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『犬ヶ島』感想(ネタバレ)…犬と日本とウェス・アンダーソン

犬ヶ島

犬と日本とウェス・アンダーソン…映画『犬ヶ島』(犬が島)の感想&レビューです。前半はネタバレなし、後半からネタバレありとなっています。

原題:Isle of Dogs
製作国:アメリカ(2018年)
日本公開日:2018年5月25日
監督:ウェス・アンダーソン

犬ヶ島

いぬがしま
犬ヶ島

『犬ヶ島』あらすじ

近未来の日本。メガ崎市で犬インフルエンザが大流行し、犬たちはゴミ処理場の島「犬ヶ島」に隔離されることに。12歳の少年・小林アタリは愛犬スポッツを捜し出すため、たった1人で小型機を盗んで犬ヶ島へと向かう。

『犬ヶ島』感想(ネタバレなし)

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ようこそ、日本へ

オシャレな映画監督と言えば、誰?

そう質問されたら、真っ先に名前が挙がるのが“ウェス・アンダーソン”でしょう。

オシャレといっても、ファッションの話ではなく、作品自体に染みわたる作家性の話。具体的に何がオシャレなの?と聞かれると口で説明しづらいので「映画を観て」としか言えないのですが、とにかくワンシーンワンシーンが細部まで徹底してこだわりぬかれて創造されているのが、素人目でもすぐにわかります。それは完璧主義というよりは、“自分がしたいと思ったことは徹底してやる”主義といった感じ。「この色はピンクがいい」と思えばそうするし、「ここはシンメトリーにする」と考えればそのとおりの映像を作る。そのこだわりを絶対不動の軸にして物語を展開するのが特徴です。

そんな“ウェス・アンダーソン”の作家性が一番発揮されるのがアニメーションです。

監督自身もこう語っています。

「アニメを制作する上で何よりも楽しいことが1つある。それは、すべてを一から作らなくてはならないということ。自分で100%選択し、コントロールする行為がすごく楽しいんだ」

もちろん、『ムーンライズ・キングダム』や『グランド・ブダペスト・ホテル』など実写でも才能は輝いていましたが、やはり監督自身もアニメの“全てが自由にできる”という万能性に惹かれるんですね。“ウェス・アンダーソン”本人はアニメ業界とは全然無縁の人だったのに、最終的にそこにたどりつくのが面白いものです。

“ウェス・アンダーソン”監督がアニメーションという最高の友と出会って生まれたのが、2009年の『ファンタスティック Mr. Fox』。ストップモーション・アニメですが、やっぱり生で作っている感じのするストップモーションの方が気が合っているのでしょうか。ともあれ独創的な世界で楽しませてくれました。
それから数年。またもや“ウェス・アンダーソン”監督がアニメーションの世界に帰ってきました。それが本作『犬ヶ島』です。

これだけでもワクワクするのに、なんと今回は舞台が日本

思えば、監督、日本が好きそうでした。なんていったって、刺激的なカルチャー満載ですから。日本のアニメもチェックしているらしく、ジブリ作品から『新世紀エヴァンゲリオン』、『君の名は。』まで幅広くおさえているようで…。たぶんなんでも観るんでしょうね、基本。ただ、そこは“ウェス・アンダーソン”、キャラ萌え的なオタク思考ではなく、アーティスト的視点で楽しんでいるのが“らしさ”です。

日本を舞台にしてくれるのですが、もうひとつのキーワードがタイトルにあるとおり「犬」。なんでもイギリスで『ファンタスティック Mr. Fox』を撮っていた当時、スタジオに行く道に「I love dogs.」という看板があって、ロンドンには「Isle of Dogs」(ドッグ島)という島もあり、そこから連想したとか(「Isle of Dogs」と「I love dogs」は発音が似ています)。

監督自身、今は犬も猫も飼ってなく、そして日本と犬は別に関係もありません。ただ、「日本を舞台にしたい」「犬の島の映画にしたい」…よし、合体だ! この“自分がしたいと思ったことは徹底してやる”主義がまたもや強引に炸裂したわけです。で、こんな個性作を作れちゃうのですから、天才ですよ。

飛行機嫌いの監督自ら、わざわざ公開に合わせて来日してくれもしたのです。私たち日本人が観ないでどうするのですか。

ちなみに個人的には字幕版がオススメ。確かに情報量が異様に多い作品なので、吹き替えの方が楽なのですが、なるべく素のまま、このヘンテコな世界を味わってほしいので。情報過多に混乱するのも、本作の醍醐味です。

↓ここからネタバレが含まれます↓

『犬ヶ島』感想(ネタバレあり)

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注:英訳です

“ウェス・アンダーソン”監督作は、監督のやりたいことをやるというのが第一にあるので、その他はあとから無理やりにでも従わせるのが基本。なので、どうしても世界観やストーリーに綻びが生じます。そこをアートという力技でねじ伏せるのがいつもの手段です。

『犬ヶ島』はもう、前置きとして示される文章からして力技がいかんなく発揮されています。

この物語に登場する人物はそれぞれが母国語のみを話す
(時には通訳者、交換留学生、又は電子通訳機を通して訳される)
犬の鳴き声は全て英語に訳されている

つまり、日本が舞台なので登場する日本人は日本語を話すし、外国人が出てくれば英語を話します。まあ、これは普通じゃないですか。問題は犬。「犬の鳴き声は全て英語に訳されている」…要するに本作に出てくる犬の会話はあくまで英語に訳されているだけで、実際はワンワンと吠えているよってことなんですね。うん、普通なのだけど…なんだこのまわりくどい説明は。一応、人間と犬の言語が別物になっているからこその掛け合いもあったりして、そこも楽しんでほしいという監督のこだわりなのでしょうか(ちなみに吹替だと犬の言葉も日本語になるのでオリジナルの面白みが成立しないシーンがあります)。

本作は全体的に猛烈な早口で会話されており、英語も日本語も凄いスピードで流れていくので、日本人である私ですら「ん、今の日本語、何て言った!?」と困る場面もチラホラ。これはとくに日本語で関しては録音した音声を後から早送りしているのかもしれないですけど、聞き取らせる気はないのでしょうね。英語圏の人は字幕で日本語音声を理解しますから。でも、日本人である私たちはどうしても気になってしまうという思わぬ弊害。

でも、私はこの一風変わった日本語リスニングの機会も嫌いじゃありませんでした。ところどころ英語が入るのがツボ(「リスペクト」とか)。終盤の淡々とした手術シーンの日本語やりとりもツボ。要はだいたい好きってことです。

英語音声はといえば、なかなかの豪華声優陣です。いつもの監督作によく出る俳優に加えて、“ジェフ・ゴールドブラム”、“スカーレット・ヨハンソン”、“グレタ・ガーウィグ”、“フランシス・マクドーマンド”と、凄いメンツがシュールな会話劇を展開しており、収録風景を眺めてみたいですね。

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監督も認める自己満足

そして、この言葉遊びだけでなく、全編にわたって差し込まれる「ジャパニーズ・カルチャー」の見本市みたいな小ネタの数々。

日本を舞台にした海外のストップモーション・アニメだと、最近は『KUBO クボ 二本の弦の秘密』がありましたけど、あれはちゃんと日本の文化を物語の必然性として組み込んでいる映画でした。

一方の本作『犬ヶ島』は完全に“ウェス・アンダーソン”監督の自己満足なので必然性とか皆無。しかも、今作は“ウェス・アンダーソン”の脚本で、原作のない完全なオリジナル・ワールドですから。やりたい放題ですよ。そういう意味では好き嫌いが分かれるでしょうけど、私はゲラゲラと楽しませていただきました。
日本ですら絶対に表現しないようなことをよく細部までストップモーション・アニメで再現したなと、その努力の無駄使いみたいなアホさに感心するばかりです。

個人的お気に入りポイントは、「乾杯! よ~ありがとうございました」の締めの挨拶と、渡辺教授を殺すために毒ワサビを盛った寿司を作るシーンが好き。魚をさばいたり、カニやタコを調理する工程をあそこまでリアルに見せておいて、妙に市販っぽさのある袋に詰めるのがほんと、シュール。この場面、監督がインタビューで「毒を塗る以外、あまり意味のないシーンではあるんですけどね、何より僕が観たかったから」って言っているんですよね。お前が言うなって感じですけど、自覚はしているんですね…。

集団で喧嘩するときのあの日本の漫画やアニメでよく見るような乱闘演出とか、「そこかよ!」と声をあげそうになるマニアックなツボを映像化するこだわり。この監督、やっぱり変わり者だなぁ…。何度も言いますけど、本当に自己満足の極み。でも、“自己満足の何が悪いんですか!”と言わんばかりに、やりたいことに素直になれるのは良いと思います。それでもちゃんとアートとして一定のクオリティを保っているから、この自己満足が観客を置いてけぼりにするようなものにはならないというのは、さすがのセンスです。オシャレってズルいなぁ…。

「メガ崎市」などのネーミングセンスも素晴らしく、控えめに言って「パラレル・ジャパン」の新しい道を切り開いた、ニューフロンティア・ムービーになったのではないでしょうか。個人的にはもう少しこの世界を観ていたかったです。これだけでお終いなのはもったいないですよね。もっとこの犬ヶ島ワールドをフルに駆使して色々できそうです。

海外からは一部の批評家が「日本蔑視ではないか」と指摘する意見もあったみたいですが、少なくとも日本人である私の意見を言わせてもらえれば、本作の日本描写はステレオタイプであるにせよ基本は事実である文化を戯画化しているだけなので全然気になりませんでした。むしろありがたいくらいです。日本人以上に日本愛を感じますから。

今後も海外からのアジアの注目は高まるでしょうし、かつての偏見抜きでアジアの文化が多様に描かれていく未来が楽しみになってくる作品でもありました。

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犬も歩けば棒に当たる

ただ、くどいようですがストーリーは“しっちゃかめっちゃか”です。

社会風刺ともとれる要素は随所にあるにはあります。ゴミ島法令で犬を追放する展開は、現実で起こっている社会のヘイトを特定のグループに向けさせる行為そのものですし、それを先導する権力者が偽りの支持で図に乗っている構図もどこかで見た光景ですし、それに反発して立ち上がったのが学生のような若者だというのもリアルとシンクロしています。犬と人間の異文化コミュニケーションもイマドキなテーマです。

でも、それらが集約してひとつの議題を社会に投げかけるほどの鋭利さはこの映画にはありません。それがメインで計算された映画ではないわけですから、当然なのですが。

そもそも本作の世界観、犬に病気が蔓延したのが一応の理由だとしても、だったら普通、島流しにするのではなく、捕殺するのが衛生上のパンデミック対策の基本のはずですから。犬ヶ島という舞台を作るための理由付けが相当に強引です。まあ、そんなツッコミも本作には意味なしですけど。ちなみに、日本は病気の蔓延を恐れてオオカミを絶滅させた歴史があるので、あながち嘘でもないとも言えます。そのあたりはたぶん偶然というか、勝手に一致したみたいな感じなのでしょうけど。

「犬も歩けば棒に当たる」ではないですけど、犬であろうと行動すれば世の中を変えられるという話を、わりと説教くさくもなく、単にコミカルに描くことに徹している監督のセンスはやっぱり嫌いじゃありません。

本作、ちょっと猫の扱いが酷いよと思った、そこのあなた。『犬ヶ島』の続編『猫ヶ島』を勝手に妄想するとかしていればいいんじゃないですか(雑な提案)。

犬と人間が平和に暮らし直すようになったメガ崎市にて、隅に追いやられた猫たちは虎視眈々とリベンジの機会を狙っていた…(つづく)。

『犬ヶ島』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 89% Audience 88%
IMDb
7.9 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 7/10 ★★★★★★★

(C)2018 Twentieth Century Fox Film Corporation

以上、『犬ヶ島』の感想でした。

Isle of Dogs (2018) [Japanese Review] 『犬ヶ島』考察・評価レビュー