ある女流作家の罪と罰
映画『ある女流作家の罪と罰』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Can You Ever Forgive Me?
製作国:アメリカ(2018年)
日本では劇場未公開:2019年にDVDスルー
監督:マリエル・ヘラー

ある女流作家の罪と罰

あらすじ

かつてベストセラー作家だったリーも、今では仕事も続かず、貧乏暮らし。どん底の生活から抜け出すため、大切にしていた大女優キャサリン・ヘプバーンからの手紙を古書店に売るリー。それが意外な高値で売れたことから、セレブの手紙はビジネスになると味をしめたリーは、古いタイプライターを買い、紙を加工し、有名人の手紙を偽造し始める。

ネタバレなし感想

劇場公開はなかったけど、名作です

皆さんはどれくらい本を読んでいるでしょうか。

日本出版販売株式会社が発表した「2018年の年間ベストセラー」の総合トップ5は以下のとおり。
1位:漫画 君たちはどう生きるか(吉野源三郎、羽賀翔一)
2位:大家さんと僕(矢部太郎)
3位:ざんねんないきもの事典(今泉忠明、下間文恵ほか)
4位:モデルが秘密にしたがる体幹リセットダイエット(佐久間健一)
5位:医者が教える食事術 最強の教科書(牧田善二)
そしてお恥ずかしいながら私はこのどれも読んだことはない…。というか、最近はほとんど本を読んでいないです。もう完全に趣味が映画全振りになっており、本を読むくらいなら、その時間で一作でも多く映画を観ようとしてしまうのですよね(映画の原作本とか読みたいのだけど)。

でも今回は読者(読み手)の話ではなく、作者(書き手)の話です。

私もこうやって趣味でブログを書いたり、ライティング系の仕事をしたこともありますが、さすがに本を丸ごと一冊書いたことはありません。「作家」と呼ばれる職業の人の苦労は察するしかありませんが、おそらく相当な辛労の中で、創作にあたっているはず。とくに現代は今ならではの問題もあって、きっと大変なことでしょう。なにせインターネット全盛期の情報化社会です。テキストは氾濫し、知識も物語も濁流のように流れ放題。こんな時代に作家は自分の好きなように本を書けるのでしょうか。

そんな作家の苦悩を丁寧に、かつピリリと風刺も利かせて活写した映画が本作『ある女流作家の罪と罰』です。

本作は実話モノで、リー・イスラエルという作家の自伝「Can You Ever Forgive Me?」を原作とした映画化です。リー・イスラエルは作家として非常に優秀だったのですが、色々な理由があってスランプに陥り、金に困った挙句の果てに、著名人の書いた手紙を偽造してそれを売って儲けるという行為に手を染めます。私はあまり知らなかったのですが、芸能人などセレブの書いたプライベートな手紙というのはコレクターの間では収集人気が高く、高値で取引され、結構なお金になるものなんですね。今は全部デジタルなテキストでコミュニケーションする時代なので考えられませんが…。

言ってしまえば、『ある女流作家の罪と罰』は、最近だと『アメリカン・アニマルズ』でも見られたような実話系クライムサスペンスと言ってもいいジャンルになっていくわけです。でも痛快犯罪劇ではありません。本作の特徴は、その犯罪に手を染めてしまった主人公を通して、社会に言いように振り回される“救われぬ弱者”の叫びが透視できる…そんな苦々しく切ないドラマだということ。

そして、主演するのがあのコメディなら私にお任せな“メリッサ・マッカーシー”という部分も特筆ポイント。“メリッサ・マッカーシー”と言えば大方の人はギャグ専門女優というイメージです。直近では『パペット大騒査線 追憶の紫影』というふざけているにもほどがある映画に出ていましたが、それ以外でも『ゴースト・バスターズ』や『SPY スパイ』など、一応、真面目なテーマがあるにせよ、やっぱりコミカル方面に走っていく…そういうポジションでした。
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しかし、『ある女流作家の罪と罰』ではほぼ完全にコメディ路線を封印しています。間違いなくキャリアの新境地を切り開いていますし、“こんな深みのある演技ができるのか”と驚愕するばかりです。本作でアカデミー賞主演女優賞にノミネートされたのも納得で、個人的には『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマンや『天才作家の妻 40年目の真実』のグレン・クローズ 、『アリー スター誕生』のレディー・ガガよりも“メリッサ・マッカーシー”にオスカーをあげてほしかったと、つい思い入れしてしまうほど。ちなみに“メリッサ・マッカーシー”は『ブライズメイズ 史上最悪のウェディングプラン』でアカデミー賞助演女優賞にはノミネートされたことがあります。

他に共演として、“リチャード・E・グラント”も重要な役で出演しており、彼もまた本作でアカデミー賞助演男優賞にノミネートされるほど、キャリア史上ベストアクトな演技を披露しています。とにかくこの『ある女流作家の罪と罰』、俳優の渋い演技が凄まじいです。

監督は“マリエル・ヘラー”という人で、2015年に『ミニー・ゲッツの秘密』(原題「The Diary of a Teenage Girl」)というティーン少女を描く作品で非常に批評家から高く評価されており、『ある女流作家の罪と罰』でも素晴らしい絶賛評で迎えられたので、これはもう賞レース監督の仲間入りでしょう。

あらゆる映画祭・映画賞で称賛の嵐だった『ある女流作家の罪と罰』なのですが、残念なことに日本では劇場公開されずにDVDスルー。いや、配給の20世紀フォックスがああなっちゃったわけだし、わからないでもないですけど、なんかね…まるで映画の物語とシンクロするような世知辛さです。

これは断言できますが、今年(もしくは上半期)の映画ベスト10とかを決めるのに興じる映画ファンなら絶対に観ておくべき作品です。地味で、目立たなくても、傑作は傑作なのですから。

オススメ度のチェック
ひとり◎(隠れた名作を観たいなら)
友人◯(映画ファン同士でなら)
恋人△(恋愛を盛り上げる系ではない)
キッズ△(大人のシリアスなドラマ)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





ネタバレあり感想

追伸。偽造、始めました

1991年。リー・イスラエルは作家でした。かつては伝記作家としてその筆を評価されたこともありましたが、今は見る影もなし。現状の自分の惨めさとそれを理解してくれない世の中にイラつき、職場をクビになるリー。意気消沈で家に帰り、自分の傍にいてくれるのは年寄りの愛猫のジャージーだけ。

この帰宅シーンで、ジャズピアニスト兼歌手のジェリ・サザーンの「I Thought of You Last Night」が流れて、とてもムーディな雰囲気を彩るのですが、それはまるでリーの“かつての輝かしい人生のピーク”を忘れられないもどかしさを表現もするようで切ないです。

自分を見出してくれた出版会社からもすでに見捨てられており、それでも良くしてくれた出版業界のマージョリーを訪ねてみると「見た目を綺麗しろ、それか名前を売れ」と暗に“お前はブスで見苦しいから売れない”と宣告したのも同然の厳しい言葉。51歳のおばさんがどうしろと言うんだと文句を垂れても意味はなく、現実の厳しさを思い知らされるのでした。

このままで愛猫の病院代も払えず、家賃も滞納しているので家も失う可能性も。つべこべ言ってられないので、過去に仕事でやりとりしたことのある(ご存知、大女優の)「キャサリン・ヘプバーン」が自分に宛てた手紙を、宝物として飾っていたのを泣く泣く惜しんで売りに出すと、175ドルで売れました。そして女優「ファニー・ブライス」(半自伝映画『ファニー・ガール』が有名です)の伝記を書こうと資料を漁っていたときに見つけた手紙を売ると、これだと平凡な内容なので75ドルですと言われます。そこでつい魔が差してこのままだと平凡だと言われそうな手紙に、リー自らがタイプライターでユニークな内容の追伸を創作して打ち込み、思い切って売りに出すと350ドルという高値で売却。

これは大金になると察知したリーは、次々と著名人の手紙を偽造して各地の書店などに持っていては売りさばいていきます。

幅広いクリエイティブな活動をしたことで知られるイギリス人「ノエル・カワード」、政治的発言で注目も浴びた作家の「ドロシー・パーカー」、同じく赤狩りの対象となった劇作家の「リリアン・ヘルマン」、生涯独身だった劇作家の「エドナ・ファーバー」、『ボーン・イエスタデイ』で主演女優賞の栄光に輝いた女優の「ジュディ・ホリディ」、アメリカに亡命したドイツ人女優「マレーネ・ディートリッヒ」

偶然出会った書店の女性とも意気投合し、リーの人生は活力を取り戻します。ジャック・ホックという自分と同じくこんな時間に酒を飲んでいる時点でロクな奴ではなさそうなゲイの男とも親しくなり、彼にだけは自分のしている手紙偽造の件を話し、ジャックはこれといって詳しくないものの、しだいに協力関係を構築していきますが…。

この偽造がバレないわけはなく…。FBIのターゲットとなり、やがてリーにとって大切なものをどんどん失ってしまい、気が付けば…。

フェミニズムにも乗れない女性

『ある女流作家の罪と罰』は邦題のとおり“女性の作家”が主人公であることに大きな意味のある作品です。これまでも女性作家を題材にした映画は最近もたくさん登場してきました。『メアリーの総て』『天才作家の妻 40年目の真実』『コレット』など。
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そのどれも女性ゆえの“作家としてのキャリアアップ”を阻む壁を描いており、ザックリ言えば“フェミニズム”がテーマになっていました。

『ある女流作家の罪と罰』も大枠はそういう映画と同じと言えるかもしれません。しかし、主人公のリーの場合は、“女性”という層の中でもさらに最底辺にいるような、いわば一番“蔑視されがち”な存在なわけです。作中でもリーが自虐的に言っていましたが、51歳のおばさんで、不格好で、オシャレでもなく、世間受けも悪く、独身で、友はネコくらい。

そんな徹底した“持たざる者”に見える彼女でも「文才」だけは持っています。しかし、世間はそれを評価はしてくれません。ちなみにリーは冒頭でスランプみたいに描かれていますが、もともと著名な化粧品ブランドの創業者である「エスティ・ローダー」の伝記を書くように出版社から依頼され、しかし、それが本人の許可のないものだったため、当人から嫌われてしまい、自分の伝記に汚点がついてしまったという経緯があります。要するにリーの失敗ではなく、出版社の失敗をなすりつけられたんですね。

そして作中で見てもらえるとよくわかりますが、本来、リーは伝記の対象になる作家へのリスペクトがものすごくある人物です。尊敬以上の愛かもしれない。しかも、リーが偽造する手紙の著名人はみな社会に反発するような生き方をした、いわばリー自身と重なる要素を持った人ばかり。

つまり、リーは文才と共感性を有しているからこそ、この偽造を成功できたのでした。

それはフェミニズムのような潮流にも乗れない“息苦しさ”を抱えた女性の、せめてものカウンターであり、悲痛な叫びと歪んだ生きがいのごちゃ混ぜになった行為だったはず。

こういう気持ちを抱えている女性は現代も多いと思いますし、理解できる人は多いのではないでしょうか。

また、そのリーの人生に、ジャックという別の生きづらさを抱えて健気に生きている男の人生がクロスしていくのもまた絶妙に抑制の効いた物語展開になっていて素晴らしいです。“リチャード・E・グラント”が一瞬みせる渋い横顔とか、ほんと、惚れ惚れしますね。

ある女流作家の罪と罰

悪目立ちしてもそれは創作ではない

『ある女流作家の罪と罰』は出版・作家業界の話でしたけど、これは多様な業種や人々にも当てはまるのではないかなと思います。

汎用的な言い方をすれば「真面目にやっているのに報われない人」ですね。

作中の序盤でリーは出版社に対して「極右プロパガンダ本を書くトム・クランシーが300万ドルをもらうのはオカシイ」と口汚く抗議します。これは一例にせよ、みんなわかっていることですが、出版業界はやっぱり“売れること”が全てです。だからこそ作家への敬意や社会的意義はさておき、“売れさえすればいい”という対応になってしまいますし、そういう態度に歯がゆい思いをした経験のある作家はきっと無数にいるでしょう。

結局、“真面目にやっている人”よりも“悪目立ちする人”の方が世間は大事ということ。

出版でも、広告でも、動画配信者でも、ブログでも、悪目立ちする方があっさりと得をします。実際、最近も出版や広告に関して内容が原因で炎上した話題が散見されますが、それらもまさに“売れさえすればいい”精神の結果。

おこがましいかもしれませんが、映画感想ブログも同じ。映画の感想をクソ真面目に書いても自己満足にしかならず、それよりも話題作に便乗して炎上しそうな酷評記事だのを書けば容易にバズる可能性は上がるでしょう。大手サイトに注目を独占されるのに不満を持つ人もいるでしょう。でもそれに文句を言っても“負け惜しみ”扱いされるだけです。

本作のリーはそれに対して“じゃあこっちも真面目はやめて悪いことしてやろうじゃないか”と一線を越えます。そしてその行動で、自分の作品(偽造)が評価されているという一種の“達成感”を感じることができました。でもそれは終盤の裁判のシーンでリーが語るように、自分の作品ではなく、「私は作家じゃなかった」んですね。

あの発言は、リーの自戒でもありますが、同時に世間に溢れる“悪目立ちする人”への警鐘でもあると思います。あなたのやっていることは“創作”ではないよ、と。ネコも友達も失ってやっと私は理解できたように、あなたもこれから何かを失いますよ、と。

映画の最後では、リーが自分のしたことを伝記にするという行為と、ディスプレイされたままのリーの偽造手紙という存在によって、嘘(罪)から生まれたものでもそこに創作的な価値が宿るのかも…という含みを持たせるあたり、非常に映画的で味わい深いものでした。

皆さん、映画をたくさん見て、その感想をSNSでもブログでも何でもいいのでどんどん書きましょう。映画じゃなくて本でもいいです。たとえ評価されなくてもきっと見てくれる人がひとりでもいれば良いのですから。もちろん偽造はやめてね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 98% Audience 81%
IMDb
7.2 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

作品ポスター・画像 (C)2019 Twentieth Century Fox Film Corporation. All rights reserved.