称賛と屈辱のアフリカ系クラシック作曲家の半生…映画『シュヴァリエ』の感想&考察です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。
製作国:アメリカ(2022年)
日本では劇場未公開:2023年に配信スルー
監督:スティーヴン・ウィリアムズ
イジメ描写 人種差別描写 恋愛描写
シュヴァリエ
しぇばりえ
『シュヴァリエ』あらすじ
『シュヴァリエ』感想(ネタバレなし)
この作曲家を知っていますか?
あなたの好きなクラシック作曲家は誰ですか? みんなの答えを集計してランキングを作れば、有名なクラシック作曲家の名がズラリと並ぶはずです。
当然、有名なクラシック作曲家であれば、その人を主題にした伝記映画なども作られていきます。
ポーランドの「フレデリック・ショパン」を描いた『楽聖ショパン』(1945年)。ドイツ・ロマン派を代表する作曲家「ロベルト・シューマン」を描いた『愛の調べ』(1947年)。オーストリアの「グスタフ・マーラー」を描いた『マーラー』(1974年)。「アントニオ・サリエリ」と「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト」を描き、アカデミー賞で作品賞を含む8部門を受賞した『アマデウス』(1984年)。ドイツの「ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン」を描いた『不滅の恋 ベートーヴェン』(1994年)。ロシアの作曲家「イゴール・ストラヴィンスキー」を描いた『シャネル アンド ストラヴィンスキー』(2009年)。他にもいくつも…。
こうなってくると、今度はどのクラシック作曲家主題映画が好きですか?…というアンケートもできそうですね。
でも待ってください。2023年も新しい実在クラシック作曲家映画が一般公開されました。これも数に入れておいてもらわないと…。
その映画とは、本作『シュヴァリエ』です。
本作が題材にしている作曲家は知名度で言えばやや劣るかもしれませんが、その特異な出自と人生は特筆に値します。「ジョゼフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュ」…その名を知っているでしょうか。
1745年生まれで、フランス出身のヴァイオリン奏者兼作曲家です。このサン=ジョルジュが一番に言及されるのは、彼が「自由黒人」、つまり奴隷として扱われていないアフリカ系の人種だったということです。
サン=ジョルジュはプランテーションを営む白人の地主と奴隷の黒人女性の間に生まれ、貴族のような扱いで幼少より育てられました。生まれた場所は、カリブ海に浮かぶグアドループという島嶼群。1635年にフランス領となり、黒人奴隷制によるサトウキビ栽培で発展していました。
当時の社会であればそのまま奴隷扱いの人生が待っているのですが、どういうわけかその父親はサン=ジョルジュを特別に育て、貴族の世界へと送り出します。
そしてこのサン=ジョルジュはヴァイオリン奏者や作曲家として頭角を現し、作品を残していきます。それでもやはり当時はその人種ゆえにあまり大きな評価として持ち上がらなかったのですが、20世紀末から再評価が進み、こんなふうに伝記映画が大々的に作られるまでになりました。
正直、私もこのサン=ジョルジュのことをよく知らなかったので、この映画『シュヴァリエ』もとても勉強になりながら楽しめました。もちろん全てが史実どおりではないのですが、映画はその人を知るきっかけにはぴったりです。
映画『シュヴァリエ』を監督したのは、ドラマ『ウォッチメン』のエピソード監督も務めた“スティーヴン・ウィリアムズ”。
そして、脚本は、ドラマ『アトランタ』やドラマ『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』で一気に注目を集めている新鋭のライターである“ステファニー・ロビンソン”です。
主人公のサン=ジョルジュを熱演するのは、『イット・カムズ・アット・ナイト』『ルース・エドガー』『WAVES/ウェイブス』『シラノ』と、こちらも絶好調で評価を高めている若手俳優の“ケルヴィン・ハリソン・Jr”。今回もめちゃくちゃカッコいいです。今作のためにヴァイオリンはそれは当然練習したのでしょうけど、佇まいでキメていくのでもうズルいですね。
共演は、『レディ・オア・ノット』『スターは駐車係に恋をする』の“サマラ・ウィーヴィング”、『ボヘミアン・ラプソディ』の“ルーシー・ボイントン”、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』の“ミニー・ドライヴァー”、ドラマ『レイン・ドッグス フツウじゃない家族』の“ロンケ・アデコルージョ”など。
音楽面からも、貴族文化面からも、人種面からも、かなり語りがいの豊富な作品で、ぜひ各分野の専門家に批評してほしかった映画『シュヴァリエ』なのですが、残念ながら日本では劇場未公開でビデオスルー。これまたもったいな映画が増えてしまいました…。ほんと、こういう映画こそ映画館で見たいのに…。
ぜひ隠れた良作として、鑑賞注目リストに加えておいてほしい一作です。
『シュヴァリエ』を観る前のQ&A
オススメ度のチェック
ひとり | :隠れた良作として |
友人 | :音楽好き同士で |
恋人 | :興味が合うなら |
キッズ | :やや大人のドラマです |
『シュヴァリエ』感想(ネタバレあり)
あらすじ(前半):モーツァルトも嫉妬する
革命が起きる前のパリ。大衆の前でオーケストラを背にヴァイオリンを美しく奏でるのは、モーツァルトです。「次は何の曲がいいですか?」と聴衆に尋ね、口々にそれぞれがリクエストを言います。
そのとき「ピアノ協奏曲第5番を!」とひとりがひときわ自信たっぷりに言い放つ者がひとり。しかも、その男はゆっくりと前に進み出て、「私が一緒に弾いてもいいですか?」とまで口にします。その舞台にあがった人物は黒人の若者でした。
モーツァルトは笑いを抑えきれない感じで口元をニヤつかせつつ、観衆も半信半疑な顔をみんな浮かべます。この突然の出現者を「黒い見知らぬ人(dark stranger)」と挑発しつつ、受けて立つモーツァルト。
挑戦者は後ろのオーケストラのひとりからヴァイオリンを受け取り、落ち着いて構えます。2人で演奏を開始。カデンツァが始まりました。けれども、その挑戦者の音色を聞いた途端、それは思い上がりでもないことを理解するモーツァルト。モーツァルトも本気を出しますが、挑戦者も華麗な演奏で応戦します。
負けじとペースを速めて難解な演奏で勝負するモーツァルト。挑戦者は一切動じません。あまりの圧倒的な演奏に聴き入ってしまう観衆。
挑戦者の演奏が終わると大拍手。総立ちで絶賛です。完全に面目丸つぶれとなったモーツァルトは「あれは一体なんなんだ」と悔しく横に消えます。
ジョゼフはアフリカ人奴隷とフランス人農園主の間に私生子として生まれました。父は、グアドループでプランテーション所有者のジョルジュ・ド・ブローニュです。
幼い頃、ジョゼフはパリの寄宿学校に連れていかれます。肌の黒い子がこの上流社会に存在するだけでも異例でした。学校関係者は露骨に差別的な言葉で「こんな子がここにいるべきではないのでは」と断ろうとしますが、「カネなら払う」と父は考えを曲げません。「この子には類まれなる才能があります」
そう言ってヴァイオリンを弾き出すジョゼフ。子どもとは思えない見事な演奏で、目の前でそれを聴いた学校関係者は目を丸くします。
こうして入学が決まり、学校で成長していくジョゼフ。同級生は殴る蹴るのイジメをしてきますが、挫けません。フェンシングも見事な腕前でした。
ある日、フランス宮廷でマリー・アントワネットはジョゼフの華麗な剣術を見てその腕前に感銘を受け、騎士爵「シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュ」に叙爵します。
1年後、サン=ジョルジュはアントワネットのお気に入りの人物となり、横についていってはパーティに顔を出したりもしました。するとみんなに囁かれ、声をかけられるほどの人気でした。
マリー=マドレーヌ・ギマール(ラ・ギマール)などサン=ジョルジュに好意がある女性は多くいましたが、サン=ジョルジュ自身はマリー=ジョセフィーヌに惹かれていました。
そしてもってして生まれた音楽の才能でこの世界でさらに高みを目指したいと考えており…。
才能を駆使して道を切り開く
ここから『シュヴァリエ』のネタバレありの感想本文です。
『シュヴァリエ』は個人的には冒頭がとても好きです。
モーツァルトとの演奏バトルから始まるのですが、作中の多くが史実に基づいていますが、このオープニング・パートは完全にフィクション。しかし、ジョゼフ・ブローニュ・シュヴァリエ・ド・サン=ジョルジュという人物をお披露目するなら、これ以上ないほどの登場のさせ方だと思います。
サン=ジョルジュは後世では「黒いモーツァルト」なんていう評価も与えられているのですが、それはちょっと褒めるつもりでも本人的には嬉しくないだろう表現です。それに対する、実にスカっとする反撃をあのオープニングではやってくれます。
サン=ジョルジュがめちゃくちゃカッコいいのは言わずもがな、私はあの小物臭のするモーツァルトも気に入ってます。あのキャラでそのままスピンオフとか見たいですよ。
モーツァルトはさておき、主人公のサン=ジョルジュですが、今作ではとくに前半は彼がこの白人中心社会の貴族の世界で、その持ち前の才能を駆使して道を切り開いていく姿が爽快に描かれます。あえて大袈裟なくらいに、キザな雰囲気もだしながら、クールに映し出していました。
学校ではフェンシングを身につけ、映像的にも切り倒していくイメージが強化されます。史実では、あの男性から女性として生きたことでも有名なシュヴァリエ・デオンと一騎打ちもしたことがあるらしく(ただデオンと対戦したのは1787年でデオンがすでに女性の格好だったときです)、フェンサーとしての腕前はそうやって磨かれていきました。
アントワネットに気に入られて、騎士爵を得てからも、その立ち回りはフェンシングのように鮮やかでスリリングです。
女性との交際もその自信がみなぎっている感じで進んでいきます。実際のサン=ジョルジュはかなり多くの女性にモテたようですが、本作ではその中でもマリー=ジョセフィーヌと付き合っていたという説を採用して物語を構築しています。
マリー=ジョセフィーヌについてはもっと資料が少ないので、演じている“サマラ・ウィーヴィング”も含めて、かなり自由にこの人物のキャラクターを創造していましたね。
このサン=ジョルジュとマリー=ジョセフィーヌが合わさることで、この2人ならこのフランス社会を良い意味でぶち破っていくのではないか…そんな新時代の期待を抱かせてくれます。
才能至上主義と努力至上主義への自戒
『シュヴァリエ』におけるサン=ジョルジュは才能と努力の塊です。
間違いなくヴァイオリン含めて音楽の才能がある。努力だって惜しまないし、挑戦もためらわない。女性にもモテて、社交も得意で、カリスマ性は抜群。圧倒的です。
しかし、本作はそれを称賛する映画で通していくことはしません。
むしろその才能至上主義と努力至上主義に溺れるサン=ジョルジュの姿を描くことで、本質的に何が大事なのかを浮き彫りにさせます。
サン=ジョルジュは神童として学校生活を始めた頃から、確かに差別に幾度となくぶち当たってきました。けれども彼の中では、そんな差別も才能と努力で乗り越えられると当初は信じています。差別ということで社会のせいにしてはいけない…人は才能や努力で平等の成功を手に入れられるのだ…そんな考えが透けてみえます。
しかし、パリ・オペラ座の館長には肌の色が理由でなれなかったり、ラ・ギマールにさえも「あなたはヴァイオリンをひく猿でしょ」と言われたり、さらにはマリー=ジョセフィーヌが産んだ肌の黒い赤ん坊を殺されたり…。現実というものを思い知らされます。
才能だけでこの社会を突き抜けることはできない。そもそも才能や努力を無効化してしまうのが差別なのだという認識にやっといたります。
そこには、あの奴隷から解放された母であるナノンであったり、周囲にいたアフリカ系の人たちのリアルがサン=ジョルジュのアイデンティティの再形成に貢献します。白人の皮を被っていた自分を見つめ直し、文字どおりそれを脱ぎ棄てる。アフリカ系の音楽文化に触れていく姿も描くのも丁寧です。
このサン=ジョルジュのアイデンティティ・ストーリーが、本作ではフランス革命という歴史の波と共鳴することで語りを増していきます。
現在のフランスでも、低所得者層の多くは人種的マイノリティであり、その怒りがまさに2023年も6月から7月にかけて起きた大規模暴動で示されました(BBC)。警官に17歳が射殺された事件をきっかけに始まったこの抗議騒動は単発の出来事ではありません。『アテナ』の感想でも書きましたけど、フランスの歴史とやはり密接なものであって…。
『シュヴァリエ』におけるサン=ジョルジュはこうした現在の怒りとシンクロするような立ち位置としてリデザインされています。
こうした視点を併せ持たせたことで、本作『シュヴァリエ』は、他のクラシック作曲家映画とは鋭さの全く違った作品に仕上がったのではないでしょうか。
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 75% Audience 97%
IMDb
6.5 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
関連作品紹介
ケルヴィン・ハリソン・Jr出演の映画の感想記事です。
・『シラノ』
・『ルース・エドガー』
・『WAVES/ウェイブス』
作品ポスター・画像 (C)20th Century Studios. All Rights Reserved. シュバリエ
以上、『シュヴァリエ』の感想でした。
Chevalier (2022) [Japanese Review] 『シュヴァリエ』考察・評価レビュー