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『娘は戦場で生まれた For Sama』感想(ネタバレ)…母には伝える役目がある

娘は戦場で生まれた

母には伝える役目がある…ドキュメンタリー映画『娘は戦場で生まれた』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:For Sama
製作国:イギリス・シリア(2019年)
日本公開日:2020年2月29日
監督:ワアド・アルカティーブ、エドワード・ワッツ

娘は戦場で生まれた

むすめはせんじょうでうまれた
娘は戦場で生まれた

『娘は戦場で生まれた』あらすじ

ジャーナリストに憧れる学生ワアドは、デモ運動への参加をきっかけにスマホでありのままの街や市民の映像を撮り始める。やがて医師を目指す若者ハムザと出会い、夫婦となった2人の間に、新しい命が誕生する。多くの命が失われる中で生まれた娘に、平和への願いをこめて「空」を意味するサマと名づけたワアド。その願いとは裏腹に内戦は激化し…。

『娘は戦場で生まれた』感想(ネタバレなし)

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This is Aleppo

ドナルド・トランプが勝利をおさめた2016年のアメリカ大統領選挙。この選挙でリバタリアン党から立候補していたゲーリー・ジョンソンという人物がいました。彼はとあるニュース番組に出演した際の発言のせいでネットで嘲笑のネタになるという出来事があったのですが、日本では全然知られていません。深刻化するシリア内戦の激戦地であるアレッポについて質問を受けた時、思わず素で「what is Aleppo?」と反応してしまったんですね。大統領になるつもりなのにこんなにも国際情勢に疎いのかと笑い者になってしまったわけです。

でも、その政治家を擁護するつもりはないですけど、私たち、とくに先進国の人間は「アレッポを知らないこと」を笑える立場なのでしょうか。そもそも多くの人たちが内心では「アレッポって何?」状態なのではないのか。本当にアレッポのことを理解しているのか。

アレッポ、そしてシリアで何が起きているのかをここで私みたいな素人が偉そうに説明することではないのでやりませんが、幸いというか、その地で暮らす人たちから発信される情報が最近は増えてきました。国際的な関心の高まりと、やっぱりSNSなどによる市民ジャーナリズムの発展のおかげなのか。シリアを題材にしたドキュメンタリー作品も連発しており、『ホワイト・ヘルメット シリアの民間防衛隊』『アレッポ 最後の男』『ラッカは静かに虐殺されている』と、続々と現実を生々しい映像で伝え、高く評価されてもいます。

上記で挙げたドキュメンタリーは割と男性目線的に現地の姿が伝えられているのですが、今回紹介する『娘は戦場で生まれた』というドキュメンタリー作品は女性目線になっているのが大きな特徴です。

内容は、シリアのアレッポで暮らす“ワアド・アルカティーブ”(ワアド・アル=カデブ)という女性が娘を生み、育てていく5年間の記録をおさめたもの。言ってしまえば、育児の思い出を残した家庭的なホームビデオみたいなものなのですが、そこはアレッポ。少なくとも私たち日本と同じ環境ではなく…。それがどう違っているのかは冒頭数秒でハッキリ映しだされます。

ワアド・アルカティーブ自身が監督して作られた作品であり、それもあって一層強いメッセージ性を本作に練り込んでいるものになっており…。原題の「For Sama」は娘の名前(サマ)のことであり、まさしく娘へ残す映像でもあり…。

もうひとり共同監督になっている“エドワード・ワッツ”という人は、私は知らなかったのですけど、ドキュメンタリー界隈では超有名な人で、多数の賞に輝いている実力の持ち主だとか。最近では2015年のテレビシリーズ「Escape from ISIS」を手がけ、イスラム国家の支配下にあった大勢の女性への残忍な扱いを暴きだすという内容だったようです。シリアも関心事項でずっと追いかけており、『娘は戦場で生まれた』に至った…という流れ。

『娘は戦場で生まれた』はアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞にノミネートされ、英国アカデミー賞では長編ドキュメンタリー賞を受賞し、とにかく2019年に最も高く評価されたドキュメンタリーのひとつでした。シリア作品では他にも『The Cave』という、シリア初の女性病院長の活動を追いかけたドキュメンタリーもノミネートされるなど、この年はシリアへの注目度がこれまで以上に高かった気がします。

つまり、今の時代は「アレッポって何?」などと呟く暇があるなら、その現地の実情を知る手段はいくらでもあるのです。当事者自身が情報を発信して、映像を届けているのですから。それはもちろん“知ってほしいから”に他ならないわけで…。

そして今の私たちにできることはまずはこういう映像作品を観ることなんじゃないかなと思います。今、戦火に苦しむ当事者の声を無視して、国際紛争や平和を語るなんてできません。ありがたいことにこういう作品を日本では劇場公開してくれていますし、そのチャンスを掴まないのはもったいないです。

当然それだけでは不十分ですし、それで何か誰かを救えるわけでもないのですが、“知る”というのは本当に大切なことですから。知らないで無関心になるか、知らないのに知っているように振る舞うか。それらよりも知る努力をがむしゃらにしている方がいいです。それは偽善ではないですし。最初の一歩を踏まないと、絶対に理想にはたどり着けません。

ショッキングな中身ですが、そこには娘を想う母の気持ちという、シリアにも日本にもどこにでもある愛が溢れています。きっと本作を観れば、その愛を分かち合うことができ、遠く離れたシリアと日本が繋がる瞬間を心で感じられるはずです。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(今観るべき必見の衝撃作)
友人 ◯(問題を語り合うきっかけに)
恋人 ◯(愛を大切にしたくなる)
キッズ ◯(残酷な映像が多く、補助必須)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『娘は戦場で生まれた』感想(ネタバレあり)

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“サマ”へ、私はこうやって母になりました

女性の写真が映し出されます。どこにでもいる、快活そうな若い女性です。

「私はワアド」「18歳だった」

そんな彼女の人生は娘の誕生とともに大きな変化を迎えます。

画面はパッと変わり、愛らしい赤ちゃんの映像。サマという名のその子をあやすのは母親であるワアド本人。普通の、ごく日常的な母娘の育児風景が繰り広げられている部屋。

しかし、その日常のシーンの効果音としては明らかに不釣り合いな「ドン!」という音が散発的に聞こえてきます。その音は何回か続き、やがて周囲は不穏な空気に。人が駆け付けてきて下に降りるように促し、「空襲?」と確認しながらも、赤ん坊を抱えて廊下を歩くワアド。すると「ズドン!」とすぐそばで破裂音がけたたましく鳴り、廊下を充満するように煙が立ち込め…。

2016年7月。シリアのアレッポ。トルコとの国境に近いこのシリア北部にある街はシリア最大の都市です。いや、都市でした…と言うべきなのか。なぜなら今や人が住むにはあまりにも危険すぎる場所になってしまったからです。血まみれで手当てを受ける子どもたちで溢れかえるようになったのはいつ頃だっただろうか。空港もあるし、大学もある。そういう近代的な街だったはずなのに。この街の変化していく経過とともに、ワアドの母としての人生も移り変わっていきました。

5年前の2012年4月。ワアドはアレッポ大学のマーケティングを専攻する学生で、スマホを片手に市民ジャーナリストとして自分の周りの人たちを撮影していました。このアレッポ大学は6万人以上の学生が25の学部に通う、相当に大きい大学でした。

ちょうど学生たちはアサド政権に対する抗議活動の真っ最中。2011年のアラブの春に触発されたかたちで自由を求める動きはシリアの若者にも広がりますが、そんな動きを政府が黙って見ているわけもありませんでした。歓声を上げる市民がゲートを突破し、大勢で声を上げる中、どこからともなく兵士が来て、その場はパニックに…。その光景をワアドは撮影し続けています。平和的な抗議行動をしていただけなのに…。

2013年1月。街では虐殺が起きており、犠牲者となった大量の遺体が広場に並び、その何も言えない肉体だけとなった存在は集団で土に埋められます。ワアドの撮った映像だけが、この犠牲者の存在を記録し続けるのみ。

それからもワアドはアレッポの日常を撮るのをやめません。

瓦礫に埋もれた人を救助しようとする人たち。死屍累々の中から生存者を見つけ、必死に治療する医療スタッフ。力尽きたように病院の外で眠る怪我人たち。一瞬で家族を全員失い、目に涙を浮かべつつも、状況を説明する少年。

そんな中でも娘のサマは、自分のいる世界をどこまで理解しているのかわからないけど、すくすくと成長していき…。

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絶望の中だからこそ眩しい“明るさ”

最近見たメディアでは、国際連合人道問題調整事務所(UN OCHA)のトップの人はシリアの現状を「humanitarian horror story」と表現していましたが、その道のプロでもそうも言いたくなるくらい、シリアの現状は絶望的なほどに凄まじく最悪です。フィクションなホラーストーリーだったらどれほどよかったかという話なのですが、残念なことにこれはリアルで起きていること。

その目を逸らしたくなるような現実が映し出されることは『娘は戦場で生まれた』を観る前から覚悟していたことです。

確かに悲惨な環境とそれに蹂躙される市民たちの姿は、こちらの心のヒットポイントが一気に削られるほどにキツイです。映像を観ている私たちには視覚的情報と音しか伝わってきませんが、実際は振動・衝撃・匂いなどがあるのであり、このドキュメンタリーが伝えるものはほんの一部に過ぎないはずなのに。信じられないですよ。あの空間に身をおくということが。

でも実際に鑑賞してみると、それだけではないことがわかります。いや、この『娘は戦場で生まれた』の魅力はこの“それだけでない”部分にこそあるとさえ思います。

それはつまりこのアレッポの地でも“明るく生きようとする人たち”がいること。ツラい環境だからこそ、その明るさが一際眩しく、尊いものに見えてくる。

『この世界の片隅に』でも同じような体験ができましたが、あちらはフィクションのアニメーション。しかし、『娘は戦場で生まれた』を観ると、やっぱりそういう“明るさ”というのは、わざとらしい創作の世界の中だけの話ではなく、実在するものなんだなと実感できます。

その明るさの中心にいるのはいつも子どもたちです。学校の元気な子どもたちといい、その子たちは爆発で黒く焼け焦げたバスで遊び、色を塗ってカラフルにする。無邪気に笑いながら、現実の過酷さを吹き飛ばす。

サマの存在なんて太陽のようなものです。空襲で避難するというこんな状況でもみんなは赤ん坊をあやして笑顔がこぼれる。何気ない愛らしい仕草が愛おしい。

だからこそ、その子どもたちがショックを受けている姿を見てしまうと、こちらの心がグチャグチャになってしまうわけで…。あの家族を失った子どもたちの顔、血まみれで苦しむ子どもたちの姿…それらが爆弾以上に私たちの心にダメージを与えます。

なんか『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』で印象的だった子どもの“陽と陰”を、ドキュメンタリーで見てしまった気分ですね…。

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誰がカメラを持つのかということ

『娘は戦場で生まれた』はシリアの他のドキュメンタリーと違って、女性的目線であり、そこが大きな特徴だという話はしました。

『ホワイト・ヘルメット シリアの民間防衛隊』や『ラッカは静かに虐殺されている』のような男性目線ドキュメンタリーだと、どうしても「瓦礫から人を救いだす!」とか「テロリストの隠す真実を暴きだす!」とか、ヒロイズムな着地になってしまいます。まあ、もちろんやっていることは立派で正しいのですが、やはり男性であるというだけで作品のトーンは偏向するものです。

一方でこの『娘は戦場で生まれた』はそういうタッチの作品ではありません。

母親の物語であり、男性には作れないものです。例えば、病院の赤ん坊を取り上げる現場にズカズカと入れるのは、おそらく“ワアド・アルカティーブ”監督が女性だからこそ許されているのでしょう。結果、あの帝王切開で取り出された赤ん坊の奇跡の一幕を収められているのですから。

もちろんそれはこのシリアという社会に明確なジェンダーの壁があるということも暗に示しているのですが、いかんせん性差別うんぬんを議論する次元にすらないので、そこは論点にするには遠すぎるかもしれませんが。

ただ、本作を観て気づかされたのは、カメラを持つのが誰かというポイントは想像以上に大事で、結果的に映し出されるものは、同じ環境・被写体であってもまるで変わってくるということ。

『娘は戦場で生まれた』は“ワアド・アルカティーブ”監督にしか映せないものがいっぱいに詰まっていました。あの明るさも彼女にしか撮れないものだったのでしょう。

あと“ワアド・アルカティーブ”監督は普通に映像センスが良くて、ドローン空撮の挿入といい、それがサマ(空を意味する)と掛け合わせたシーンであることも踏まえ、非常に映画的テクニックに優れたクリエイターだなとも感心してしまいました。

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慣れることは恐ろしい

そんなうず高く積まれた瓦礫の中から希望を探し当てるような『娘は戦場で生まれた』でしたが、安易に喜べないのも事実です。

戦火でも明るさを示す子どもたちはあれはあれで元気になれる存在でしたが、本当にあれでいいのか、と。感覚がマヒしているだけではないのか、と。

大人たちですら爆音がしても普通に電話し、パソコンしているくらいです。

強烈に印象的なのは、一際大きな爆発音で思わず母であるワアドは身をすくませているのに、赤ん坊であるサマは全然泣かないでいるシーン。まあ、これくらいの赤ん坊は、明らかな危険フラグでも無反応なことが往々にしてあるものですが、サマの場合は完全に空襲に慣れちゃってますね。

戦争に慣れてしまった子どもたちの笑顔を私たちは目にして、条件反射的に感動していていいのか。そこは絶対に考えるべきことなんだと思います。

慣れているのはあの子たちだけではない。私たちもです。シリアなど中東では戦争が起きているのが普通。そう納得していないだろうか。シリアで拘束されて解放されたフリージャーナリストをボロクソに批判することに快感を見いだし、はたまた中東情勢が不安になるたびにガソリンや灯油価格を心配する。そんな国がこの日本です。

空爆音もない環境で映画を鑑賞できて、ブログが書けて、ぐっすり眠れる。そんな国に生きる私たちこそが、一番慣れてはいけないものに慣れてしまっているのかもしれません。

『娘は戦場で生まれた』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 93%
IMDb
8.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★
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関連作品紹介

シリアを題材にした作品の感想記事の一覧です。

・『ホワイト・ヘルメット シリア民間防衛隊』

・『ラッカは静かに虐殺されている』

作品ポスター・画像 (C)Channel 4 Television Corporation MMXIX

以上、『娘は戦場で生まれた』の感想でした。

For Sama (2019) [Japanese Review] 『娘は戦場で生まれた』考察・評価レビュー