ハスラーズ
映画『ハスラーズ』の感想&考察です。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Hustlers
製作国:アメリカ(2019年)
日本公開日:2020年2月7日
監督:ローリーン・スカファリア

ハスラーズ

あらすじ

祖母を養うためストリップクラブで働き始めたデスティニーは、そこでひときわ輝くストリッパーのラモーナと出会う。ストリッパーとしての稼ぎ方を学び、ようやく安定した生活が送れるようになってきたデスティニーだったが、2008年に起こったリーマンショックによって経済は冷え込み、不況の波はストリップクラブで働く彼女たちにも押し寄せる。

『ハスラーズ』感想(ネタバレなし)

スラットの誇りを目に焼き付けろ

「Slut Walk(スラットウォーク)」という言葉をご存知でしょうか。

2011年にカナダのトロントで始まって世界中に広まった活動で、女性に対する性的暴力への抗議として行われるものです。活動名にも使われている「slut」とは「ふしだらな尻軽女」のこと。性被害を受けた女性に関して「ふしだらな言動や服装・容姿だからそんな目に遭うんだ」という決めつけが蔓延しています(「スラット・シェイミング」とも言います)。無論、それは間違いで、性被害事件で悪いのは間違いなく加害者であって被害者ではありません。そんな論点をすり替える差別に異を唱える運動です。2019年には日本でも初とされるスラットウォークが実施されました。

こうした偏見に真っ先に直面してきたのは「セックスワーカー」です。その自ら性を扱う職業柄、性被害を語る資格なしのように蔑まれ、黙殺されてきた存在。でもセックスワーカーはあくまで労働者の一種。それ以上でもそれ以下でもなく、理不尽なスティグマを背負う道理はありません。スラットウォークでもセックスワーカーへの差別は大きなトピックとなります。

そんなセックスワーカーを世間のレッテルをぶち破ってありのままに描く映画もいくつか登場してきましたが、本作『ハスラーズ』はその中でも特別な一本として名を残したと言えるのではないでしょうか。

『ハスラーズ』はニューヨークでストリッパーとして働く女性たちを主役した映画です。ストリップクラブで働く4人のダンサーが中心となってウォール街の裕福な男たちから数年に渡って大金を巻き上げたという実際に起きた事件が基になっています(具体的には2015年に「NewYork Magazine」誌に掲載されたジェシカ・プレスラーによる記事「The Hustlers at Scores」が原案)。

こうやって聞くと女性たちが集まって何かの犯罪性の高いミッションをこなすという『オーシャンズ8』のようなジャンルを連想するかもしれません。


しかし、この『ハスラーズ』は『ウルフ・オブ・ウォールストリート』と同質な映画だと思った方がいいかもです。事実、『ハスラーズ』の初期企画段階では“マーティン・スコセッシ”が監督することも検討されていたとか。『ウルフ・オブ・ウォールストリート』が男社会を描くものならば、『ハスラーズ』は女社会の刹那の栄枯盛衰を描いていくものです。なので基本、反社会的な行為をやりまくる人間がずっと映し出されていきます。でもそれがアメリカという世界を確かに浮き彫りにさせるものでもあって…。

そしてこの『ハスラーズ』は公開されると批評家から称賛を受け、2019年のベストの1本に挙げる人も飛び出しました。とくに本作で評価が浴びたのが出演俳優のひとりである“ジェニファー・ロペス”です。

“ジェニファー・ロペス”はいまさら語るまでもない、歌手としても絶大な人気を誇る圧倒的スターです。俳優としても『セレナ』(1997年)や『アウト・オブ・サイト』(1998年)など昔から活躍してきました。ただ、セレブとして注目が集めるとしだいに金銭問題や恋愛問題などスキャンダラスな方向ばかりでネタにされてしまうようになり、今では“お騒がせな人”という嬉しくないイメージもついていました。

そんな彼女がこの『ハスラーズ』で主人公が憧れる先輩ストリッパーを熱演。それが見事にハマり役で、各地の助演女優賞の候補にあがりまくりました。例えば、ゴールデングローブ賞では助演女優賞にノミネート、サテライト賞では助演女優賞を受賞しています。

まさに“ジェニファー・ロペス”の持つ若干マイナスにとらえられてきたパブリックイメージを逆手にとった起用による名演。2019年は『リチャード・ジュエル』のポール・ウォルター・ハウザーといい、『アンカット・ダイヤモンド』のアダム・サンドラーといい、そういう意趣返しな俳優カウンターが目立つ印象ですね(そのどれもアカデミー賞ではスルーされたのが悔しい…)。

また、その“ジェニファー・ロペス”と肩を並べる主人公の役を演じるのが、あのハリウッドにおけるアジア系にとっての革命だった『クレイジー・リッチ!』で主役を務めた“コンスタンス・ウー”だというのも特筆点。キャリアの躍進となった作品の次の仕事として、このセクシャルな役回りである『ハスラーズ』を選ぶというのは、本当にナイスすぎる選択(注:アジア系は長らくセクシーとは縁遠い存在として扱われる偏見を受けてきました)。ということで同じアジア人としてまたもや嬉しい映画なのです。


他にも、『ドリームズ・カム・トゥルー』の“キキ・パーマー”、『マイ・ビューティフル・デイズ』の“リリ・ラインハート”、『ジェイソン・ボーン』シリーズの“ジュリア・スタイルズ”、元ストリッパーでもある“カーディ・B”、ボティ・ポジティブ活動のアイコンでもある“リゾ”などなど、主要キャストはオール女性。ここまでオール・ウーマンだと気持ちがいい…。

監督は本作の脚本を書いた“ローリーン・スカファリア”。2012年の『エンド・オブ・ザ・ワールド』で映画監督デビューした彼女ですが、ここにきて一気にインディーズ映画の名監督として躍り出た感じです。これは大作に引っ張りだこでは…。

彼女たちと一緒なら最強のスラットウォークができそうです。映画を観終われば自分に自信が持てるはず。辛い世の中だからこそ、映画で連帯を感じましょう。

オススメ度のチェック
ひとり◎(時代を象徴する見逃せない一作)
友人◎(とくに女性は大勢で鑑賞推奨)
恋人◎(恋愛に悩んでいるときも)
キッズ△(セクシャルなシーン多め)

予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ハスラーズ』感想(ネタバレあり)

踊って、盛って、稼いで…

2014年。ジャーナリストのエリザベスはニューヨークで話題になったある事件に関わった女性の家を訪れ、インタビューをしていました。その女性の名はドロシー。彼女は以前にストリッパーとして働き、そのときの名前は「デスティニー」でした。彼女は録音機を前に語りだします。

始まりは7年前の2007年。デスティニーはストリップクラブで働きだしたばかり。自分の生活費のための選択でしたが、せっかくの客から貰ったおカネも最終的に自分の手元に残るのはほんのわずかな額。夜の仕事から家に帰宅し、一緒に暮らす大切な祖母との時間を過ごす暇もなく、また仕事に出かける。そんな繰り返しです。

デスティニーの働くストリップクラブには看板となるトップストリッパーがいました。その名はラモーナ。彼女がステージに立つとクラブの空気は変わります。ラモーナがポールでセクシーにパフォーマンスすれば、観客の男たちは大盛り上がりで、紙幣が舞い積もるように彼女に降ってきます。それはもう同じ女性であるデスティニーも圧倒される見惚れるしかないカリスマ性でした。大量の紙幣を胸に抱き、颯爽と横を通り過ぎるラモーナを称賛の眼差しで見つめることしかできません。

しかし、ふと屋上で休むラモーナに話しかけると、寒いからと彼女の毛皮コートに一緒に包んでくれて温まり合います。こうしてデスティニーとラモーナは親しくなっていきました。

まだまだ初心者ストリッパーであるデスティニーに、ラモーナはポールダンスを直々に教えてくれます。それに仲間にも紹介してくれて、リズメルセデストレイシーなどの個性豊かなストリッパー仲間と知り合い、楽屋ではトークが止まりません。さらに大金を稼ぐために狙うべき男性を見定め、どうパフォーマンスで答えるかを実戦で学んでいきます。

そうやってラモーナの指導でがっぽり稼ぐと、ブーツにカネをいっぱい詰め込んで、買い物三昧。ラモーナの家にも招かれ、あんなゴージャスな彼女にもひとり娘がいたというプライベートな一面も知ります。人気歌手のアッシャーがクラブに来たりして、ストリッパーたちも大盛り上がり。今思えばこの瞬間が最高潮だった…そう振り返ります。

2008年9月。それは突然襲ってきました。いわゆるリーマン・ショックです。いつもはカネが降ってくるウォールストリートも前代未聞の不況が直撃し、街はまるで終焉のように静かに変貌。ウォール街の男たちを客としていたストリップクラブも大打撃でした。

その頃、デスティニーには子どもができ、ストリッパーもやめていましたが、生活の安定を失ってしまい、働くことを余儀なくされます。しかし、就活をするもストリッパーという経歴のせいで採用してもらえません。しょうがないのでストリップクラブに戻ってくると、こころなしか人は少ない寂しさ。どうやら今はより安価で性的なサービスを提供するロシア系の競争相手に負けてしまっているようです。このストリップクラブでも以前のように稼ぐのは厳しいのでした。

ある日、偶然にもラモーナとクラブで久しぶりに再会します。どうやらラモーナはメルセデスと一緒に衣服類を売る店で働いているようですが、良い上司ではなく、不満タラタラ。

ラモーナはクラブで更衣室でひっそり座って泣いているアナベルという子に遭遇します。彼女は親が子の職業に理解をしてくれず、困り果てているようです。

このまま真面目に働いていても生きてはいけない。そこでラモーナは、おカネを稼ぐ“ある方法”を実行に移すことにします。「フィッシング」です。

その方法は単純。金持ちで隙の多そうな男性を狙い、クラブに連れ込み、上手く泥酔させて、クレジットカードをガンガン使わせていこうというもの。しだいにその手口は大胆になり、単に酒を飲ませるだけでなく、飲みものに薬物を混入して朦朧とさせることまでするように。たまにやりすぎて意識を失いかける男も現れたりしましたが、なんとか成功を重ねます。

ラモーナ、メルセデス、アナベル、そしてデスティニー。この4人はこのやり方で再びカネを稼ぐようになり、不自由のない生活が帰ってきました。

その崩壊の足音が近づいているとも知らずに…。

母と娘の想い合い

『ハスラーズ』、どこから褒めようかと思うのですが、やっぱり俳優陣でしょうか。

批評家絶賛の演技を堂々と見せた“ジェニファー・ロペス”。ほんと、彼女のためにあるような役柄でした。まずあの説得力ある存在感が凄い。ちゃんとトップストリッパーとして確かにセンスがあるのだろうなという確信を与えてくれます。あの冒頭のポールダンスも実際に練習を重ねて自分でやっていますからね(この前のスーパーボウルでもこの『ハスラーズ』で身に着けたポールダンスを活かしてパフォーマンスをしていました)。

こんなことを書くのもあれですが、“ジェニファー・ロペス”は50歳ですよ。トム・クルーズもそうですけど、一部の人は50歳を超えるとエネルギーが再活性化する現象が起きたりするものなのでしょうかね。私と同じ人間に思えない…。

それにあのラモーナの“姉御”感がたまらない。そりゃあデスティニーも信頼しきるわけですよ。こんなの上司にしたい女性ナンバーワンです。

そんなラモーナについていくデスティニー。“コンスタンス・ウー”の名演もあって、最初は純真無垢そうで右も左もわからなかった女が、しだいに自信を持って立ち回っていくその姿が印象的。

このラモーナとデスティニーの関係性は、表面上は先輩と後輩ですが、年齢的な差もあって、本質的には「母と娘」としても解釈できます。

あの中盤のお料理シーン(今日の食材はケタミンとMDMAで~す)は、完全に娘に料理を教える母でした(味見で意識喪失して二人とも床に倒れているのがシュール)。

常に娘(デスティニー)を気遣う母(ラモーナ)。シングルマザーになってしまったデスティニーを想い、最後に警察に自供してしまったデスティニーも許してハグする。それは娘を想う母の気持ちを理解していたからなのでしょう。デスティニーの祖母とラモーナとの会話シーンで感じられる、人種を超えた疑似家族の愛も素敵です。

ハスラーズ

この職場だからできる連帯の力

『ハスラーズ』は前述したように女性版『ウルフ・オブ・ウォールストリート』という雰囲気ですが、見た目のハイテンションっぷりばかりに目を奪われていると、ただ男に薬を盛って、稼いで、騒いで、失墜した女たちの自業自得な顛末を眺めているだけで終わります。

しかし、こういう職業にここまで真っすぐ向き合った作品はなかなかないと思います。かつて『バーレスク』(2010年)という映画がありました。パフォーマンスは素晴らしい一作でしたが、その一方で性の側面を完全に除去してしまった内容に当のバーレスク関係者を中心に批判もされました。それと比べて『ハスラーズ』は驚くべき進歩です。一切、穏便にせずに描いていますからね。

それでいてパフォーマンスありきの映画にせず、ちゃんとそこで働く女性たちを血の通った人間に描いているのが良いものです。この手の性風俗で働く女性たちは「女は怖い」というテンプレで雑に扱われがちですが、『ハスラーズ』はそんな偏見など微塵も気にしないで堂々としています。

しかも、作品の裏には予想外なほどどっしりとした社会派なエッセンスも存在しており、ただのパーティ映画と侮ることはできません。

デスティニーたち女性ストリッパーは作中でも描かれているとおり、当初は男性社会であるウォール街の男たちに従属して生きていました。言い方が悪いですが、「男社会に飼われている女社会」という構図があるとも受け取れます。なので最高潮だったと語られるあの序盤のクラブの繁盛も見方を変えれば複雑な気持ちになってきます。

ところがリーマン・ショックによって男社会が崩壊すると、連鎖反応的にそれに従属していた女社会も崩壊。ここで初めてストリッパーたちは自分が男社会に依存していたことを思い知らされます。

クラブから離れていたデスティニーも皮肉にも同じ構図に直面します。彼女は男性のパートナーを得て家庭を持ちますが、それもまた自分が男の下についていたことと変わりありません。その男を失い、独立することの難しさを嫌というほど実感するわけです。

じゃあ、男の庇護がなくなった女性たちは路頭に迷うのか…というと、そうはなりません。むしろ彼女たちに残った最後の武器「女性の連帯(シスターフッド)」が真価を発揮することになります。

この男社会が不可抗力な事件や事故で一斉消失したことで、結果的に残存した女性たちが自分らしさを模索して社会での生き方を再構築していく…という展開。舞台は全然違いますが『アトランティックス』でも見られましたね。


また、『ハスラーズ』はセックスワーカーが受ける差別や偏見も描かれており、それが生きることの妨げになっていることもよくわかります。一方で、リアルな女性たちのコミュニティが職場にあるからこそ、いざというときに対抗できるという強さも教えてくれます。

『ハスラーズ』と対極的な映画だなと思うのが『カムガール』です。こちらはオンラインでセクシャルな動画配信をしておカネを稼ぐ仕事をする女性が恐怖を体験するスリラー。この作品もセックスワーカー特有の差別の壁が描かれるのですが、女性は基本は独りなんですね。ネットなのでリアル社会での職場がありませんから、働く女性同士の連帯すらもありません。

そうやって考えると、今、性風俗もリアルからネットへと移行し始めていると思いますが、これは働く女性たちにとってさらなる不利な状況に無自覚的に追い込まれているのでしょうね。

男社会の後を追う女社会

男社会から意図せず脱却できた女社会のフィーバーが中盤は派手に描かれる『ハスラーズ』。

クスリを盛ってどんどんハメを外す(盛られているのは男ですが)シーンなんかは、『ウルフ・オブ・ウォールストリート』にもあったようなもので、あまりにもアホっぽくそこが最高に面白いです。

しかし、そのフィーバーを肯定的に描く無邪気な作品ではありません。逆にこの女社会の有頂天状態を、それこそ男社会の有頂天だったウォール街と重ねるようなシニカルな見せ方になっています。

それを決定的に強調づけるのはラモーナたちが逮捕されてしまう場面。ここで「2013年5月12日」とやたら具体的な日付が表示されます。リーマン・ショックを描く場面でも日付が表示されており、つまりこれは女社会にとっての“ショック”なんだ…ということをハッキリ明示していました。

一方で、リーマン・ショック以降の男たちの描写も注目すると興味深いです。作中の男たちはひたすらデスティニーらにクスリを盛られて意識混濁状態です。でもクレジットカードだけは差し出す。この哀れで滑稽な姿は、男社会の鉄筋コンクリートが崩落してもなおもプライドだけは捨てきれない、男の悲しい性(さが)を暗示しているようです。存在として“勃起”できない、フニャフニャになった男の情けなさ…という感じですかね。

そしてデスティニーら女性ストリッパーにとっての“ショック”が起きた以後の世界は、まさに今、私たちが生きている現代でもあります。それは男は男で既存のマスキュリニティに頼れなくなり、女は女でMeToo運動などフェミニズムで一時は盛り上がるも勢いを保てなかった…そんな今の時代そのもの。

これから私たちはどうなっていくのか。女も男も自分を見失っています。

世の中がひと時のハッスルを求めるストリップクラブのようなものなのか。仮にそうだとしても大切なモノだけは失わずにずっと持っていたい。

その気持ちに性別は関係ないですね。

ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 87% Audience 65%
IMDb
6.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 9/10 ★★★★★★★★★

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