アメリカン・ファクトリー
Netflixドキュメンタリー映画『アメリカン・ファクトリー』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:American Factory
製作国:アメリカ(2019年)
日本では劇場未公開:2019年にNetflixで配信
監督:ステーヴン・ボグナー、ジュリア・ライカート

アメリカン・ファクトリー

あらすじ

オハイオ州デイトンで地元の雇用を一挙に支えていた工場が閉鎖されてしまい、労働者たちは絶望の中で救いを求めた。その祈りは届いたのか、工場は中国企業により再開され、新しいスタートを切る。しかし、地域の期待が高まったのも束の間、米中文化の衝突が起こる。アメリカンドリームは米中という二大国家が手を結ぶことで復活できるのだろうか。

ネタバレなし感想

当事者のリアルを知る方法

今、日本と韓国の歴史認識対立に端を発する経済摩擦が大きな問題となっています。

たまたまそのことについて伝えている、とあるTVの情報番組を見たのですが、その内容にとても引っかかるものを感じました。というのも、その番組内では、解説者の人が日本と韓国のそれぞれの輸入額や輸出額なんかのグラフを見せながら、番組出演者と「この経済摩擦は影響があるか?」という点で「日本に不利か」「韓国に不利か」をひたすら議論していました。街の人にもインタビューした映像も流れていました。しかし、この経済摩擦でダイレクトに影響を受けるであろう、例えば観光業界などに依存して生活をしている一番の当事者については、一切具体的な取材はありませんでした。輸出入のグラフなら数字によって国益の観点で損得を語れます。でもそこからは当事者である国民の苦しさは何もわかりません。観光客の激減で大打撃を受けて、廃業したり、生活困窮状態に陥る当事者の声は、そんな輸出入のグラフには1ミリも反映されません。なんだかその番組は試合でも実況解説するかのような、部外者による井戸端会議だなと思ったものです。

でもなかなか当事者の実態を知るというのは案外難しいもの。インターネット時代でもそういう地味な情報は伝わってきづらいですし、TVなどの既存メディアもあんな有様ですから。

ネットもTVもダメダメで、そんな世の中でどうやって当事者の声を拾えるのか…と、鬱屈した思いを抱えていたなかで、あるドキュメンタリー作品を見たことで、一筋の光明を見いだすことができました。その作品が本作『アメリカン・ファクトリー』です。

本作は、オハイオ州の有数の工業都市である「デイトン」に存在する工場で働く従業員たちのリアルな日常を追いかけたものです。この工場は不況により閉鎖となってしまい、従業員たちは明日の生活が真っ暗になってしまいます。しかし、中国企業が進出してその工場を再開させたことで、また従業員は働けるようになってホッとひと安心。地元のアメリカ人と中国から派遣された中国人が一緒の空間で働く、新しい職場が再始動します。ところが…という展開に。

ご存知のように、今、アメリカと中国は、日韓以上に激しい経済摩擦、というかほぼ経済戦争に近い衝突を起こしています。どうしてもマスコミも世間も、この米中対立がどう世界に影響するかという大局的なスケールでこの事態を見がちです。

でも世の中にはこの『アメリカン・ファクトリー』のように、米中がまさに接している生の現場というものがあるものです。そこで生きる労働者は何を考えて日々を生きているのか、それは伝わりづらいです。

そしてこの『アメリカン・ファクトリー』の面白いところは、別に米中経済衝突という巨大な政治的話題を作中では一切扱っていないにも関わらず、まるでこのひとつの街にあるひとつの工場がその縮図みたいになっているという点。大きな論争がミニチュアサイズに縮まったことで、当事者の声が聞こえるようになり、その問題の本質がすごく具体的にわかる。正直、“なんてタメになるんだ”とこのドキュメンタリーの作り手に称賛しかないです。

このドキュメンタリーは、なんとオバマ前大統領夫妻が設立した「Higher Ground Productions」の共同製作だそうで、オバマ夫妻が映像作品制作に取り組んでいることにもびっくりですが、さすがの視点だなと感心しました。

『アメリカン・ファクトリー』は非常に評価が高く、サンダンス映画祭にも出品して評判を集めました。

監督は“ステーヴン・ボグナー”と“ジュリア・ライカート”のコンビで、労働者階級など社会の下で懸命に生きる人々の暮らしにリアルに寄り添ったドキュメンタリーを作ることで定評のある映像作家。2006年の『A Lion in the House』が癌を患った子どものいる家族を題材にした作品で、多数の賞にノミネートされました。

社会問題を扱うドキュメンタリーはどうも小難しそうだからパスで…と思った人も、思ったほど難解ではないので安心してください。それどころか、もう爆笑だらけのシーンもいくつもあったりします。ネタバレせずに言える範囲だと、アメリカ人と中国人の考え方の違いがハッキリでていて、それが一周回って笑えてしまいます。人間観察ホームコメディみたいです。

少なくともネットやテレビを見るよりは断然こっちのドキュメンタリーを観る方が価値があると明言できます。日本も他人事ではない、異なる二国間が共同で働く労働現場の理想と現実。一緒に覗いてみませんか。

オススメ度のチェック
ひとり◎(今観るべき作品)
友人◯(働き方を語り合える)
恋人△(カップル向けでは当然ない)
キッズ◯(社会勉強にどうぞ)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

神は中国を遣わした

「我々をお導きください」

そんな祈りを天の神に捧げるのは、生活基盤だった工場が閉鎖となり、行き場を失った労働者たち。

『アメリカン・ファクトリー』は、オハイオ州デイトンにあるGM(ゼネラルモーターズ)の工場で働いていた従業員が主役です。この工場では主に車のガラスを製造しているようです。ちなみにデイトンという街は、動力飛行機を発明したライト兄弟の生まれ故郷であり、昔から工業が盛んで、第二次世界大戦中は軍事産業で賑わい、現在も空軍基地があって雇用を生んでいます。街にとっては工場は働き場のメインフィールドなんですね。

その拠り所が突然消失したわけで、1万人以上の雇用が喪失し、従業員が神に祈るのも無理からぬことです。そして、その祈りが神に届いたのか、思わぬ使者がこのデイトンにやってきました。飛行機で。

飛行機から颯爽と現れたのは、福輝(フーヤオ)創業者の曹(ツァオ)会長。福輝は、建築や自動車などで使われるガラスを製造している中国企業で、世界最大のガラスメーカーのひとつ。その企業のトップに君臨する曹会長…見た目は優しそうなこじんまりしたおじさんという感じですが、資産24億ドルの大物実業家です。

これ以上ない救世主の登場に、いまにもヒビで割れそうなガラスの絶望の淵にいた従業員は助かり、再び工場でガラス製造の職業に戻ることができます。

福輝アメリカ副社長のデイヴも「我々の未来は明るい」と太鼓判を押し、通りの名前もフーヤオになって街全体で歓迎ムード一色に。

デイトンの街は中国のパワーによってアメリカンドリームを取り戻したのでした。めでたし、めでたし。

郷に入れば郷に従え

まあ、“めでたしめでたし”にはならないのですけど、不穏な展開はひとまずさておき、『アメリカン・ファクトリー』のまず目をひくポイントは、前述した爆笑シーン。つまり、アメリカと中国の異文化コミュニケーションの絶妙に噛み合っていない感じがともかく可笑しいです。

福輝による再始動によって工場は、地元のアメリカ人と中国からの派遣従業員が混合した職場になり、多くのアメリカ従業員は中国人の下で働くことになります。当然、アメリカ人は中国人を知らないし、中国人はアメリカ人を知らないので、あれこれと初体験の連続。

一応、通訳はいますが、全員についているわけではなく、そこで大活躍するのがスマホの翻訳アプリを駆使したコミュニケーション(スマホって本当にこういうとき便利)。派遣される中国人も、てっきり英語をマスターした人が来るのかなと思ったら、案外と基本的な英単語すら知らない(たぶんビジネス上で使う最低限のやりとりしかスキルがない)ために、地元民と話して英単語を覚えている仕草がもう日本の中学校の英語学習の風景みたいで可愛い

その派遣中国人スタッフはスタッフで、中国と全然違うアメリカらしいライフスタイルを満喫。大自然で釣りをしたり(中国って川釣りがレジャーとしてないのかな?)、アメリカ人従業員の家に招かれて銃をぶっ放したり(二丁持ちで実に楽しそう)、もはやただの留学生。

米中コミュニケーションで一番笑ってしまうのが、アメリカンジョークが全然通用しない場面です。楽しい時も苦しい時も隙あらばジョークを挟むアメリカ人に対して、そんな文化が全くない中国人はいつも頭に「?」が浮かぶという、オチ。あるシーンでは、「無駄口が多いらしいけど」と中国人スタッフにアメリカの労働現場を分析されたアメリカ人スタッフが、「口にガムテープかな」と小粋なジョークで返すと、「貼れるのか?」とマジレスする中国人。まさに中国人的にこのジョークが無駄口なのですけど、ここまでくるとどっちがボケでツッコんでいるのかわからない…。

一方で、中国人は「アメリカ人を知ろう」と大真面目にアメリカ人学習をしている光景がヘンテコで、自由の国だ、服装も気にしない、表裏もない、実用的で現実的だ、曖昧を嫌う、大統領をダシにふざけても怒られない(これがジョークじゃなくて真面目に説明しているのがまた…)と、ズバズバとアメリカ人を切っていきます。あと、さすが中国というか、いちいち「格言」を挟んでくるのが“らしい”ですよね。

また、アメリカ人も中国文化を学ぶべく、何人かが本場の福建省に研修として来ます。そこでアメリカ人の主要部門スタッフは、テキパキと無駄なく“無言で”働く中国人従業員に見惚れつつ、軍隊風な点呼と号令が目の前で行われているのを、何事かと沈黙して見つめる…本人たちには悪いけど、凄いシュール。この研修の後、デイトンに戻ったアメリカ人の主要部門スタッフが見よう見まねで朝礼を試すもグダグダに終わるのが、また良いオチになっていて…。

忘れられないのが、その中国研修でアメリカ人が招かれる、いかにも中国的な家族スタイルと社会主義全開なパーティ。合理的なリーン生産を称賛する歌が歌われ、モダンなパフォーマンスが全部効率性賛歌になっており、同じ地球なのかと疑いたくなるくらい。そしてなぜかヴィレッジ・ピープルの「Y.M.C.A.」の曲に合わせてステージ登壇させられるアメリカ人スタッフ。背景の映像になんか知りませんけど「ミニオン」が映っているのですけど(絶対に許可とってない)、中国人的には「アメリカ人=ミニオン」なのだろうか(まあ、わからないでもない)。

ここでの、異文化ハイ(外国で異文化を味わって無性に感動する現象;私が命名)になって感極まっているアメリカ人たちが印象的です。

アメリカン・ファクトリー

両雄並び立たず

しかし、笑いだけでは済まされない事態がどんどん拡大します。

最大の引き金は「労組」をめぐる認識の違い。

アメリカでは労組は労働者にとっての欠かせない権利を主張する手段。どの職業でも労組は大事な役割を果たします。民主主義ならば当然の当たり前。

一方、中国では労組は効率的な労働を妨げる邪魔としか見なされていません。あんな物腰柔らかそうな曹会長さえも労組のこととなるとバッサリを切り捨てるあたり、思想の芯まで社会主義に染まっているんだなと、中国の根幹を否が応でも思いださせます。

福建省に研修に来た時も、労組がありましたけど、「福輝労働組合兼共産党本部」となっており、毛沢東から習近平へと続く歴代肖像画がズラリと並んでいましたからね。反体制側は全て労働の妨害分子という扱いなのでしょう(というか反体制派など存在してはならないという考えなのかな)。

しかし、そんな中国的な共産主義労働思考がデイトンの工場に根付くわけもなく、安全性さえも軽視して、品質のための効率性を徹底的に要求し、達成できないならば残業も辞さない中国側上層部に、しだいに苛立ちを感じるアメリカ人従業員。敬意を感じられない、感謝されていないと、組合を求める声は強まり、ついにはストを実行する人も。

対する中国人スタッフも、どうやったらアメリカ人は働いてくれるんだと疲弊していき、困り果てている姿も。上層部は、組合回避コンサル業者を雇い、組合阻止セッションを開き、組合賛成か反対かで真っ二つになる従業員。

結局は反対票が上回り、労組は作られないことになり、労組賛成派の従業員の多くは解雇されるという、傷を残す結末に。

あの異文化交流はなんだったのか…。

相互理解はしたいのに…

でも、この『アメリカン・ファクトリー』の米中対立を見て、反射的に「政治イデオロギー」や「人種差別」に論点をすり替えるのは、早計というか、ズレているとも思います。

なぜなら、作中のアメリカ人も中国人も互いに差別意識なんて表向きは全然ないのですから。曹会長もここはアメリカ企業だとアメリカを最優先にリスペクトする姿勢を見せ、アメリカ人を嫌っているわけではありません(嫌ってたらたぶんそもそもここに進出してこない)。曹会長は今は大富豪ですけど、昔は極貧生活をしており、デイトンの労働者層の苦しさも痛いほどわかっています。「アメリカは再びグレートに」とトランプ大統領と同じことを言っているあたりも皮肉的です。

また、中国人スタッフも母国に家族を残して、裏ではとてつもない寂しさを抱えていることが垣間見え、国家に尽くす社会主義のイチ構成員でありながら、やっぱり根は家族のためだという愛が透けてみえ、そこもデイトンのアメリカ人となんら変わりありません。

対して、デイトンのアメリカ人も作中で何度も映し出されるように、中国人を理解しようという気持ちは十二分にあります。そもそも中国のおかげで今があるのですから。

相互理解の重要性は互いにわかっている…でも上手くいかない、なぜか溝を埋められない。このもどかしさ。中国人が民主主義に少し目覚め、アメリカ人は労働効率を上げる方法を得る…そういう両者両得な妥協点にはならない現実。

本作と合わせて『アメリカン・ファクトリー オバマ前大統領夫妻と語る』という10分程度の映像が別にあるのですが、そこでオバマ元大統領が「共通理解には、ストーリーテリングによって自分が大きな世界の一部だと俯瞰するといい」という発言をしています。

まさにそのとおりで、私たち日本人はこのデイトンの工場での米中対立を部外者だからこそ俯瞰して見られます。だからなんか仲よくすればいいのに…なんて思っちゃうわけです。文化は極端に違うけど 中国とアメリカの良い部分が合体したら絶対に最強の企業になれる…とも考えられます(逆に米中のダメな部分を合体させたのが今の日本企業なような…まあ、それは今はいいか)。でも当事者はそうは冷静でもいられないのでしょうね。私たち日本人だって日韓の対立を冷静に扱えないのと同じです。

最大の皮肉はドキュメンタリーのラスト。機械の導入によって人件費削減を進める工場。これはつまり、アメリカ人でも中国人でも、そもそも人間ですらない無機質な機械が工場の働き手となる世界。それはアメリカ人の理想でも、中国人の理想でもない…そんな気がしますが、もう変えられない世の流れなのでしょうか。

「我々をお導きください」

外国人との共同にも失敗し、機械に雇用を奪われたら、あとはどんな救済手段があるのか。神すらも手札が尽きた世界で、当事者の背中だけが何かを叫んでいます。

日本も対岸の火事では全くないですね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 97% Audience --%
IMDb
6.6 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)Participant Media, Netflix