一緒に対等に滑ろう、できる限りで…アニメシリーズ『メダリスト』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2025年)
シーズン1:2025年に各サービスで放送・配信
監督:山本靖貴
めだりすと
『メダリスト』物語 簡単紹介
『メダリスト』感想(ネタバレなし)
フィクションも現実を軽視はしない
女性アスリート、とくにフュギュアスケートの選手は「体重」を非常に気にするそうです。元フィギュアスケート選手の“木原万莉子”さんは「読売新聞」の取材で「常に“太ってはいけない”と言われた。食欲が満たされないストレスは大きく、選手同士で体重や食べたいものの話ばかりしていた」と語っていました。
体重が減るということは体脂肪率が下がるわけで、それが極端だとホルモンの分泌が減り、月経が止まったり(無月経)、骨が脆くなって骨粗しょう症になりやすくなります。なんでも女性アスリートの疲労骨折の4割は16歳~17歳で、無月経だと疲労骨折になるリスクは約4倍も上昇するとのこと。
世間の大衆やメディアは女性アスリートを「美しい」と容姿を含めて賞賛したがりますが、もっとその当事者が裏で抱えている健康にまで目を向けないといけません。若い子どもたちが健康を犠牲にすることなく望んだスポーツを楽しめる社会を作るのは大人の責任です。
今回紹介するアニメシリーズは、そんなフュギュアスケートの世界を目指す女の子を、大人たちが健康まで気遣いながらサポートしていく、まさに理想的なあるべき姿を映し出してくれています。
それが本作『メダリスト』です。
本作は、『月刊アフタヌーン』にて2020年から連載している“つるまいかだ”による漫画が原作で、フュギュアスケートで世界で活躍してメダルを獲りたいと夢を志す小学生の少女を主人公にしています。そんな少女と、その少女のコーチをすることになった20代の男性のペアを軸に物語は進んでいく、王道のスポーツ作品です。
フュギュアスケートは明確に順位が決まる厳しいスポーツ。当然ながら多くの同年代のライバルが現れ、切磋琢磨していくことになるのですが、本作は小学生という子どもを扱っていることに自覚的であり、フィクションとは言え、しっかり現実の問題に根差した健康面などのトピックも軽視しません。
そういう責任をもって題材を描いているところが、この作品の安心して観られる誠実さになっていると思います。
もちろん子どもをセクシュアライゼーションする演出は一切ありません。
アニメーション制作は「ENGI」が手がけており、フィギュアスケートのシーンは昨今では珍しくなくなったCGモデルのモーションキャプチャーで描いているようです。こういうCGモデルは使い方によってはかなり浮いてしまったり、それ自体が作品性とマッチさせるのに苦労しているものも多いのですが、今作『メダリスト』は非常に使いどころが上手く、これ以上ないほどにベストフィットしていると感じました。
フィギュアスケートらしい俊敏で華麗な動きを特徴づけるような表現になっており、アニメーションのリアルと非リアルのバランスも上手いです。最近はダンスシーンなどでとにかく多用されがちなこの手法ですが、この表現スタイルをもっと輝かせる場があるということを実感できる作品です。
そういう意味ではアニメ化して大正解で、ビジュアルでの楽しさが倍増した作品とも言えます。
『メダリスト』を観てフュギュアスケートに憧れる子どもが新しく現れたりするのかな…。でもこの作品なら刺激を与えるきっかけとしても信頼できますけどね。
あとは現実の女性アスリートを取り巻く環境が良くなってくれることを願うばかりです。
『メダリスト』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | — |
キッズ | 子どもでも安心して観られる。 セクシュアライゼーション:なし |
『メダリスト』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(序盤)
一般市民も楽しむスケートリンクで26歳の明浦路司は滑っていましたが、夕方に近づき、子どもも多くなって、自分の子ども時代を思い出します。
中学生の頃にスケートを始めようと思いましたが、すでに年齢が行き過ぎていると断られるばかり。やっと始めたのは高校の頃でした。それからアイスダンスの全日本選手権に出場するまでに到達できたものの、もっとコーチを幼いときから受けていれば…と考えてしまいます。現在は就職先に悩んでいました。
今日はもう帰ろうと思っていると、貸し靴のカウンターから女の子がひとりででてきます。小学生くらいで妙にこそこそしており、無銭で忍び込んだのだとすぐに察します。
なるべく穏やかに声をかけ「入場券を見せて」と近づくと、その子は驚いて素早い身のこなしで街中を逃げていきました。追いかけると高いところから落ちそうになっており、思わず助けます。
話を聞いてみると、受付の人の飼っている小鳥の餌のミミズを捕まえる代わりにタダでスケートしていいという許可を得ているそうです。
その小学5年生の結束いのりはフィギュアスケートをやりたいそうで、しかし母親は怪我の心配を理由に禁止していると事情を語ります。鞄に入っていた教本には自分で書き込んだのかたくさんのメモがあり、熱意が感じられます。
明浦路司は「お母さんにちゃんと話してみなさい」とスケートクラブの連絡先の一覧を渡します。「先生はどこのクラブのコーチなんですか?」と聞かれますが、アイスショーの就職先が決まらずフリーターをしているだけとは言い出せません。時間がなくなり、明浦路司は立ち去ります。
その後、結束いのりは自分の気持ちを他人を伝えるのは苦手で、母には言い出せていませんでした。
そんなことも知らず、明浦路司はかつてのアイスダンスのパートナーである高峰瞳から、その彼女が主催するスケートクラブ「ルクス東山FSC」のアシスタントコーチを打診されていました。子どもに教えたことはないので自信は全くありません。
そこで先日スケート場に無銭入場していた結束いのりと再会。母親と一緒です。どうやらその母親は上の子もフュギュアスケートをしていたものの怪我をさせて辛い思いをさせたので諦めさせたいようです。5歳からやっている子に追いつけるわけもないと口にしています。
「とりあえず1回滑らせてみましょう」と明浦路司は提案します。
結束いのりが滑ってみると、その才能は一目瞭然。氷の上だと別人のように輝いていました。基礎も身についています。体幹もいいです。初心者にありがちの恐怖はもう克服しているようでした。
明浦路司はさらにテクニックを教えます。結束いのりは自信はないようですが短時間でどんどん飲み込んでいきます。それでも母は「スケート以外の夢を知らないだけ」と訴えます。
しかし、結束いのりは「私はスケートを絶対にやりたかったの」と泣きじゃくりながら言葉を絞り出します。明浦路司はそのリンクに賭ける意思に揺さぶられ、「俺がこの子のコーチになります!」と勝手に大声で宣言してしまいます。
頭を下げるといのりの母は認めてくれました。
こうして2人のスケートがここから始まることに…。
子どもに対する大人のお手本

ここから『メダリスト』のネタバレありの感想本文です。
スポーツの世界はどうしたって有害な業界としての側面も存在し(『FIFAを暴く』のような汚職、『あるアスリートの告発』のような性暴力など)、それを都合よく無視することはその構造に加担したも同じです。


だからこそ近年はドラマ『テッド・ラッソ 破天荒コーチがゆく』のように、それら負の業界構造をしっかり意識したうえで、どうやって健全化できるかという取り組みを真っすぐに物語としてみせてくれるスポーツ作品が目立ち始めています。
本作『メダリスト』もアニメながらその姿勢が備わっている作品でした。
とくに本作はまだ思春期にも達していないような幼い年齢からスポーツの世界に身を投じ、それを大の大人が指導することになります。その子どもと大人の関係性は明らかな権力差があり、容易に有害に陥りやすいです。
本作はその問題に自覚的で、各コーチとなる大人たちは誠実に子どもに向き合ってくれます。
明浦路司のコーチとしての姿勢も素晴らしいです。「できることが何もなかった。打ち込めるものがなかった」と自己嫌悪に悩む結束いのりに、親子関係を壊すことなく、道のりを示してくれる。結構難しいことをやってのけます。シンスプリントのため練習をしばらく休もうとストップもかけてくれますし…。一時的に面倒をみることになる鴗鳥理凰に対しても、持ち前の褒めの上手さで心をこじ開けてみせます。
他のコーチたちもそれぞれの良さを発揮します。蛇崩遊大は、成長痛で思うようにいかない状態が続いた大和絵馬を焦らせることなく見捨てません。那智鞠緒は、独自性の強い三家田涼佳をそのまま受け入れて輝かせてくれます。
こういうスポーツもので、未成年を指導する大人というのはたいていは定番ですが、ここまできっちり大人のお手本をみせてくれると何よりも安心です。競争の世界なので、絶対にこの登場する子どもたちの中でも敗者が生まれるし、挫折も起きるわけですけども、それでも「この大人が傍にいれば大丈夫だ」と思えますからね。
天才と絶賛される狼嵜光を指導する夜鷹純が一番フィクショナルな大人キャラクターで危うい接し方をしているですけども、その夜鷹純さえ子どもを守ることを優先する姿を一応は描くことで「安全な大人」の枠に入れるように配慮されていますし…。
コーチに求められるのはスケートの上手さではなく、こういうケアの能力です。同時にどんな子どもでも親や学校の先生以外にも安全なメンターやライフコーチングを担う大人がいると良いんだなということが実感できる作品でした。
往々にしてアスリートは自己批判が強すぎるので、こういう寄り添った肯定は本当に欠かせないと思います(グルーミングやガスライティングみたいなのは当然ダメ)。いまだに運動系の世界では「罵声を浴びせて叩き上げれば強くなる」という危険な根性論がまかりとおっている現実もありますが、それは間違いなのだとハッキリ示してくれる本作は心強いです。
合宿の最後にみんなでバーベキューを食べている何気ないシーンですら、前述したようにフィギュアスケートの世界では「痩せろ/食べるな」のプレッシャーが強いという現実を踏まえれば、とても大切な場面ですよね。
青春がすべてじゃない
私はこの『メダリスト』を見て、個性豊かな子どもたちの頑張りももちろん感動しましたが、やはり大人の表象が最も作りこまれていて良いなと思いました。正直、子どもが頑張っている姿はそれだけでどうであろうと共感を集めやすいじゃないですか。それよりも大人を描くことのほうが難しいと思うのです。
今作は先ほども書いたように大人が理想的なお手本になっているだけでなく、その大人側のドラマもしっかり練られていて良かったです。
明浦路司は作中でも描かれるとおり、加護耕一らの支援もあって20歳で初めてコーチがついて、成人してからの努力でスケートの世界で一瞬だけ舞台に立つことができましたが、「もっと早くにコーチに出会っていれば…」と後悔が残る人生でした。
本作はそんな明浦路司にとってのセカンドキャリアの物語です。それは「青春こそがすべてだ」という世の中に規範に対する一種の抵抗でもあり、人生にはいくらでも次のチャンスがあり、最初よりも次のほうが飛べるかもしれないという可能性の前向きな提示です。子どもたちだってそんな明浦路司の姿をみることで「子ども時代にすべての成否が決まるわけじゃないんだ」と思えるじゃないですか。
明浦路司は指導者としてゼロから学び、「誰かのためだと熱血だけど、自分のことだと後ろ向きで悲観的」という己の性格と向き合いながら、彼もまた子どもと同じように成長していきます。
初級しか持っていない明浦路司はそういう実績においては小学生にも劣るし、定職にだってつけていなかったのですが、それを恥とはみなさず、他者からの支援を受け入れて生きる人生をみせてくれます。こういう実人生のリアルさをとくに男性の人物の中でちゃんと描くことって案外となかなかないです。どうしても「男で大人なら最も規範的に標準な人生を送っているべき」という圧力は内外で生じやすいですからね。
日本のアニメ化された作品の中でも群を抜いて「子どもと大人」の関係性が安心かつ魅力的に描かれている『メダリスト』。これからのスタンダードになっていってほしいです。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)※ミミズは雌雄同体です!
関連作品紹介
日本のアニメシリーズの感想記事です。
・『空色ユーティリティ』
・『もういっぽん!』
・『ブルーロック』
作品ポスター・画像 (C)つるまいかだ・講談社/メダリスト製作委員会
以上、『メダリスト』の感想でした。
Medalist (2025) [Japanese Review] 『メダリスト』考察・評価レビュー
#スポーツアニメ #女子小学生 #フィギュアスケート