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『ハリエット Harriet』感想(ネタバレ)…奴隷から英雄になれるのだから

ハリエット

奴隷から英雄になれるのだから…映画『ハリエット』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Harriet
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年6月5日
監督:ケイシー・レモンズ
人種差別描写

ハリエット

はりえっと
ハリエット

『ハリエット』あらすじ

1849年、メリーランド州。農園の奴隷として幼い頃から過酷な生活を強いられてきたミンティは、いつか自由の身となって家族と一緒に人間らしい生活を送ることを願っていた。ある日、奴隷主が急死し、余裕がなくなったのでミンティは売られることになってしまう。家族との永遠の別れを察知したミンティは脱走を決意し、奴隷制が廃止されたペンシルベニア州を目指して旅立つが…。

『ハリエット』感想(ネタバレなし)

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アメリカ史に残る伝説の黒人女性

映画の賞でノミネートされた人が全員「白人」&「男性」だったりして非難を浴びるのは今では海外では当たり前の見方になっています。2019年の映画賞もかなり偏っていたこともあって猛烈に批判をされました。

しかし、それは映画賞だけではありません。誰もが手にしているであろう“アレ”も同様の問題を指摘されていました。それはおカネ。紙幣です。

アメリカのドル紙幣に描かれるアメリカ史を代表する偉人の肖像画。実は今まではジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、エイブラハム・リンカーン、アレクサンダー・ハミルトン、アンドリュー・ジャクソン、ユリシーズ・S・グラント、ベンジャミン・フランクリン…と、全員が白人男性でした。確かにみんな大きな功績を成した人ですけど、ここまで偏重していたらさすがに露骨…。アメリカの歴史は浅いとはいえ、白人男性以外の偉人だって普通にいるのに。

そこで2016年に新紙幣を決める際、かなり人種や性別の平等を意識した検討がなされ、当時のデザイン改定決定時の案ではガラッと変わって多様性に富んだ顔ぶれの肖像が並ぶ予定になっています(ただ、今の大統領があの人なだけあって、この変更が白紙になる可能性もゼロではないのですが…)。

その一応の2016年案のときに国民調査をして、そこで最も人気の高かった偉人のひとりにして、新たな20ドル紙幣を飾ることになっていたのが「ハリエット・タブマン」という黒人女性です。

日本では全然知名度はないでしょうが、アメリカ国民の支持の高さゆえに選ばれただけあって、米国内の人気は相当なようです。

このハリエット・タブマンが何をしたのかというと、結構いろいろなことを成し遂げた、偉人の中でも別格クラスの偉人。その一番の功績が「奴隷解放運動」でした。アメリカに奴隷制度が日常化している1800年代。彼女自身も奴隷の身でありながら、ある日を境に転身して奴隷解放運動家となり、奴隷制度が蔓延る南部から黒人奴隷を逃がすという危険な活動に投じた…という驚きの人物です。なんだ、ただ黒人たちを移動させただけか…と思っているかもしれませんが、当時は黒人奴隷は人間扱いではないですから、見つかれば即殺。尋常ではない死と隣り合わせ。それをこのハリエットはなんと失敗せずに複数回実行したのです。ゆえに古代エジプトで奴隷となっていたイスラエル人をカナンの地へ導いた古代の預言者モーセになぞらえて「Black Moses」と呼ばれたりしています。

とにかくこのハリエットはアメリカ史に残る伝説的な英雄なのです。見た目は本当に小柄な女性なのですけどね。

そんなハリエットですがこれまで何度かドラマシリーズで半生を映像化したことはあるようですが、映画はなく、このたび2019年にやっとと言いますか彼女の伝記映画が誕生しました。それが本作『ハリエット』です。

本作ではハリエットの奴隷解放運動家としてのエピソードが中心となって描かれています。

評価は高く、とくに称賛されているのが主役であるハリエットを堂々と熱演した“シンシア・エリヴォ”。彼女については『ロスト・マネー 偽りの報酬』『ホテル・エルロワイヤル』といった出演作の感想でも散々語っているのですが、本当に素晴らしいとしか言いようがない俳優。映画キャリアは最近になってからですが、もともとブロードウェイで絶大なキャリア評価を得ているだけあって、実力が神の領域です。『ハリエット』でも文句なしの名演。本作でアカデミー賞やゴールデングローブ賞の主演女優賞にノミネートされ、受賞には至りませんでしたが、すでに凄すぎるのでたぶん毎年のように賞ステージにあがるのではないか…。

それでいて圧倒的な歌唱力も持ち合わせている“シンシア・エリヴォ”。本作でもテーマ曲である「Stand Up」が歌曲賞にノミネートされ、個人的には受賞でも良かったくらい。本当に語彙力のない感想になってしまいますけど、心が震えます。サントラ、欲しくなってしまいますよ。アカデミー賞授与式でのパフォーマンスも最高でしたね(以下に公式の動画を掲載)。

“シンシア・エリヴォ”の絶大なパワーだけで8割は持っていっている映画なのですけど(ハリエットを題材にするうえでは正しい立ち位置かもですが)、他の出演陣もいろいろ見逃せません。話題沸騰のブロードウェイ『ハミルトン』でも名演を絶賛された“レスリー・オドム・Jr ”、『ムーンライト』や『ドリーム』に出演し、歌手としても素晴らしいパフォーマンスを見せている“ジャネール・モネイ”、ドラマ『ボクらを見る目』の“オマー・ドージー”“ヘンリー・ハンター・ホール”、『ドクター・スリーブ』(ヒロインの父親役)の“ザカリー・モモー”、『女王陛下のお気に入り』でダメ夫っぷりが良かった“ジョー・アルウィン”…などなど。良い役者が揃いまくり。

監督&脚本は“ケイシー・レモンズ”で、もとは女優でしたが1997年の『プレイヤー 死の祈り』での監督デビュー以降、着々と積み上げている人。今回は名俳優に支えられてさらなるステップアップをしたのではないでしょうか。

アメリカ史に詳しくなくてもたぶん問題なく鑑賞できると思いますし(さすがに奴隷制度くらいは前提知識として知っておいてほしいですけど)、偉大な英雄を拝んでおいて損はないです。

オススメ度のチェック

ひとり ◎(名演&名曲を堪能したいなら必見)
友人 ◯(歴史に興味を持つ者同士で)
恋人 ◯(静かな感動作に浸るなら)
キッズ ◯(大人の補助はいるけれど)
↓ここからネタバレが含まれます↓

『ハリエット』感想(ネタバレあり)

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その逃走は伝説の始まり

1840年代のアメリカ、メリーランド州。

その地域にあるブローダス農場で奴隷としてずっと暮らしてきたアラミンタ・ロス(ミンティ)。黒人奴隷である両親から生まれたこともあって、彼女はその世界しか知りません。いつしかこの世界から飛び出して自由を手に入れることを夢見ていました。

いや、それは夢では終わらないことになっていました。なぜなら自由黒人(freedman;奴隷ではなくなった黒人もしくはもとから奴隷ではない黒人のこと)であるジョン・タブマンと結婚することになっていたからです。草地で横になっているミンティにジョンが呼び掛け、仲良さそうに会話する二人。幸せな新しい未来はすぐそこ。

…のはずでしたが、農場主のブローダスは手紙をビリビリに破り、黒人はどうあがいても奴隷であって自由はないと豪語。ミンティの希望が脆くも崩れ去ります。悲しみに暮れるミンティ。もう自由への道は閉ざされたのか…。

しかし、思わぬ事態が発生。あの憎たらしい傲慢な農場主のブローダスは急に亡くなったのです。家と土地は息子のギデオンのもとになり、資金繰りに困ったギデオンは黒人奴隷を売ることに決めます。「NEGRO AT SALE」とチラシが木に貼られ、買い手を待ちながら労働に従事するミンティら黒人奴隷たち。もし自分を買うのがさらに差別の酷い南部の人間だったら今以上に地獄を見ることになる…。恐れが膨れ上がります。

労働作業中、思い切って咄嗟に持ち場から駆け出すミンティ。ジョンとは後々の合流を誓い、少ない道具を持ち出してこの世界から自力で逃げだすことに決めました。

一方のギデオンはミンティがいなくなったことをすぐに知り、道で出会ったジョンに問いただします。「あいつはどこだ」と凄い剣幕で質問し、捜索の準備に取り掛かることに。

ミンティは教会に立ち寄った後、森を彷徨い、翌朝、森で目覚めました。すると犬を連れた追っ手が迫り、ぞくぞくと銃を持って馬に乗る男たちがやってくるのが見えます。一目散で逃走しますが、橋で両側から追い詰められて絶体絶命。逃げ場はなし。ギデオンが「家に帰ろう」と誘ってくるもそれを信用するわけにもいきません。下は激しい流れの川。橋のふちに座り、少し考えます。「落ち着け」と言うギデオンは「私たちといればジョンも家族もいるぞ」と甘い言葉をかけますが、それを聴くほどの猶予はありませんでした。

選択肢はなし。ミンティは意を決して飛び込ます。激流に流されるミンティをギデオンは目で追うしかできません。

ミンティは生きていました。ずぶ濡れでボロボロですが確かに命はあります。

あてもなく放浪していると、いろいろな親切な人の協力を得てかなり遠くまで来ることができました。そこはもう隣の州、ペンシルベニア州南東部のフィラデルフィアです。ここには奴隷制度がありません。その大地を踏みしめた瞬間、ミンティは奴隷ではなく、ひとりの人間になりました。

白人と黒人が入り乱れてごった返す賑やかな街。ミンティは道中で教えてもらったウィリアム・スティルと会います。彼は元奴隷の黒人の支援をしている男でした。そこで彼と面談し、そのままの名前だとあれなので、母の名にあやかって「ハリエット・タブマン」と名乗ることにします。

下宿のマリー・ブキャノンに紹介され、それまでとはまるで違うずいぶんお上品な世界に戸惑いながら、風呂に浸かるハリエット。

こうして始まった第2の人生は、彼女自身の幸福だけではない、差別に苦しむ黒人たちを全て巻き込んだものになるとはまだ知らずに…。

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自由を求めるアップランドサウス

『ハリエット』はアメリカ史に詳しくなくても問題ないとは説明しましたけど、知識はあって困るものではないので簡単に解説。

舞台となるメリーランド州は、いわゆる「ディープ・サウス(深南部)」とは対照的な「アップランドサウス」と呼ばれる地域です。どうしてもアメリカの奴隷制度というと綿花と結びついた南部をイメージしがちです。それこそ『それでも夜は明ける』(こちらの舞台はルイジアナ州)で描かれたような地域ですね。それら南部地域は綿花農業プランテーションを成り立たせるために黒人奴隷を大量に必要とし、結果、劣悪な人種差別が蔓延っていました。

一方のアップランドサウスは少し事情が違います。当時はここでも奴隷制度が健在でしたが、南部ほどではなく、1810年時点で自由黒人も約14%くらいはいたそうです。なぜなのかは専門書を読んでもらうとして(丸投げ)、ただ土地柄というか、移民や宗教など外部価値観がどんどん入ってきたのも理由として大きいようです。メソジストやクエーカーといった宗教的な教えに諭されて黒人奴隷を解放する人もいたとか。

なので本作で描かれる奴隷たちの状況が南部ほどは酷くない(それでも差別は差別ですけど)のは、そういう背景があるからです。

ここで主人公のミンティが南部に送られることに絶望するのも当然で(死よりツラい目に遭うわけですから)、決死の逃走をするのも理解できます。その道中では支援者のおかげでなんとか旅ができます。これもアップランドサウスだからこそですね。

フィラデルフィアに到着後は、奴隷解放運動主義に基づいて密かに活動する非合法組織である「地下鉄道(Underground Railroad)」に自分も身を投じていきます。当然、本当に地下鉄があったわけではなく、隠語としての呼び名です。ある調査では数千人を奴隷状態から救ったみたいですが、そこまで正確な記録もないようです。

そこで「地下鉄道の父」と呼ばれたのが作中でも登場したウィリアム・スティルで、実在の人物。なお、下宿の女主人として登場するマリー・ブキャノンは架空の人物です。なんかどう考えても下宿の人ではないだろうというオーラを放っていましたもんね…。

しかし、1850年に「逃亡奴隷法」が承認。この法律によって、奴隷制が廃止されている州であっても元奴隷の自由になった黒人を連れ戻すことができるようになってしまい、作中のとおり大パニックに。結果として黒人奴隷はカナダなどに亡命するしかない状況になります。

こうやって振り返るとメリーランド州を始めとするアップランドサウスは、まさに自由と不自由の大地を分かつ川みたいになっており、南北戦争が起こる前から切実な駆け引きが行われていたんですね。

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シンシア・エリヴォはハマりすぎている

ハリエット・タブマンはモーセに例えられたと前述しましたが、それは単に「黒人奴隷を逃がした」という実績だけに基づく評価ではありません。彼女の存在そのものが、ある種の信仰上の指導者のように重ねられていました。

それはハリエットが奴隷時代に受けた暴力のせいで頭に損傷を負い、てんかんのような症状に襲われていたというエピソードにも起因しています。作中でも何度かハリエットが茫然と動かなくなり、“何か”を見ているというシーンが挿入されていましたが、ハリエットや周囲の人はこれを啓示だと認識していたようです。

そういうキャラクター性もあってか、何かと伝説性だけが表面化し、独り歩きすることも多いハリエットを物語る伝承。本作はそのハリエットを伝説性を損なわずに映画化しているので、より信仰対象としても強化された印象を受けます。

例えば、黒人奴隷たちが躊躇う中、ハリエットひとりが川を渡るシーン。首までつかるも見事に渡り切った彼女を見て、黒人奴隷はもちろん、密かに監視・追跡していたウォルターですら畏敬の念を抱いてしまう。まさに伝説を目撃した瞬間です。

ただ、こういう描かれ方は伝記映画としては本来はあまり好まれないタイプではあります。むしろ伝記映画は誇張されがちな人物のリアルに迫る方が批評家は喜びます。そういう意味ではこの『ハリエット』は信仰者に優しい作品です。

けれども信仰者外の人間すらもやはり圧倒してしまうのは本当の偉人の凄いところ。なんていたってハリエットは人生が全て偉業なんですよ。この黒人奴隷を逃がす活動の後は、映画ラストで少し描かれていたように南北戦争で従軍し、アメリカ史上初の女性指揮官として戦地で兵を率いたし、さらにその後は女性人権運動家としても活動。これを凄いと言わず何を凄いというのか。

本当だったら本作みたいな映画があと2~3本は作れます。まだ『ハリエット』は彼女の伝説の序章です。

それにハリエットが伝説化するのはそれだけ公では正当に評価されなかったことの裏返しでもあり、今後も彼女への関心があり続けるかぎり、もっとさまざまな切り口でハリエットという人物を映し出す映画が作られていくんじゃないかなと思います。

逆に心配なのはハリエットを演じる女優として“シンシア・エリヴォ”以上の適任が見つかるのかということです。それくらい“シンシア・エリヴォ”自身が持つカリスマ性がハリエットとシンクロしていました。当初はイギリス人である“シンシア・エリヴォ”がアメリカ人の英雄を演じるなんて…という声もあったみたいですけど、蓋を開ければ大絶賛ですからね。

“シンシア・エリヴォ”は才能の観点では桁外れに凄まじい人なのですが、普段の演じる役柄は結構普通というか、凡人感を漂わせながら登場することが多いですよね。『ロスト・マネー 偽りの報酬』もまさにそうだし…。そういう普通っぽさを表面で纏いながらの「実はとんでもない!」というリミットの外し方が持ち味になっている気がする…。

あのファッション・スタイルもさまになっているしなぁ…。

個人的にはこのまま“シンシア・エリヴォ”版ハリエットとして『ハリエット Part2』がみたいです。南北戦争を縦横無尽に駆け回るハリエットの戦士姿を拝みたいですから。

『ハリエット』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 73% Audience 97%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★
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関連作品紹介

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・『バース・オブ・ネイション』

作品ポスター・画像 (C)2019 Focus Features LLC.

以上、『ハリエット』の感想でした。

Harriet (2019) [Japanese Review] 『ハリエット』考察・評価レビュー