ウルフウォーカー
映画『ウルフウォーカー』の感想です。前半パートはネタバレなし、後半パートからネタバレありの構成です。

原題:Wolfwalkers
製作国:アイルランド・ルクセンブルク(2020年)
日本公開日:2020年10月30日
監督:トム・ムーア、ロス・スチュアート

ウルフウォーカー

あらすじ

中世アイルランドの町キルケニー。イングランドからオオカミ退治のためにやって来たハンターを父に持つ少女・ロビンは、森の中で出会った不思議な少女・メーヴと友だちになる。メーヴは人間とオオカミがひとつの体に共存した「ウルフウォーカー」だった。魔法の力で傷を癒すことができるメーヴと友達になったロビンだったが、街ではオオカミへの恐怖と憎しみが増大していた…。

『ウルフウォーカー』感想(ネタバレなし)

私も大好きなスタジオです

大昔、オオカミと人が出会い、そして人は一部のオオカミを飼いならして「犬」にしました。それは『アルファ 帰還りし者たち』でも描かれています。


しかし、それから幾年もの年月が経過し、それだけの時間が積み重なればさぞかしオオカミと人はさらに仲良く…はなりませんでした。犬は可愛がるのに人間はオオカミへの敵意を剥き出しにし、世界各地でオオカミを絶滅に追いやったのです。あらためて考えると酷い仕打ちです。このオオカミと犬の待遇の違いは、自分の都合よく支配できる存在には甘く、そうではない存在には手厳しくあたるという、私たち人間が有する悪しき排外主義を強く感じさせるものです。

現在、幸いなことにオオカミの個体数と生息地は回復傾向を見せています。その一方でまたもオオカミとの軋轢が目立ち始め、一部の人々はオオカミへの敵対感情を増している状況もあります。あるメディアではこの状況を「移民問題と同じ」と論じていました。なんだか悲しいです。

さらにアメリカではドナルド・トランプ大統領政権がオオカミの保護方針を撤廃し、狩猟解禁を決定。これは選挙のための有権者アピールとみられ(トランプ支持の人はハンターも多い)、政治利益という欲望のもとオオカミが追いやられるのは本当に許せません。

そんな今だからこそこの映画を観る価値が増大していると言えるでしょう。それが本作『ウルフウォーカー』です。

本作はあの「Cartoon Saloon(カートゥーン・サルーン)」というアイルランドのアニメーション・スタジオの最新作。そしてこのスタジオはアニメ業界にアンテナを張っている人ならおわかりのように、今この界隈で最もアツいスタジオの筆頭です。

世界はフル3Dアニメが主流の中、独特なタッチによる平面絵を駆使して描くユニークな世界観とキャラクター、物語、音楽の絶妙なブレンド。たちまちファンになる人が続出しました。

2009年の『ブレンダンとケルズの秘密』、2014年の『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』、2017年の『生きのびるために』と、長編映画を生み出すたびに高評価を獲得し、アカデミー長編アニメ映画賞にノミネートされるなどその評価はアメリカにも伝わっています。

かくいう私も「Cartoon Saloon」作品をひとめ観た時からすっかり夢中になってしまったひとりです。なんかもうBGMみたいな感覚でずっと映画を部屋で流し続けてもいい気分。

その大好きな「Cartoon Saloon」の最新作『ウルフウォーカー』は、『ブレンダンとケルズの秘密』『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた』とケルトの伝説や歴史文化を題材にしてきた作品が続く中でのケルト3部作の最後を飾る一作とのこと(ストーリー上の繋がりはありません)。

舞台はアイルランドのキルケニー(ちなみにスタジオの本社もキルケニーにあります)。そこで起きる不思議な出会い、そして人間とオオカミの対立を描く物語です。これまで以上にファンタジックで壮大なストーリーですが、同時に非常に現代とシンクロするテーマ性を持っているのも特徴です(これについては後半の感想で後述)。

動物好きの人はもちろん楽しめるのですが、社会情勢的にまさに今のテーマをキャッチしていることもあって、他のケルト2作とは違った趣もあります。過去作はちょっとファンタジーな世界観に童話を読む気で浸っていればよかったかもしれませんが、この『ウルフウォーカー』はすごく現実問題を突きつけられるものでもあって…。

物語センスも進化していますが、映像表現も進化しているのも見どころです。これまでにない物量とスピード感、そしてパワフルさ。今作ではオオカミ視点になるところの躍動感など、凄まじい映像パワーです。本気の限界が見えない「Cartoon Saloon」、恐るべし。

監督は過去のケルト2作を手がけたおなじみの“トム・ムーア”と、アート・ディレクターで長編監督デビュー作となる“ロス・スチュアート”です。

音楽も魅力的で、『アナと雪の女王2』のゲストシンガーとして非常に耳に残る神秘的な歌声を披露した“AURORA(オーロラ)”が参加(ちなみに本名らしいです)。ノルウェーの若手歌手で、世界的に若者に人気のひとりですが、もともと自然環境問題や社会問題を歌に取り込んで活動していましたから、ぴったりのコンビネーションですね。


賞レースも総なめにしていくことは間違いない、2020年必見の海外アニメーション映画。『ウルフウォーカー』が日本でも公開されることのありがたみを実感しながら、ぜひとも鑑賞してみてください。

オススメ度のチェック
ひとり◎(2020年の必見な海外アニメ)
友人◯(海外アニメを語り合うのも)
恋人◯(アートを楽しみ合うのも)
キッズ◎(子どもでも惹かれる世界観)

『ウルフウォーカー』予告動画






↓ここからネタバレが含まれます↓





『ウルフウォーカー』感想(ネタバレあり)

ウルフウォーカーとの出会い

1650年、アイルランドのキルケニー。大自然の中で人間たちが静かに暮らすこの地域では、ある恐怖が蔓延しつつありました。日課の仕事をこなす木こりたちはオオカミの群れと遭遇。あっという間に囲まれ、斧すらも壊され、引っ掻かれてしまい、絶体絶命。しかし、オオカミの態度が急に変わり、謎の赤毛の女性とその娘らしき子が現れます。すると不思議な光を発しながら、人間の胸のひっかき傷をたちまち癒してしまうのでした。

そんな出来事もあって、街ではオオカミへの恐怖心がたちまち拡散。オオカミ狩りへの支持が集まっています。

その街に熟練のスキルを期待されてイングランドからオオカミ退治のためにやってきたハンターがいました。彼はビルという名前で、娘のロビンを男手ひとりで育ててもいます。

ロビンは家でお留守番。箒を手に掃除をして父の前では大人しくしていますが、本当はクロスボウを手に父のように狩りをしたいと思っていました。

家でじっとなんかしていられないロビンは、友達であるペットのコチョウゲンボウ(ハヤブサの仲間)のマーリンと一緒に街に繰り出します。人で賑わう街は、音楽を奏で、活気に満ちています。

しかし、物騒な兵士たちがうろつくなど不穏な空気もあります。また、ロビンが部外者であるゆえに街の地元の子どもたちに檻に閉じ込められそうになったりと、陰湿で嫌な部分も目につきました。

ある日、どうしても狩りがしたいロビンは、いじめっ子の悪ガキを上手く使って見張りの兵士を誘導し、城壁の外へと抜け出すことに成功します。こっそりと父についていき、父が森でトラバサミを地面にしかけているのを見物しながら、ロビンはそれを回避してさらに森の奥深くへ。

そして小川の近くで足跡を見つけます。獣のようです。すると羊農家が1匹のオオカミと対峙している現場に遭遇。ロビンは助けなければとクロスボウで狙いを定めますが、初めてのことで緊張で震えます。さらに羊がぶつかり、あらぬ方向に飛んだ矢はマーリンにあたってしまいました

自分のやってしまったことにショックを受けて茫然とするロビン。そこに赤毛の長い髪をたなびかせる少女がどこからともなく出現し、なぜかマーリンを連れて森へ消えてしまいます。何頭ものオオカミに迫られ、困惑していると、そこに父の矢が。オオカミは逃げてしまいました。いろいろな無念が残りますが、今は父に抱えられ、その場を去るしかありません。

城壁の近くまで戻ってくると、街を統治する護国卿が馬に乗ってやってきます。逆らえない父は頭を下げるのみ。

ロビンはマーリンをひとり探しに行くことに決め、こっそり抜け出してまた森へ向かいます。すぐにマーリンを発見でき、それも傷を負ったはずなのになんだか元気そうです。

そこに小さなオレンジ色がかったオオカミがトコトコやってきて、警戒したロビンの構えようとした矢をなぜかマーリンが奪ってしまいます。驚いたロビンは狩猟用の吊るし罠にかかり、逆さまに吊るされます。オオカミがジャンプして縄を切ってくれますが、その際、手を咬まれます。すると一瞬、あの赤毛の子を見た気がする感覚に

マーリンと一緒に小さなオオカミは奥へ行ってしまい、追うしかないロビン。自分の腕が光って反応して道ができる茂みを発見。その奥地には不思議な空間、そして謎の赤毛女性とあの女の子もいました。小さなオオカミはあの子と一体化して、その子は目覚めます。

彼女たちは、人間とオオカミがひとつの体に共存し、魔法の力で傷を癒す能力も持っている「ウルフウォーカー」でした。赤毛の女の子はメーヴという名前です。メーヴの母親は動きません。なんでもオオカミとなって体を離れた後、どこかへ行ったきり帰ってこないのだとか。

ロビンとメーヴ。こうして2人は出会います。2人はたちまち仲良くなりますが、そんな無邪気な2人の前に恐ろしい人間たちの群衆の憎悪が襲いかかってくることに…。

ウルフウォーカー

女性と自然、その関係性の最新版

『ウルフウォーカー』は、オオカミ云々はさておき、まずテーマになっていることのひとつに「女性」があります。いわゆるフェミニズムです。

ハンターを父に持つロビンは女の子で、本人は狩猟に出たいと思っていますが、父はそれを許してくれません。家で平穏に“女性らしく”過ごすようになだめます。そして外出を禁じられたロビンは典型的な女中のように料理や掃除をして従事することを強いられます。

社会全体がそうなのですが、狩猟の世界も例外なく男社会です。日本でもそうで、ハンターの多くは男性で、女性がわずかながらいても、料理や雑用、またはオッサンたちに酒を注いだり、男たちを喜ばせるために愛想よく振る舞うことを求められたり、平然とセクハラを受けたり、ハッキリ言ってろくな目に遭っていません。男性と同じ道具やスキルを持っていても対等には扱われません。狩猟は男の神聖な世界…とさえ思われている空気も依然としてあります。これは今も続く現実です。

ちなみに最近の研究では「大昔から人間は男は狩り、女は家で…」という定説は間違いであり、女性も狩りに普通に出かけていたことが明らかになっています。


『ウルフウォーカー』はロビンというキャラクターを通して、女性差別という強固な檻を破壊する過程を描く物語でもあります。

類似したテーマと言えば、同じアニメーション映画で、なおかつ似たような舞台で展開される『メリダとおそろしの森』(2012年)というピクサーの作品がありました。こちらは王族が主人公ではありますが、同じく女性という枠組みに縛られるヒロインを通じてその解放を描きだしています。

「女性と自然」は昔から親和性が良いと思われているのか、セットで描かれることが多いです。ディズニープリンセスだって初期の頃からなぜかプリンセスたちは自然の小動物と親密です。特徴的なのは常に共生関係を構築するということ。

一方、これが「男性と自然」となると事情は違います。『子鹿物語』のように男性は男の子でさえも過酷な自然の中でたくましく生きることが良しとされます。『ターザン』なんかでも顕著ですが、男性を主役にすると自然というものは“男らしさ”を示す格好のフィールドとして扱われてしまうんですね。

『ウルフウォーカー』の場合は単に自然と心を通わせるベタな女性像で終わりません。自然側につき、戦う女性像へと変貌していきます。それは日本で言えば誰もが知るあの『もののけ姫』にも重なる姿です。

しかし、『もののけ姫』はそこに男女規範というベタさを軸にしてしまっているのに対し、『ウルフウォーカー』は少女同士の交流というウーマンス要素を軸にすることで他にはないオリジナリティを発揮。しかも、ただ単に仲が良いイチャイチャではなく、そこにインターセクショナリティな立場の違いによる軋轢もサラリと描く。さらにロビンの父とメーヴの母の結末から言っても保守的な家族観の脱構築をしています。

ここまで綺麗さっぱりジェンダーステレオタイプを狩り尽くす気持ちのいい作品はまさに2020年ならではでないでしょうか。

群れを悪くするもの、そして良くするには

『ウルフウォーカー』の素晴らしさはこれだけにとどまらず、さらに現代に突きつけるテーマ性も持っています。

人間とオオカミの対立が後半は大きな展開を見せていきますが、これは『もののけ姫』や『ヒックとドラゴン』シリーズと同じ様相です。しかし、『ウルフウォーカー』ではその描写は非常に現代社会をカリカチュアしたものになっており、風刺が強いです。

とくに護国卿を中心とする「オオカミへの敵意」に一致団結し始める人間たちの集団。自分とは異なる存在への憎悪を煽り、デマでも何でもいいので不安を拡散させ、分断を求め、攻撃性を全開にする。

これは言わなくてもわかるとおり、トランプ大統領をはじめとする世界で深刻化するさまざまな過激なヘイト集団と重なります。その中心にいるのはいつもあの護国卿のようなシスヘテロ中高年男性です。

『ウルフウォーカー』ではこれが非常におぞましく描かれていき、観ていていると本当にロビンやメーヴが心苦しく可哀想になってきます。

しかも、これは単に自然破壊や動物虐殺など環境問題だけを土台にしているものでもありません。『ウルフウォーカー』は前述したフェミニズムともそれを明確に結びつけています。

要するに女性差別も、自然環境問題も、移民排除も、政治腐敗も、根っこのところは同じ…「権威主義的パーソナリティ」が原因にあるのだ、と(権威主義的パーソナリティというのは、硬直化した思考に染まることで強者や権威を無批判に受け入れて、少数派を憎もうとする集団構造の中核のことです)。

この事実を明言できるのも2020年だなと思うのです。昔をたどれば、レイチェル・カーソンが「沈黙の春」で環境保護を提起した1960年代。その始まりにも勇気ある行動に出た女性がいて、それはやっぱり男性中心社会への反発とも実のところ無関係ではなかったのですが、それに直接言及することはなかなかありませんでした。当時は環境保護という新しい概念を定着させるのにいっぱいいっぱいでしたからね。

でも今は違う。現在、あそこまで若者たちが自然環境問題に声をあげるようになったからこそ、作品ももっと踏み出さないといけない。『ウルフウォーカー』の製作陣もそう思ったのかもしれません。

そして言い換えれば、これは「群れる」という動物行動への根源的な在り方の問いかけなわけです。

動物が群れるのはよくあることで、ヒトもオオカミも同じ。それは身を守るなど生存のためです。しかし、「群れる」という行動を権力や私欲など悪しきことに使ってしまえばそれは大変なことになる。その事例は私たちは散々目にしてきました。

対して『ウルフウォーカー』は「群れ」の最悪な事例を見せると同時に、理想的な「群れ」も最後に見せます。

あらためて私たちに、良い「群れ」を築いていこうよと社会に提示するように。

「Cartoon Saloon」、本当に良い仕事をするスタジオです。世界の良心ですよ。

ケルト3部作と言わず、10作でも20作でも作ってください。

『ウルフウォーカー』
ROTTEN TOMATOES
Tomatometer 96% Audience --%
IMDb
8.4 / 10
シネマンドレイクの個人的評価
星 8/10 ★★★★★★★★

関連作品紹介

カートゥーン・サルーン作品の感想記事の一覧です。

・『ブレンダンとケルズの秘密』


・『ソング・オブ・ザ・シー 海のうた 』


・『ブレッドウィナー(生きのびるために)』


作品ポスター・画像 (C) WolfWalkers 2020 ウルフ・ウォーカー

以上、『ウルフウォーカー』の感想でした。