バジュランギおじさんと、小さな迷子
映画『バジュランギおじさんと、小さな迷子』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Bajrangi Bhaijaan 
製作国:インド(2015年)
日本公開日:2019年1月18日
監督:カビール・カーン

あらすじ

幼い頃から声が出せないシャヒーダーは、パキスタンの小さな村からインドのイスラム寺院に願掛けにやってきた。しかし、その帰り道で母親とはぐれてしまい、ひとりインドに取り残されてしまう。そんなシャヒーダーが偶然に出会ったのは、正直者でお人好しな男のパワンだった。

ネタバレなし感想

人間を信じてみよう

1945年に終結した第二次世界大戦以降、人間世界では世界規模の戦争は起こっていないことになっています。でも、実際そうでしょうか。今、周りを見渡しても、いろいろな国々がいろいろな理由で対立し合っています。

アメリカは、メキシコ国境に壁を作りたくて必死だし、中国とは貿易をめぐって駆け引きが続き、かと思えばロシアによる情報操作に脅かされたりしています。ヨーロッパをひとつにまとめるEUも、イギリスの離脱の動きが衝撃を与えたのも束の間、最近ではイタリアでも反EUの流れが生まれ始めているという分析も現れています。そして、日本も例外ではないのは百も承知の事実。北朝鮮から発射されたミサイルが日本列島上空を通過したのは最近の話ですし、韓国とは海上での出来事が原因で一触即発だし、ロシアとは領土問題で永遠に平行線をたどったまま。

こうやって地球を俯瞰して見ると、第三次世界大戦が起こっていないのが不思議なくらいです。つまり、いつ世界規模の戦争が勃発してもおかしくないということでもあります。

こういう対立は最初はぶつかり合うだけの理由があるものですが、その対立が深刻化して恒常化すると理由なんてどうでもよくなり、「どうせ相手は信用できない」と端から対決思考に洗脳されてしまうのが怖いところ。本当だったら「あ、ぶつかちゃっいましたか?」「いえ、こちらもぶつかってしまいすみません」「いえいえ、いいんです。怪我はありませんか?」「大丈夫です。そちらは?」「なんともないですよ」みたいな感じで済めばいいのです。でも、利権や主義思想、プライドがそれを許さない。人間って本能的に対立してしまう生き物なのかと悲しくなってきます。

だからこそです。そうじゃないんだ!と強く主張するメッセージが今こそ必要じゃないですか。本作『バジュランギおじさんと、小さな迷子』はまさにそういうテーマをストレートで描いた、今の人間社会に突き刺さる一作です。

タイトルが童話みたいでほんわかしていますが、確かにおおまかなストーリーは迷子の女の子を家に届けるという、これ以上ないシンプルさ。

ただ、背景には明確な国と国との対立という社会問題があり、本作の場合はインドとパキスタンとの根深い歴史的軋轢が題材になっています。元はイギリス領インド帝国というかたちでひとつにまとめられていた地域でしたが、その解体が起きた1947年から、両国に二分。宗教対立を軸とした二国の衝突は、暴動、虐殺、報復の連鎖を招き、おびただしい死者をだし、非暴力を唱えたガンディーも暗殺され、治まる気配もなく今なお続いています。現在でも、パキスタンが弾道ミサイルを開発しただの、インドがスパイを送り込んでテロを支援しただの、対立の火種は尽きません。

本作が素晴らしいのは、その難しいセンシティブな問題を、エンターテインメントという形に昇華させ、誰でも、それこそどんな国の人でも見やすい映画に仕上げていること。だから変に構える必要は微塵もなく、幼い子どもでも楽しく、大人でも感動できます。このバランス感覚は本当に凄いですよね。

本作はインド国内では『ダンガル きっと、つよくなる』『バーフバリ 王の凱旋』に次ぐ第3位の興行績席を記録し、中国でも若い年齢層を中心に大ヒット。世界に旋風を巻き起こしています。

こういう映画が支持されているかぎり、人間はまだまだ捨てたものじゃない、人間を信じてみようと思わせてくれる…そうすればいつかこの悲しい現実を変えることができるのではないか。私にできるのは、この映画を薦めることくらいだけど、それも決して無駄な足掻きではないと、心に沸き上がる温かい“何か”に背中を押されました。

ぜひひとりでも多くの人に届いてほしい映画です。

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

変化球なしのズルい映画

今から私は本作を称賛しますが、でもあらかじめ最初に書いておきます。正直、この映画はズルいですよ。

だって、小さい女の子を助ける話ですからね。そんなの、もう反則級のカードです。老若男女問わず、誰でも“守ってあげたい”欲が駆られるじゃないですか。しかも、演じている“ハルシャーリー・マルホートラ”がまた絶妙に可愛いです(見た目がというよりは純真さが)。これが『ヘレディタリー 継承』のあの子だったら、こうも感動は引き立てられないですよ。たぶん旅の途中で100人くらいは不幸な死を遂げてますよ。
『ヘレディタリー 継承』感想(ネタバレ)…オカルト映画の突然変異
そんな冗談はさておき、少なくともブサイクな大男を助ける話だとしたらここまでの感情移入は起こせないでしょう。

それでいて本作は加えて、非常にベタなストーリーです。小さい女の子が迷子…だったら苦難の旅路を乗り越えて家に戻るシーンで感動のピークが待っていることは予想できます。本作の場合はさらに女の子を助けた主人公の男との再会シーンという、さらなる感動の増量トッピングがあり、すっかりカロリーオーバーです。喋れない女の子という設定上、「あ、これは最後に言葉を発するやつだ…」と予測がついちゃうのですが、そこも捻りもいれずに堂々とラストの見せ場に持ってくる。この恥ずかしげのない立ち居振る舞い。

ここまでやられると「これで感動できないなら“人間”じゃねぇ!」と言わんばかりの圧を感じますし、いかにもインド映画らしいといえば、インド映画らしさ満載。

変化球なしで突進してくるズルい映画です。

対立を乗り越えるには…

じゃあ、本作は感動ポルノなのかと言えば、そこまでの狙った嫌味も感じないと少なくとも私は思いました。

その理由は、本作が“変化球なしで突進してくること”のリスクを承知の上でこの道を選んでいるから。そのことは、本作のテーマ性、もっといえば主人公であるバジュランギおじさんことパワン(演じるのは“サルマーン・カーン”)の姿勢と一致しています。

彼はヒンドゥー教のハヌマーン神を信仰する熱烈な信者であり、その妄信っぷりは普通の信者のレベルを超えています。パワン自身、実際は勉学もできないし、人生の世渡りも上手くない、アホとして描写されており、それが彼の唯一無二の特徴で言っていいぐらいです。信仰に逆らうことは自分では許されず、絶対に嘘はつかない。だから、いざ迷子の女の子(ムンニー;本名シャヒーダー)を送り届ける旅に出ても、その“嘘が付けない”性格が災いして、さまざまなトラブルに巻き込まれ、散々な目に遭います。

ハッキリ言って超非現実的なキャラクターなんですが、彼の姿勢がまさに「対立を乗り越えるには、とにかくアホみたいに他者を信じるしかないんだ」という、本作の最終的に提示する答えそのものです。

もちろんその生き方にはツッコミは入れられます。本作の物語もたまたま善人ばかりに巡り合っているだけだし、都合が良すぎると。

でも、本作はそれをあえてポジティブに解釈しているんですね。たまたま善人ばかりに巡り合っているだけ…つまり、みんな善人になればこの映画のようなことも起きうるってことだよね!と。だったらみんなが善人になる努力をしようよ!と。

本作は「人間を信じてみよう」という、ただそれだけのパワーが世界を変えることを見せつけている…本当にそれだけなんですね。

バジュランギおじさんと、小さな迷子

テーマに噛み合う演出力

無垢な主人公を設定して正論を訴える映画というのは、私はあんまり好きじゃないのですが、本作の場合は、ただ無垢さだけでゴリ押しするようなことをしているわけでもなく、ちゃんと適度なサポートがあるのも上手いところ。

例えば、旅の中で仲間になる記者のナワーブ。パワンの無垢な信仰だけではどうしようもなくなったとき、ジャーナリズムが打開策を生み出す。ここはYoutubeでのネットの拡散力といい、非常に現代的でリアルな方法を持ち込むことで、パワンのマジックだけで物語を完結しなかったのは、的確なシナリオだったと思います。

映画的な演出も効果的です。序盤のインド国内でのパキスタン大使館での騒乱のデモに巻き込まれるシーンでは、“他者を信用しない”人間の恐ろしさをまざまざと見せつけ、それがラストの国境検問所での大群衆シーンでは、“他者を信用する”人間の力強さというかたちで反転します。人間性の反転の演出は他にもあって、一度パワンはパキスタンに密入国させるという旅行代理店の男にムンニーを預けますが、それが嘘で売春宿に売り飛ばそうとしていることが発覚。この一件でパワン自身はムンニーの問題だけは“他者を信用しない”状態になるわけです。でもこれまた後半にナワーブにはムンニーを預け、自ら囮になって警察に捕まるという作戦に出ます。つまり、パワンはムンニーに関しても“他者を信用する”人間になることで、真の意味で自分の本質を取り戻し、結果、見返りのようにあのラストが待っている…とても綺麗な対応関係のある流れじゃないでしょうか。

この人間性の反転の演出は、世の中には“他者を信用しない”人間の力があるのなら、“他者を信用する”人間の力だってあるだろうという、「人間を信じてみよう」というテーマの根拠になっています。

完璧までに無垢な主人公とか、人間の善を頑なに信じるとか、こういうタイプの物語は、インド映画にあるあるですが、最近の話題作である『バーフバリ』2部作に通じるものがあります。
『バーフバリ 王の凱旋』感想(ネタバレ)…完全版でも、王を称えよ!
それもそのはずで、2作とも実は脚本が“K・V・ヴィジャエーンドラ・プラサード”という同じ人物が手がけているんですね(この人は『バーフバリ』の監督のS・S・ラージャマウリの実の父です)。

あと、テーマとは外れますが、本作が上手いなと思った点は、敷居の低さでしょうか。ヒンドゥー教やイスラム教といった宗教や文化の違いが題材になっている本作ですが、それらをあまり詳しく知らない日本人が見ても、そこまでの難解さはなかったと思います。なぜなら、懇切丁寧に前半で視覚的に説明されるからです。ムンニーがムスリムだと判明していく過程も、パキスタンから来たとわかる過程も、とてもわかりやすく、知識を問わない見た目一発で見せてくれます(クリケットの試合というアイディアが面白いです)。おそらく製作者はインド国内の観客でもいろんな宗教の人がいるでしょうから、そんなどんな宗派の人でもわかってもらえる映画をと考えて、このアイディアを練ったのでしょう。結果、世界中の人に伝わっているんですから、凄いものです。あんなにチキンを食べるか食べれないか問題を取り上げて歌と踊りにする映画もないでしょうからね。

インド映画お得意のダンスシーンでいえば、序盤のクルクシェートラの町での超ハイテンション・ダンスから、チキン・ダンスを挟みつつ、徐々に宗教的な統一感を崩していき、最後には国境検問所での7000人のエキストラを投入したという宗教もわからない大群衆シーンにつながる流れが、これまたテーマに噛み合っていて良かったです。

結論としてとても完成度が高く、隙のない映画であり、何より「信じる」ことの大切さを映画にしかできないダイレクトさで訴えかける、「やられたな」と嬉しく思える作品でした。

もちろん観終わった後はインド料理を食べましたよ。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 100% Audience 86%
IMDb
8.0 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

(C)Eros international all rights reserved. (C)SKF all rights reserved.