ビートルズ? 知らないですね…映画『イエスタデイ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。
製作国:イギリス(2019年)
日本公開日:2019年10月11日
監督:ダニー・ボイル
イエスタデイ
いえすたでい
『イエスタデイ』あらすじ
イギリスの小さな海辺の町で暮らすシンガーソングライターのジャックは、幼なじみの親友エリーが励ましてくれるものの全く売れず、音楽で有名になる夢を諦めかけていた。そんなある日、世界規模の瞬間的な停電が発生し、ジャックは交通事故で昏睡状態に陥ってしまう。目を覚ますとそこは、あの有名な伝説的バンド「ザ・ビートルズ」が存在しない世界になっていた。
『イエスタデイ』感想(ネタバレなし)
「ザ・ビートルズ」って知ってます?
「史上最も人気のあるロックバンド」と言えば誰を思い浮かべるでしょうか? メタリカ、イーグルズ、AC / DC、ザ・ローリング・ストーンズ、ピンク・フロイド、クイーン、レッド・ツェッペリン…。どれも甲乙つけがたいですね。みんな最高の音楽を生み出した人たちばかりです。
え、「ザ・ビートルズ」って?
なんですか、それ。『ビートルジュース』なら知ってるけど…。いいですよね、あの映画、カオスで。はい? 違う? 20世紀を代表するアーティストだろうって言われても…。うるさいなぁ。そんなバンド、記憶にございません!(どこかの総理風に)
ジョン・レノン? ポール・マッカートニー? ジョージ・ハリスン? リンゴ・スター?
う~ん、そんなミュージシャン、やっぱり聞いたことがないです。ジョン・レノンは日本が大好きな人だったって? 別に日本が好きな外国人くらい普通にいるでしょう。え、日本人の女性と結婚したの? 妻のオノ・ヨーコも有名だって? …からかっているんですか?
名曲だらけとか言われても。「Strawberry Fields Forever」「A Day In The Life」「I Want To Hold Your Hand」「Here Comes The Sun」…ちょっと待って、そんなに羅列されても困ります。
まあ、私はイマイチ納得いっていませんが、その、なんでしたっけ、ビートルズ?を題材にした映画があるらしいです。それが本作『イエスタデイ』。
タイトルはそのバンドの曲名に由来するそうですが、私にすれば“はあ…”って感じです。なんでも物語の概要は、ある日、突然「ザ・ビートルズ」が存在しない世界になってしまい、その曲もメンバーも誰も知らない中で「ザ・ビートルズ」の存在を覚えている男が、彼らの楽曲を演奏して有名になっていくというSF要素ありのドラマとのこと。「ザ・ビートルズ」がフィクションではなく実在するのだとしたら(念押し)、こんな状況になったらさぞかしその男も混乱するでしょうね。でも、私だって困惑していますよ。いきなり知りもしないバンドが世界的に有名なんだと告げられてもね。この映画だってどう認識すればいいのやら…。
監督は『トレインスポッティング』『スラムドッグ$ミリオネア』と独創的な作品を連発し、『127時間』『スティーブ・ジョブズ』といった伝記モノもお茶の子さいさいなイギリス人名監督“ダニー・ボイル”。「007」シリーズの最新作を監督することになるも、あえなく降板したことで話題を最近は集めました。
ただ、『イエスタデイ』は“ダニー・ボイル”監督の作家性よりも、脚本家の色が強い映画…だともうひとりの私が言っていました。その本作の脚本家が“リチャード・カーティス”。『ラブ・アクチュアリー』や『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』の監督&脚本で有名で、『アバウト・タイム』なんてまさにSF要素ありですから、『イエスタデイ』に通じるものがあります。実際に本作も実質はラブコメが主軸になっているそうで…。
主演は“ヒメーシュ・パテル”というアフリカ生まれインド系のコメディ俳優で、イギリスではドラマやシットコムで活躍中だとか。共演には『マンマ・ミーア!ヒア・ウィー・ゴー』や『ベイビー・ドライバー』などで王道ヒロインがよく似合う“リリー・ジェームズ”。今回もやっぱり王道感のあるヒロイン役です。他にも『ゴーストバスターズ』で大暴れした“ケイト・マッキノン”や、イギリスの著名シンガーソングライター“エド・シーラン”が本人役でガッツリ登場するサプライズも。
どうですか。…う~ん、いや、しつこいですけど、本当に「ザ・ビートルズ」なんていたんですか? 勝手に妄想で話をでっちあげているだけじゃないかという疑惑は全然消えていないですけど。この『イエスタデイ』を鑑賞すればわかるのかな…。
オススメ度のチェック
ひとり | ◯(ビートルズのファンは必見) |
友人 | ◯(音楽好きなら語り合える) |
恋人 | ◎(恋愛映画としても良作) |
キッズ | ◯(その子の関心度合いによる) |
『イエスタデイ』感想(ネタバレあり)
私のハード・デイズ・ナイト
はい、茶番。私の感想前半、何だったんだって思った方、お目汚し失礼いたしました。でもそういう映画なんだからしょうがない(開き直り)。
でも思うわけです、この『イエスタデイ』。本当に「ザ・ビートルズ」を全く知らない人が鑑賞したらどう思うのだろう、と。いや、そんな人がいるはずない…と思いたいところですが、でも今のご時世、どういう人間がいるかわかりませんし、若い人の中には一切「ザ・ビートルズ」に触れていない人も普通にいるのではないでしょうか。そして、この映画は「ザ・ビートルズ」に対する共通理解がないと結構成り立たない展開も多々あり、無知識ならばかなり印象が変わるはず。う~ん、気になるなぁ、ぜひ身近に「ザ・ビートルズ」を知らない人がいたら一緒に映画館に引っ張ってあげてみてください。感想が聞きたいです。
そして映画自体はまさに究極の「え、それ知らないの!?」ムービー。ビートルズのファンならばモヤモヤするのも無理ない大胆な設定ですけど、ストーリーは意外にシンプル。
主人公が、認知が消えたビートルズの曲を自分の曲として披露することに対する、バレるかバレないかのサスペンスと、そんなことをしていいのかという心理的葛藤。加えてヒロインとの割とオーソドックスなラブストーリーが平行する…。一般ウケはしやすい入り口の低さです。
物語の中心にいるのは、売れないシンガーソングライターのジャック・マリック。あちこちでギター弾き語りするも大して話題になることなく、スーパーマーケットの店員として地味に働くだけの日々。もう年も年だし、音楽で有名になるなんて無理だ…そう夢を諦めていました。そんな彼を献身的に支えているのはマネージャーにもなってくれている幼馴染のエリー。“リリー・ジェームズ”みたいな女性に愛されている時点でお前は恵まれていると言いたい気分ですけど、当のジャックは弱音ムード。
そんな中、ある夜、12秒間、世界規模で謎の大停電が発生します。地球真っ暗です。この時点で大災害じゃないかって昨今の日本の大規模停電騒ぎを見ているゆえに思うのですが、そこはスルーで。
ジャックはバイクで帰宅中だったために突然の暗闇で事故を起こしてしまい、そのまま気絶。目を覚ますとそこは病院のベッド。どうやら一命はとりとめ、前歯が2本失っただけで済んだようです。もちろんこの前歯欠損は実際にポール・マッカートニーがバイク事故で同様の目に遭ったことに由来しています。
そして無事退院。エリーやロッキーといった友人たちの前で外の空気を吸っていると、ギターをプレゼントしてくれます。さっそく何か弾いてみてと言われ、流れで思いつくままにビートルズの「Yesterday」を演奏し歌唱。するとなぜか神妙にそれを聴く一同。弾き終わると「美しい」と驚愕し、まるでこの曲がジャックのオリジナルであるかのように振る舞います。意味が分からないジャックは「ビートルズの曲だろう」と当たり前のことを言いますが、「ビートルズ? 昆虫?」とボケでも言わないことを口にし、全く通じません。
急いで家に帰宅すると、パソコンで「Beatles」とGoogle検索。何度やっても頑なに昆虫が表示され、ますます困惑。そして、部屋にあるはずの自身のレコードコレクションにもビートルズのレコードだけが消えていることを確認。ここで悟るジャック。あの停電の日、ビートルズの存在していない世界へ来てしまったのだ、と。
こうなったら大変だと、ジャックは思い出せる限りのビートルズのあの名曲を書き出し、職場でも家でもエリーの仕事先でも必死に思いだす作業に没頭(歌詞を覚えていないという、すごくよくわかるモヤモヤ)。
両親の前で「Let It Be」をピアノ演奏してみますが、やっぱり知らないようです。ちなみにこのシーン、途中で訪問客が来たり、スマホが鳴ったり、邪魔だらけで全然演奏できないのですが、まさに「Let it be.(ほっておけ、そのままにしておけ)」という割としょうもないギャグになっています。この映画、こういうコミカルな場面が要所要所で挟み込まれ、“リチャード・カーティス”節ですね。
ついにジャックはビートルズの曲たちでライブを行うようになります。もちろん聴衆はみんなジャックの作曲だと思っています。さあ、音楽キャリアを捨てたジャックはビートルズになれるのか…。これは音楽の神様が起こした奇跡か、それとも禁忌か…。
ビートルズどころじゃない天変地異
『イエスタデイ』は「ザ・ビートルズ」が存在しない世界というパラレルワールドが根底にあり、正直、そのSFの部分に関しては諸々のツッコみどころだらけです。
ジャックは結局ビートルズの曲を歌うことで世界的なスターとして成功していくわけですが、そんなに上手くいくはずないだろうとは誰もが思うはず。それは例えば、私が「SMAP」のいない世界に迷いこんだとしても「SMAP」になれるわけないのと同じ。ビートルズのあの絶大な人気も単に歌だけが支持の理由でありません。ルックス、言動、性格…キャラクター性込みでの総合評価の賜物。ビートルズに前例などないと言われたように、あらゆる意味で革新的でした。
4人グループとひとりで歌うのとでも音楽性がガラッと変わってきます。当の本人たちが「エルヴィス・プレスリーと違って僕らは4人で分かち合えた」と発言し、自分たちのアイデンティティを説明しているくらいですから。
また時代性の観点も重要です。ジャックが一世を風靡するのは現代。でも本物のビートルズは当然もっと昔です。その時代だからこそ話題になれたのも大きいです。若者の新しい代弁者となり、スター性を発揮できる。「人種差別、そんなのバカげているでしょ?」と当時も平気で言えてしまう。まさにビートルズは時代を変えたイノベーターでもありました。
そう考えるとジャックには悪いですが、ジャックは歌をマネできてもスターになれる素質があるとは正直思いません。おそらく仮に現代にビートルズ本人がタイムスリップしてきて歌ってもそこまで人気を博さない気さえします。
でも『イエスタデイ』はそのへんも込みで考えられていて、歌詞の意味も知らない、勝手に歌詞を変えようとする他人に四苦八苦するなどの経験をしながら、ジャックが必死に自分の知っているあの「ザ・ビートルズ」を復活させようとしている。自分にしかできないゆえに…。その苦悩に繋げています。
一方、もうひとつの根本的なSF上の問題は、ビートルズがいないならもっと影響が他に及ぶだろうということですね。影響を受けた他のミュージシャンはどうなるんだとか、考え出すとキリがないです。しかも、この世界、ビートルズの他に、「コーラ」「タバコ」「ハリー・ポッター」までないことが判明。コカ・コーラとタバコは経済や人口そのものを変えうるだろうし、「ハリー・ポッター」がなくなればワーナー・ブラザースが潰れるんじゃないかとか思っちゃうのですが…。天変地異ですよ。
ちなみに完成版には採用されなかったことでは、エリーだけが「ハリー・ポッター」を知っているとわかるシーンを入れる案もあったみたいです。
ジョン・レノンを「ヘルプ!」したい
こんな風に『イエスタデイ』はかなりのSF的な強引さを抱えつつも、そこは“リチャード・カーティス”脚本なのでSFの議題は重点を置かず、最終的な雰囲気はエモーショナルでウェットな感じで絞めています。
とくに「ザ・ビートルズ」が存在せず、よりによってその曲で有名になるという、いわばパクリ便乗みたいなことをする主人公へのファンが感じるであろう嫌悪感。これを最強に“ズルい”方法で回避してみせるのが特筆されるところ。
それこそあのシーン。それまで喉に小骨が引っかかるように不快感のあったビートルズ・ファンでもあの場面でならば号泣するだろうというあの人の登場。ネタバレしてしまいますが、ジョン・レノンはこの世界では生きていた!というアレです。知らない人のために説明すると、現実のジョン・レノンは40歳だった1980年に自宅アパートの前でマーク・チャップマンというひとりの男に銃殺されてしまう悲劇的な最期を遂げます。でも『イエスタデイ』のジョン・レノンは78歳で、歌手ではないけども家族と幸せに暮らす老人になっている。こんなの、ねぇ。私はそこまで熱心なファンじゃないですけども、でも胸が熱くなる…。
まあ、詳細は言えないけど『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』方式と同類なわけです。しかし、『イエスタデイ』の場合はキャリアと死が天秤になっているので、かなり無理があるというか、わざとらしいのですが、そこはやっぱり飲み込みにくいですけど…。
でもこうしてあげたいという製作陣の気持ちはよくわかる。「ラブレター」というか、「願い」ですよね。映画の魔法に頼りたくなるものです。
最終的にはジャックは真実を告白して楽曲をフリーでダウンロードできるようにするのも、「みんなのものだよね」精神として評価はしたくなる。ちなみに本作は歌の権利を得るためにものすごく高くついたそうです(ビートルズ・メンバーは製作に関与していません)。
突然のラブコメ全開な甘々なエンディング(&やけに優しい世間)に対しては言いたいところはありますが、エリーも「ビートルズ・ファンの女性がビートルズ・メンバーと結婚できるのか」という問題をもっと問うような踏み込みをすると面白かったかもしれないけど、ないものねだりになるだけか…。
それにしてもこんな映画を観たら考えてしまいますね。ある日、有名ミュージシャンが「これ、自分の曲じゃない。実はみんな忘れているけどあの人の曲なんだ」とか発表しだしたらどうなるんだろうとか。これぞSF脳。
もし「ザ・ビートルズ」についてさらに知りたいという人がいたら、幸いなことにドキュメンタリーが豊富にあるので活用してください。ロン・ハワード監督による『ザ・ビートルズ EIGHT DAYS A WEEK The Touring Years』とかはオススメです。ビートルズの音楽だけでなく、彼らが社会に与えた影響もわかりますし、日本の右翼に狙われ、過激なキリスト教信者に狙われの彼らの軌跡は興味深いですから。加えて、このドキュメンタリーは“リチャード・カーティス”が出演してコメントもしているので『イエスタデイ』とリンクしますしね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 62% Audience 89%
IMDb
6.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
作品ポスター・画像 (C)Universal Pictures
以上、『イエスタデイ』の感想でした。
Yesterday (2019) [Japanese Review] 『イエスタデイ』考察・評価レビュー