そんな社会のせいで…Netflix映画『アイズ・オン・ユー』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本では劇場未公開:2024年にNetflixで配信
監督:アナ・ケンドリック
性暴力描写
あいずおんゆー
『アイズ・オン・ユー』物語 簡単紹介
『アイズ・オン・ユー』感想(ネタバレなし)
アナ・ケンドリック監督デビュー作
「この脚本にとても愛着を感じるようになりました。そして他の誰かが監督をやるなんて考えただけで本当に気分が悪くなりました」(Deadline)
それくらいに題材と脚本に夢中になり、「やっちゃうか!」と監督デビューまで果たすことにした人物。
その人とは、”アナ・ケンドリック”です。
”アナ・ケンドリック”は最初はブロードウェイ・ミュージカルで演技力を発揮し、若くして高い評価を獲得。その後、2003年の『キャンプ』で映画俳優としてもデビューします。2009年の『マイレージ、マイライフ』でアカデミー賞の助演女優賞にノミネートされるなど、賞レースの世界でも俳優の才能を発揮しつつ、『ピッチ・パーフェクト』シリーズや『ノエル』などコメディ寄りのエンタメも器用にこなし、抜群の幅のある技を披露し続けてきました。
その”アナ・ケンドリック”が映画俳優デビューから約21年後に監督デビュー。まだ30代ですから、これは期待の新人監督です。やっぱり映画業界にいたのでもう熟知しているのかなと思いましたが、本人いわく不安だらけだったようで、若い女性俳優が監督業に挑むハードルの高さを感じますね。”アナ・ケンドリック”は今回の監督挑戦にあたって、自分が最も信頼している監督である“ポール・フェイグ”に相談したそうです(『シンプル・フェイバー』で一緒に仕事をした関係)。
で、肝心の”アナ・ケンドリック”監督の第1作、それが本作『アイズ・オン・ユー』です。
原題は「Woman of the Hour」。邦題よりもこっちの原題のほうが作品に合っていると思うのだけどな…。
それでどういう映画なのかというと、実在の連続殺人鬼の起こした事件を主題にしています。この殺人者の名前は「ロドニー・アルカラ」といって、1970年代に若い女性(未成年含む)を狙って性暴力&殺人を犯したとされて逮捕、実刑判決を受けています。捜査では少なくとも8件の殺人事件に関与したとされていますが、実際は130人以上の被害者がいるのではないかという指摘もある、恐ろしいシリアルキラーです。
最近はこういう殺人鬼など異常性のある加害者を主人公にした作品が流行りのように量産されていますが、『アイズ・オン・ユー』は少し毛色が違います。本作は殺人鬼自体よりも被害者の女性たちに視点を持たせており、もっと言えばフェミサイド(女性を狙った殺人)というものを軽視する社会構造自体を浮き彫りにさせてくれます。とてもフェミニズムな視座のある映画です。
本作の脚本は“イアン・マクドナルド”が以前から書き上げていたものですが、”アナ・ケンドリック”も細かく脚本を修正しているそうで、やはりフェミニストを自称して活動する”アナ・ケンドリック”の姿勢が強く表れている一作と言えると思います。
”アナ・ケンドリック”が監督だけでなく主演もしており、自らの体験も盛り込みながら、この歪んだ社会を映画で切り込んでいきます。
共演は、『イット・フォローズ』の“ダニエル・ゾヴァット”が連続殺人鬼を不気味に演じ、ドラマ『Veep/ヴィープ』の“トニー・ヘイル”、ドラマ『シカゴ・メッド』の“ニコレット・ロビンソン”などが揃っています。
『アイズ・オン・ユー』は「Netflix」で独占配信中。”アナ・ケンドリック”のファンの人も、フェミサイド問題に関心ある人も、要注目の映画です。
なお、女性への生々しい残酷な暴力描写があるので留意してください。
『アイズ・オン・ユー』を観る前のQ&A
A:Netflixでオリジナル映画として2024年10月18日から配信中です。
オススメ度のチェック
ひとり | :主題に関心あれば |
友人 | :俳優ファン同士でも |
恋人 | :信頼できる相手と |
キッズ | :激しい暴力描写あり |
『アイズ・オン・ユー』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
1977年、ワイオミング州の雄大な平原。ひとりの女性がある長髪の男に写真を撮られていました。まだ出会ったばかりのようで、男はシャッターを切りながら「君のことを聞かせて」と促します。
その女性は別れたばかりのボーイフレンドと嫌なことがあったばかりのようで、思い出したのか涙をみせます。男は優しく言葉をかけ、「君は綺麗だよ」と落ち着かせるのでした。女性は気を取り直してまた過去を語ります。出産前に関係が途絶えて放置されてしまったこと、この苦しさを誰にも話せなかったこと…。
すると男はゆっくり近づき、その女性の首におもむろに手をかけます。意味がわからず一瞬茫然とする女性。しかし、危険を察した女性は走って逃げようとしますが、男はすぐに押し倒し、首を絞めていき…。そして動かなくなった女性に人工呼吸をした後、息を吹き返した女性を再度襲い…。
1年後の1978年。ところかわって、シェリル・ブラッドショーは演技を学んでいてそれを仕事にしようとしていました。今はやる気のなさそうな2人の男の前に立ち、オーディションの面談の最中です。
「ヌードはOKだよね」「いいえ、脱ぎません」
そう断りますが「だけどいい体してるよ」と男は呑気に発言します。
そんなうんざりすることが今日もあって、家に帰るとエージェントのヘレンから電話が来ます。シェリルは全く成果がでないことに焦っていました。家賃の支払いさえも厳しいです。
すると突然、テレビ番組『ザ・デートゲーム』の出演の仕事の話題をヘレンからされます。勝手に応募していたらしく、採用になったそうです。どういう番組かと実際に見てみると、独身女性が独身男性にくだらない質問をして答えてもらい、それで相性のマッチングするだけの恋愛デートの内容でした。シェリルは演技力も何も関係ない、ただ独身女性だという理由だけの選考だったと知ってガッカリします。
しかし、こんな番組でも知名度をあげるきっかけになるかもしれない…。向こうは明らかにこちらに気があるけれども友人ということにしているテリーにも出演をオススメされて、とりあえず出演してみることにします。
スタジオに到着すると控室でメイクをされます。いきなり司会のエドが入ってきて、「賢くなるな、ただ笑っていればいい」とアドバイスしてきます。そのうえ、「体をいかす服にしろ」とアシスタントの女性に指示します。言われるがままに着替え、シェリルはもう出演直前となりました。
番組の生放送が開始。ステージに立ち、大勢の観客の前で愛想笑いをしながら、女性らしく座ります。
そして仕切りの後ろに隠れていた3人の独身男性がひとりずつライトアップされてカメラの前に現れます。その3番目の長髪の男、まだ明かされていませんが彼の名はロドニーでした。
客席にいたローラという女性だけはそのロドニーの正体に気づきます。以前、親友のアリソンと一緒にいた男で、その後にアリソンが殺害された…。あの犯人の男なのではないか、と…。
そんなゲーム、したくないのに…
ここから『アイズ・オン・ユー』のネタバレありの感想本文です。
『アイズ・オン・ユー』は冒頭から残忍な殺人の現場が描かれて気が滅入りますが、それはひとまずさておき、シェリルというキャラクターを中心に「女性が日常的に受ける女性蔑視」というものを淡々と描いていくのが印象に残ります。
例えば、最初の粗末な部屋でのオーディションのシーン。このヌードについて聞かれて男女で全く噛み合わない会話がなされる不条理なやりとりですが、これは“アナ・ケンドリック”が実際に19歳のときに体験した会話そのままだそうです(Vogue)。まあ、たぶんこういう業界を目指す大半の若い女性が経験するのだろうなと思うのですが…。
そこからテリーという友人との関係も嫌な味わいです。シェリルはテリーと友人関係のままでいたいのに、あからさまにテリーはシェリルと恋愛関係になろうとしており、ずるずるとテリーの思うように流されてしまう…。
本作はシェリルの視点を通して、世間の女性は日頃から「男性に認められなくてはいけない」というゲームに強制参加させられているのだという不本意な体験をリアルに映像化しています。そこには常に緊張感があり、「コイツはどこまで信用できるのか」「ここは話を合わせるべきなのか」みたいな駆け引きが生じ、多くで女性側が悩むハメになってしまいます。『バーバリアン』などでも素材に描かれるジェンダー構造の差異による心理的恐怖体験ですね。
それがまさに本当にゲーム化してエンタメ・ショーになるのがあの『ザ・デートゲーム』というテレビ番組でのステージ上です。
別にこれだけではないのですが、合コンであろうが、個人のデートのお出かけであろうが、男女のデートというシチュエーションは一見すると「女が男を見定め、男も女を見定める」という、相互の対等な評価のし合いが存在するかのように錯覚させます。でも実際は女が男に合わせるばかりで、不均衡になることも少なくありません。
本作の『ザ・デートゲーム』も男が取り仕切っており、唯一の女の主演者であるシェリルは台本にある質問をするだけ。男の出演者たちは自由に喋っているくせに…(「え?これも演出なの?」とか言ってるのがすごいバカである)。
しかし、シェリルはここで反逆します(メイク担当の女性だけが味方してくれて「自分らしくあればいい」と背中を押してくれるのもいいですね)。男のレベルに合わせて会話するのを止め、自らどんどん話題を振って男たちを品定めすることにします。本来であればこうあるほうがいいですし、実際、番組上のエンタメとしても面白いです。
オロオロする出演者の男たちが(憤慨する司会者の男も含めて)なんとも愉快ですが、リベンジをすることができました。ここだけ切り抜けば痛快なコメディです。
殺人鬼を看過する社会はおかしい
けれども『アイズ・オン・ユー』はここでさらなる上手を用意してきます。冒頭から登場していた連続殺人鬼のロドニーです。
ロドニーはテレビ番組でもシェリルの質問に知的に回答し、ちゃんとロマンチックにもアレンジして、気が利いています。だからこそシェリルもロドニーを最後は勝者に選びます(あの3人の中からしか選べないのだけども)。
このロドニー、作中では何人も女性に近づいて凶行に及ぶシーンが分散して描かれますが、いずれも女性に対して親切に接し、知的な会話ができることを証明しています。1971年のニューヨークでチャーリーに接近する場面では、アート映画の話題をしながらいかにも「芸術に詳しいんです」みたいな雰囲気をだします(でもそこで名をだされるのが、後に少女に性的加害行為をしたとしてスキャンダルとなるロマン・ポランスキーなのですが)。
ただし、よくみるといずれも女性を自分のコントロール下に置くための話術であり、女性が少しでも自分の意に反することをすれば、途端に感情を剥き出しにします。優しいふりです。餌でした。
番組放送後のシェリルとの2人だけの会話シーンは凄まじい緊張感ですが、シェリルの細部に気づく冷静さもあって、ギリギリで魔の手から逃げることができました。
本作が誠実だなと思うのでは、被害者側の女性たちを責めるトーンは一切なく、ましてや連続殺人鬼の男性を神格化することもなく、社会構造の問題性にまで映画の批評をカバーしていることです。
世の中には連続殺人犯ではないものの最低な奴らがたくさんいます。そして殺人鬼の加害者だけが異常なのではなく、その殺人を実行もしくは看過してしまう社会全体が共犯者であり、異様でおかしいのだという…。
番組中にロドニーの正体に気づくローラの意見をちゃんと聞き、まともに対応していれば、犯罪を未然に防げたかもしれないのに、それをしなかった男中心社会の責任。または、もっとしっかりと平等に接することができる男たちがありふれていれば、あんなロドニーのような多少の手の込んだ見せかけに騙されてしまう女性たちも減らせたはず。
『アイズ・オン・ユー』はラストがとても良いと思ったのですが、最後はロドニーに襲われたエイミーが間一髪で目覚め、横で感傷的になっているロドニーに対して「会話」するシーンが描かれます。あれは極限下でのデートです。あんな状況でさえも男に合わせて切り抜けるしかできない。喉元まででかかっている悲鳴を我慢する恐ろしさがどれほどのものなのか、体感した人にしかわからない…。
”アナ・ケンドリック”監督の見事な腕前が輝く映画でした。これからもどんどん監督作を増やし、大物監督になってほしいですね。それはきっと多くの女性たちが我慢せずに伸び伸びと働ける業界を築く一歩にもなるはずですから。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
作品ポスター・画像 (C)Netflix アイズオンユー ウーマン・オブ・ジ・アワー
以上、『アイズ・オン・ユー』の感想でした。
Woman of the Hour (2024) [Japanese Review] 『アイズ・オン・ユー』考察・評価レビュー
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