィルな作り方をしていて、ハリウッドのジャンル映画の王道を踏まえながら、それを自己流に練り直すという極めて純真な映画愛で創作するフィルムメーカーでもあって…。視覚効果にもマニアックなツボがわかっているなというこだわりを感じますし、ざっくり言ってしまえば映画オタク的な要素が溢れています。
一世を風靡した長編映画監督デビュー作の『ゲット・アウト』(2017年)や監督2作目の『アス』(2019年)をあらためて鑑賞し直し、私自身、「“ジョーダン・ピール”監督のクリエイティビティ、私はかなり好きだな」と気持ちを深めました。
その“ジョーダン・ピール”監督の最新作となったこの『NOPE ノープ』。なんだろう、私が好きなジャンルに寄せてきてくれたんじゃないかと、気持ち悪い勘違い人間思考になってしまうくらいに、私の趣味にドンピシャな映画でした。『NOPE ノープ』、私の2022年映画ベストかな…。
予告動画とかを散々見た人は今作がこれまでの監督作である2つの映画と毛色が違うのでは感じていると思いますし、“襲ってくるそれの正体”もなんとなく察せていると思うのです(予告動画でも映っているしね)。でも「今回はホラーじゃないのか~」っていう感想は早計かなとも思います。
確かに一見すると単純なあのジャンル。でもそこには多層的な“ジョーダン・ピール”監督らしいテーマが幾重にも組み込まれていますし、そこを読み解いていくのが何より楽しいんじゃないかなと。ネタバレにならない程度で言うと、『NOPE ノープ』は映画業界における搾取の歴史への批判、そして同時に映画界へのラブレターにもなっており、“ジョーダン・ピール”監督のフィルモグラフィーの中でも最もオタク濃度の高い作品になっています。
あと詳細は伏せるけど、生命への敬意…みたいなのがしっかりあって…。ここは動物好きの私も大満足でした。
もちろん視覚効果も今回はスケールアップしており、『ダンケルク』『アド・アストラ』『TENET テネット』などを手がけた撮影の“ホイテ・ヴァン・ホイテマ”も安定の才能を発揮。『NOPE ノープ』も本当に大画面が映える作品になっています。映像に圧倒されますよ。
俳優陣は、『ゲット・アウト』から『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』に至るまで素晴らしい演技を見せている“ダニエル・カルーヤ”、『ハスラーズ』の“キキ・パーマー”、『ミナリ』の“スティーヴン・ユァン”、ドラマ『The OA』の“ブランドン・ペレア”、『エイリアン4』の“マイケル・ウィンコット”、『21ブリッジ』の“キース・デイヴィッド”など。
『NOPE ノープ』は万人ウケはしないでしょうけど、好きな人はグサっとハマる一作です。
『NOPE ノープ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :マニアほど楽しい |
友人 | :監督ファン同士で |
恋人 | :映像を一緒に体感して |
キッズ | :このジャンルが好きな子に |
『NOPE ノープ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):それは空からやってくる
砂埃舞う寂れた荒れ地に佇むヘイウッド・ハリウッド牧場では、主にハリウッドの撮影に貸し出すために何頭もの馬を飼育しており、オーティス・ヘイウッドはこの牧場を代々引き継いできました。その息子のOJもここで父と馬の世話をしています。
ある日、いつもどおり馬の世話を野外でしていると、OJのガラケーは繋がらなくなります。そして、空に何か気配のようなものを感じたと思った瞬間、突然、何かが無数に降ってくるような音があちこちで響きます。ふと父の方を見ると、馬に乗っていた父はぐったりと落馬してしまいました。
急いで車で運ぶOJ。朦朧と呟く父。病院に到着するも、死亡が確認されました。死因は父の頭に直撃したコインであり、レントゲンでもそれが確認できます。牧場に帰ると、馬の体にも生々しく何か小さいものが刺さっており、なぜそんなものが大量に降ってきたのかさっぱりわかりませんでした。
6か月後、OJは撮影所でCM撮影のために牧場の馬を連れていました。グリーンバックに馬を立たせ、OJは亡き父の後を継ごうと必死でしたが、あの突然の死が忘れられません。
そこへ妹のエメラルド(エム)が駆け込んできます。エムは話が上手く、エムの方がビジネスに長けていました。
現場に慣れず、おどおどしているOJ。そうこうしているとスタッフが馬に鏡を見せてしまい、驚いた馬は後ろの製作者のひとりを勢いよく蹴り上げてしまい…。一族のキャリアは台無しです。
馬を連れて帰ったOJとエム。さすがにもうこの馬は撮影に使えないので、牧場近くで「ジュピターズ・クレーム」という小さなテーマパークを経営しているリッキー・ジュープ・パークのもとに向かいます。馬を買ってくれないかと交渉するためだったのですが、エムは壁にあったポスターに目をとめて、話が中断。
それはかつてジュープが子役だったときに出演していた「ゴーディーズ・ホーム」という番組のもので、そこで出演していたチンパンジーがある収録時に出演者を襲うという事件が発生しました。子どもだったジュープはたまたま助かりましたが、その記憶は強烈に心に残っていました。
牧場に帰ってくるOJとエム。その夜、外で馬と空を見上げと、不気味な厚い雲が遠くに見えました。OJは不吉な感覚を感じ、それが未知の飛行物体なのではないかと確信を強めます。エムにそれを話し、父を殺した何かがいるのではと推測を口にします。
だったらカメラにおさめてやろうと2人は買い物に行き、店員のエンジェルに監視カメラを設置してもらいます。パソコンで遠隔操作できるもので、家の屋上と柵など数か所に配置。ジュープから白い馬のデコイを借り、準備万端。
夜、“それ”はついに出現しました。馬のデコイが浮き上がって空に登っていき、分厚い雲に取り込まれていく。その信じられない光景にOJは固まりつつ、なんとか室内に避難。雲はスっと移動してしまいました。
翌日、エンジェルを呼び、事態の深刻さに悩んでいると、ジュープはそれを自身のパークの見世物にしようと、おびき寄せることにします。
しかし、それは惨劇を招いてしまい…。
その恐怖はどの映画でも一貫している
ネタバレしますよ。『NOPE ノープ』はUFO…つまり未確認飛行物体を描くキャトルミューティレーションな映画でした。ただし、それは宇宙人の宇宙船ではなく、未知の生命体であり、UMAとの遭遇を実際は描いているんですけど。なんにせよ、“ジョーダン・ピール”監督版の『未知との遭遇』です。
このオチをもってして「今作はホラーじゃないのか」とガッカリする人もいるかもしれません。ちなみに本作のタイトルの意味は「いいや」と否定する単語であり、これは「この映画は怖かった?」に対する返答として「いいや(Nope)」という定番のセリフがあり、それを皮肉ったものだとか。
とにかくこの『NOPE ノープ』ですが、正体がそういうものだったにせよ、実際のところ“ジョーダン・ピール”監督は『ゲット・アウト』『アス』でも、そして今作『NOPE ノープ』でも、一貫して襲ってくるものは同じです。形態が違うだけ。
それは何かと言えば「抗いようのないシステムによって蹂躙される恐怖」と言うべきでしょうか。
『ゲット・アウト』『アス』では白人特権や社会の偽善性を浮き彫りにさせていましたが、今回は映画を含むエンタメ業界における搾取を突きつけています。
そのひとつが人種差別であり、それは序盤にエムの口から語られる“エドワード・マイブリッジ”の「動く馬」に始まります。これはクロノフォトグラフィーの出発点であり、後に映画が誕生する技術の原点でもあります。
この「動く馬」を撮影した“エドワード・マイブリッジ”は有名になりましたが、その馬に乗っていた黒人は無名でした。作中ではそのブラック・ジョッキーの子孫がOJたちということになってます。
そして現在、OJは撮影所の失態で職を失いかける。いつの時代も華やかなハリウッドでも、常にそこにはマイナーな労働者がいて、使い捨てのように扱われている。業界の格差はずっと変わらずですね。
搾取される動物たち
『NOPE ノープ』の人種差別以外のもうひとつの業界搾取の犠牲者が「動物」です。
そのエピソードとして強烈に登場するのが「ゴーディーズ・ホーム」に出演していたチンパンジーの話。
本来、チンパンジーは人間では到底敵わないほどの腕力が強く、基本的に対等な関係を構築するのは難しいです。チンパンジーにその気はなくてもチンパンジー側がちょっと力が入っただけで、人間は大怪我を負ってしまいます。
にもかかわらず人間はチンパンジーを見世物ショーとして擬人化しながら扱ってきた歴史があり、これは専門家からも厳しい批判を受け、今ではほぼ禁止されています。アメリカでもかつてはチンパンジー出演の番組があり、サタデー・ナイト・ライブの「I Married a Monkey」とかが有名ですね。日本でもチンパンジーをお茶の間のマスコットとして起用する動物番組があったので既視感はあるでしょう。
チンパンジー自体が危険動物だと言っているわけではなく、そのチンパンジーをエンターテインメントとして一方的に消費することが罪であり…。本作への動物、もとい生命への慈しみ深い眼差しはあの謎の空の存在の描き方にも重なってきます。
そんな業界の罪を目の当たりにしてしまった“スティーヴン・ユァン”演じるジュープ。子どものときに机に隠れてその凄惨な現場をやり過ごしたとき、チンパンジーがこちらに気づいて腕を伸ばす。それが『E.T.』みたいになる構図と、でも即座に射殺されるという現実。ここは非常に黒人への暴力と重なるインパクトがあり、キツいシーンです。
その過去を背負うジュープが今度は興行側となって過ちを繰り返してしまうあのパークでのUFO召喚による大惨劇。馬だけが襲われるのであって自分たち(人間)は襲われないだろうという過信、未知との交流という魅惑的なシチュエーションへの期待…そうしたものが懲りずに重なって悲劇を繰り返す。痛烈な展開でしたね。
なお、チンパンジーが登場する別の意図として、おそらく“W・W・ジェイコブズ”の怪奇小説「猿の手」が意識されているんじゃないかなとも思います。実は“ジョーダン・ピール”監督の設立したプロダクションの名も「Monkeypaw Productions」なんですよね。「猿の手」の逸話は有名ですが、「願いを叶えてくれるものの大きな代償をともなう」という話。まさにジュープのあの展開と同じです。業界のアジア系差別によってたいしてキャリアアップもできずに辺鄙な地でアメリカンドリームへの渇望をくすぶらせる男が「猿の手」を掴んでしまった夢の顛末…。
“ジョーダン・ピール”はこの自身のプロダクションでドラマ『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』を手がけており、あちらも黒人とアジア人が交差する物語でしたね。
考証が素晴らしく活きている
「わ~い。エンタメって楽しいな~」と無邪気に消費している私たちに、でもそこには踏みにじられている者がいるという現実を思い出させる『NOPE ノープ』。
それでも後半はその映画業界への愛を真っ直ぐに打ち出してきます。やはり“ジョーダン・ピール”監督は映画業界には問題もあるけど、でも魅力もあるという相反する感情を抱えていて、それがしっかり本作にも反映されていました。
終盤は、カメラマンのアントラーズ・ホルストに相談して「IMAXフィルムカメラで撮るぞ!」というなかなかにアツい展開へと直進(この映画をIMAXで観た方がいいメタな理由)。いかにIMAXフィルムカメラがデカく取り扱いが大変かよくわかる映画ですよね…。
私が『NOPE ノープ』の良いところだなと思うのは、こういう明らかに人を襲っているUFOモノでありながら「こいつをぶっ倒してしまおうぜ!」みたいな『インディペンデンス・デイ』思考に突っ走らないという点です。それをやっちゃうとやっぱり先ほど挙げた業界の搾取・暴力を本作自体が再度肯定してしまうことになりかねないですからね。
本作はこの未知の生命体に対して「撮影しよう」というアプローチをとる。そこが生命体への敬意も感じられて、私としてはグっときます。そこには当然、ブラック・ライブズ・マターにおける黒人への暴力に対する「撮影」による抵抗運動も重ねているでしょうけど。
あの生命体「ジーン・ジャケット」も素晴らしいデザインでした。最初のいかにも円盤型の形態でもデザインが秀逸で、白いボディに黒い穴がぽっかり開いていて猛然と迫ってくる。ちょっとその神々しい異質さは『DUNE デューン 砂の惑星』の砂虫(サンドワーム)を思い出します。
それがクライマックスでは一気に大変身。天使みたいな変貌をとげますが、あれはあれで実は動物っぽくもあって、「Nerdist」によればちゃんと生物学者の考証に基づき、イカやクラゲ、はたまたオタマボヤなどの海洋生物をモチーフにしており、作中のラストの後にOJとエムとエンジャルと動物学者であの飛行生物について論文発表して「Occulonimbus edoequus」という学名までつけたという後日譚まで考えているんだとか。生命体として設定がちゃんとあるあたりは『モンスターズ/地球外生命体』と同系統なスタンスを感じる…。
他にも航空力学の専門家なども交えて考証を徹底してデザインされており、あの生命体の真の姿を鑑賞できただけで私なんかは「200点だな(100点満点中)」と高スコアを叩き出していましたよ。
あれが生命体となれば、動物好きとしては妄想が膨らみますよね。どんな生態をしているんだろうとか、考えているだけで楽しい。
ラストはパークのバルーンを飲み込ませて生命体を破裂するというのも、風船に怯えて攻撃的になってしまったチンパンジーの件と合わせて対になる、良い決着でした。そしてエムも井戸撮影装置で世紀の一瞬をとらえるというね。あの興奮は映画撮影の醍醐味そのもの。閉幕直前には忘れられていたブラック・ジョッキーがスクリーンに立つという綺麗なオチ。なんかもう完璧ですよ。
『NOPE ノープ』自体が「これぞ映画を撮るということの面白さ」を体現している。ドキュメンタリー『ライト&マジック』で“ジョージ・ルーカス”が「映画とは視覚効果だ、いつの時代もそうだった」と語っていましたが、それを一番に理解して実行している今の第一人者はやはり“ジョーダン・ピール”監督ですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 83% Audience 68%
IMDb
7.3 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2021 UNIVERSAL STUDIOS
以上、『NOPE ノープ』の感想でした。
Nope (2022) [Japanese Review] 『NOPE ノープ』考察・評価レビュー