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『オール・ザット・ブリーズ』感想(ネタバレ)…空からトビが落ちてくるインドで

オール・ザット・ブリーズ

空からトビが落ちてくるインドで…ドキュメンタリー映画『オール・ザット・ブリーズ』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:All That Breathes
製作国:インド・イギリス・アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2023年にU-NEXTで配信
監督:ショーナック・セン

オール・ザット・ブリーズ

おーるざっとぶりーず
オール・ザット・ブリーズ

『オール・ザット・ブリーズ』あらすじ

インドのデリーの街には大勢の人間がひしめき合って暮らしている。しかし、それだけではない。ここには人間以外にも無数の生き物たちが棲みついており、夜には蠢き、這いずり回る。そんな動物の中でも空をゆったりと舞うのがトビであった。ところがこの地ではトビが空から落下して負傷しているという現実もあった。そんな怪我をしたトビを地道に治療している人たちがここにはいる。カメラはその姿を観察する。
この記事は「シネマンドレイク」執筆による『オール・ザット・ブリーズ』の感想です。

『オール・ザット・ブリーズ』感想(ネタバレなし)

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インドの生物多様性をご存じか?

「“ナートゥ”をご存じか?」でおなじみの話題沸騰の『RRR』のおかげで、2022年はインド映画が一般にもかなり届いた1年だったと思います。

こうしたフィクション映画によって日本人の中のインドのイメージがまた構築されていくのでしょうね。やっぱり陽気で、エネルギッシュで、ときにバイオレンスなアクションもある…そんな印象になっているのかな。

それも間違っていないでしょうし、あの映画だってインド国内で大ヒットしているのですからインド人の大衆にもウケているわけで、大きなズレはないと思いますけど、しかし、それだけがインドではないのは当然の話。

ではこんなインドの側面は知っていますか? 例えば、そう、インドは生物多様性のホットスポットなのです。

あまりインドから動物の印象を真っ先に思い浮かべる人は少ないかもしれません。多様な生き物がいる場所と言えば、アフリカとかアマゾンが挙げられやすいですし、「インドの動物と言えば?」と聞いてすぐに何かの名前をだせる人の方が珍しいのでは? それでもゾウなどインド文化に根付いた生き物なら挙げやすいですが…。

インドは固有種(その地にしか生息していない生き物)が非常に多く、絶滅危惧種もたくさんいます。インドは野生動物の宝庫です。

今回はそんなインドの野生生物を映し出すドキュメンタリーを紹介します。

でもそう言うと、緑豊かな大自然を連想してしまうものではないでしょうか。自然ドキュメンタリーというのは、たいていは森の「緑」か海の「青」です。でも今作は「灰色」もしくは「黒」という感じのカラーですよ。なぜなら薄汚れた空気に包まれたインドの大都会デリーを舞台にしていますから。

そんな場所に野生の動物はいるのか? そう思うのも無理はないですが、ちゃんといます。生き物はそんな地にもしっかり暮らしているのです。けれどもその地の生き物は今ちょっと困ったことになっていて…。

その大都会デリーで暮らしている野生生物に焦点をあて、その生き物を人知れずに治療している無名の人たちを観察するドキュメンタリーが今回の紹介する作品。

それが本作『オール・ザット・ブリーズ』です。

『オール・ザット・ブリーズ』は2022年の作品なのですが、とても高く評価され、サンダンス映画祭ではドキュメンタリー部門で「Grand Jury Prize」を受賞。ゴッサム・インディペンデント映画賞でも最優秀ドキュメンタリー賞に輝き、アカデミー賞でも強豪ひしめく中でドキュメンタリー賞にノミネートされました。

自然動物ドキュメンタリーのカテゴリとしてはなかなかの大健闘です。『オクトパスの神秘 海の賢者は語る』(2020年)に続いて…かな。

前述したとおり、『オール・ザット・ブリーズ』はインドの首都であるデリーが舞台です。デリーは人口は約1679万人。人口の過密地帯ですが、人間活動が原因で大気汚染も酷く、「全ての人が屋外活動を中止する必要がある」レベルの最悪の空気質指数が記録される日も1年のうちに何回もあります。

その劣悪な大気汚染ゆえに、デリーの空を飛ぶトビなどの猛禽類が落下して怪我する事例が多発しているそうです。そんな鳥を治療している人たち。それをこのドキュメンタリーは追いかけています。

しかし、この『オール・ザット・ブリーズ』は自然や社会の問題を説明的に解説することはほとんどなく、カメラがその当事者をひたすら観察するのような視線になっています。しかも、この撮り方がまた独特で…。これはもう観てもらうほうが早いでしょう。

『オール・ザット・ブリーズ』というタイトルの由来もちゃんと映画内でわかります。

あまりインドの都会の野生動物事情を詳細に学ぶのには適していませんが、その雰囲気を感じ取るという点では、とても没入感を与えてくれます。「感動!」とか「躍動!」とかではないですよ。「じっくり観察…」って感じです。

そしてこのドキュメンタリーを観ると、インドというのは大作映画で伝わってくる華やかさばかりではない、社会の暗がりでじっと生きている存在が無数にいるのだということも実感できるのではないでしょうか。それは野生生物だけでなく、人間もそうなのですが…。

『オール・ザット・ブリーズ』は「HBO」が配給権を獲得したこともあって、日本では「U-NEXT」で独占配信されています。

気になる人はチェックリストに加えておいてください。

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『オール・ザット・ブリーズ』を観る前のQ&A

✔『オール・ザット・ブリーズ』の見どころ
★都会の影に潜む動物たちを映す芸術的な撮り方。
✔『オール・ザット・ブリーズ』の欠点
☆わかりやすい解説などは乏しい。

オススメ度のチェック

ひとり 3.5:題材に関心あるなら
友人 3.0:趣味が合うなら
恋人 3.0:デート向きではない
キッズ 3.0:やや退屈かも
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『オール・ザット・ブリーズ』予告動画

↓ここからネタバレが含まれます↓

『オール・ザット・ブリーズ』感想(ネタバレあり)

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なんだこの人たち…

ここから『オール・ザット・ブリーズ』のネタバレありの感想本文です。

『オール・ザット・ブリーズ』は事前に「動物を治療している人の話」だと知っていなければ、「なんなんだこれ?」と思う始まり方ですよね。

まずおそらくこのドキュメンタリーのメイン当事者かな?というような人物が映るのですが、どこにでもいそうな普通すぎる格好で、段ボール箱をいくつも積み上げて抱えて地下に持っていくわけです。どう考えても備品とか食品とかを運搬しているだけにしか見えません。

その地下の空間も、みすぼらしい雑然とした有り様で、せいぜい何かの作業場かな?という感想しか持てない状況です。

ところがその積み上げられた段ボール箱の一番の上のものが、いきなりビクっと動き出し、ガタっと床にひとりでに転げ落ちる…。ここだけ切り取ったらホラー映画ですよ。超ベタな演出じゃないですか。

でもその段ボール箱の中にいたのはトビだったと正体がわかり、初めてこの人間たちの目的も合点がいくようになります。怪我をしたトビを治療していたのか、と。

ただ、その答えを知ってもびっくりです。「え?…ここで治療してるの…?」と思っちゃいますよね。こう言っちゃ失礼だけど、よく映画内でありがちな“怪我をしたけど正規の病院にいけない人間”が行く場所みたいですよ。

当然、ここは正規の動物病院ではなく、最新の設備があるわけでもないです。「鳥のお医者さん」というよりは、動物を不法に密輸している人みたいに、外からは見えるでしょう。

それでも男たちがアニマルレスキューを自分なりにやっているという、その健気というか、地味な実態です。

肉食の鳥は動物病院で診てもらえなかったので、ソープディスペンサーを作る傍らでガレージで治療を始めたというのが事の発端みたいですが、なかなか片手間で鳥の治療をする人は珍しい…。

しかし、このデリーではトビなどの鳥が空から落ちてくる。しかも1羽どころか毎日数十羽も落ちてくるというから驚きで…。だから助ける鳥が日々わんさかやってきます。大繁盛ですが、トビはおカネを払わないので儲けはありません。

まあ、きっと地面に落ちて怪我してもそのトビは他の野生動物の餌になってしまうと思うのですけど、この人たちは人間の環境汚染の犠牲者であるトビを善意で助けています。

川に水着で入って結構な距離を泳いで対岸のトビを助けに行くシーンでの、怪我したトビを追うパンツ一丁の男2人の光景とか、ものすごく絵面としてはシュールなんですけどね。アニマルレスキューってカッコいいイメージで描かれることが多いですが、私もこんな微妙な映像のアニマルレスキューを初めて見たかもしれない…。

ほんと、何度も申し訳ないけど、どこからどう見たって不審者ですよ。デリーはあんまり通報とかされないのかもですが、日本だったら「怪しげなパンツ一丁の男たちが川でなんかしてます!」と警察に一報が入りそうです。

狭い室内でクリケットしてる場面も妙にアホっぽさがあって好きです。なぜあえてここでやるんだというツッコミもさることながら、インド人はやっぱりクリケット好きなんだなという…。

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そこにも確かに自然がある

そうは言ってもこの『オール・ザット・ブリーズ』、別におバカ3人組のアニマルレスキュー・コメディ珍道中を描いているわけではなく…。

『オール・ザット・ブリーズ』は想像以上にハイアートな撮り方でこの主題に向き合っています。おそらくここが本作の批評家からの評価の高さの理由でしょう。

ドキュメンタリーが始まった冒頭、夜の街をカメラがゆっくりと地面目線で映していくのですが、車のライトがときおり照らすのは動物の影。野良犬、無数のネズミ、地面に散らばったごみ…。そして動物たちのざわめきがガサガサと耳に混ざり合う。

このワンシークエンスだけで、たぶん世間の映画監督とかは「うわ、こういうオープニングで自分の映画も開幕したい!」と羨ましがるシーンなのではないかなと思います。

しかも、本作はこれをCGとかトレーニングアニマルとか一切無しで、素のデリーの夜の風景を写し取っただけですからね。それであのクオリティ…恐るべしインド…都会の何気ない日常に芸術は宿るのか…。

他にも随所で視覚的にどう視聴者に届けるのかということを考えた撮り方の編集がしっかり練られていて、デリーの姿を雑に撮るようなことは全くしません。外国人からみた観光目線での「インドの素晴らしい姿」などではなく、世間一般からは「汚い」と見下されそうなもののありのままの息遣いを撮っている。このセンスが本作を一段上の領域へと押し上げているような…。

『ストレイ 犬が見た世界』みたいな、動物目線の人間観察ドキュメンタリーとも違うのです。

つまり、あのトビやフクロウなど猛禽類を治療しているサウドたちも含めて、ここに生きているあらゆる生き物が等しくそこにあるというフラットな目線を感じます。

そうやって考えるとあの序盤のみすぼらしい診療所の姿も意味があって、彼らもネズミたちと同じような都市の片隅でしがみつくように生存している生命なのです。都市に生きる野生動物を「アーバン・ワイルドライフ」と言ったりしますが、そこに人間も動物も違いはあるだろうか…。

そうした俯瞰をすることで、このデリーという巨大な生態系の中で生きる人間と動物の複雑な相互作用が見えてきて、「こんなところにも確かに“自然”はあるのだな」という発見を与えてくれます。

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同じ空気を吸っている

『オール・ザット・ブリーズ』は動物ありきではなく、人間社会とも重ね合わせて映し出していくのも、忘れてはいけない特徴です。

そもそも本作で主題となるトビ。日本にも普通に観察できるごく平凡な猛禽類で、「トンビ」という名前で親しまれることも多いです。眼鏡を盗られるかはわかりませんが、たまに人が手に持っている食べ物をかっさらっていきますよね。

そのトビですが、インドではちょっと日本とは違う文化的な位置づけがあります。なぜならインド神話には「ガルーダ(ガルダ)」という神鳥がおり、ヴィシュヌのヴァーハナ(神の乗り物)とされています。邪悪な敵を退治する聖鳥として崇拝され、トビはそんなガルーダと重ねられることもあります。

だからインドの人々もトビを粗雑には扱わないと思うのですが、かといって手厚く保護しているわけでもありません。

猛禽類を治療しているサウドたちのやっていることは対症療法にすぎず、原因の根本は空気汚染ですので、それをなんとかしないことにはトビを完全に救えません。治療して空に戻しても、いずれまた落ちてくるだけ…繰り返しになってしまいます。でも本人たちには限界があり、それは当人がよくわかっています。

要するに直接動物を手当てできても意味なく、これを救うには社会を変えないといけないのですが、信仰では全く頼りにならない。そういう人間社会の矛盾が浮かび上がります。

また、デモから発展した暴動が映されます。これは作中でも少し触れられますが、イスラム教徒以外の移民に市民権を与える「インド市民権改正法(CAA)」をめぐる対立が火種です。少数派の宗教に救いの手を出し述べるというのが建前ですが、ご存じのとおりインドは宗教対立が激しく、これはイスラム教への露骨な差別だと受け取る人が続出しました(BBC)。

イスラム教徒が多数を占めるデリー北東部地域に集中して2020年に暴動が相次ぎ、死者をだす騒ぎへと悪化。宗教の共存の難しさが露呈してしまいました。

あのサウドたちの診療所の2キロくらいしか距離が離れていないところで起きたそうで、運が悪ければこの治療所も大炎上してトビもろとも何もかも失っていたかもしれません。

インドはヒンドゥー教、シーク教、仏教、ジャイナ教、パールシー教、キリスト教、イスラム教と非常にたくさんの宗教が混在しています。宗教においても多様性があります。しかし、それは平和に共存できているのかというとそうではない…。

一見すると動物に全く関係ないように見えるトピックですが、それは無数の生物種が共生している生物多様性の実像とつい比較したくなるものです。

インド社会は憲法で宗教差別も禁止ているし、法律で野生動物の保護を明記している。けども建前と実態に乖離がありすぎる。それが民衆の不満の爆発や、空から淡々とトビが落下する日常を黙認することに繋がっています。

当然、これらはインドだけでなく、世界中で今まさに起きていることなのですが…。

「生き物はみんな同じ空気を吸っている」…そんな言葉には、世界を共有する全ての命がこの境遇をわかって謙虚に互いを思いやってほしいという、切実な願いが込められているようでした。

『オール・ザット・ブリーズ』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 99% Audience 84%
IMDb
7.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
6.0
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関連作品紹介

自然ドキュメンタリーの感想記事です。

・『炎上する大地』

・『Seaspiracy 偽りのサステイナブル漁業』

・『チェイシング・コーラル 消えゆくサンゴ礁』

作品ポスター・画像 (C)HBO オールザットブリーズ

以上、『オール・ザット・ブリーズ』の感想でした。

All That Breathes (2022) [Japanese Review] 『オール・ザット・ブリーズ』考察・評価レビュー