Z世代の代弁者として見つめていくと…「Apple TV+」ドキュメンタリー映画『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2021年)
日本:2021年にApple TV+で配信(2021年6月25日に劇場公開)
監督:R・J・カトラー
ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている
びりーあいりっしゅ せかいはすこしぼやけている
『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』あらすじ
2001年12月18日生まれ。自宅のベッドルームで、兄のフィニアスと楽しそうに作曲をする子ども。そんな普通そうな子はいかにして数十億回の楽曲ストリーミング、1億3700万人ものSNSフォロワーを獲得し、世界の音楽界を席巻するアーティストになったのか。熱狂する人々、インタビュー、ツアー、ステージ、憧れの人との対面。さまざまな出来事が激流のように迫る中、ビリー・アイリッシュの素顔が明らかになる。
『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』感想(ネタバレなし)
今度はビリー・アイリッシュ
現世は動画配信サービスの花盛りともあって、音楽アーティスト・ドキュメンタリーが群雄割拠する時代に突入しました。
以前は亡くなったミュージシャンのドキュメンタリーが主流でした。『THIS IS IT』(2009年)、『AMY エイミー』(2015年)、『ザ・ビートルズ~EIGHT DAYS A WEEK ‐ The Touring Years』(2016年)などなど、偉人として音楽史に名を刻んだミュージシャンを讃え、その栄光を思い出し、ノスタルジーに浸りながら、今に受け継ぐためのもの。そういう立ち位置でした。
しかし、題材としてやり尽くしてしまってネタ切れしたのか、それともプロモーションになるとレコード会社が画策するようになったのか、いつのまにやら現在も存命のミュージシャンのドキュメンタリーが無数に生まれるようになっていきます。
『レディー・ガガ:Five Foot Two』(2017年)、『ミス・アメリカーナ』(2020年)、『ブルース・スプリングスティーン:Letter To You』(2020年)、『Pink: All I Know So Far』(2021年)…。
あまりにどんどん登場するために挙げだすとキリがありません。別にこうしたドキュメンタリー自体が珍しいわけではないのですが、ひと昔前はファンの人々がさらなるファン欲を満たすためのマニアックなコンテンツだった気がします。しかし、動画配信サービスの登場でこれらドキュメンタリーをリーチさせやすくなったおかげなのか、マニア向けでありながらさらなるファン層を掘り起こすツールとしても機能してきた感じです。ちょっと長めのMVみたいなものですね。
個人的には最初はドキュメンタリーとしての品質よりもアーティストを売り込みたいレコード会社の思惑の方が前に出すぎるんじゃないかとやや冷めた感覚も持っていたのですが、中には本当に社会風刺性も強い作品もあったりして、そういうのに触れているうちに私の中でも印象が変わりました。
でも対象が若すぎるとドキュメンタリーにするには早計では?とかいまだに思ってしまいます。『ミス・アメリカーナ』のテイラー・スウィフトもまだ若い方なのに…と思いつつ…。
そんなことを考えていたらもっととんでもない若さの音楽アーティスト・ドキュメンタリーが誕生してしまいました。それが本作『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』です。
「ビリー・アイリッシュ」…音楽業界にさほど詳しくない私でも知っている、今のアメリカの音楽界のトップに輝くシンガーソングライター。その手がけた楽曲は映画などの作品でも各所で採用されていますし、最近は「007」シリーズの最新作『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』の主題歌を担当し、衝撃を与えました。『007 スペクター』でサム・スミスが起用されたのも驚きでしたが、ビリー・アイリッシュがまさかピックアップされるとは…なにせ「007」のパプリックイメージとはもっとも正反対にいそうな存在ですから。
何よりも凄いのはその年齢。2021年時点でまだ19歳。デビューは13歳のときですよ。つまり、たった6年程度しか活動期間がない10代のアーティストのドキュメンタリーが作られたことに…。6年って、小学校もしくは中学と高校を合わせた期間と同じ。その6年間でただの凡人から伝説へと飛躍したというのも信じられない。私なんて10代の6年間、何をしていたかな…ほんと、大したことしてないなぁ…。
まあ、でもビリー・アイリッシュならドキュメンタリーになるのも誰もが納得でしょう。どんなドキュメンタリーになるのかと気になるはずです。
本作『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』は音楽の神童と呼ばれるビリー・アイリッシュのプライベートな映像をふんだんに用い、デビューアルバムの制作風景からツアー、そして2020年初めのグラミー賞までを網羅しています。コロナ前の活動の軌跡ですね。
しかも、映像時間は140分もあります。だからといって情報量がみっちりあるというよりは、ゆったりと映像を見せてくれる感じです。ライブ映像も使用されています。
監督は『イフ・アイ・ステイ 愛が還る場所』といった劇映画も手がけたことがある“R・J・カトラー”。
『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』は「Apple TV+」の独占配信作品だったのですが、日本ではなんと6月に劇場公開も実施。この優遇っぷりは人気ゆえなのか、ともかくラッキーです。
ビリー・アイリッシュを知らない人でも本作が入門になると思います。私もそこまで詳細を掘り下げてはいなかったので、今回を機にどういう人物なのか、さらに知れた気分です。
オススメ度のチェック
ひとり | :ファンは必見 |
友人 | :ファン同士で観たい |
恋人 | :趣味が合うなら |
キッズ | :興味あるならぜひ |
『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』感想(ネタバレあり)
家族総出で創作する
ビリー・アイリッシュは若い子であるとは当然知っていましたが、本作『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』ではビリー・アイリッシュのまさに本拠であり、創作の現場である「家族」にまずフォーカスしています。まだ10代ですから親の保護下にあるのは無論ですが、それ以上に家族との密接さが彼女の特徴なんですね。
ビリー・アイリッシュはロサンゼルスに生まれ、スコットランドとアイルランド系のようですが、その家庭はいわゆる白人中流階級とは違う、どっちかと言えば労働者階級に見えるような雰囲気です。言い方が悪いですけど、中流階級が没落してやや労働者階級に片足を突っ込んでいるような…。
作中でも頻繁に映る家が印象的。決して広くない、むしろ狭そうな室内。モノが多く、場所がないのか洗濯機は外に設置。小さめの裏庭がありますが、小綺麗という感じでもない。飼っている犬もどことなく品がない。全体的に「う~ん」と言葉に詰まる家庭環境です。裕福ではないし、極貧というわけではないにせよ、貧しさは常に感じているだろうなという…。
作中でダッジ・チャレンジャーをビリー・アイリッシュが誕生日プレゼントで(おそらくレコード会社から)与えられるシーンが映りますが、その車を家の駐車場に持ってきたときのミスマッチ感が凄いです。
そんなビリー・アイリッシュが音楽活動のパートナーとしているのが兄のフィニアス・オコネルであり、兄の後を追いかけるような始まり方です。そしてこの兄の部屋で一緒に作曲している風景はいかにも兄妹の他愛もなさ。ここからよくあんな曲が生まれるなと思うのですが、兄妹だからこそ「こんな曲バカげている」とか忌憚なく好き放題に言い合えて、本音を歌詞にぶつけても恥ずかしくはない(作中でも結構辛辣かつ乱暴に言い合っている)。
ビリー・アイリッシュの曲は常に暗く、言ってしまえば陰湿に聞こえるものですが、それが生まれる理由はここにあったんだな、と。
そして両親の支えも印象的で、基本は子どもに任せて見守ってくれる親の姿がそこにありました。どうやら父は俳優、母は俳優兼作曲家だったそうで、エンタメ業界をわかっている人間だからこそ、落ち着ていられるのでしょう。
ビリー・アイリッシュというアーティストは家族総出で生まれたものなんですね。それは狭い兄の部屋だったり、キッチンだったり、裏庭だったりする。学校に一度も通ったことがないビリー・アイリッシュにとっての家族は相当に自分の世界を大きく構成しているはずで…。
本作を観ていると、完全に家族ドラマだったなとも思います。というか、もし伝記映画が作られたら絶対に家族ドラマのフォーマットの上で構築されることになるでしょう。あの家族観だけでも良い題材になるし…。
10代の闇のアルターエゴ
そんなビリー・アイリッシュはもともと曲を書くのが嫌いで、人気になってからも曲作りは決して楽しそうだけでは済まない感じです。
じゃあ、なぜ曲を作るのかと言えば、それは自己表現であり、そしてその曲は自分と同じ10代の子のために常に向けられているのでした。ビリー・アイリッシュがZ世代(ジェネレーション・Z)の代弁者たる由縁はここですね。
ここまで映していいのかなと思ったのは、レーベル関係者との対応に心底うんざりしている姿。思いっきり嫌そうにしていましたからね(でもその嫌そうな顔がMVとかの雰囲気そのままに見えるのでたぶん向こうは気にしてない)。
一方で路上とかに集まるファンの10代の子たちにはフレンドリーにスキンシップで対応し、ライブ中でも常に親密です。決して人嫌いとか、対人コミュニケーションが苦手とかいうわけではない。
「みんなが元気じゃないと私は元気でいられない」「ファンじゃなくて一部だ」と断言するビリー・アイリッシュの明確な姿勢がそこで貫かれており、間違いなくこれが彼女の人気の秘訣だと実感できます。
ビリー・アイリッシュの曲の歌詞は現代の10代に刺さるものです。SNS社会の中、どうしても「いいね」欲しさに自分をより良く見せようと日々奮闘する、常にポジティブで輝いていないと置いて行かれる気がする…そんな強迫観念に駆られる10代のつい隠してしまう心の闇を見透かすような…。
だから作中でも映し出されていたビリー・アイリッシュに熱狂して涙する10代の子たちは、いわゆるカッコいい理想像としてのアーティストという枠で彼女を見ているのではなく、自分の内側に密かにあるアルターエゴな自分の化身としてビリー・アイリッシュを見ているんじゃないかな、と。そんなふうにも思いました。
そういう存在になれてしまうのも才能ですけどね。
グッド・メンター、バッド・メンター
とは言ってもビリー・アイリッシュもただの人間、ただの10代です。自分を取り巻く10代の子たちと本質的には変わりありません。
幼い頃に陶酔し、脳内でデートする妄想までしっかりしていたジャスティン・ビーバー本人と出会えたときのビリー・アイリッシュの振る舞いはただのファン。彼に恋してしまうと他の男子と恋するのは厳しいとか、勝手に恋が相思相愛で成立したていで語りまくっている彼女の姿は、ハッキリ言えばただのイタいオタクです(よくあるやつ)。ジャスティン・ビーバーとの仕事の機会を前に、飼い犬を殺せと言われても逆らえないと言っちゃう感じとかすごく微笑ましいです。
そのジャスティン・ビーバーもビリー・アイリッシュに対してすごく良い言葉を贈っていたりして、何かと問題もあった彼ですけど、なんだかんだで良きメンターになっているんだなぁ…。
トゥレット障害で顔面痙攣(チック)を頻発してしまうことに悩み、ライブ中のパフォーマンスで足を挫いて靱帯損傷してしまうトラブルに自己嫌悪に陥ったり、決してカリスマ超人ではなく、中身はやっぱり10代の子。ラストで映る大きいギター片手に無邪気に振舞う幼いビリー・アイリッシュ(まだ闇成分少なめ)がちょっと成長しただけ。
それでもビリー・アイリッシュのキャリアは始まったばかりで今後が楽しみです。
ドキュメンタリーでは2020年初めのグラミー賞多数受賞の快挙で終わっていましたが、以降のビリー・アイリッシュの活動も充実しています。やはり10代から卒業するということもあって大きな転機を迎えるのでしょう。それに大人になれば政治への責任も増すためか、直近では政治発言も目立つようになってきました。おそらく政治的にもガンガンと切り込んでいくアーティストになるでしょう(遠慮するような人間じゃないのは明らか)。
私はちょっと気が早いですが、ビリー・アイリッシュがどんなメンターになり、自分よりもさらに若い子をどう導いていくのか、そこも興味があったりします。あまり今は想像できませんけど、でもグッド・メンター(ビリー・アイリッシュ的にはバッド・メンターの方がいいかな)になりそうです。
「ハッピーな曲を作れと言われても、ハッピーを知らない私が作れるわけがない」と言い切っていたビリー・アイリッシュ。これからそのクリエイティブをずっとリアルタイムで追いかけられるというのはこちらとしてはハッピーですね。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience 93%
IMDb
7.8 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
音楽アーティストを題材にしたドキュメンタリーの感想記事です。
・『ミス・アメリカーナ』
・『レディー・ガガ:Five Foot Two』
作品ポスター・画像 (C)2021 Apple Original Films ビリーアイリッシュ
以上、『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』の感想でした。
Billie Eilish: The World’s a Little Blurry (2021) [Japanese Review] 『ビリー・アイリッシュ 世界は少しぼやけている』考察・評価レビュー