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『アポロ11 完全版』感想(ネタバレ)…打ち上げ宇宙船、下から見るか?横から見るか?

アポロ11 完全版

打ち上げ宇宙船、下から見るか?横から見るか?…ドキュメンタリー映画『アポロ11 完全版』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Apollo 11
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2019年7月19日
監督:トッド・ダグラス・ミラー

アポロ11 完全版

あぽろいれぶん かんぜんばん
アポロ11 完全版

『アポロ11 完全版』あらすじ

「これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍だ」…その日、地球人は初めて月に降り立った。アポロ11号の月面着陸。月面着陸50周年を記念し、アメリカ公文書記録管理局(NARA)やNASAなどの協力により、新たに発掘された70ミリフィルムのアーカイブ映像や、1万1000時間以上におよぶ音声データなどをもとに、あの歴史的瞬間が蘇る。

『アポロ11 完全版』感想(ネタバレなし)

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陰謀論者はお帰りください

人類が初めて月面着陸を成し遂げたのは、1969年のこと。アポロ11号に搭乗した3人の宇宙飛行士は月へと出発し、その月に大地に足跡を付けました。「これは人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な跳躍だ」…それはとても有名なセリフ。

しかし、このアポロ計画の偉業は嘘っぱちなのです。人類は本当は月には行っていません

…そう言い切る「アポロ計画陰謀論」を支持する人は今なお一定数存在します。というか、年々増えているような状況だとも言われています。

その陰謀論者増加の話を最初に聞いたときは不思議でならなかったものです。だってこれだけ技術力が発達しているのにいまだに月に行った話を信じないってどういうこと?…と。

この根強いアポロ計画陰謀論。映画好きの私には耳の痛い話なのですが、実は映画のようなフィクションのせいで増長してしまった指摘があります。「人類は月に行ってはいない(あれはフェイク)」というエピソードは当初はジョークやフィクションの類でした。1977年に『カプリコン・1』というNASAが有人火星探査をでっちあげる映画があったり、モキュメンタリーが作られたりして、それをガチで信じてしまう人も発生。ただ、おそらく一番大衆に疑念を与えたのは、アポロ計画月面着陸の前年である1968年に公開されたスタンリー・キューブリック監督の『2001年宇宙の旅』なのかもしれません。そのあまりにもリアルな宇宙描写に人々は圧倒され、「これくらいの映像なら今の技術で作れるんだ」と納得してしまったがゆえに、あのアポロ計画の月面映像も創作なのでは?と疑いを強めてしまうのも無理はないのか…。

あらためてフィクション作品の影響力ってバカにできないなと痛感しますが、それが現代でも陰謀論を後押ししている力になっているわけではなく、きっと今の陰謀論者の原動力は間違いなくインターネットですね。

まあ、ホロコーストはなかったとか、気候変動問題は嘘だとか、地球は平面だとか、もう収拾がつかない世界ですから何を言ってもダメなのでしょう、うん。

そんな陰謀論者はどっかそのへんで仲良くすみっコぐらしさせておいて、本当に月面着陸という歴史に真正面から向き合いたい人はぜひ『アポロ11 完全版』というドキュメンタリーを観ましょう。

本作はアポロ計画としてアポロ11号が地球を出発し、月に到達し、また地球に帰ってくるまでの姿を、NASA秘蔵の映像だけで贈るドキュメンタリーです。ナレーションもインタビューも解説映像も再現映像も一切ありません。正真正銘の映像アーカイブです。

何で今さら?という感じですし、それって今の時代に観ても面白いの?と疑念に感じますし、正直、私も最初は思ったのですが、凄かった。まず今作の製作過程で未公開の70mm映像(11000時間以上だとか)が発見され、その映像の圧倒力が凄まじい。50年前の出来事に思えない、まるで未来の物語を見せられているみたいです。そして、その映像を通して「ああ、人間って本気を出せばこんなこともできるのか」という畏敬の念すら感じる…。

この『アポロ11 完全版』は批評家にも大絶賛され、サンダンス映画祭では審査員特別編集賞を受賞し、ロサンゼルス映画批評家協会賞でも編集賞を獲りました。英国アカデミー賞のドキュメンタリー賞にノミネートされたのに、アメリカのアカデミー賞ではノミネートされなかったのは意外でしたね。

ちなみになぜ「完全版」と邦題についているのかと言うと、『アポロ11: ファースト・ステップ版』という短く編集されたバージョンがあって、それと区別するためです。

監督は、ティラノサウルスの骨の発掘をめぐって問題に巻き込まれていく関係者を追いかけたドキュメンタリー『Dinosaur13』や、アポロ計画における最後となったアポロ17号に関するドキュメンタリー『The Last Steps』を手がけた“トッド・ダグラス・ミラー”です。

最近は科学批判な要素を含む『ファースト・マン』や『アド・アストラ』のような映画もあり、こういうものもとても大事ですが、それと同時に科学の純粋なロマンを教えてくれる『アポロ11 完全版』のような作品も大切だなとも思います。科学というロケットを正しい進路に向けるにはどちらも大事なパーツです。

『アポロ11 完全版』は何よりも子どもたちに観てほしいです。科学には宇宙への敬意と憧れを忘れてはいけません。そうじゃないと宇宙軍を作って権力を誇示しよう!みたいな大人になってしまいますから。

オススメ度のチェック

ひとり ◯(宇宙好きならば必見)
友人 ◯(ロマンを語り合おう)
恋人 △(趣味に合うなら)
キッズ ◎(科学に憧れを持つ子へ)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『アポロ11 完全版』感想(ネタバレあり)

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さようなら、地球

1969年7月16日。第39発射施設(英語では「Launch Complex 39」なので「LC-39」と呼ばれています)。39A、39B、39Cの3基の発射台がありますが、そのうち39Aの発射台に向かって進んでいるのは、宇宙船を運ぶ大きな輸送機。この巨大なキャタピラがゴゴゴゴゴ…と動いている光景が映像に映し出されただけで、なんだろう、自分の中から何か快楽物質がでている気がする…。

これは「クローラー・トランスポーター」と呼ばれる超巨大輸送機で、2721トンの重量。乗り物マニアにはたまらないですよね。乗り物好きっ子が生で実物を見たら失禁してもおかしくない(いや大人の私もダメかもしれない)。2機造られ、今はアメリカ合衆国国家歴史登録財に登録されているようです。

このクローラー・トランスポーターがクローラーウェイと呼ばれる運搬路を移動して運んでいるのはもちろん「アポロ11号」を搭載した「サターンVロケット」。無事に発射台へと到着し、静かに発射の時を待つのみ。

その一方。3人の人間が緊張した顔で宇宙服を身に着けさせられています。船長の「ニール・オールデン・アームストロング」。司令船操縦士の「マイケル・コリンズ」。月着陸船操縦士の「バズ・オルドリン」。3人とも1930年生まれの同期。でもなんか仲良さそうな感じには見えませんが、まあ、そういうクールな中に信頼がある間柄だったみたいです。映像を見ているとこっちにまで緊張で張りつめた空気が伝わってきます。

39A発射台へ向かう3名。しかし、ここでバルブ燃料漏れのトラブル。技術者がすぐに向かって修理を開始。嫌ですよね、こんな直前に。でももうちょっとやそっとでは引き返せないところに来たことを全員が理解しているのか、淡々と進んでいきます。

打ち上げ管制センターの雰囲気もピリピリとしており、トイレにも行けそうにない空間。すごいどうでもいいことですけど、機械がたくさん並ぶ上でコーヒーを置いて飲んでいるとハラハラするんですよね、私。こぼさないのかな…。

クルーが宇宙船に乗り込むと、アームが離れて格納され、いよいよ発射までもう少し。そして、ついにイグニッション、発射。上へ、上へ、上へ…。

こうしてケネディ宇宙センターを飛び立った宇宙船は、何事もなく接続リングと脱出タワーが切り離され、地球を離れていきました。

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誰も関心のない月までの4日間

発射してすぐに月に到着!…というわけにはいきません。なにせ遠いです。約384400kmもあります。仮に自動車で時速80kmで向かっても約6か月かかります。通常の飛行機でも約16日は必要です。

それをアポロ11号は4日で到達します。『スター・ウォーズ』みたいにワープできたらいいんですけどね。

とにかく4日かかるわけで、この4日はぶっちゃけて言ってしまえば他人から見れば何もないので無関心になるのも無理はありません。あんなに発射に熱狂した世間もすっかり落ち着きを取り戻し、次の話題に注目が移っています。

よりによってこの4日という短い間に世間を騒がせる事件が起きてしまいました。ジョン・F・ケネディ第35代大統領の末弟エドワード・ケネディの運転する自動車がマーサズ・ヴィニヤードに架かる橋から転落し、同乗していたマリー・ジョー・コペクニが溺死する、通称「チャパキディック事件」が発生。マスコミは「ケネディ家の呪い」だとして大盛り上がり。なお、この事件は2017年に映画にもなっています(『Chappaquiddick』)。

とにかくもうアポロ11号が月に向かっていることなんて忘却の彼方です。でもこの『アポロ11 完全版』ではこの4日間の映像もしっかり記録におさめられています。そして、「ケネディの事故の話を聞いた? みんなアポロを忘れている」という、管制室通信者のボヤキトークまでばっちり記録されていて、ちょっとほんわかする…。それにしても雑談を通信でしちゃうんだな、NASAも…。

打ち上げ管制センターは月に向かって進んでいるアポロ11号のために常にモニタリング&バックアップ体制を充実させておりフル稼働。チームが4つに分かれていて、それぞれ緑チーム、金チーム、白チーム、黒チームと、役割ごとに交代しているのがわかります。

このへんとかは『ファースト・マン』のように同じ月面着陸ミッションを描く作品では絶対に見られないので新鮮です。『アポロ11 完全版』は『ファースト・マン』と続けて鑑賞すると本当に興味深いですね。

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月だ!わーい!

そんなこんなでついに月に到着。ここでいきなりチュドーン!とどっかのスーパーヒーローみたいに着地はできません。またしても複雑なステップが必要になってくるため、緊張感が一気に増します。

7月20日。月の軌道に乗り、まずアームストロングとオルドリンは着陸船「イーグル」に乗り込み、コリンズは司令船「コロンビア」に1人残ります。そして「イーグル」を切り離し、いよいよ月への着地に向けて動き出します。

降下のためにエンジン噴射する緊張の一瞬。しかし、ここで予期せぬエラーの連続。「1202」の警報は鳴り響き、船内は混乱。この音声もしっかり記録されており、1秒すらも無駄にできない中でのやりとりが手に汗握ります。「1202の意味は?」「続行だ」「この警報は問題ない」とか、もうヤケクソ感がある…。ちなみにこのエラーは、実行オーバーフロー(誘導コンピュータの過負荷状態)を意味していたらしく、後に分析・検証がなされています。

とりあえず月に降下した「イーグル」。アームストロングは操縦を半自動に切り替えて、よさげな場所に着地。このとっさの判断能力。なんだかんだで凄いアナログだ…。

そして見事に着陸しました。「Houston, Tranquility Base here. The Eagle has landed.(ヒューストン、こちら静かの基地。鷲は舞い降りた)」というこれまた有名なセリフとともに、人類にとっては大きな一歩を踏み出した二人。

ここはコマ撮り画像ながら二人の様子が映し出され、起きていることは史上初のビックイベントなのに、やっているのは土を採取しているだけという絵面が妙にオカシくて面白いです。また、大統領のメッセージを聞いているときも、基本は他にすることもないですし、棒立ちなのがシュール。でも最後は敬礼。宇宙服ゆえにぴょこぴょこした動きになるのがなんか可愛い。遠巻きに撮影しているせいで余計にギャグ感も出ていますね。「予定にないサンプルを9キロ採取した」とか言いながら、若干興奮ぎみな二人が微笑ましい。なんか初めてキャンプに来てハシャぐ子どもみたい…(まあ、本当に寝泊まりするのでキャンプなのですけど)。

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ただいま、地球

名残惜しくも月から離れる時間が来ました。またここでも緊張が。しかし、何事もなく無事に「イーグル」は「コロンビア」とドッキング。3人は揃います。3人揃った感想は「最高だ」。

宇宙船は地球への帰還ルートへと動き出します。「帰る場所があるのは幸せなことだ」というセリフが心に染みる。

そして宇宙船は中部太平洋の回収海域に着水。航空母艦ホーネットに回収されます。偉業を成し遂げた3人とサンプルを運んで…。

このように『アポロ11 完全版』は終始、アポロ計画の月面着陸の偉業をことさらに称えるトッピングはありません。「いや~、あれは凄いことだったんですよ~」なんて振り返り語りする人も出てきません。あくまで映像のアーカイブに専念しており、その映像という無言の存在感こそが私たちに他の何者にも敵わない説得力を与えてくれます

もちろん作中で映っていることは、アポロ計画の正の面ばかりだとも言えるでしょう。NASA側の撮っている資料映像に過ぎないので、ジャーナリズム的な切り込みはほぼないです。

でもありのままの映像が切り取られていることでその時代のリアルが“正・負”関係なしに浮かび上がってくる効果もあると思います。

例えば、序盤で映る、アポロ11号の発射を今か今かと待ちわびて大挙して集まる一般市民たち。日本の混雑期の海水浴場みたいなキャンプ状態です。その人々は白人ばかりで、黒人やアジア人などはほとんど見かけません。当時の時点でも、膨大な予算を投入するアポロ計画はアフリカ系アメリカ人層からは格差の象徴として見なされ、「Whitey on the Moon」という詩も作られました(このあたりは『ファースト・マン』で描かれていましたね)。

また、NASAの管制センターにいる多くのエンジニアや主要リーダーがみな白人“男性”なのもしっかり映っています。その中で唯一の女性が映っていたのを見逃していないでしょうか。「ジョアン・H・モーガン」という女性であり、ケネディ宇宙センターで初の女性エンジニアだったそうです(後にセンターの副所長になりました)。

あの偉業のありのままの姿を記録した『アポロ11 完全版』。ただの記録、されど記録。なかったことにはできない記録です。

私たちが次に記録すべき後世に残したい偉業は訪れるのでしょうか。その時は『アポロ11 完全版』よりもいろいろな意味で良い世界になっているといいのですけど。

『アポロ11 完全版』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 90%
IMDb
8.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 6/10 ★★★★★★
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・『マーズ・ジェネレーション』

・『ヒューストンへの伝言』

作品ポスター・画像 (C)2018 moon collectors llc. all rights reserved (C)2019 Universal Studios. All Rights Reserved

以上、『アポロ11 完全版』の感想でした。

Apollo 11 (2019) [Japanese Review] 『アポロ11 完全版』考察・評価レビュー