その美味しさを説明しましょう…映画『異端者の家』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2024年)
日本公開日:2025年4月25日
監督:スコット・ベック、ブライアン・ウッズ
いたんしゃのいえ
『異端者の家』物語 簡単紹介
『異端者の家』感想(ネタバレなし)
苦行に耐えた先には…
世の中にはいろいろな苦行がありますが、「自分にとって興味のない・理解できない話」を延々と聞かされることはおそらく最も苦痛なことのひとつかもしれません。
例えば、このウェブサイトの感想記事に何かしらの方法でアクセスしたとして、ひとめで「あ、これは自分には合わないな」「私の求めているコンテンツじゃないな」と思ったら、すぐに離脱して他のウェブページに移動できます。
でももし一度そのウェブページにアクセスしたら1分間は他のウェブサイトに移動できなくなるという制限をかけられたら、それは最悪ですよね。最近は広告を一定の秒数だけみないと次のページに移動できないという仕掛けになっているウェブサイトもあって、あれはかなり不評です(このサイトにはそういう広告はないですよ)。
とにかくそうやって自分に興味のないものに強制的に向き合わされるのは嫌なものです。語り手側がいくら自信満々に雄弁であろうとも、こっちは知ったことではないですから。
今回紹介する映画はそんな中でも最悪の極みのようなシチュエーションに襲われるホラー映画です。
それが本作『異端者の家』。
原題は「Heretic」で、これは「異端者」という意味です。こんなタイトルなのは、本作の主人公である2人の若い女性が「末日聖徒イエス・キリスト教会」(通称「モルモン教」)の伝道活動をしており、「末日聖徒イエス・キリスト教会」は主流のキリスト教からは異端とみなされているからです(「末日聖徒イエス・キリスト教会」についての詳細はドラマ『アンダー・ザ・ヘブン 信仰の真実』の感想を参考にどうぞ)。
しかし、『異端者の家』は「末日聖徒イエス・キリスト教会」を中心に掘り起こすわけではなく、そんな信徒の2人の若い女性がもっと異様な異端に遭遇してしまうのですが…。
ネタバレはあまりできませんが、ホラーといってもサブジャンルがどこに転がっていくのかわからない緊張感の中で固唾を飲んで注視することになります。「どうなる? どうなるんだ?」とハラハラドキドキできます。
『異端者の家』を監督するのは、“スコット・ベック”と“ブライアン・ウッズ”のコンビ。2015年の『ナイトライト 死霊灯』などの小粒のホラー映画で共同監督をし始めましたが、2018年の大ヒット作『クワイエット・プレイス』の脚本で一気に注目を集めました。
その後は“スコット・ベック”&“ブライアン・ウッズ”は、『ホーンテッド 世界一怖いお化け屋敷』(2019年)、『65 シックスティ・ファイブ』(2023年)で監督を務め、『ブギーマン』(2023年)では脚本を手がけていました。
『異端者の家』で主人公の若い女性2人を演じるのは、『ブギーマン』の“ソフィー・サッチャー”と、ドラマ『Generation』の“クロエ・イースト”。なんでも2人とも「末日聖徒イエス・キリスト教会」の信徒だったそうで(現在は信徒ではない)、本作にも信徒をリアルに描くためにアドバイスしたそうです。
そしてこの2人の前に現れる謎の人物を演じるのが、ベテランの“ヒュー・グラント”。もう今回の映画は“ヒュー・グラント”の独壇場で、演技をたっぷり堪能できる贅沢な作品と言っても過言ではないです。「ヒュー・グラントのここが良い!」というツボを押さえており、“ヒュー・グラント”のファンにはたまらないですよ。
“ヒュー・グラント”の話ならどんな中身でもずっと聞いていられるという人ならこれはご褒美ですね。
『異端者の家』を観る前のQ&A
鑑賞の案内チェック
基本 | 監禁の描写があります。 |
キッズ | 残酷なシーンや怖いシーンが多いので注意です。 |
『異端者の家』感想/考察(ネタバレあり)
あらすじ(前半)
末日聖徒イエス・キリスト教会の若い宣教師であるシスター・バーンズとシスター・パクストンは布教活動で外に出ていました。両者の性格は違えど、この伝道は真面目にやっています。
自転車で町を巡り、道行く人に声をかけ、時間は過ぎていきます。道中で出会った若者にスカートを下ろされる悪戯をされるなど、嫌な目にも遭います。
風がでてきて、雨が降り始める中、2人は森の奥にある1軒の家の戸をノックします。事前に覚えてきた挨拶を小声で唱え、ドアが開くのを待ちます。少し待たされます。
やっと玄関戸から現れたのはこの家に住むリードでした。やけに気さくな男で、こちらをそこまで嫌がっている素振りはありません。これは上手くいくかもしれません。パンフレットを渡し、熱心に布教し始めますが、雨が強まり、リードはさすがにこのままだとあれだと言って中に招き入れてくれます。
最初は安全上の問題で女性がいないと家に入れないと断りますが、妻が家の裏でブルーベリーパイを準備していると言うので、安心して中へお邪魔することにしました。
室内は静かで、落ち着いています。
奥からでてきたリードは、2人をソファに座らせ、話を聞いてくれます。2人は愛想よく信仰の価値を説きますが、親し気なリードはところどころで宗教を否定するような言葉を口にします。それでも2人はめげずに説得を続けます。
リードは宗教にある程度は詳しいようで、まるでこの会話を楽しんでいる感じにもみえます。ついにはリードのほうが喋りだすようになりました。
いきなり一部の明かりが消え、スタンドだけで照らされます。よくあることらしく、話を続けるリードは持論を語り始めます。中にはバーンズやパクストンには追及してほしくないような話題もあり、リードはそれさえもあえて言及してきているようです。
なかなか彼の妻が現れないので「奥さんに会わせてくれますか?」と声をかけると、家の奥に引っ込むリード。
残された2人はあらためて室内を見渡します。普通の家にみえましたが、よく観察するとおかしいです。六角形の小さな窓がひとつ目立ちますが、大きな窓はありません。机の上にあった蝋燭はブルーベリーパイの匂いがするものでした。ブルーベリーパイを作っているというのは本当なのでしょうか。
さらに正面玄関は施錠されていて、全く開きません。なぜかスマホの電波もないです。この家は電波を通さない構造なのか…。閉じ込められてしまったのと同じ状況にあることに2人はようやく気づきます。
混乱していると完全に真っ暗になり、2人は奥へ進んでみると…。
私の考察を聞いてくれ(直立不動で)

ここから『異端者の家』のネタバレありの感想本文です。
『異端者の家』は末日聖徒イエス・キリスト教会の伝道活動の描写がリアルだと当事者界隈からも評判がいいですが、冒頭では酷い嫌がらせを受けるなど、伝道者はときに世間から煙たがられ、小馬鹿にされている日常が伝わってきます。やはり末日聖徒イエス・キリスト教会自体が異端扱いなので、アメリカ社会であっても見下されています。
それは「見下している側」にしてみれば「(こちらには興味のない)わけのわからないことを言っている」からなのでしょう。しつこく表示される広告と同じです。それを象徴するかのように、本作の始まりとともに、主人公のバーンズとパクストンの座っているベンチにデカデカと何とも言えない広告が映し出されています。
それでも頑張るバーンズとパクストンはリードの家に入ってしまいます。すると今度は2人が「わけのわからないことを言っている」状態の人間と対峙しないといけないハメになってしまいます。
一般的に信仰についての語り合いはときに緊張感をともなうものです。相手がどういう信仰かわからないとなおさらです。バーンズとパクストンもそこまで愚かではないのでわきまえることはできています。
しかし、このリードは流暢で自信満々です。ここで若い女性と中高年男性の対峙という構図にしているのは意図的なのかな。どうしたってマンスプレイニングっぽい雰囲気になってきます。マンスプレイニングというのは、男性が女性に上から目線的に知識をひけらかす行為のことです。
本作のリビングでの対話くらいまではこのリードの男性的な振る舞いが、ゾクゾクと嫌な感じで恐怖を刻み込んできます。
しかし、それがひと段落すると、これはひたすらにわけのわからない話を聞かされる怖さというある種のつまらない退屈さで強引に片づけることもできない、もっと一線を越えていることにようやく2人は気づき始めます。「ヤバくないか?」と恐怖が別次元に進むわけです。
そして書斎というよりリードの縄張りに立ち入ると、またもリードの饒舌なトークがノンストップ開幕。ここでは2人は完全に直立不動を余儀なくされ、見た目からして圧迫感があります。鹿威しもあそこでは圧迫に貢献していますよ。
そんな2人の心情など知る気もなく、リードは自分の考察に陶酔しながらお喋りが止まりません。
『モノポリー』に始まり、その起源と言われている『The Landlord’s Game』にまで言及したかと思えば、『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』を持ち出して、あげくにジャー・ジャー・ビンクスのモノマネまで披露。“ヒュー・グラント”がやっているだけあって、話術がめちゃくちゃ上手いのが憎たらしいです。
でも話していることは、あらゆる宗教を手当たり次第に巻き込みながら、多様性やらフェミニズムやら知ったかぶって語っているわりには中身はありません。ほんと、ただの自論です。ブログとかに書いているだけなら「勝手にどうぞ」という感じで無害ですが、こうやって実際に監禁とかしちゃったらもうね…。
自分に理解できないものに強制的に向き合わされる苦痛、そして最後は向こうの勝手な理論で二項対立のようなかたちで2つからひとつを選択せよと迫られる…。
本作はフィクションですけど、どこか「ああ、この感覚、味わったことがある気がする…」となってしまった人も少なくないのではないでしょうか。
実演パフォーマンス(アドリブ)
『異端者の家』はあの書斎パート以降、「何が起こるんだ?」という感じで観客も予測つかなくなっていくわけですけども、後半は脱出サスペンスをメインにしつつ、リードのヤバさの全貌が明かされます。
とりあえず考察語りの次は実演パフォーマンスに付き合わされます。預言者と呼ばれるボロボロの女性を死に至らしめ、復活が起きると豪語。でもなんだかんだでバーンズに致命傷を負わせてしまい、今度はリードは彼女の腕を刃物で裂いて中から金属製の物体を取り出し、「この世界は現実ではなくシミュレーションで、これはマイクロチップだ!」とあからさまなベタな陰謀論を主張し始めます。
「まさかこいつは単なる陰謀論者の成れの果てなのか!?」とこちらも困惑しながら、オチとしてはなんてことはない、あのリードの咄嗟の即興でした。もう役者になれよ…。
とは言え、リードのやっていることは限りなく陰謀論的な思考だというのは確かだと思います。陰謀論ってやはりこちらも世間から「イカれている」だのいろいろ見下されますけど、やってることは「考察」なんですよね。
ただすごく独り善がりの考察というか、他者との合意形成を疎かにして、論破することが全てになっていき、いかに自分が納得できたかで自己満足に浸ってまた次の考察を始める…そのループです。
だから最初は映画の考察をしているだけでも陰謀論の沼に沈むことだってあるし(わざわざ大衆映画のネタを入れているのもそういう目配せかな)、考察の入り口は何だっていいのだとつくづく思います。
『異端者の家』は宗教ホラーですが、陰謀論ホラーでもありますし、そのどちらにも他者をわかったような気になって支配しようとする衝動が根底にあるものでしょう。
無論、宗教が陰謀論と同一と言いたいわけではなく、ちゃんと本作はもう一度信仰に立ち返るような後味を残して終わるので、映画自体が「見下す側」に傾くのは回避しています。
やっぱり考察は他人に(ましてや強制的に)言い聞かせるものじゃないなとあらためて思いましたよ。この感想記事も話半分で読んでください、はい…。
シネマンドレイクの個人的評価
LGBTQレプリゼンテーション評価
–(未評価)
関連作品紹介
ヒュー・グラントが主演する作品の感想記事です。
・『英国スキャンダル セックスと陰謀のソープ事件』
・『マダム・フローレンス!夢見るふたり』
作品ポスター・画像 (C)2024 BLUEBERRY PIE LLC. All Rights Reserved.
以上、『異端者の家』の感想でした。
Heretic (2024) [Japanese Review] 『異端者の家』考察・評価レビュー
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