アセクシュアル・アロマンティックも邦画では走りだす…映画『そばかす』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:日本(2022年)
日本公開日:2022年12月16日
監督:玉田真也
LGBTQ差別描写 恋愛描写
そばかす
『そばかす』あらすじ
『そばかす』感想(ネタバレなし)
2022年はAro/Aceの表象が豊作
2022年もLGBTQ作品は映画やドラマでも年々充実してきている印象があります。しかし、それはことさらピックアップして話題にしてくれる人が多いからでもあり、実際の作品の絶対数はまだまだ少なく、現実社会を反映していないのが現状です。
また、その描かれる対象にも著しくバラツキがあり、あるセクシュアル・マイノリティは描写が増えてきても、別のセクシュアル・マイノリティは全然描かれることはないという状況が起きています。
その描かれることが極端に少ないセクシュアル・マイノリティのひとつが「アセクシュアル」や「アロマンティック」です。
大雑把に説明すると「アセクシュアル(アセクシャル;asexual)」というのは他者に性的に惹かれないという性的指向であり、「アロマンティック;aromantic)」というのは他者に恋愛的に惹かれないという恋愛的指向です。日本では「ノンセクシュアル(ノンセクシャル)」という言葉が使われることもあります。用語の詳細について知りたいときは以下の私が別個で作った専門サイトなどを参照してください。
このアセクシャル・アロマンティックの表象の歴史は浅く、大々的に扱われて注目を集めた初めての作品は2014年から配信された海外アニメ『ボージャック・ホースマン』でした。
日本では映像作品においては2020年にはAbemaTVで『17.3 about a sex』というWebドラマが配信され、こちらではメインキャラクターの女子高生のひとりがアセクシュアル&アロマンティックです。
それでも1年に1作あるかないかという乏しさであり、アセクシュアル・アロマンティックのレプリゼンテーションの不足は深刻でした。
ところが2022年は大きな変化の年となりました。まず年の初めにNHKで『恋せぬふたり』というアセクシュアル・アロマンティックの男女を描いたドラマが放送され、当事者界隈でも話題となりました。
日本だけではありません。海外でも2022年は『インパーフェクト』や『ハートブレイク・ハイ』といった多彩なジャンルのドラマでアセクシュアルのキャラクターが登場。アダルトアニメ『ビッグマウス』でもアセクシュアルが取り上げられ、韓国ドラマ『XX+XY ジェイの選択』でも観察できました。
こうして振り返ってみると2022年はアセクシュアル・アロマンティック表象の転換点であり、完全にこれまでの雰囲気と違っています。もちろん2022年だけかもしれませんし、今後はどうなるかわかりませんが、なんにせよ表象が増えるのはとりあえず良いことです。
そして2022年の締めくくりとなる12月にもアセクシュアル・アロマンティックの主人公を描く日本映画が公開されました。
それが本作『そばかす』です。
『そばかす』は「(not) HEROINE movies」という等身大の女性のリアルを描くことをコンセプトにしている映画シリーズの一作で、これまでにも第1弾の『わたし達はおとな』、第2弾の『よだかの片想い』がそれぞれ2022年に公開されており、続く第3弾がこの『そばかす』です。
物語は、30歳の女性が主人公で、その人間模様が描かれています。作中で明言されていませんが、制作者はこの主人公はアセクシュアル・アロマンティックであることを言及しています。
『そばかす』を企画し、脚本を手がけたのは、同性愛者(ゲイ)の男性2人の関係性を丁寧に描いて好評を博した『his』や、トランスジェンダーのキャラクターも当事者起用で登場した『チェイサーゲーム』を手がけた“アサダアツシ”。LGBTQへのアライとしての真摯な姿勢も見せているクリエイターで、当事者からも支持する声もある人物です。
『そばかす』の監督は、劇団「玉田企画」主宰の“玉田真也”。
主演は、『ドライブ・マイ・カー』で見事な存在感を見せた“三浦透子”。今作が初主演作というのは意外ですが、主題歌も担当しており、“三浦透子”主演作として堂々の貫禄です。良い初主演作になったのではないかな。まあ、『ドライブ・マイ・カー』の時もどことなくクィアっぽいキャラだったしね。なお、今作では運転しないけどチェロを弾きます。
共演は、元AKB48で『もっと超越した所へ。』など俳優業を精力的にこなしている“前田敦子”、元乃木坂46で『サマーフィルムにのって』の“伊藤万理華”、『鳩の撃退法』の“伊島空”、『さかなのこ』の“前原滉”、『燃えよ剣』の“坂井真紀”、『孤狼の血 LEVEL2』の“三宅弘城”など。
『そばかす』は「まずは当事者に届けるために作った」と作り手も語っています。小さい映画なので目立たないのですけど、確かに映画の中にもアセクシュアルやアロマンティックはいるのです。
なお、作中でアセクシュアル・アロマンティック当事者にとってトラウマを思い出させるような描写がいくつかあるので、そのあたりは留意してください。
『そばかす』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :届くべき人に届けたい |
友人 | :一緒に走れる友達と |
恋人 | :恋愛を見つめ直して |
キッズ | :大人のドラマだけど |
『そばかす』予告動画
『そばかす』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):走って逃げることに共感する
職場の同僚と男女混合で食事に参加した蘇畑佳純。その場で男性から「蘇畑さんは男のどんな仕草にキュンときますか」と無邪気に聞かれます。自分以外は「キュンとくる仕草」の話題で盛り上がっている中、話を合わせる佳純。「蘇畑さんはどんな男がタイプなの?」と続けて質問され、「デートとかでどういうことするの?」との問いかけに「普通です。映画見たりとか」と答えてみせます。
「トム・クルーズの宇宙戦争、いいですよね。私あの走り方が好きで」と食いつきながら語りだす佳純でしたが、男性のひとりから「じゃあ、今度何か観に行かない? 2人で」と誘われ、好きだと言われてしまい、固まります。
その後、ひとりでラーメンを食べ、家に帰宅。
佳純の妹・篠原睦美は妊娠しており、祖母はそんな妹に「夫に浮気される」と警告していて、妹はそんな祖母のお節介にうんざりしていました。
母・菜摘は蘇畑佳純が合コンに行っていたという話を聞き、「どうだったの?」としつこく聞いてきます。「別に付き合いでご飯に行っていただけ」「もう30にもなって…」「また結婚の話をしようとしてる?」とそれ以上の言葉は許さないと表情で威嚇。小言の多い母を部屋から追い出し、ベッドに倒れ込むのでした。
コールセンターの職場の屋上で煙草を吸っていると、同僚の女性は食事で一緒だった奴は最悪の男だったと愚痴ってきます。
佳純は公園で縄跳びする父・純一を見かけて話しかけます。「お前、コールセンターではいつまで働くつもりだ?」と聞かれ、「いつまでって…生活しないと」と答えると、「…そうだな」の父はそこで会話を終えます。
ある日、母は服を買うという口実で佳純を連れ出し、お見合いの場に座らせました。勝手にセッティングしていたのです。無理に帰ろうとすると「お見合いするしかないでしょ! 帰るんだったら明日家でていきなさい」と母は強制してきます。
こうして相手となる木暮翔という男性とその母親と対面。気まずい会話を過ごしました。
その後、木暮翔と2人きりになったとき、彼は「結婚を今したいと思ってないんです。でも周りがみんなしているからって母が…」「仕事に打ち込みたい気持ちが強くて、恋愛とかそういうメンタルじゃないんですよね」「ていうか恋愛とか結婚とかそんなに重要ですかね」と語ってきます。
佳純も「自分も全く同じです」と同意し、「私も恋愛とか結婚とかマジでどうでもいいと思ってます」と言い切り、2人で笑い合います。
「蘇畑さんってうちに来たことありません? ラーメン屋やってるんで」と木暮翔は口にし、よく行くラーメン屋の人だと判明。
2人は仲良くなりますが…。
当事者個人取材型の制作スタイルの欠点
映画『そばかす』もアセクシュアル・アロマンティックを描くにあたってのアプローチは、同年に放送された『恋せぬふたり』と基本は一緒です。
まず当事者にとっての差別や偏見の日常的な体験を描くという「aphobia」(アセクシュアルの場合は「acephobia」、アロマンティックの場合は「arophobia」といったりする)を切り口にします。これはアセクシュアル・アロマンティックに限らず、トランスジェンダーを描いた『片袖の魚』など日本の多くの映像作品によく見られます。
たぶん制作するにあたって当事者に取材をしているので、「差別体験の具体例」をリサーチし、それを物語に反映させるのが取っ掛かりとして作りやすいのでしょう。当事者にとっては“あるある”体験をもたらし、共感を与えやすくもあり、普及啓発効果も合わせてベターな作り方ではあります。
とは言え、いくつもアセクシュアル・アロマンティック作品を視聴し、今回の『そばかす』も観たうえでやはり思いますけど、この当事者取材型の制作はワンパターン化しやすいのが若干の欠点ですね。
本作『そばかす』も先行した『恋せぬふたり』とシーンどころか展開さえ同じ場面がやや目立っていました。日本の典型的な家庭内空間で受ける嫌な気分、職場でのマイクロアグレッション、異性同士の恋愛発展の恐怖…これらの人間関係の緊張もいつもの定番。他にも家族姉妹の不倫騒動とか、女性同士の信頼できる相手ができたと思ったら梯子を外されるとか、共通の指向の人と巡り合うとか、くっきり一致する点も…。まだ2作しかないのでサンプルとしては乏しいですが、結構な一致率では…。
私も取材を受けたことがあるのでわかりますけど、この手の取材は質問も回答も同一パターンになりやすいという傾向にあるのだと思います。実際の当事者は100人いれば100通りで異なるのですが、当事者個人取材ではその多様さが浮き彫りにさせづらかったり…。こういうバイアスを作り手がどこまで意識し、クリエイティブなスキルでカバーできるかが、実はLGBTQ表象ではかなり問われるんじゃないかな。
どんなタイプ(のトム・クルーズ)が好きですか?
その一方で映画『そばかす』のオリジナリティも無かったわけではありません。
やはり企画・脚本の“アサダアツシ”はここ最近はLGBTQ表象と向き合い続けているだけあって、そのノウハウとして蓄積されたものが効果を発揮しているんじゃないかなとも思います。
表象として一番上手いなと思ったのは、ゲイの八代剛志のカミングアウトのシーンですね。本題ではないですし、ゲイ・フレンドの役回りなのですけど、あれだけ自然に日常にいるゲイをなんてことなく描けるのは経験値の成せる技です。
「子どものうちから変わった価値観を植え付けられるのはどうなんでしょうかね」なんてほざく県議会議員との政治要素を絡めるのもLGBTQのテーマを温情主義的な人情モノで終わらせないという、社会問題としての作り手の意識を感じます。
幼い子どもたちの恋愛模様で恋愛を俯瞰させたり、デジタル紙芝居での「シンデレラ」のアレンジ上映会や、逃げるだけではない意味での「走る」ラストなど、効果的な演出も印象的でした。やや各演出は分散されすぎていて一本のカタルシスとしては乏しかったかもですが、個々のアイディアとしては考えているのが伝わってきます。
それにしても『宇宙戦争』のトム・クルーズは逃げてるだけだからいい…という蘇畑佳純の解釈が飛び出す本作ですが、その映画が『トップガン マーヴェリック』の公開年と重なるのは運命でしたね…。
「おもしれー女」枠の前田敦子
映画『そばかす』はもちろん主演である“三浦透子”の感情を濁りながら絞り出す演技が素晴らしかったのは言うまでもないのですが、存在感としては世永真帆を演じた“前田敦子”が最高でしたね。
もう完全に「おもしれー女」枠なんですよ。
砂浜での初登場の「なんだお前?」という格好から心を鷲掴みにしますし、そこからのよくわからないが周囲を惹き込む天性の魅力みたいなのが振りまかれていて…。あれは“前田敦子”ならではの実在感でした。“前田敦子”って社会の規範からちょっと外れてる感じの役をやらせると抜群にハマりますよね。
作中では元AV女優ということになっていて、セックスワーカー差別への目配せもありましたけど、そういう暗い部分よりもきらめきが勝っちゃっているような…。
そんな蘇畑佳純と世永真帆の2人が揃ってシスターフッドを築いていくのですが、構図としては『あのこは貴族』にかなり近いものを感じました。世永真帆は父親が議員目指すくらいですからおそらく階層として上の人間なのでしょうし、同じ地元でも異なる階層の女2人が一時を共にして救われる…そんな瞬間をしっかり捉えていたのではないでしょうか。
『あのこは貴族』に性的指向や恋愛的指向のイシューを付け加えたような映画ですね、この『そばかす』は。
世永真帆のエピソードにももうワンステップ追加であって欲しかったですが、それは無いものねだりか…。全体的に蘇畑佳純以外の女性(世永真帆を除く)が「蘇畑佳純を理解できない人物」として設計されているだけで、画一的に見えてしまうのは残念な部分です。父の描写はやたら深みがあるんですけどね。祖母も母も妹も同僚女性もそれぞれの差別を受けながら生きているでしょうし、そこも漏らさずフォーカスして最後にカチっとハマると完成度がぐんと上がるのかも…。
また、作中で「アセクシュアル」「アロマンティック」という用語が登場しないのはやや不自然に思える部分も否めません。2022年あたりが舞台なら普通にネットで調べれば知れるレベルの単語にはなっていると思うのですけど…(これが2010年代初めを舞台にしているならそうはいかないかもだけど)。
ともあれ貴重なアセクシュアル・アロマンティック表象となった映画『そばかす』。ぜひ英語圏など海外でも見られるようにしてあげてほしいです。結構見たいという人はいますし、案外と海外の方がバズったりしますよ。
ROTTEN TOMATOES
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IMDb
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シネマンドレイクの個人的評価
作品ポスター・画像 (C)2022「そばかす」製作委員会
以上、『そばかす』の感想でした。
Sobakasu (2022) [Japanese Review] 『そばかす』考察・評価レビュー